RESOLUTION 第8章(8)

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 僕は一度、ヤマトの艦長を降りた身です。今は…ヤマトには何の関係もない。



 そう言った古代進を見て、木下、郷田が顔を見合わせたのに桜井は気付く。

 想定外の出来事に、山崎が動揺しているのが見てとれた。

「アクエリアスで、ヤマトが大改造を受けていることは知っている。だが、自分がその新しいヤマトの艦長になるだなんて、俺はまったく思ってもいないんだ」

 山崎が、それは…と何かフォローを入れようとした。だが、古代はもう一度首を振ってみせた。

 第一艦橋の若者たちの数は10人足らずである。だが、彼らも、また彼らの指示を受けて動くこの艦のすべての若者たちも、皆厳しい選抜をくぐり抜けて来た精鋭に違いない。彼らは確かに、自分・古代進についての噂は聞いているのだろう……だが、彼らの世代にとって、“ヤマトの古代進”は伝説ではあっても現実ではないのだ。彼らの眇めるような視線に、それも無理はない、と感じる古代である……

 艦橋中央に、数歩、歩み出た。

「……見たところ、君たちは選ばれて派遣されて来た特別なクルーなんだろう。この何年も、こんな辺境で貨物船に乗っていた俺に、新しく生まれ変わるヤマトの艦長が務まると思うかい?」
「古代さん、一体何を」
 古代がヤマトの艦長に返り咲くことを一片たりとも疑っていなかった山崎はひどく動揺しているが、桜井は少々驚いていた…何だ?この人。
 傍らの小林が、珍しく黙っている。
 桜井はそれにも驚いていた。
(……ネームバリューだけで実力が伴わないやつには決して盲従しないはずの小林が、黙ってるなんて。ついさっき、ドッグファイトで負けたからか……?)

「……それは、海に出てみりゃ判ることですよ」
 黙っていた小林が、そう口を挟んだ。「な、みんな?」

 小林なんかに「みんな」と一からげにされるのは腹立たしいが、あの人と一戦交えて来たあいつがそう言うんだ。一理あるのかもしれない。桜井はそう感じ、思わずうん、と頷いた。

 

 古代進。

 この人については、自分はここに居る誰よりも「知っている」と言える。それは一重に、桜井の上司が古代の親友・島大介の弟、移民対策本部長・島次郎だったからにほかならない。次郎の口から、この人についてはよく聞いていた。だが、自分一人が又聞きで知っていることと、目の前に彼がいて、自分たちの長として在ることとは、また別問題だ。

 いずれにせよ、ここに居る連中の誰もが力づくでねじ伏せられるような奴らではなかった。伝説が伝説である所以を、俺たちは皆この目で確かめたくて仕方がないのだ。

 古代は、小林の一言に誰も反論しないのを見渡すと、小さく息を吐いた。

「……わかった。じゃあ、ひとまずこの第一艦橋に俺が居ることに異存はないか?」
「はい」
 古代の一番近くにいた木下が、そう声に出して答える。
 山崎がとんでもない、と言う顔で割って入った。
「いや、古代さん。…そもそも我々の任務自体がヤマト艦長としてのあなたをお迎えに上がることなんです。私としてはそれだけでなく、地球へ帰還するまでの間だけでも<沙羅>の艦長を古代さんに」
 そう言いかけた山崎に、古代はにっこり笑いかける……「それは駄目ですよ、山崎艦長。そんなこと、する理由がありません」
 ではせめてここへ、と山崎が示したのは副長席である。二つある席のうちひとつへ、古代は歩み寄った。「ありがとう」

 不思議なことに、副長席とわかっているのに古代がそのポジションに着いて艦橋全体を見回すと、視線を投げられた者は否応無く気が引き締まるように感じた。艦長の山崎の、上に立つ者としての柔和なオーラとはまた違う何かが、古代からは感じられるのだ。そして、驚くべきことにその彼が上官としてではなく、僚友として若者たちに接しようとしていることは、彼がこめかみの横にではなく胸元に礼の拳を持って行ったことで判った……

「…古代進だ。本日零時を持って、地球防衛軍に復帰した。よろしく頼む!」

 小林が満面の笑みを浮かべて同じように敬礼し、声を張り上げた。
「チーフパイロット、および艦載機隊責任者、小林淳です!」
 続いて年長組の郷田が、躊躇いがちに敬礼する。「…郷田実。火器管制責任者です」

 古代が向ける視線に答えるように、若者たちは所属と氏名を順番に口にしていった。

 「工作班班長、木下三郎です」
 「戦闘班長、上条了です」
 「通信関係を任されております、中西良平です」
 「機関部、天馬走です」
 「…レーダー担当、および操縦班長、桜井洋一と申します」
 
