RESOLUTION 第8章(3)

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 古代さんが地球へ戻ったら、また…前みたいに、大村さんは<ゆき>に乗って。
 ここから宇宙へ、そしてまたここへ。
 私はそれを送り出して、帰りを待って、また出迎えて…。
 そんな穏やかな日々がついにやって来ると……ユイは思っていた。

 ところが、大村は難しい顔をして、言ったのだ。

「……危険な任務を伴うらしい。だが、俺は『あの人』の手助けをしたい。……だから」
 

 だから?

 その後の言葉を、飲み込んでしまった大村。
 ユイは、彼の言葉の続きを待った。

「ユイちゃん……」
 大村は、ユイを見つめたまま何か言おうとした。
 だが、視線は下がって…床に落ちてしまう。

(……一緒に来てくれ、なんて言えない。危険な任務なんだ。軍に復帰するということでもある。ユイちゃんを連れて行って、どうなるというんだ。……でも、本音は君を、連れて行きたい。これで「お別れだ」なんて言いたくない……)
 だが、「来てくれ」とも言えず、また眉根を寄せて溜め息を吐くことしか出来ない。俺は、43…いや、もう44だ。妻子持ちだったし、お世辞にも男前とはいえん。
 今さら、……こんな若い子に。



 俺は、あの人の手助けをしたい。……だから。
 だから、君も一緒に来て欲しい。

 一方ユイは、大村がそう言うのを待っていた。やっと言ってくれるかと、期待した。
 だが、聞こえて来たのは、大きな溜め息ばかり。
 …大村さん、あなたって、どうしていつもそうなの……?

「じゃあ…」と、先に声を出したのはユイだった。

「……私たち、…お別れ、ってこと?」
「えっ…」
 
 好きだったのに。
 
 聞き取れないほど小さな声でそう言うと、ユイはパッと立つと、くるりと背を向けてベンチを離れた……
「…ユ…ユイちゃん!」
 慌てて大村も立ち上がる。
 ——だが、彼女を追って走れるほど、決心が固まっていなかった。
 半歩足を前に出したにも拘わらず、…またどさり、とベンチに腰を下ろす。
「……くそ」

 不肖大村耕作、かつては戦闘巡洋艦で一騎当千の働きをしたこの俺が。あの子に好きだとも言えないなんて。
(……このまま独り身の方が、…任務のためには好都合なのかもしれん)
 だが頭を掻きむしっていた手を下ろして、はっと気付く。

 左手の薬指に未だある、亡き妻と揃いで作った結婚指輪。

(……俺って男は)

 力任せにリングを指から抜き取る。第二関節の皮が、引きずられて少し剥けた。そのまま、リングを待合所の隅にある側溝に投げ捨てようと腕を振り上げ、…やはり思いとどまる……
 掌の中のリングに目を落した。

(俺は……。守るべき者を失ってここへ来た。喪うものはもう何もない。だから、……怖かったのかもしれない……再び守らなくてはならない存在をこの手に抱くことが)

 愛する者を失うかもしれない……という、恐怖と戦うことが。


 外した指輪をフライトジャケットの内ポケットに入れ。
 大村は俯いたまま、……またベンチに沈み込んだ。


          

          *          *          *


 

「さあ、これで検査は終わりですよ。これから専用の点滴を24時間、その後もう一度検査をして、48時間様子をみます……上手く行けば、第二段階の点滴無しで動けるようになりますわ、古代さん」
 彼の右腕の静脈を調べながら、微笑む女医に古代は会釈した。「助かります、武藤先生」

 大村のコンドミニアムまでやって来た、<沙羅>の医療班は、その場ですぐに治療を開始した。古代が自力で歩けるようになり次第、<沙羅>へ行きましょう、と言われている。地球から来たその軍艦には、若いクルーたちがたくさん乗っていて、『古代進』の凱旋を非常に楽しみにしている…だから、担架で担ぎ込まれるような搭乗の仕方は拙いでしょう、というのが医師の見解だった。

