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その彼女の顔が、妙に微笑ましくて、大介はふふふ、と笑った。
「……島さん」
呆然としていたテレサが、意を決したように握っていた大介の手を離すと、躊躇いがちに抱きついて来た。青い衣が光りながら頬をかすめ、華奢な腕が自分の首を柔らかく抱くのを大介は満足気に見守る。その背中に、唯一自由になる左腕を回し、愛撫するように抱いた。
ああ、テレサ。両手でぎゅっと抱きしめたい……。
……この右腕、身体も…。なんで動かないんだろ。
「……時空間が…あなたの中で歪んでいるのかもしれませんね…」
テレサが、あの不思議に共鳴するような声で、呟いた。
金色の髪が、頬をふわりと撫でる。
…だが、いつも抱き合っている時の彼女の印象と、なぜかちょっと違う気がした。
あれ…。
君も、ちょっと顔色が悪いのかな……?
「時空間…?それ、どういう意味…?」
問うと、テレサはわずかに首を振った。「いいえ、…なんでもありません」
けれど、自分の胸の上に乗っている彼女の重みはやはり羽毛のようで。
ああ、やっぱり俺は、夢を見ているんだよなあ、と再確認。
しばらくすると、テレサが言った。
「島さん……もう一度…今おっしゃったことを、もう一度…聴かせて下さいませんか…」
「ん…?」
「私は…あなたの、奥さん、と言いましたか…?」
あは…は…、と大介は笑った。
「いやだなあ…忘れちゃったのかい……ヤマトの…甲板で、…みんなに来てもらって…結婚式を挙げたじゃないか…ほら……」
「……結婚…式を……?」
やだなあ……
「俺は…それまで、君に言いたいことが……いっぱいあったんだよ……」
テレサが、ついと顔を上げた。
「…なんですか…?なんでもおっしゃって?」
この際。夢の中なんだから。キミに聴いてもらおう……現実には、彼女に、はっきり言えていないこともあるんだけど………今ここに居るキミは、キミであってキミじゃない…だから…遠慮なく。
大介は微笑むと、左手で改めてテレサの背中を抱いた。
「君にとっては…辛いことが…たくさん…あったね…。俺のために、ずっと守って来た誓いを破らせただろう。…済まないことを…した。それをずっと、言いたかった…」
「誓い……」
「……誰とも戦わない、って言っていたろ」
こくりと頷きかけたテレサの頭を、優しく撫でながら…目を瞑る…「でも、それをさせた、多分…俺一人の…ために」
「………私が…?」
「テレザートを、犠牲にしてくれたこともそうだ……お礼も……言えなかった。ありがとう、って…言いたかったよ…。愛している、って…そのくらいは言うべきだった……君と、会えなくなる…前に」
テレサが黙っているので、大介は目を開ける。
目の前の美しい顔が、止めどなく涙に咽んでいた。
「だから…泣くなってば……。あの後、俺たち…ちゃんと会えただろ…?今は、同じ家に住んでて、一緒に…暮らしているだろう……?」
「……そうなの…ですね……?」
やだなあ……そんなにボロボロ、涙こぼして…
大介は可笑しくて仕方がなくなった。
なんて可愛いんだろう…やっぱりテレサ、君は最高だ。
この際、夢の中なんだし。思い切り言ってやろう……
何にも恥ずかしいことなんかないんだから……
「…愛してるよ。この世の何よりも、誰よりも。君を…全部。それに、すごく…感謝してる……ありがとう。君が、この世に生まれてくれたことにも…。
愛してるよ、俺のテレサ。ずっと…永遠に……君だけを愛してる…」
テレサが咽び泣いて、きつく抱きすがって来た。…そんなに泣かなくたっていいじゃないか……まったく、どうしちゃったんだい…?
どこまで行っても、夢の中のテレサは泣き虫だった。
左手で、その背中を撫で続け…最後に、キスを…した。
(温かい……)
夢の中なのに。
彼女の息遣いに、唇の柔らかさや、舌の弾力まで感じる…。
不思議なことに、この夢は色付きで…あの宮殿に行った時に嗅いだ、何か花の匂いのような香気まで感じられた。彼女の涙は記憶にある通り何の味もせず…その長い睫毛が唇に触れたときはくすぐったくさえあった。
ただ、悔しかったのは…
自分のこの身体が、最後まで左腕一本しか、動かなかったことである………
* * *
(………すごい夢だったな)
意識がハッキリしたのは、窓の外に早起きのスズメの声を聞いたからだった。カーテンの向こう、外は、まだ薄暗い……熱は…?まだあるな。でも、全身の疼痛やら寒気やらは、ほぼ収まっているようだ。
(………あれっ)
…あれれっ!?
