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敵艦隊、5隻……沈黙!
「……やったのか…?!」
誰からともなくそう声が上がった。敵艦隊を後背から串刺しにしたかに見えたショックカノンの光芒が、にわかに前方で膨らみ、爆散する。
「…敵艦、撃破を確認しました…っ」
レーダーに映っていた、敵艦5隻の動力反応が消える。桜井は、人生初の宇宙戦に、気持ちが昂揚するのを抑えきれなかった。
「…やりましたよ、古代さん!」
勇んで後方副長席を仰ぎ見ると、古代がうむ、と頷き返してくれるのが見えた。
たった数時間前まで自分は、この人の実力に対し猜疑心を抱いていたのではなかったか。 ……なのになぜ、こんな気持ちになるんだろう?
「よし、総員よくやった。引き続き、周囲の策敵を怠るな」
そう返してくれた古代の声音に、(この人の指示に従っていれば勝てる……)そう感じてしまうのを桜井はとめられなくなっていた。
「よっしゃあ!!」
船体を人工重力に従いごくゆっくりと水平に戻し終えると、小林も嬉しそうに拳を振り上げる。褒めてもらいたいのだろう、ガッツポーズのまま後ろを振り返る。古代はそれを見て、ははは、と思わず笑った。
「よくやったぞ、小林」
桜井、上条、お前たちも上出来だ。
昂然とした乗組員たちの顔に、古代は労いの言葉をかける。
「お前たちは実に優秀だ。低重力の訓練もろくに積まないうちに、実戦をこなしたじゃないか!見事だったぞ。今後もこの調子でよろしく頼む!」
「うえっ……」中西が今になって、絶叫マシーンの乗り心地に似た上下反転機動を思い返し、妙な呻きを上げた…。
「いやいや、しかし古代さんと大村さんの発案がなければ、あれほど見事な機動は取れなかったに違いないですよ…」
山崎が、まだ黒煙をまき散らしているアンノウンをパネルに見上げつつ、そう言った。
古代は、そうですね…、と改めて頷く。
「僕の功績ではありませんよ」
クルーたちに、彼を紹介しておかねばならないでしょう。
——そんなわけで、大村耕作が第一艦橋に呼ばれた。第一艦橋にのっそりと現れた大柄な中年男にみんなの視線が集まる……
「彼が大村耕作さんだ。片腕として3年間俺を支えてくれた。また、参謀として、先ほどの低重力訓練と特殊機動訓練を考案したのが、この人だ」
俺を「鬼」なんて呼んでいる奴がいるそうだが、大村さんはもっと怖いぞ。鬼の古代も恐れる男、影の参謀だ!
<沙羅>の艦内服を着込んで、恐る恐る第一艦橋に顔を出した大村だが、プロレスラーのような紹介の仕方をされて面食らう。
「ちょっと古代さん…」
(なんですか、やめて下さいそんな言い方は。…私がここに来ちゃって、良かったんですかね?)ボソボソと小声で確認。
「大村さん、もっと堂々として」
しかし古代にそう耳打ちされ、大村は仕方なく胸を張った……
「わ…私が大村だ。諸君の腕前、とくと見せてもらったぞ!」
教練に入る前に、実戦に対応できるとは、見上げた優秀さだ、うん。
「大村さんもそう思いますか」
「うむ」
古代に乗せられた格好で、大村は偉そうにそう頷いてしまってからハッとした……
第一艦橋に居並ぶ若者たちが、古代のことだけでなく、この自分を見つめて明らかに目を輝かせている。自分に向けられている彼らの目はもはや余所者を見る目ではなく、古代の参謀としての“上官”を見る目になっていた。
自分がしがない貨物船<ゆき>の船長から、この巨大戦艦の副長クラスに一瞬で駆け上ったことに、大村は気付いたのだった。
*
しかし…
航行を中断して、撃破したアンノウンの臨検調査に向かった<沙羅>の戦闘班は、驚くべき調査結果を持って帰って来たのである——。
「……誰も乗っていない…?!そんな馬鹿なことがあるか!」
「…し、しかし艦長」
