37℃ =1=

けしからんお話 2

「しずかちゃんな午後」?

 ええ、のだめだったりしずかちゃんだったり…。今回はテレサ、しずかちゃんです。


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=1=

 

 多分、この習慣って地球でも全世界的な物じゃないと思うな。昔からね。

 確かに、テレザートでもこういう習慣はなかった。海や湖でなら、考えられないことはなかったが。しかも、熱いお湯、である。
 
 新居の、ある一室に、お湯と水の出るシャワーノズルと大きな棺のようなものがあるのを見つけ、テレサはしばらくそれを見つめて考え込んでしまった。これに?熱いお湯を入れる……?
「それであの、……この中に入るんですか…?」
「ああ」
「…………」
「もちろん、裸でだよ」
「…………」


 テレザリアムでの身体衛生は主に、ミストシャワーによる全身洗浄だった。だからこれまで、湯の中に入るという発想は、テレサにはなかったのだ。

「あ…あとで一緒に入ろうか」
 大介が、なんだか照れくさそうにそう言った。
 ごくり。テレサはちょっと緊張する……そうね。一人では、危険かもしれないから、島さんに一緒にいてもらう方が……。
 体温よりも高い温度の湯に全身浸かる…ということが、どうもテレサには上手くイメージできなかった。
 体温は当然上がるわよね。一体、何度くらいのお湯にするのかしら。例えば45度のお湯として、私の体温は35度ちょっとだから、体温はかなり上がる……? それが島さんの国では健康に良いとされているのだから、良い…のよね。……でも…… 

 ……私、そういうの大丈夫なのかしら。

「……あ、嫌だったら、いいんだよ…」
 難しい顔で考え込んでしまったテレサに、大介は慌ててそう言った。
 ……なんかそんな、やらしいよな、いきなりな。
 自分から言っておいて、自分で勝手に照れて撤回する、という、このバカらしくも悩ましいシチュエーション。ひとりでに頬がにやける。でもさ、背中くらいは流してもらおうかな………ふふふっ。

 設計段階で、この家の浴室が二階の寝室の隣にあるのを見た次郎が「やらしーなー」と騒いだが、湯を200リットル近く溜めて使用する典型的な日本家屋の浴槽が一階にあるのは、耐震が目的だ。遊星爆弾による地表の破壊に伴って大きく変動した日本列島の地下に横たわるプレートは、もはや大きな地震を起こさなくなって久しい。バスルームの隣に寝室があるのは、昨今特に珍しいことではなかった。 
 なんでやらしいんだよ、妙な勘ぐりするなよな、と笑った大介だが、実は本音を突かれて焦ったのは言うまでもない……

 理想としてはな…
 浴室から彼女を抱いて、そのままベッドへ直行——(いやいやそんな、それをやったらベッドがびしょ濡れだろ)…しかしそれもまた一興……

 夫が素知らぬ顔でそんなことを延々考えていたとは露知らず。テレサはしきりに浴室の内部を観察し、考え込んでいた。
「……水温の設定は、48度までですね。……このスイッチはなんですか?」
「ああ、それ?」
 お湯を入れないと動かないよ、と大介が笑う。
 ジェットバスだから。
「ジェットバス?」
「………やってみようか?」

 結局、まだ陽も高いというのに浴槽に湯を入れるはめになった。
「見ていたってしょうがないだろ。お湯が入るまであっちで何か飲もうよ」
 そう誘ったが、テレサは動こうとしなかった。「あの、……見ていてもいいですか…?」
 45度の湯が毎分18リットルずつ出るのを、注意深く見守りながら、テレサは浴室の床に座り込んだ……

(……調子狂うな)

 浴室の床に膝をついてバスタブの中を覗き込んでいるテレサを眺め、大介は頭を掻いた。色々と珍しいのは判る。確かに、宇宙船内部にはこういうタイプの浴室はなかった…それはヤマトでもポセイドンでも同じだ。自分たちが、当然知っていること、しかも教えるまでもないと思っていたようなことが、彼女にとっては珍しくてしょうがないのだ。
 銀河座標や宇宙戦艦の推進システムについてなら、自分と同程度に理解するというのに彼女は、「お風呂」が何なのか、ということを実感できないでいる……
(けど、可愛いから良いか)

 2人並んで、浴槽に半分ほど湯が溜まるまで見続けた……、泡立つ水面を。
「……温かい」
「そりゃそうでしょ」
 袖をまくって腕を湯につけ、テレサがにっこり笑う。大介も笑い返した……ほらね、気持ちいいでしょ、お湯に浸かると?
「…この国では何百年も前からお湯に身体を沈めるっていうリラクゼーションの方法をとっていたんだ」
「リラクゼーション…」
「身体洗ってから入るんだよ」
「…そうですね、そのほうが衛生的です」

 欧米ではこの中にそのままシャワージェルをぶち込んで、泡だらけのまま出て来る奴もいるけどね、と大介は頭の中で笑った。そういや、風呂がこんなに良いものだったんだと実感したのは、イスカンダルから帰ったときだったな。……思い出して、また苦笑。
 あの時は一年間風呂らしい風呂に入らなかったんだから、無理もない。水の補給が上手くいかない時は、アルコール消毒だけだったしなあ……
 
 思い出し笑いをしていると、テレサと目が合った。
「……どうしたの?」
「あの……」
 目をぱちくりさせていると、彼女が恥ずかしそうに言った…
「身体を洗うとき使う物は、これですね……で、あの」
「なに?」
「私が準備するまで、外で待っていてもらえませんか」
 は?何の準備?
「あの、だから……」

 身体を洗って、浴槽に入る準備をするから、それまで外で待っていろ、だって?

「入るの?今?」
「ええ」
 真っ昼間だよ?
 まあ、いいけどさ………


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