RESOLUTION 第9章(5)

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(……やばいな…)
 司花倫は我知らずそう呟いた。
 地球よりサイラム恒星系を目指し、約2万光年。

 第一次移民船団は、思いもよらない大規模な敵襲を受けていた——



 旗艦<ブルーノア2220>の後続に付いていた護衛艦1番艦<サラトガ>。その艦橋キャノピーの外には、信じられない光景が広がっていた。
 巨大な腹の中ほどから爆発する移民船、破壊された装甲緩衝材の間から絶対零度の闇へこぼれ落ちる、多数の市民たち。周囲で巻き起こっている爆発のために、このエリアの宇宙全体が仄かに明るく染まっている。
 すべての有人護衛艦隊は、各艦から操作している無人機動艦を敵の攻撃の盾として移民船を守ろうとしていたが、次々に至近距離にワープアウトしてくる敵艦隊に成す術もなかった。

「相手の船籍は!?総数は…!?」

 艦長の古代雪が叫んでいる。わかりません!どんどん増えてますっ!と壮年の通信士が叫び返した。11時の方向、4時の方向に敵艦隊!!船籍不明、交信不能…!ブルーノア、および第2、第3護衛艦隊とも抗戦に入ります! …第7艦隊、……全滅!!
 防戦に徹していた<サラトガ>だが、12の無人艦をコントロールする司の技術を持ってしても、終わりは目に見えていた……


 負傷したチーフパイロットをサブに下がらせ、副長の司自らが握る操縦桿に、艦尾のどこかに光子エネルギー弾が着弾した震動が伝わって来た。重力ジェネレータパネルの針が、狂ったように上下する。どこか下部をやられたに違いない……司は歯の間から後ろにいる管制官に叫んだ。
「アルゴノーツコントロール、無人機動艦の残存数は!」
「……7です!」
「艦載機隊は」
「全機収容完了しました……未帰還、…27!」
 ギリ、と奥歯を食いしばる。古代雪の声が後背から飛んで来た。
「これより本艦隊は密集隊形をとり移民船<パンゲア018>を護衛する!右60度転進!」
「面舵60!」
「全砲門発射用意!」
「了解!」
 <サラトガ>の動きに合わせ、無人管制によって機動する無人戦艦7隻も移民船の側面へ向かい、回頭する。

 だが、そのさなか、<サラトガ>の艦橋下部に敵の放った光弾が炸裂した……

 激烈な震動と閃光に眼が眩み、自分が操縦席から放り出された事に司が気付いたのは、きっかり25秒後だった。コンソールの数字が惨めに赤く点滅している……
「…!……工藤!!」
 司は跳ね起きた。
 隣の戦闘指揮席で、戦闘班長の工藤猛が妙な格好で座席に沈み込んでいる—— 頸部が、あり得ない形にねじ曲がり、工藤が息絶えているのが分かった……

 戦慄と動悸で心臓が破けそうだった。
 古代艦長の声音が、数分前から劇的に変化していた。司は艦長席にいる古代雪を振り返り、彼女の目の色に息を飲む——。

 ……艦長は、雪さんは、もう生き延びようとはしていないのか…!?

「航行に支障は!」
 左肩を打ったのか、雪は右手で肩を押えながら機関士に怒鳴っていた。その声は、叫び続けているために低く割れている。
「支障無し!エンジンは無事ですっ!」
「…移動続行、<パンゲア018>を守る!無人艦残存7隻をパンゲア右舷から前部へ向けて展開、本艦は左舷に付く!左舷全砲塔、左舷ミサイル全発射管、発射準備!」

 一息に叫ぶと、雪はマイクを取って艦底の艦載機チームへ呼び掛けた……

「……パルサー隊志村隊長!パンゲアの左舷に付く前に、本艦を離れなさい!!全機、<サラトガ>より退避、敵の砲撃を避け、戦域を離脱せよ」

 司はもう一度振り向いた。
 夫の志村雅人は、艦載機チームの隊長である。
 雪がこちらを見て、「ごめんなさいね」と唇で言った。あなたの操縦の腕は、最期の戦いに必要なの。でも志村隊長は……この船と一緒に死ぬ必要はないわ。

 了解した印に、首肯した。

 司は瞬きせず、再び前方を見据える。歯を食いしばる代わりに、操縦桿を握る両手に力を込めた……型の違う敵艦が再び、こつ然と至近距離にワープアウトして来て砲撃を加える。それをかわしつつ、司は片手で工藤の使っていたインカムを乱暴にその遺体の下から引きずり出し、マイクに怒鳴った。

 涙声になっていないか、確認する間もなかった……


「……艦載機射出口オープンします!飛べる機体は全速で離脱を…!!」

 ………雅人。さよなら……

 雪さんが逃げないのだから、私も逃げるわけにはいかない。この場所から逃げても生き延びられるかどうか分からないけど、お願い。あなたは、生きて……!