急に気がついた……ベッドの中に、もう一人いる。
「こ…こら……、ちょっと……!」
自分が抱きしめていたのは、羽毛布団ではなく。
なんとテレサだったのだ。
「…な…何やってるんだよ…おい、テレサ…」
いつの間に……!?
半分は夢?でも半分は、……?
それにしたって、拙いよ〜、俺、あの夢見ながらテレサにキスしたかな…??
「ん………」
テレサが、目を開いた。
「……島さん…」
「……なんでここに来た」
手遅れだろうが、大介は慌てて彼女に背中を向けてみる。
「駄目じゃないか…感染ったらどうするんだ」
「ごめんなさい…だって…」
……とっても、心配だったんですもの……。
白い手が伸びて来て、後ろから大介の肩を抱きしめる。背中にぴったり寄り添った、下着を着けていない胸の膨らみ。テレサの吐息が首筋にふんわり当たった…。自分の体温より、熱いくらいだった……
「感染るったら…」
「島さん……身体、熱い…」
「熱が高いんだよ」
「お願い、こっちを向いて…」
「駄目」
「お願い…」
「駄目だったら駄目」
前からそうだったが、昨今の彼女はことのほか強情だ。
分かってはいたが、突っぱねる。
「…いじわる」
そう言うと、テレサは身体を起こし、まるでしなやかな猫のように大介の上を乗り越え、正面からその首を抱き締めた…
「おい」
額と額がこつん、とぶつかった。
もう……だから〜。……駄目だって言ってるでしょ……。
だが、半ば無理矢理寄せられた頬と唇を、大介は避けなかった。妙な夢を見たせいか。いや、これは夢の続きなのか。目覚めた彼女は、キスを繰り返しながら、夢の中と同じように泣き始めて。
…その涙は、……夢の中と同じ味がした。
* * *
——テレザリアムを後にして、再び眠りについてしまった島をサイコキネシスで運びながら……テレサは微笑んだ。
時空間が…まるで、殺戮の神であるこの私にも……
慈悲を示してくれたかのようだった……
私の思いは…
届いていたのですね……?
島さん……。
私がこれからすることは、あなたを一時、苦しめることになるかもしれません。それでも私は…あなたに、生きて欲しいのです。
その代わり…。
私たちは、いつかどこかで……そう遠くない未来に……
——再び逢える。
……そう思って、いいのですね………
ね…?
島さん——
目覚めないひとを、もう一度。
その想いのすべてを込めて……抱きしめた。
愛しているよ。ありがとう…俺の…テレサ。
その言葉を、はっきりと聞いた……もうこれで、何も思い残すことはないわ………
——眼前に、酷く傷ついた彼の船……ヤマトが見えた。
* * *
「……具合どうだ〜、兄貴……」
次郎は目覚めてすぐ、とりあえずは、と隣の大介の部屋を見に行った。
カーテンの閉め切られた部屋の中は、もちろん暗い。だが……
「あ…?」
妙に盛り上がった掛け布団。丸まって寝ているにしては、かさがでかいな。
そう思い、ずかずかと部屋に入って、ベッドに近づいて。ベッドサイドのカーテンを、ちょっと開ける……
「……………」
途端にそのことを後悔した。
無言ですたすたと部屋を出る……
(なんっだよ……あいつら〜〜!)
感染したら拙いんじゃないか。そう心配したこの俺の努力は、一体何だったのよ?ん?
とりあえず、テレサの万が一を考えて、リビングから中央病院へ電話する。知り合いの宿直が出て、では古代雪さんに伝言します、と言ってくれた。
「……おはよう、次郎…」
父さんが寝ぼけ眼で洗面所からリビングへ入って来た。
「大介は具合どうだ?」
母さんも伸びをしながら起きて来る……
「ま、大丈夫なんじゃないの? 安らか〜にお眠りになってましたよ」
放っておけば?と半笑い。
へっくしょん。
「…次郎、感染ったんじゃないでしょうね?!」
「え〜〜…まさか」
またもやクシャミを連発した次郎は、とりあえず熱を測りなさい、と母親に急かされて体温計を探した。だけど、……例え40度の熱があっても、今日はこの家になんか居たくない。
(冗談じゃねーや)
2階へ続く階段を一瞥して。
次郎は心の中で悪態をついたのだった。 <fin>
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<毎度おなじみ……>