 山のようなバストとヒップの、体格の良いその女医は、武藤薫。以前、<ゆき>で負傷した時に島と一緒に駆けつけて来た<ホワイトガード>の医師・友納章太郎の元妻だ、という。だから、有り難いことに事情を事細かに話さずとも、彼女は何も訊かず快く治療を進めてくれた。

「しかしまあ、この状態でよくも今まで我慢していましたね……相当辛かったでしょう」
 静脈と点滴用具を一通りつなぎ終えた武藤は、次いで彼の左頬から首筋に走る傷痕をあらためて確かめ、顔をしかめた。

 …まあ確かにこの傷では、髭で隠したくなるのも分からなくはないわね。

「え…ええ、まあ」
「でも、第一段階の点滴が済めば、かなり良くなって来ると思いますよ、…その、あなたの顔の傷もね」
「たった3日間で、ですか……?」
「ええ」

 古代は溜め息を吐いた。
「昔より、ずっと効き目が早くなっていますね…。10年以上前にもこの手の点滴を受けて、案外すぐに良くなった記憶があります。しかし、たった何日かで快復するっていうのは……やっぱりあってはいけない差別ですね……こういう特効薬は、軍だけで独占していいものだとは思えない。民間の病院でも必要なものでしょう」
 
 この何ヶ月か、彼が頼りにしてきたのは民間の薬だけだった。しかし、それは大した利き目を持たず、状態は一進一退。微熱とだるさと痛みに翻弄され続ける毎日だった。それが、これら軍の特効薬であれば、ほぼ3日間で快復する、というのである。

「……差別かもしれないけど、あなたたち宇宙戦士が一番罹患率が高くて一番発症率も高い。重症化する頻度も高いから、これは仕方がないことなの」
 困ったように答えた武藤も、その理不尽さにはかねてから不服である、と言った。「でもね、古代さん。…あなたたち軍人のために、民間の患者たちが一丸となって、良い薬を供出してくれているのだ、と考えることが出来ないかしら」
「では僕たちは、その分…彼らを危険から死守する覚悟を持たなくてはなりませんね」
 澄んだ瞳でそう言葉を継いだ古代に、武藤は深く頷いた。

 この人は、『民間人を軍が守る』ということの真の意味を、偶然にも身をもって学んだわけね。……きっといい指導者になるわ——

「では、一刻も早く第一線に復帰できるよう、治療に専念しましょう」
「はい」


          *           *           *




 一方、こちらは、スーパーアンドロメダ級戦艦<沙羅>にやってきた桜井洋一である…… 彼はしばらく前に,真田と島次郎からの「古代への伝令」を携えてこの<ルーア>へ降り立ったが、結局肝心の古代進には会えずじまいで、大村の斡旋してくれた港の安ホテルに滞在していたのだった。 

 本来、桜井は<沙羅>に先立って古代進を見つけ、彼を復帰するよう説得した後その補佐として付き、<沙羅>の迎えを待つ……という任務を課されていたのだ。島次郎がそのために彼を選んだのは、もう随分前のことになる。


 桜井はふと思い出した……

 そういえば、島次郎と共に、ついに地球の移住先となってしまったサイラム恒星系の惑星アマールへ航海したのは、もう随分昔のことのように思えた。

(3年前か。……そういや、あの頃俺はまだ17歳だったのかぁ…)

 あのアマールという星の、宝塚の男役のような色黒美形の女王に、上司の外交官・島次郎が懐かれていたことを思い出し、桜井は我知らずニヤけた。
 ついに本当にアマール行くことになっちゃったからなァ。島さん、あの女王様とゴール・イン、かな?まあ、それはそれで、すげえ逆玉だよな……王様なら女王様の他にお妾さんいてもおかしかないし?
「うぷぷぷぷ」
 想像して、笑い転げそうになる。
 あの糞真面目で偉そうな島次郎が、実は義姉にぞっこんだということを桜井はとうの昔に知っていたから尚更だ。件の兄嫁は(写真しか見たことはないが)アジアンビューティー、と言った風情のアマールの女王イリヤとは正反対の、雪のように白い肌に金髪、いわば北欧美女。次郎の趣味が見事に女王と正反対なので、気の毒やらおかしいやら、の桜井だった。


