RESOLUTION 第9章(4)

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「な…何だって…」
「真田さんからの連絡だ、間違いない。俺は今からすぐ科学局へ行く。…兄貴も」

 次郎は酷く動揺していた。その様子から察するに、父母にはこのことは話していないらしい。次郎のモバイルに、真田から直接連絡があったというのだ。

 大介は次郎の両肩をしっかり支えた……
「落ち着け、次郎。真田さんは何て言ってたんだ、詳しく話せ。消息を絶ったというのは、移民船か、それとも雪の護衛艦<サラトガ>なのか」
「あ、ああ……いや」
 穏やかな声で兄にそう言われ、次郎は生唾を飲むと拳で額の辺りを抑えた。
「……正確には、<サラトガ>とも<ブルーノア>とも、どの移民船とも、もう4時間以上連絡が取れていない」
「磁気嵐の可能性もある。通信が途絶えただけなら」
「いや、一緒に飛んでるはずのドクターシップから、救難信号が複数届いたっていうんだ」
「……どんな」
「わからない、解析中だ。さっきの電話ではそこまでは、まだ」
 ああ、クソッ!!そう呻いた次郎に、大介もにわかに焦りを感じ始める。
「とにかく、俺はすぐに出かける。父さんと母さんには内緒だ、心配するから」
「ああ」
 テレサはここで待っていて、と言いかけた次郎が、その時初めて床の上に散らばる官給品を見つけた。
 
「…兄貴、これ」
 床の品々からおずおずと戻された視線に、大介は即答できなかった。
 冗談だろ、と口の中で呟き。
 やにわに次郎は兄の胸ぐらを掴んだ…「てめえ…なんだこれは!!」
「…違う」
「何が違う、だ!どういうつもりだよ、こんなもの出して…」
 

 この期に及んで、またテレサを一人にして…置いて行くつもりか!

 

「落ち着けよ…、次郎」
 襟元をねじ上げられている大介が、穏やかな声で言った。「…それは…軍に返還しようと思っているものだ」
 その言葉に次郎は怯み、手を離した。

 傍らで竦んでいたテレサが、床に膝をついて散らばった物を黙って拾い集める。そうしながら、言った……
「次郎さん。これを出したのは、私なの。……もう一度、軍に復帰して下さいって、私が島さんに頼んだのよ」
「……テレサ…?」
「島さんは、行かないって言ってくれたわ。だけど…」
 膝の上に大介の制服、ガンベルト、こまごまとした軍用品を抱え、テレサは次郎を見上げた。
「こんな時だからこそ、行って欲しいの」
「テレサ。その話はもういい」
 そして、こちらを凝視したまま声の出ない次郎に向かって、大介は早く行け、と階下を指差した。だが、テレサが次郎を静かな声で引き止める。

「次郎さん、聴いて。私も次郎さんや、真田さん、古代さんたちのために何かしたいの」
「テレサ」
 遮ろうとする大介に首を振り、テレサは立ち上がった。「みゆきにはテレパスがあります、昔私が持っていたのと同じ…、地球のデバイスでは不可能な観測も、ある程度の予知も…できるわ」
「テレサ!」
 やめなさい、もういいんだ!と半ば声を荒げた大介をさらにテレサが遮ろうとした瞬間。次郎の胸ポケットのモバイルが鳴った。

「……真田さんからだ」
 慌ててモバイルを手にし、真田の声を聴く次郎の表情が次第に青ざめる。
「………すぐにそちらへ向かいます」
「状況はどうなんだ」
 二言三言きりで衛星通信をシャットダウンした次郎に、大介が問いただす。次郎は蒼白な顔で、兄とテレサとを順に見る。

 声が戦慄いていた……

「……ドクターシップの映像と、……音声の解析が、終わった」
「どうだったんだ」
「攻撃を…受けていたらしい。古代さんの<沙羅>を襲った連中と同じやつらだ」
「何だって…」
「移民船3000隻のうち2800が…消息不明、護衛艦隊も散り々りだ…って」
「そんな」
「とにかく、地球からでは手も足も出ない。……艦隊の位置はここから2万光年離れてるんだ…!」

