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<沙羅>——艦長室。
互いにまだ首にタオルを巻いたまま。
艦長の山崎を間に挟んだ位置で、古代と小林は向かい合っていた。
「……さあて」
そう言って、古代はにっこり笑った……白地に赤いヤマトベクトルが、胸元を開けているせいで二つに分かれている。
「これで…俺はオッサン呼ばわりされずに済むのかな?」
小林は顔を真っ赤にすると、思い切り鼻で大きく息を吸った……
「申し訳ありませんでしたっ、古代さんっ」
がばっ、と120度、頭を下げる。
「はは、そんなことはいい」
古代は笑うと、山崎の隣のシートに腰かけた。「まあ…お前も座れ」
「いえっ」
それを辞し、小林は再度姿勢を正すと気を付けの姿勢を取る。
「まったく、肝を冷しましたよ、古代さん」
しかしまあ、よくもこの小林を降しましたね……!山崎はそう言いかけ、むぐっと口を噤んだ。
「いや、率直に言ってもらって構いませんよ。僕も正直、驚いてる。ドッグファイトどころか、ゼロに乗ること自体、もう随分ご無沙汰だったんですから……」
小林がそれを聞いて、目を丸くした。俺らは毎日訓練してるっていうのに……?
「種明かしをしようか」
古代は小林の表情に苦笑する。
「小林。お前の飛び方は……俺の知ってる誰かによく似てるんだよ。だからお前の動きはほぼ予想がついた。俺がお前に勝てたのは、そのおかげさ」
「…?」
「お前の教官は…昔コスモタイガーを駆っていた男だね。一撃離脱後の、左旋回の尋常でない切れの良さ。…最初に痛めるのは左のフラップだ。お前も整備班泣かせだろう」
「えっ……」
なんで分かるんだ?といわんばかりにまた目を丸くした小林に、古代はアハハ、と屈託なく笑う。
山崎はその様子に、我知らず「いやはや」と首を振った——
まったく、古代さんには脱帽する……。
この数ヶ月間に及ぶアクエリアスでの新ヤマト乗組員訓練で、この小林淳は3人の教官を困らせていた。大型操艦を指導する太田と北野、そして小型艦載機の教官は加藤四郎なのだ。古代は誰かにそれを聞いたわけではあるまい……あのたった数分の目まぐるしいドッグファイトの最中に小林の飛び方を観察し、加藤の癖をそこに見つけた、としか思えなかった。
しかし、小林の教官である加藤四郎が手本にしているのは、かつてその兄三郎の得意とした戦闘機動である。四郎はそれを大層苦労して習得した…という話だった。そして、その兄の加藤三郎が唯一最後まで勝てなかった相手、それが古代進だった…、それもまた、有名な逸話なのだ——
「……すげえ」
小林が、そう呟いた。「あんた、すげえよやっぱり!!」
「こら…!」
何にしろ口の訊き方のなっていないやつだ、と山崎が顔をしかめた。
「さあ、お前はもう持ち場に戻れ。これからすぐ出航だぞ!」
「まあ山崎さん。艦載機隊にはこれといって出航準備は無いはずですから」
もう少し、この跳ねっ返りと話がしたいと思い始めていた古代はそう言ったが、山崎の次の言葉にちょっと驚いた……
「いえ、小林は<沙羅>のメインパイロットも兼ねているんです」
ですから、運行部の出航前点検も本来コイツの仕事なわけでして。
「そ…そんなことが出来るんですか」
「へへへ」
古代の驚いた顔を見て、今度は小林がへらりと笑う。
大型小型、チャリンコから超弩級戦艦まで、俺に操縦できないモンはこの世に存在しません。
「驚いたな…」
一瞬だけ、古代の頭に島の顔が過った。あいつが居たら、何て言うだろう?……しかし、それが本当ならすごいことだ。
「よし……小林。お前の腕を見せてもらおうか」
古代は山崎を振り返り、さて、と改めて腰を上げた。「僕も第一艦橋に行きましょう」
「はあ」
それはかまいません、むしろ歓迎なんですが……。
山崎はちょっと躊躇する。それにしても、この船にはまだ問題がたくさんあるのだった。
小林は確かにメインパイロットではあるが、操縦を担う者がまだ他にもおり、発着陸や巡航速度での運行は基本的にその者に一任されていた。極端な話。小林が操縦桿を握るのは、戦闘機動時に限られるのである。古代に腕を買われたと小林が主張すれば、もうひとりの操縦士と、もめ事になるのは目に見えていた。
(さて、どうしたものか……)
真田さんからは「これは彼らの初の訓練航海のようなものですから、ひとつよろしく」と言われたはいいが。しかし面倒を背負い込んだものだな、と山崎は頭を掻いた。
* * *
一方、大村耕作はとぼとぼと<沙羅>の昇降タラップに向かって歩いている所だった。
