RESOLUTION 第8章(9)

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 <ステーション・ルーア>を出発し、10光年。

 <沙羅>はワープ可能な宙域に達するまでのあとおよそ20光年を、最大速度で進んでいた。
 古代は先ほどから姿を消していた……
 木下と一緒に、艦内の視察に出ていると言う。

 小惑星が点在する宙域なので、桜井は操縦席から離れることが出来ない。自動操縦A.I.に任せられるほどクリアな宙域ではなかったから、精密な操舵に専念しつつ時折振り向いて中西辺りに聞いてみる。

「視察って、…木下が案内してるの?工場でも見に行ったのかな」
「さあ? 貨物船で一緒だったオヤジさんが来てるらしいんです。第二艦橋で何かする、って言ってましたよ」

 左隣で上条が不服そうにふんぞり返った。シートのリクライニングがギシッ、と音を立てる。「戦闘班は腕の見せ所ないからなあ……今のところ」
「おめーは口を開けば波動砲撃ちてぇ、だかんな。撃つ相手もいないのによ」
 そうからかうように言った小林は、一番向こうのサブ操舵席に座り、コンソールパネルに両足をブーツのまま乗せている。上条は彼を睨み返した。
「やかましい。ちょっとくらい古代さんに褒められたからっていい気になるな」
「へへーんだ」
「…やめとけよ、上条」

 桜井は接近して来る小さな宇宙塵芥を避けるために、操縦桿を左に2度ほど傾けた……相手するだけ腹立たしい。あのバカ、俺らより3コも年下のくせに、自分一人で操縦も艦載機も戦闘指揮も出来ると思い込んでやがる。
「……フン」
 上条も同じように思ったのか、ぷいと小林から顔を背けた。


 古代にはまだ伝えていないが、この<沙羅>の第一艦橋メンバーは新生ヤマトの乗組員として選ばれた者たちだった。古代進の手足としての即戦力。改造の完了していないヤマトのクルーとしての、これがいわばテスト航海なのだ。

 かつて、イスカンダルへの14万8千光年の旅の始まりには…彼らと同じ年頃だった古代進とその他のクルーたちは、搭乗したその日に実戦を強いられた。
 炉心に初めて火が宿ったその直後、古代進は初めて放つ主砲でガミラスの偵察機を撃破し、島大介は超巨大ミサイルの爆炎の中ヤマトを上昇させた。何もかも初めて尽くし、テスト無しでの出発と…生還。それゆえ、彼らの壮挙は奇跡と讃えられたのだ。

 だが、この度はそんなリスクを負う必要は無い。「まだテストしてない」状態は、単に「危険」でしかない。
 その真田の最もな主張に基づいて、<沙羅>はヤマトの代わりに、ただ古代を迎えに行くだけではなく新乗組員を鍛錬するための場として選ばれたのだった。

 そして、この航海が彼らにとっての最終試験でもあった。ここで及第点を取らなければ、新生ヤマトのクルーとしての途は閉ざされる。与えられた時間は地球時間にして約10日…ところが、古代自身のたっての希望で、地球へ最大速度で帰還することになった。操縦班以外は腕の見せ所がないと焦る気持ちも、判らないではない。
 ことに、上条了は戦闘班長である。地球へ帰還するまでに、戦闘に巻き込まれるという状況が、今回最も想定しにくかった。小林のように、訓練で機銃を扱える艦載機であればまだしも、主砲を撃つ、もしくは艦載機隊を展開して戦闘指揮をする…などという状況を想定できない上条に取って、小林の態度はひどく鼻につくに違いない。

(そもそも、あいつ年下のくせに生意気なんだよな…)そう思っているのは、桜井や上条だけではなかった。

 上条、桜井、郷田、木下は2199年生まれの20歳、記念すべき<ヤマト発進年>に生まれた者たちだ。小林、中西、天馬らは2201年生まれ、3学年年下だった。その小林の態度があれである。真田長官も山崎艦長も、いや、アクエリアスで小林の指導に当たっていた太田健二郎、北野哲、加藤四郎に至っても、あの男には散々協調性と言う言葉について説いているはずなのだが、バカなのかワザとなのか。
 最終試験だと判っているこの場に至っても、小林の態度は一向に改まらなかった。

