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「こ、古代さん!一体何を…」
山崎がそれを聞いて慌てふためいた……
「ああん?なんだとォ……?」
上の方でごちゃごちゃと悪態をついていた声がぴたっと止むと……、若い男がハンガーの一つから、ぬっと顔を出した。
「なんだ……てめえは」
…もう一人、おそらく上階のハンガー内部で彼と言い合っていた整備員と思しき少年がその横に顔を出す。彼は艦長ともう一人の将校の姿とを目にして、青くなった。
「や…やめろよコバ、あれ、なんか偉い人じゃないのか!?」
「おめーは黙ってろ。……勝負しろだとぉ…??」
いい度胸だ、どこのどいつだ。
小林と呼ばれた少年は、そばに居た同僚を威嚇すると、サルのようにスルスルッとハンガー脇の昇降用ラダーを降りて来た。2メートルほど上から威勢良く飛び降りる……古代と山崎の真ん前へ。
「艦長」
とりあえず、といった感じで、山崎に敬礼。チーっす。
「ああ」
返礼すると、山崎は困ったように苦笑した。古代が微笑みながら、一歩進み出る。
「君が小林か」
「……オッサンはどこのどいつでありますか」
「こらっ…!!」
山崎は、下唇を突き出して不審そうに古代を睨みつけている小林淳を慌ててたしなめた。
「馬鹿もん!!この方はな、あの宇宙戦艦ヤマトの艦長、古代進さんだぞ!」
その声が格納庫中に響き渡る。
一瞬にして、空気が変わった。
周囲の作業員、艦載機隊員、整備員らが一斉にこちらを凝視する……
小林の表情が、一瞬だけ驚愕に歪んだ。その視線が、古代の上着の下に見え隠れする、胸元の赤いベクトルを捉える……しかし。
「……ヤマト艦長だか九官鳥だか知らないでありますが」
格納庫中の視線を受けているにも拘わらず。
小林は不敵な態度のまま、真っ直ぐ古代の瞳を睨みつけ…言い放った。
「伝説だとかなんだとか偉そうなことは、俺に勝ってから言って頂きましょう、であります」
伝説と謳われたヤマトの艦長・古代進。
だが、それは過去の話。
——俺たち新世代について来れたら、認めてやるぜ、オッサン!
ニヤリと片方の犬歯を見せて不敵に笑った小林の顔を見ているうちに、古代はこの少年の態度が「こうしようと決めていた」ものだということに気付いた。
——面白い。
「山崎さん。……ここは任せてもらえますか」
軍隊に所属する人間とも思えない、とんでもない小林の態度に逆上しかけた山崎を片手で制し、古代は微笑んでそう言った……
昔、俺はふざけた態度の艦載機隊員をただ殴りつけ、規律を乱すなと怒鳴った。だが、それだけでは彼らを従わせるのに時間がかかりすぎる。
この小林淳と言う男。君が『力には力』、そう思っているなら好都合だ。
<コスモパルサー03、コスモゼロ21をカタパルトに回せ!!エリア461でドッグファイト訓練に入る!>
* * *
<沙羅>の第一艦橋では、予定を変更して急に命じられた出航準備にクルーたちが奔走していた。
ところが……
「おい、みんな!!聞いたか……!!」
息せき切って駆け込んで来た木下の声に、全員が驚いて腰を上げた。
「小林が!!古代進とパルサーでドックファイトするんだってよ!!」
「なんだってええ!?」
「今、<ルーア>の影響圏外まで2機、出てる。中西、桜井、レーダーパネルで中継できないか?」
「やるやる、しないでかっ!!」
出航準備どころではなくなった。
あの古代進ってやつ、本気かよ…?
小林とドッグファイトって……正気じゃないぜ!!
「でも、あの人って初代コスモゼロ52型のテスパイだったんだろ?どっかで読んだぜ、俺」
「だって、にしても……病み上がりなんだろ…?」
大丈夫なのかよ……?
伝説だからか、それともハッタリか。
いくら自分が開発に関わったコスモゼロ後継機に搭乗しているとは言っても、病み上がり…おまけに相手は、あの…『加藤三郎の再来』とも言われちゃってる、小林淳だぜ??