先ほどから、にわかに<沙羅>の停泊しているドック内部が騒がしくなった。出航命令が出されたに違いない。であればもう数時間で、このステーションともおさらばだ…
(……これで良かったんだ)
12万t級の最新型スーパーアンドロメダlll。こんな超弩級の、波動エンジン3基、波動砲3門の立派な艦に…あの古代進と一緒に乗れる。もうそれだけで、自分の燻り続けた人生の前途は明るくなったようなものじゃないか。
カスケード・ブラックホールが太陽系を通過しても、この<ステーション・ルーア>と周囲に点在するコスモナイト鉱山は残る。ユイちゃんは、ここに居れば自分と一緒に来るよりも、確実に安全な暮らしを続けることができるんだ。
そう自分に言い聞かせると、最後に改めて<ルーア>の中心部の見えるドックの天蓋部分を眺めた……
(さよなら……ユイちゃん。君が好きだった)
溜め息を吐きながら、ジャケットのポケットに無造作に手を突っ込むと、何かが指に固く当たった。
……亡き妻と揃いで作った結婚指輪。
大村は、それを取り出してしばらく眺めた。
幸せにしてやりたかったのに、そうできなかった女の形見。
(……結局、俺は誰も…幸せになんかしてやれない男なんだろうな)
きっとそれが最後の心残りになるのだろう。出撃すれば常に死と隣り合わせの宇宙空間。しかし、独り者の俺には怖いモノなんかもう何も無い。……むしろ、この先はその方が都合がいいんだ……
ユイちゃん。
この指輪は、今日から君のために……はめることにしよう。どこに居ても、俺は君の幸せを願うよ……
(奥さんのお古の指輪なんか、まっぴらご免だわ!新しいの買ってよ!)
そう言って怒るに違いないユイの顔を思い描き、…大村はふふ、と切なく笑った。
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「発進20分前。各部署点検を急げ」
艦橋正面のメイン操舵席では、桜井洋一が航法システムの最終チェックを行っていた。小林はまだ姿を見せない。あの古代進とドッグファイトをやったあとだから、まだへたばってるんだろう……まあ、それはそれで好都合だった……なぜなら。
小林は、アクエリアスでの訓練が始まって以来ずっと、桜井の操縦の腕にイチャモンばかり付けてきたからだ。元々、「平時の運行は桜井/緊急時の操舵は小林」と決められているのに、奴はことあるごとに「俺が俺が」と操縦桿を独り占めしたがるのだ。
桜井は<沙羅>より先に、古代のところへ派遣されたので、地球からここまでの運行については確かに、小林の独壇場だったわけである…だが、それをいい事に小林は桜井が<沙羅>に戻って来ても、「俺が俺が」と言って操縦席をゆずろうとしなかった。
(な〜にが防衛軍始まって以来の天才だよ)
桜井はフン、と鼻を鳴らした。通常運行と戦闘機動の区別も付かないくせに。
確かにおそらく有事の際は、小林の操縦の腕は役に立つんだろう。けど、いつでもあれじゃあ乗り心地最悪だよ。
フン、と鼻を鳴らしてコンソールパネルに指を走らせた。あいつが設定いじったあとは調整も大変なんだ……自分カスタマイズしやがるから、数値が全部バラバラだ。
「…巡航スピード設定…チェック」
よし、これでいい。
…と思っていると、例の耳障りなでかい声が第一艦橋入口から響いて来た。
(………来たよ…あの野郎)
桜井はげんなりする。
「はいはいはいはい!!」
はいよ、みなさんちょっくらごめんなさいよ、と来たもんだ!
とかなんとか、くだらないダミ声でごちゃごちゃ言いながら小林淳がずかずかとやって来た。
「おう、商船学校!俺に運転代われや」
小林は、なんだかえらく上機嫌で艦橋前部までやってくると、操縦席に座る桜井の肩をポンと叩いた。
「……またかよ、しつこいな」
「桜井、お前はサブ操縦席ね」
「馬鹿言え…」
小林お前、ドッグファイトで古代進に負けて、おかしくなったんじゃないの?
そう言いかけて、後ろをひょいと振り向いた桜井は、小林の後ろから艦長とその噂の“古代進”がやってくるのを目にし、慌てて立ち上がった。
「艦長!」艦橋にいた全員が機敏に敬礼する。
「みんな、紹介しよう」
山崎は振り返り、半歩後ろにいた古代を前に押し出した。
「ヤマト艦長、古代進さんだ」
全員が改めてぱっと敬礼した。
だが古代は突然かぶりを振ると、手で皆を制する。
「いや、ちょっと待って下さい…」
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(8)