 


「あと6時間でワープ可能空間に到達する。機関室、速度55宇宙ノット」
 古代が木下と一緒に艦橋から姿を消してから、また30分ほどが経った。

 機関室の天馬と連絡を取りつつ操縦桿を握る桜井と、ヘンな鼻歌を歌いながらふんぞり返っている小林以外は、全員が黙りこくっていたその時である。

「……なあ、艦内重力、変じゃないか……?」
 上条がそう言い出した。
「?そうか…?」
 操縦に専念している桜井は、もとよりシートベルトを締めていたから気付かなかったが、言われてみればなんだか変である……
 第一艦橋は、即時戦闘機動に対応できるように設計当初からすべての機器が固定された状態にあるので、すぐにどうということはないが。
 慌てて重力計を見た。……7.5m/s2(0.75G)!?

「トラブルか?!」
 郷田が艦内マイクに向かう……第二艦橋、何か変だぞ、人工重力が減少している。調査しろ!
 だが、まるでそれを聞いてでもいたかのように、木下の声が艦内に響いた。
<全乗組員に告ぐ。現在、艦内重力を調整中だ。各員、周囲で浮き上がったものや位置のずれた物があれば、厳重に固定、確認してくれ>

「はぁ?」
 中西が、コンソールパネルの上に置いていたヘッドホンやらペンやらが浮き上がったのを捕まえ、慌てて所定のホルダーに収める。

 小林は「あっ」と言うなり勢いよく座席から飛び出してしまい、慌ててシートの背をつかんで泳ぐようにして体制を整えた……「俺、格納庫へ行かなきゃ!」
 大変だ〜、俺のパルサー!!
 桜井と上条は顔を見合わせた……
 そうか、艦載機。普通はハンガーにギッチリと固定格納されているコスモパルサーだが、小林はきっと車輪止めもいい加減なままにしてきたのだろう。今頃、きちんと固定していない艦載機はどうなっていることやら……


 さて、なぜ艦内重力が狂ったのか。

 通常艦内重力は、地球上の重力とほぼ変わらない9.7m/s2(0.9G)に設定されている。だが、これは艦体下部に設置された重力ジェネレーターによるマシン制御、いわば重力スタビライザー(安定装置)であり、その装置のスイッチを切ってしまえば、当然宇宙空間では艦内も無重力状態になるのだった。
 地球人類の身体は、長期間無重力状態に晒されると筋力が衰え骨粗鬆症を発症し、生存自体が怪しくなる。そのため、宇宙戦艦と言えども航海中は内部に適正な重力をかけ続けなくてはならない。
 艦内重力は地球上標準の9.80665m/s2に少々足りないが、それによって失われる筋力については、肉体をたゆまぬ訓練によって鍛えることで補う。それがこの時代の宇宙勤務の形態なのである。

 しかし、ここで<沙羅>の艦内重力が減少したのは、古代進と大村耕作の発案による一種の訓練だった。


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「……特殊戦闘機動、ですか?」
 山崎が、目を白黒させて反復した…

「あの、無人機動艦隊が採用している…?」
「そうです」
 大村が頷いた。
「まあ、別段“特殊”というほどのもんでもないでしょう。…こんなこと言ったら、無人艦隊を開発拡張した島さんにとっちめられそうですが」
 そう言いながら、大村は古代に目配せした。

 無人機動艦隊は、古代の親友・島大介が2201年頃から開発に関り、今や地球防衛の要と言われるまでに叩き上げた、特殊機動を旨とする無人の戦闘艦隊である。その有効性は過去数年に渡り繰り返し証明され、現在の地球艦隊一個艦隊の編制そのものも、有人艦4につき無人艦6、という割合で構成されているほどである。