 機関長が怒鳴った。「出力良好!艦載機が離れたら、<パンゲア018>左舷中央まで10秒で到達できるぜ!」
 だとしても。この全長500メートルしかない<サラトガ>一隻で、この3倍はある移民船の左側全面をどうやって守ればいい……
 だが考えている暇はなかった。
 再び至近距離で大規模な爆発が起こり、青い艦体が4つに割れて爆散していくのが見えた。
「……ブルーノア!!」

 誰が叫んだのか。
 ……悲痛な声と共に轟沈したのは、旗艦の<ブルーノア2220>だった——

 旗艦の沈む焔に、古代雪の片頬が呆然と紅く照らされている。

 艦底から、生き残っている艦載機がすべて発進したサインが送られて来た。
「…射出口閉鎖」
 光弾のように船から離れて行くコスモパルサー十数機。その中に、夫の志村雅人の機体があるかどうかまでは、見分けは付かなかった。


「全砲門開け!……撃ぃーッ!」
 古代雪の声が響く。
 主砲が火を吹くたびにかかる姿勢制御の反動をコントロールしながら、司は<サラトガ>を移民船を庇うように並行させた。恐るべき光景は続いている……停止して<パンゲア018>の左舷宇宙を見渡せば、こちらに向かって移動して来る新たな敵艦隊が数十、いや、数百、目視出来た………
 あいつらが……この<サラトガ>の最期か。


 (……いやだ、諦めたくない…!!)
 
 司は必死でコンソールをチェックする。何か方法はないのか。
 波動エンジンのエネルギーは、幸いまだ十分だ。
 唐突に、師と仰ぐ島大介の顔が脳裏に浮かんだ……主砲が死んでも装甲板が落ちても、エンジンが生きている船を…無駄にできるものか。
(あの人なら、…きっとこうする)
 それに、あのヤマト艦長古代進の妻、古代雪を、ここで喪うわけにはいかないのだ。

 振り返って叫ぶ。
「艦長!ワープで退避しましょう!!」
 古代雪が、えっ…と息を飲んだ。
「…移民船を見捨てて逃げるわけには行きません」
 そうかぶりを振る艦長に、司は怒鳴るように言い返した。「違います、守るためです!<パンゲア>の周囲を<サラトガ>と無人艦7隻で包囲した状態でワープドライブに入れば、理論上は<パンゲア>ごと空間転移できるはずです!」
 今だ自席にかじりついている機関士、通信士が、同時に古代雪を悲痛な目で見上げた。レーダー席から、観測員が血に濡れた顔を上げる。

 司の提案は無謀だが、前例がないわけではない。

「ワープ先の座標は出ています…っ」観測員が掠れ声で叫んだ……
 この時代の航法システムは、常に現座標からの緊急ワープアウトに対応するため刻々と短距離でのワープ可能宙域を算出し続ける機能を備えている。無人機動艦にも、自律航法AI<アルゴノーツ>によって遠隔操作で同時にワープをさせる事が可能である。スーパーアンドロメダ級戦艦8隻分のワープストリームに包含した状態とはいえ、だが<パンゲア>の質量は巨大だ。巻き込んでワープさせるとしても、成功するかどうかは未知数だったが……
「……やらなくても、やっても、結果は同じね」

 古代進なら。
 戦闘に突入して以来、雪の頭の中にあったのはそれだった。


 彼なら、最期まで諦めない……!



 雪はごくりと生唾を飲み。命令を下した……「緊急ワープで敵艦をかわす!全艦、ワープ準備!」
「敵艦、撃ってきますっ」
「ワープ20秒前!」
「左舷全機銃、第2主砲、ギリギリまで応戦を!」
「……10秒前」
 最初の光子エネルギー弾が数百、<サラトガ>側面に霰のように着弾する。弾け飛ぶ装甲板、ねじ切れるレーダーアンテナ……
「左舷装甲、ダメージ45!!」
「移民船への着弾防ぎました!」
「5秒前!」
「第二波きますっ……」
 通信士の声が引きつった。「…だめだ……」
「ワープ!」

 雪の声とほぼ同時に、司はレバーを前に押し倒した。急速に眼前が霞んで行く。閃光と共に、<サラトガ>と並行して飛んでいた<パンゲア018>の巨大な船体も揺らぎはじめた。転移先の銀河座標はここから20宇宙キロ離れた宙域である。しかし万が一、そこにも敵艦が居れば……今度こそ、助からない。



 ——進さん…!!

 砕けそうな雪の心に、進の顔が、浮かんで消えた……——



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