*
(……久しぶりだ)
新型<コスモゼロ21>のコックピットで、古代はこみ上げて来る笑いを抑えきれなかった。無論、20代の頃とは視力も体力も違う…全身がバネのようなあの18歳の若造と較べたら、俺はもう錆び付いたコイルみたいなものだろう。
だが、だからこそ、持ち前の研ぎ澄まされた第六感が剥き出しになる。……見切ればいい、無闇矢鱈に動き回る必要は無い。
自分の前を、まるでワープ速度に達したがっているかのように吹っ飛んで行く青い航跡。カタパルトから射出される、羽の無いミサイル様の機体から反動をつけて飛び出す可変翼、その射出速度のままブースター発進したコスモパルサーは、すでに古代のゼロのはるか先を飛んでいる。
(……素晴らしい。敵襲の最中にも、これだけの発進速度を保てれば、制空権をもぎ取られる確率も格段に低くなる)
たった今これから、そのパルサーと一戦交えようというところだというのに、古代の意識はそちらに流れた。
60機か。…あの弾丸のようなコスモパルサーが、60機……ヤマトに。
これはすごいぞ……
<オッサン、用意はいいか!>
……と、不意にメットの交信機に耳障りな小林の声が飛び込んで来る。
<まあ待て…そう慌てるな>
ルールは分かってるな。お互い機首のガトリングガンのみ、模擬弾数は6万発、つまり単純に3回こっきり、の撃ち合いだ。
<おう!>
俗に言う、<IAI>と呼ばれるエンカウンターである。大昔の武士の抜刀術「居合い抜き」に語源があるらしいが、敵艦載機との会敵の際、多くは最初の接近の際ガンレンジに入った瞬間にロックオン、および発砲し、それが勝敗をほぼ左右することから、訓練においても同様の状況を想定したドッグファイトの様式が考案された。毎秒2万発を発射するレーザーガトリングガン1シュートで、弾数6万発、つまり発砲できるのは互いに3回まで。その間に勝敗がつかなければ、相手をロックオンした回数で勝敗を決めるというルールである。
<開始10秒前!>
ジャッジを務める山崎の声が双方のメットに入って来る……
光る刃物のような残像を閃かせて、両機は最初のエンカウンターへ突入した。
* * *
艦載機格納庫は、ドッグファイトの行われた機体を取り囲む野次馬で、ごった返していた。
「……結局、どうなったんだ?」
整備員たちを押しのけ、やっとのことで艦底まで辿り着いた桜井と木下、郷田の3人は、並べて駐機してある<コスモゼロ21>と<コスモパルサー>を尾翼方面から見下ろせる位置で、互いの顔を見合わせる……
ドロー、らしいぜ!
小林は3回シュート。古代さんは最初の1発目しか撃ってない。
でも、結局どっちも被弾してるって。今、判定待ちだそうだ……——!
「……あれ…もう勝負ついてんじゃない?」
郷田が双方の機体を見比べ、おもむろにそう結論付けた。桜井が反論。
「なんでそう言い切れる?」
「小林の機体、見ろよ…」
郷田に言われ、桜井と木下だけでなくそばに居た整備員の何人かが身を乗り出す。
「……左、可変フラップが破損してる」
「ああっ」
整備員が思わず声を漏らした。あのコバさんが、機体を傷つけるなんて…!?
「どうしてだと思う…?」
「さあ」
郷田はふうむ、と腕組みをしながら言った……「バトルデータ見ないと分からないけど、あんな事になるような…ハードな飛び方した、ってことだろ」
1対1、しかもたった十数分のドッグファイトで?
「結果が出たぞ!!」
その場にいた全員が、格納庫の壁面上部に設置されている細長いマルチスクリーンの画面を見上げた。
流れるホログラムスクリプトが、古代機のダメージスコア、小林機の同スコアを表示する……模擬レーザー弾によるマーキングによれば、古代機は右翼に被弾。だが小林機は、コックピットを下部から撃ち抜かれていた。
「……勝負あったな」
「信じらんない…!」
まさかの小林、惨敗!
うっそだろ、俺……小林が負けたの、初めて見たよ……
格納庫内がにわかに騒然とした。
アイツ今頃、怒り狂ってんじゃね……??
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