「2万光年…」
 喉から声を絞り出すように叫んだ次郎の言葉に、テレサが呟いた。

 かつて、私の故郷があったのも、この星から2万光年の距離。私はあの時、この地球へ直接、テレパスを送った。…でもそれは強過ぎて、満足に言葉としては届かなかった。

 …私なら、いいえ、「私たち」なら、きっと何かが…できる。

 頭を抱えて呻く次郎の肩に、そっと手をかけた……
「次郎さん、どうか…私たちを科学局へ連れて行ってください。みゆきと私を。……必ず、皆さんの役に立ちます」

 昔、この私の通信を頼りに、ヤマトが航海を続けられたと同じように。
 必ず…、導いてみせます——!




        *        *       *


<こちら地球連邦宇宙科学局。護衛艦隊旗艦ブルーノア2220、応答せよ。1番艦・サラトガ、3番艦・妙義、6番艦・灘白!応答せよ!!>

「太陽系交通管理局から各移民船へも通信を送っていますが、依然応答ありません…!」
「……送信を続けてくれ」

 蜂の巣を突ついたような騒ぎが続く、科学局内の移民計画対策本部。
 コマンダーブースに一人仁王立ちになり、真田志郎は矢継ぎ早に投げかけられる声にゆっくりと応えていた。

 現在、唯一情報として入って来ている現場の状況は、移民船団に随伴する医療艇のうちの一隻が送って来た、傷ついた映像と音声のみである。 
 緊急医療艇ドクターシップは、移民船集団に並んでずっと航行を続けており、必要に応じて移民船に着艦、医療行為を行う移動病院でもあった。その比較的自由な航行形態のためだろうか、突然船団を襲った惨劇を、医療艇の船外カメラがまるで映画のように捉えていたのだ。
 だが、その映像と僅かな音声を飛ばした直後、そのドクターシップからの通信も途絶えた。

 最後の映像は、必死に交信を試みようとするドクターシップの乗組員の叫び声と、彼らの眼前で巨大なミサイルを横腹に受け、爆発する移民船の姿だった。


 移民対策本部のスタッフの一人が、コマンダーブースの真田を仰ぎ見て叫んだ…
「緊急医療艇発進基地<エデン>から、出動許可を要請してきています!現場まで到達するのに、彼らが最短です」
「……駄目だ。待てと伝えろ…」
「真田長官……!」
「防衛軍の増援部隊の出動が整うまで、丸腰の彼らを行かせるわけにはいかんのだ!」

 人命救助を旨とする彼らの思いは、痛いほど分かる。だが、現場の様相は明らかに、敵意を持った何者かによる急襲である。武装していないアンビュランスや輸送船にすら攻撃を加える連中だ。
「…第二次船団護衛艦隊の準備は」
「まだです…!出航までに最短でも48時間はかかります」
 クソ、と噛み締めた歯の間で唸る……真田はブース内のホットライン通話装置に手をかけた。
 ——
アクエリアス基地への直通回線である。

 ヤマトは……まだか…!


                     *




 頭上に聳える6連装の波動炉心に火が入り、すでに12時間が経過していた。炉心状態は次第に安定しつつある。
 徳川太助は、新人の双子の機関士に手を焼きながら、ずっとここで寝ずの番をしていた……よし、やっと仮眠できる。2時間くらい眠ったら、試運転だ。

 そこへ、またあのやかましい奴らがやって来た。
「機関長!」「徳川機関長!!」
「…なんだ、どうした」
 二重音声のような双子の叫び声に、太助はうんざりして振り向いた。同じことを0コンマ2秒ずらして叫ぶのはやめてくれ。

<沙羅>で古代と共に実戦訓練を積んだのは、双子のうちの一人、天馬走、だった。弟の翔の方は、徳川について今までずっと、この新生ヤマトの新型波動エンジンを世話していたのだ。 

