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沙羅双樹…の名を冠した、スーパーアンドロメダlll級戦艦<沙羅>。その名の通り、<ステーション・ルーア>最大規模の宇宙ドックに聳え立つ巨大な艦橋付近の塗装は一風変わっており、まるで白い鶴林、を思わせる。
<EFDF-JA005>EARTH FEDERATION DEFENCE FORCEスーパーアンドロメダlll級バトルシップ。総トン数12万、波動型炉心3基、収束型及び拡散型波動砲を3基搭載した、600メートル級戦艦。
マニュアルの表紙にそう銘打たれた日本船籍のこの艦の艦長は、豊かな白髪の初老の男だった。
「………や……山崎さん!!」
古代にそう呼ばれた艦長・山崎奨は、顔を綻ばせて彼に応えた。
「古代さん!!」
「あなたが…この船の艦長だったんですね!」
「あっはっはぁ……世も末ですよ、こんな…私みたいなメカニックが、アンドロメダの艦長だなんてね……」
前代未聞の、ベテラン不足…なのだと山崎は続けた。彼は、かつてヤマトの機関部班長を勤めていた稀代のメカニックであった。
「お元気で…。本当にお元気で、お変わりなく……ああ」
何よりです。本当に……、本当にお帰りになったんですね、と山崎は感涙に咽んでいた。
「機関長…いや、艦長。やめて下さいよ」
僕も嬉しいです、またお会いできて…!
貨物船の薄汚れた艦長服に身を包んだ古代は、一見して誰だか分からない。目深に被った制帽の鍔下のその顔に気付いた者は、ここまで誰もいなかった。
医官の武藤に先導され、艦長室までやってきた古代は、大村を山崎に紹介する。
「…こちらが大村耕作さんです。この3年間ずっと、僕を支えてくれました」
「そうですか!山崎です、どうぞお見知りおきを。あなたもかつて、軍艦に乗っておられたと聞きました。…心強いですよ!」
「いやあ、お恥ずかしい。私なんか、しがない技術工作員だったんですよ」
そう言って照れる大村とも力強く握手を交わした山崎は、さっと古代に向き直った。
「古代さん。もうお聞き及びとは思いますが…」
山崎の厳しい表情に、古代も深く、頷いた。
地球に向かって進行しているカスケード・ブラックホール。
真田が率いる連邦宇宙科学局主導で正式に採択された「アマールの衛星への地球人類移住計画」。
そして。
その計画の第一陣が、地球時間のこの5日以内に…地球から出発する。
「移民船団の第一次船団・団長はどなただか、…ご存じですか」
躊躇いがちにそう言った山崎に、古代は首を振った。「いいえ」
「……古代雪さんです」
一瞬、進はそれをどう受けとめたものか、と戸惑った。大村が、心配そうにちらりと古代を見る。
「……雪…が」
「はい」
半月ほど前まで、情けないほどの状態でベッドから動けなかった自分の所へ、家族で撮った大事な写真を、フォトフレームごと送って来た雪のことを思う。
じゃあ……あ…あの時はもう、そのことが決定していたのか……。
短い手紙。
余計なことは書くまいとしているような印象があったことに、ふと思い至る……
あの気丈な笑顔が、脳裏に浮かんだ。
ああ、確かに……君なら、その役を…買って出そうだ。
だが、そうは思っても。
彼女が担うその荷の重さにも打ちのめされた。君は、どうしてそこまで。
………雪。
君をそこまで強くならざるを得ない状況に追い込んだのは、……この俺だ——。
「…そうですか……」
目を伏せて言葉少なになった古代を気遣うように、山崎は手元のスケジュールボードを手に取り、それを彼に示した。
「この通り、可能な限り、急いで地球へ戻る予定ではおります。ですが、第一次船団の出航までには、間に合わないと……」
「…<沙羅>の出航は、明後日という予定ですが…早めて頂くことは」
「それは可能ですが……でも」
そうしても、おそらく間に合わないでしょう。ここから地球へは、この艦の速度を持ってしてもワープを繰り返して4日はかかります。
「……分かっています、でも」
古代の思い詰めた顔を見て、山崎は微笑んだ。この人があの雪さんをどれだけ愛しているかは、この山崎、痛い程よく知っている。
「承知しました。対処しましょう。では、すぐに出航準備にかかります。どうぞ正式に乗艦手続きを」
「ありがとう」
山崎に向かって、古代は最敬礼した。彼の背後に立っていた大村も、慌ててそれに倣う……
しかし、大村は内心焦った。
(ちょっと待って下さい、古代さん。2日で読めるわけも無いマニュアルと設計図、それも読まずに……もう乗艦して、ここのクルーを統率できると考えているんですか……?!)