山崎に怒鳴られ、上条が首を竦める。だが大穴を開けられて瓦礫同然になった5隻の敵艦の内部には、生命反応はおろか…乗組員の遺体らしき物すら、見当たらなかったのだ。
中央作戦室のスクリーンには、第二艦橋で撮影した破壊前の敵艦のフォルム、そして、戦闘班が持ち帰った敵艦内部の多数のホログラム映像が投影されていた。焼け焦げた構造物の一部なども、皆の手元に回されている。それらを見るにつれ、山崎も怒鳴るどころではなくなって行った。
「……信じられん」
アンノウン艦内部は少なくとも、地球人類の人間工学の常識から大きく逸脱した物ではなかった。艦内には高さの十分な通路、部屋らしき区画、運行機器や管制機器、攻撃火器らしきものが存在している。床面からコンソールパネルと思しき台までの高さは、地球の船とほぼ同じ、約130センチほどだった。つまり、少なくともそれを見れば、身長が160センチ以上の生き物がこれを操っていたと考えられるのである……
だが、破壊されたブリッジと思しき場所に散在していたのは、人間の遺体ではなく、紫色の有機物……爆発の熱によって溶けたのか、固く弾力性のある紫色の粘液体が、そこかしこに飛び散っているだけであったのだ……
人型の異星人ではない、ということか……?
「…ところどころに、文字のようなものが記録されていました」
これから何か、判りませんか…?
上条が投影した何枚かのパネルの画像に、桜井が「あ…」と声を漏らした。
「桜井、何か心当たりがあるのか」
「……あの、僕…4年前に」
僕が島次郎さんと一緒に、アマールへ訓練航海をしたこと、ご存じですよね。
桜井は躊躇いがちに口を開いた……だが、今ひとつ確信が持てない。これは、確か……
「アマール星の文字ではありません。でもおそらく、これはあの星系の言語です、とても良く似てる。……島本部長ならもっとちゃんと読めるはずです」
……この文字。
英語に直すと、SUSと読めるはずなんです……
「SUS…?」
古代、山崎らはホログラム映像に目を凝らす……ブリッジらしき場所の壁面に幾つか繰り返されている文字、そして…船体底部に見られるレリーフは、確かに同じ文字のようであった。
「なんだ、SUSって…?」何かの略か?
「判りません」
「………」
ともあれ、これは宇宙科学局に至急転送しなくてはならないな。なぜ、これから人類が移住しようという星系の船が、地球の船と判る我々を一方的に攻撃して来たんだ…?
(嫌な予感がする……)
古代は胸にざわめいた不安を口に出そうか、と数秒考えた…だが、それを無理矢理押し殺す。
次元レーダーによる周囲の警戒も続けているが、アンノウンの援軍が来る、といった気配もなかった。山崎と古代は協議の上、瓦礫と化した船の一隻を解体して回収し、地球へ運ぶべきだと結論付けた。
* * *
「…はーい、次のかた!」
「先生、よろしく…」
戦闘班と工作班とが数時間を費やし、敵艦の一隻の解体と回収を行なっている間。
医務室には、ちょっとした怪我人の行列が出来ていた。
先ほどの上下反転機動には、全乗組員がついて来れたわけではなかったのだった。
数人が、いきなり鉄棒の”逆上がり”のように急激に動いた床に投げ出され、打撲傷を負った。多くは、居住区に居た非番の者たち、それも非戦闘員の炊事兵や酒哺の管理兵である……
「…皿を固定するので手一杯だったんですよ」自分の頭までは、間に合わなかった、面目ない。そう言って首を竦めた炊事兵に、武藤医師は いいえ、とかぶりを振った。
「これは戦艦とは言っても、同時に人間の生活する船なのよ?古代さんたら噂通りの無茶ぶりね」
「いや、指示について行けなかった我々の力不足です…」
これは彼の本音だった。厨房、格納庫、弾薬庫。細かい、しかし大切なものばかりがこまごまと集まる空間では、あんな実戦機動を取れるようになるまでには本来、もっと時間をかけて準備確認をしなくてはならないが、自分たち以外の部署はどうにか対応したのだ。ついて行けなかったとしたら、それは単に力不足でしかない……