 桜井は、古代と目が合った瞬間、彼がふと小林と自分とを見比べた、と感じた。無理も無い。操縦責任者が2人…。

「…君は、操縦班長と言ったね?」
「はい。…私は主に通常運行を担当しております。小林君は戦闘時の機動を担当しているんです」
「だーから〜」
 小林がそこで改めてにじり寄って来たので、桜井はまたムッとする。「古代さんがな、俺の腕を見たいって言ってるんだ。代われよ…、な」
 小競り合いが起きそうだ。

 古代はクスッと笑って、なるほど…と山崎の顔を見た。山崎は肩を竦めてそれに応える。

「おい、小林。とりあえず、通常の持ち場から始めよう。お前は普段はサブ操舵席なんだな?」
 ほーらね、と鼻で笑った桜井に、チェッと中指を立てて見せ。小林は古代に言われた通り、素直にサブ操舵席に滑り込んだ。



                  *



<波動エンジン機動開始!>
 艦内放送の声が、出航の秒読みを開始していた。

(……急がねば)
 <沙羅>の艦内は思ったより広く、大村は上層階に出る通路を探して、まだ艦内を急ぎ足で歩いている最中だった。
 艦長室へ来て下さいと言われていたにも関わらず、この分では今頃古代さんも山崎艦長も、出航のために第一艦橋に行っているだろう。自分はまだ貨物船の船員服から着替えてもいない。さて、どうしたもんだろう?

 慌ててベルトウェイを降り、上層階へと続くホールへ出ようとした途端、大きな身体にぶつかりそうになった。
「おおおっと…」
 とっさに両手を出して、相手の胴体にワンクッション、直にぶつかるのは避けたつもりだった。——が。

「…………」
 大村が両手で触った人物の、胸の部分はやけに弾力があり。見上げると、白衣に赤い口紅。結い上げた黒髪が後ろにこんもりと山になっており……
「こっ、これは失礼!!」
 大村が両手でしっかり抱えていたのは、武藤薫の120センチはあろうかというバストだった。
「……あなたは」
「武藤先生!!」

 ひゃああ、なんたる無礼を……!!
 古代進の治療にやってきた医官、武藤薫とは、すでに顔なじみの大村であった。

 まあ、事故だからしかたないとして。
 武藤は溜め息をついた。「こんなところで何をなさってるんです?古代さんはもう第一艦橋で出航の指揮を執っておられますわよ」
 武藤に笑われ、事情を説明した大村は<沙羅>の艦内服を貸してもらうことになったのだった。

「古代さんにはこちらから連絡を入れておきましょう。出航するまで、ここにいらしたらいいわ」
 そう言われて大村は頭を下げた……「かたじけない」
 医務室である。

<機関部門、配置完了!>
<全通信回路オープン、送受信状態良好です>
<レーダーシステム、異常なし!>

 艦内放送で、全部署からの発進準備完了報告が挙がって行くのを聞きながら、武藤も片手にマイクを取ると、隣の区画の医療班に対して連絡を始めた。
「……全員大丈夫?班長、点呼しておいて。出航3分前よ。みんな席に着いてるわね」
<はい、武藤医長!>

 インカムに若い女性の声が入って来る……看護師たちからの返答があったようだ。
「…この船には女性の看護師さんがたくさん乗ってるんですか」大村は興味を引かれてそう訊いた。自分が巡洋艦に乗っていた頃は、看護師は全員男だった記憶がある……
「ええ、みんな女性ですよ。しかも若い子ばっかり」

 気になります??
 武藤の意味ありげな笑いに、大村は思わず赤くなる。「なななにをバカな」
「従軍看護師の希望者は案外多くてね。常に補充できている状態なんです。有り難いことですわ。この<ステーション・ルーア>でも、一人希望者が来てね……」
「はあ…」
 そんな会話をしているうちに、足元から波動エンジンの拍動が伝わって来た……。


<射撃管制システム、異常なし>
<艦内全機構オールグリーン>
<航法システム異常なし!>

「全部署、発進準備完了しました!」
 桜井の声に、山崎が頷いた。「動力、接続せよ」

<こちらルーアコントロール、上昇ルートオールグリーン>
 エンジンの回転は2500に達したようだ……二つあるフライホイールが、両方とも回転を始め、順にメインエンジンへと接続される。

「第一フライホイール接続、続いて第二フライホイール接続。コントロール、発進許可願います。ガントリー、ロック解除」
 桜井の声に、艦体を支えていた重機が順に外れて行く震動が伝わって来る。頭上のドック天蓋がスライドしながら後退して行くのが見えた。——と同時に、直に漆黒の外宇宙がその向こうに広がって行った。

「フライホイール点火……発進10秒前」
「<沙羅>、発進」
 山崎の力強い声に桜井が応えた…「沙羅、発進します」

 黙って一連のシークエンスを見守っていた古代も、大型戦艦の出航に否応無く『ヤマト』を思い出す。そればかりではない……今この瞬間にも、来るべき重大な瞬間(とき)に備え、愛する妻、雪が…同じように任務のただ中に居るのだ。


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