「無人艦の機動を有人艦が行うのは不可能、と言われていますが…」古代はちょっと笑いながら、大村を振り返った。「なに、工夫すれば不可能でもないんですよ」
 ほんとですか…?と呆れる山崎。
 大村は苦笑すると、ただし、と言葉を続けた。
「…艦内重力を、限りなく小さくして訓練していれば、の話です」

 古代と大村は、さも可笑しくてたまらない…という風に笑い合った。


 話は、数年前に溯る。
 古代が初めて、<ゆき>に乗り組んだ頃のこと。

 船長の大村耕作は、<ゆき>の貨物船としての業績を上げるため、あれこれ手を尽くすことで知られていた。彼がそのために自艦で採用していたのは、乗組員の私物から積み荷に至るまでのすべてを固定し、艦内重力を可能な限り小さくする方法である。
 コスモナイト鉱山の点在する610エッジワース・カイパーベルト宙域には、無数の小惑星があり、その中を速度を上げて運行するためには少々無茶な機動を行わなくてはならなかった。しかし、無茶な運転をして積み荷を破損してしまっては元も子もない。そのため、急激な回頭、回転、上下動に耐えるよう、<ゆき>は全艦内が低重力・艦内固定化を徹底して航海していたのだ。

「貨物船が、旋回せずに艦首を沈めてその場で高速回頭するの、初めて見ましたよ……」
 さすがの僕もあれには驚きました、と古代が笑いながら言った。

 貨物船や観光船は内部に余計な揺れや震動を与えないために、船の向きを変える際にはゆっくりと弧を描いて水平に旋回するのが普通である。海の上を走る船と同じような動きだ。大型艦船が艦載機のように、水泳選手の水中ターンのような回頭の仕方をしたらどうなるか。積み荷は崩れ、観光客は将棋倒し、被害は計り知れない、ということになってしまう。
「全艦内完全固定化と、訓練の賜物ですよ…」
 クルーに徹底させれば、実は貨物船にだって出来ることです。

 大村は涼しい顔でそう言ったが、通常概念で言えば、軍艦にすら出来ること…とは言い難かった。しかし古代も大村に同調して言葉を繋いだ。

「…で、貨物船にできるのなら、この<沙羅>でも出来るだろう、と僕は考えた。…とそう言うわけです。慣れれば通常訓練と同様に動けるようになりますし、戦闘機動は格段に向上するはずですから」

 

 山崎は改めて脱帽した。古代さん…あなたって人は。

 宇宙では何もかもが未知数だ、寝ていようと食べていようと敵襲に常に備えろ。山崎は、かつて艦長だった彼がそう言ったことを思い出し、胸が詰まった。

「……いや、その」
 だが当の古代は笑いながら頭を掻いている。
「一度、やってみたかったんですよ……」
 ホントはそれだけなんです。

 大村が、わっはっは、と呵々大笑した。なるほど、古代さんが「鬼の古代」という異名を取ったと言う話は、こんなところから来てるんですな。
「まあ、乗組員たちには最初は不評でしょうが、そのうちこの訓練の意味が分かります。エマージェンシーはいつ来るか判らない。やって損はないはずですから。ね…古代さん」
「…というわけですよ、山崎さん」

 まるで悪戯小僧のような顔をした古代と大村にそう言われ、山崎は感心するやら呆れるやらである。確かにこの十数年間、敵襲を意識しての従軍航海は無いに等しかった……かつて気を張りつめて臨んだヤマトでの航海と較べ、昨今の従軍航海は怠惰と言っても良いほど気が緩んでいる。


 
 そして、一部始終をそばで聞いていた木下が、それを一番痛感していた……。

 あーあ、俺の部屋。今頃どうなっちゃってるんだろう…??
 飲みかけのまま置いて来たカフェオレが、玉になってカップの外を漂っている情景が木下の脳裏に浮かぶ……目の前で笑っている古代進と、その現在の片腕と呼ばれた中年男に、「とんでもない奴ら」という文字が被って見えた。

 

 しかし。

 その一件無意味と思われた奇妙な訓練が奏功するような出来事が、すぐそこで彼らを待ち受けていたのである………

 


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