「そんな風に考えては駄目よ…」
武藤は炊事兵の額に大きめの絆創膏を貼り付け、余分な切れ端をハサミで丁寧にカットした。「戦闘は非人間的な行為です。上手く出来なくたってそれが当然だわ。だからこそ、私たちがいるのですもの」
幸い、医務室は先ほどの回転機動に無事対応した。ベッドやデスク、衝立てと言った什器は最初から床に固定されていたし、細かな医療器具はすべて小分けにされた容器の中に仕舞われていたからだ。
古代が回転10秒前に「これは訓練ではない」と宣言したので、医療班の看護師たちも十分どこかに掴まり、回転に備えて身体を支える時間があったから、怪我人もいない。
「どうですか、こちらは」
大村が医務室へ様子を見にやってきた。彼は作戦後の艦内を見回っているのだった。
武藤が顔を上げて会釈する。「大事ありませんわ」
「それは良かった…」
室内に居た数人の看護師も、笑顔を見せる。その中の一人が、大村の顔を見て慌てて顔を伏せた。手当てしている兵士の、膝の後ろへ頭を隠すようにして、湿布を貼付ける……
「今、艦内重力を少しずつもとに戻しています。15分程度で普段の感覚が戻って来るでしょう。低重力にする時は急激でも、元の重さに戻すのは時間をかけないと身体に負担がかかるんです。鬱陶しいですが我慢して下さいね」
そう説明しながら、若い看護師たちが集まっている光景は、やはり眩しいものだな…、と大村は思った。
ちょっとした怪我を負った男たちが、考えられないほど嬉々として医務室へ向かう理由がなんとなく自分にも分かる。…おっと。俺まで鼻の下を伸ばしてると思われたらいかん……。
「では、私はこれで。何か不便があったら遠慮なく言って下さい」
武藤に一礼し、大村は踵を返して医務室を後にしようとしたが、ふとしたデジャヴを感じて振り返る。広い医務室の中程を、奥へと歩く看護師が一人。順番を待っている兵士がまだ居るのに、彼女はまるで現場を放棄して逃げるかのように背中を向けている……
栗色の髪、小柄な身体。
大村は、数秒その後ろ姿を見つめた。……そんなはずはない。
……彼女が、ここに居るはずなんかない……
「どうしました?」
武藤が動きの止まった大村にそう声をかけ、その視線の先に目をやった。「…上月さんが何か…?」
* * *
医務室では「知りません」という顔をし通したが、いつまでもそんな振りを続けられるわけがなかった。
大声を上げて彼女を呼び止める、なんてことは出来なかった。大村耕作、鬼の古代より怖い影の参謀……それが、女の子を追いかけてこの艦内を走ることなんぞ、死んでも出来るか。
ぐるぐる回る脳髄を、叱咤して落ち着かせる……落ち着け、俺。
あれは、確かにユイちゃんだ。
(ステーション・ルーアでも一人、従軍を志願して来てくれた看護師が)
武藤が言っていたのは、彼女だったんだ。
まさか?…俺を追って……?
いやいやいや、と頭を振る。自惚れにもほどがある……
医務室から艦橋へと向かうエレベーターの中で…腕のクロノメーターを見た。
工作班が、残骸を回収し終え、再び航行に移るまでにあと15分程度。
機関室と主砲発射室を見回るつもりの時間である。
(くそ…)
意を決して、エレベーターのボタンを押した。開いたドアを出ると、階下に戻るもう一基のエレベーターに乗り換える………医務室へ戻るぞ。
誰が影の参謀だ。そんなもの、クソくらえ。
——ユイちゃん…!!
「すいません。絆創膏、下さい!」
出入り口に居た兵士が腰を抜かすほどの声で、大村は医務室の中に向かって怒鳴った。
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