しかし、古代には、すでに躊躇するつもりはまったくないようだった。
* * *
申し訳ありませんが、僕の荷物も取って来てもらえないでしょうか。
出航を10時間後に繰り上げた<沙羅>。コンドミニアムの賃貸契約を解約しに、<ルーア>の住宅建物斡旋協会へ行くと言った大村に、古代はそう頼むと<沙羅>内部の視察へ山崎と共に向かってしまった。もう、このステーションには戻らないつもりなのだ。もとより、彼の私物はごく僅かであったから、大村は二つ返事でそれを引き受けた。
大村は身辺の整理をかね、<ゆき>へも顔を出した。
この10年以上、自分が船長として飛んだ思い入れのある貨物船である。船長を引き継いでもいい、と言ってくれたクルーには、古代にかばわれた新人機関員の村井のことを、くれぐれもよく世話して欲しい、と念を押さなくてはならなかった。
そして……
大村は、最後に<ルーア>の中心街に立つ病院へと向かった。
「上月さんですか?……今日は出勤〜〜、あれ?してませんね」
ナースセンターにいた事務員から、ユイの居所を聞き出そうとしたが、出勤のはずのこの日、彼女の姿はこの病院内のどこにもなく。
訪問看護先の担当アパルトメントやコンドミニアムを幾つか回ったが、ユイのバイクらしいものも、見つけることは出来なかった。
(……ユイちゃん……)
古代さんが出発を早めたい気持ちは理解できる。
それを……こんなことで、…ユイちゃんにせめて最後に一目会ってから出発したい、そんなことが理由で、遅らせて欲しい、だなどと言うことは……出来なかった。
もう一度、病院のナースセンターへ戻った。
「あの……」
「なんですか?」
また来たわよ、あのオッサン。ユイの彼氏??ウッソ、ストーカーじゃない?
衝立ての向こうで、若い看護師たちがクスクスと笑う声が聞こえた。
クソ、笑っていろ。どうせ俺は……オジンだよ。
「これを、……上月さんに」
「渡せばいいんですね」
「ええ」
それじゃ。よろしく……
受付の事務員に、飾り気の無い茶封筒を手渡した。
それは、最初で最後の、ラブレター……、だった——
* * *
全長600メートルの<沙羅>の艦内部は、かつての最新鋭艦アンドロメダよりもさらに広大であった。
「…これでも、防衛軍護衛艦隊旗艦の<ブルーノア2220>より一回り小さいんですよ」
古代の先に立って艦内のベルトウェイを歩きながら、山崎が言った。
「主に搭載艦載機数の問題です。このスーパーアンドロメダlllは波動砲攻撃を主眼に作られているので、艦載機数はブルーノアより少ないんですよ」
「それにしても、……ヤマトよりは積んでるんでしょう」
「ははは……」
山崎は苦笑したが、すぐに首を振る。
「アクエリアスで、今ヤマトは改造中です。波動エンジンは6連大炉心1基。波動砲も6連射が可能と言う話ですよ。信じられますか…?6連型ですよ? 幸い、徳川太助が整備に入るらしいですが…それにしても」
山崎はかつてヤマトの波動エンジンを徳川親子と共に整備して来た男である。それでも、いやはや、時代は進化し続けていますな、と心底驚愕した口ぶりだ。
「ですから、艦幅は拡大、格納庫スペースも劇的に拡大されたそうです。搭載艦載機は60機、艦底ハッチは2基に増設されました。新型艦載機は<コスモパルサー>と<コスモゼロ21>、艦首底部に波動ミサイル特務艇が積まれるって言う話です……」
「60機……!」
それはすごい……さすがの古代も絶句、である。
「コスモパルサーは可変収納翼を装備していますからね。つまり、折りたたみ式です。場所を取らない。……この艦にも積まれていますよ。ご覧になりますか」
「是非…!」
では、艦底の艦載機格納庫から参りましょうか。
艦長室から出る時に、山崎から防衛軍の軍服を手渡され。古代は貨物船<ゆき>の艦長服を脱いでそれに着替えていた。
青いセラミックファイバーコートの不燃性皮革で出来た、将官の上着。胸には徽章はついていなかったが、開けた前立ての間から見える赤い矢印が、否応無くすれ違う乗組員らの視線を引いた。
艦長の山崎にさっと最敬礼したクルーの一人が、その後ろについて歩くもう一人の将校に気付く。
えっ…?
上着の裾からのぞく、白いボトムスーツの裾に、特徴的な赤い色。
そのカラーリングの軍服を着用していいのは、地球防衛軍で唯一、あの船の乗組員だけ、のはずだったからである……
「山崎艦長…!」
艦底の艦載機格納庫に足を踏み入れた山崎ともう一人の将校に、整備員の一人がさっと敬礼した。
「……コスモパルサーを見せて欲しいんだが…、艦載機チームの責任者は誰だったかな」
「はっ、…小林曹長でありますが」
「ああ」
あの跳ねっ返りか。
思わずふふふ、と笑いを漏らした山崎に、古代が尋ねた。
「……問題児がいるんですか?」
「ええ。問題児……と言ってしまえば、この艦に載っている連中は全員、問題児ばかりですが…」
古代を降り返り、笑いを堪えきれずに口元に手を当て。「小林は…中でも真田さんが選んだ、非常に問題のある乗組員なんですよ」山崎はそう苦笑した。
「……?」
と。その時。
格納庫の上部、高さ2・5メートルそこそこのハンガー(格納個室)が上へ幾層も連なる天井付近から、頓狂な声がした……
「バッカ野郎ォ、そんなマニュアル通りやってたって、面白くも何ともねーじゃねえか!!」
その声は、反響しながら降って来て、古代と山崎の足元へ落ちた——
「……威勢がいいですね」
「良過ぎて困ってるんですよ」
「あいつですか…」
苦笑した山崎に代わり、古代は上に向かって、声を張り上げる。
「おーい、小林!!」
「古代さん、なにを」
山崎が慌てて古代に問うのと同時に、古代は小林に向かって再度声をかけていた。
「こらぁ、問題児!!俺と、一つ勝負しないか!?」
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