 だが、天馬兄弟はいつになく慌てているようだった。転がるようにやって来て、太助の傍らにある、艦内連絡用インカムが内蔵されたヘッドフォンをホルダーからパッとむしり取って見る。
「やっぱり」
「外してら」
「なんだよ、どうした」
 とっとと用件を言え、と唸った拍子に、双子が多重音声でまくしたて始めた。
「機関長、さっきから艦内放送で大村副長が呼んでたんですよ」「駄目だなあ、マイクオフになってるじゃないっすか」「緊急らしいっすよ」「大至急発進準備だって」
「あ?あああ??なんだって?!」

 大至急、発進準備だと?!


 徳川、そして天馬兄弟の3人が転がるように向かった作戦室では、副長の大村耕作がすでに主要部門の班長を集めて話を始めていた。

「……出航の予定だが、いささか早まった」

 第一次移民船団が、<沙羅>の我々を襲った奴らと同じ連中に…襲われた。状況は不透明だが、ドクターシップからの映像と音声では、かなりの被害が出ていると見られる。

 一見冷静に見えるが、新しいヤマトの士官服に身を包んだ大村は、蒼白な貌をしていた。ざわめく乗組員らを片手で制し、大村は続けた。
「……我々が遭遇したのは、僅か5隻の艦隊だったが、報告によると移民船団は数百隻の敵艦に襲われているようだ。…現在、ブルーノア2220以下どの護衛艦とも連絡がつかない。移民船団は9割以上が消息不明との情報もある」

 作戦室内が、一瞬シンとした。
 皆の足元にはLEDグリーンの反射光も柔らかいスクリーンパネルがあり、3D立体映像で銀河座標を展開している。ドクターシップからの救難信号とメッセージが発信されたのは、地球から約2万光年の彼方。3000隻の巨大移民船を、192隻の有人・無人の護衛艦が護っているはずだった……

「…ヤマト一隻が出て行って、どうにかなるんでしょうか」
 新人乗組員から、そんな声が上がる。
「わからん。しかし、第二次護衛艦隊の準備が整うのを待っていたら手遅れになる。先行して我が艦が現場に向かう」
「……テストしていない装備については」
「実戦で試すしかなかろう」

 そんな、無茶だ……
 大村の答えに数人から反対の声が上がったが、やにわに荒っぽいドラ声がそれを制した。
「うるせえ!テストなんざいらねえよ!お前ら忘れたのか?!…ヤマトはいつだってそうだったんだ!」
 
 小林、よせ…と大村が苦笑する。小林の隣にいた上条が、彼の脇腹を肘で小突くのが見えた。

「…テストでしくじってやり直さねばならないようなものは、この船には積んでおらん。真田長官を信頼しろ」
 大村はそう言いながら、本気だろうかと実は自分を疑った。次第に慣れて来たとはいえ、この百数十人の天才クルーたちを率いて出撃するというのは、まったく鉄の心臓を必要とするものだな……

 古代が子どもたちのために一度地球へ戻っている間、大村は彼に先んじてこのアクエリアスヘやってきた。それ以降、24時間不休で「ヤマト副長として」振る舞っているが、それはまるで丁々発止の戦いのようだった。

 <沙羅>で一緒だったクルーたちはともかく、アクエリアスで訓練を積みながら待機していた者たちの目は厳しかった……常に吟味の目を投げかけて来る、この大村という男の価値はいかほどか、と。伝説のヤマト、伝説の古代進の片腕と呼ばれた男、だが初めてこのヤマトに乗り組むと言う点では大村副長も自分たちもスタートラインは同じだ。古代艦長と同じほど、信頼に足る男なのか、命を預けられる人物か。

 だが、そんな彼らの前で、今や不敵に笑える自分に大村は正直驚いていた。
 この新生ヤマトの医務室には、上月ユイが乗り組んでいる。大村の自信は、護るべき者
を再び得た、と言う満足感、そして使命感から来るのかもしれなかった。

 

「古代艦長が到着され次第、ヤマトは出航する。総員、発進準備にかかれ…!」


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