「おーい桜井〜〜! なーに一人で笑ってんだ〜〜??」
 <沙羅>の艦腹から伸びる昇降用タラップの最上段から声が降って来た……見知った人影である。
「……木下!…郷田!」
「よう、しばらくだったな!!」

 桜井を出迎えたのは、<沙羅>の工場で技師を勤める木下三郎と、火器管制官・砲術の郷田実だった。彼らは、アクエリアス氷塊ドックの訓練所で寝食を共にした同期の仲間たちなのだ。
 木下と郷田の後ろを軽く伺って、桜井は訊いた。
「……上条も来てるのか?」
「うん、一緒だよ」

 タラップを降りて来た2人は、乱暴に桜井を小突き回した……再会の挨拶だ。こ〜〜の野郎、古代さんの所に一足早く派遣されやがって……どうだった?伝説のあの人は?

「上条が悔しがっててさ、なんで戦闘班の俺じゃなくて操縦班の桜井が派遣されたんですか、って島さんに食ってかかってたぜ」
「あははは」

 桜井は笑ったが、実は今の所そう笑えた状況ではない。肝心の古代進は宇宙放射線病にやられていて、自分がこのステーション・ルーアで彼を探し当てた時には、伝説のその人はベッドから動けない…と言う情けない有様だったのだ。
 無論、肝心の伝令もまだ伝えてはいない——
『新造宇宙戦艦<ヤマト>の艦長として、古代進を召還する』という、科学局長官と連邦政府大統領からの伝令である。

「そうか……。じゃ、あの人が地球に戻れるのは、まだ先になりそうだな」
「…うん」
「間に合うかな…」

 間に合った所で、そんな病み上がりが、あのヤマトの艦長……つとまるのかよ?

「…………」
 3人は難しい顔で黙り込んだ。

「……真田長官も島本部長も、古代さんの容態を直に見ていないからな。
身体が悪くても、ともかく『伝説の古代進』が返り咲けばなんとかなる、って思っているのかもしれない。でも…ネームバリューだけでヤマトの艦長がつとまるか?」

 へたしたら、看板倒れだぜ。
 ——どうする?

 木下も郷田も、桜井も……新生<ヤマト>をその目で見ている。
 すべてのシステムは<ブルーノア2220>のそれを凌ぐ最新型に換装され、艦体自体も大幅に改造された。搭載火器も現行の最新鋭艦にすらない強力なプロトタイプばかりが採用され、ヤマト全体がさながら武器工場のようですらある。それは搭載機器全般についても同様で、各システムに携わる乗組員は全員がマルチ能力者だった。専門分野のみに秀でているだけでは、もはやあの<ヤマト>では通用しない。
 アクエリアスですでに開始されている艦載機訓練は熾烈を極め、各基地から集められた精鋭をはじめ、真田に見いだされて特殊な訓練を積むために招集された30人を越える若き天才パイロットたちが、ヤマト出撃の日に備え、日々想像を絶する訓練プログラムをこなしている。
 古代進は、その若き乗組員たち全員を率いて出撃するべく、召還されているのだ。

 
 <ヤマト>がそこまでの改造を加えられ、驚くべきマルチタレントを持つクルーばかりを必要とする理由は、真田長官が持つ一欠片の懸念から来たものだった。

 もしも、あのカスケードブラックホールが未知の異星人からの攻撃手段であったなら?

 地球人類は、母なる星を離れて行く。
 その途上を狙われれば、二度と市民たちが戻ることはない。……地球はからっぽになり、傷ひとつなく何者かの手に落ちる——
 宇宙の海を旅する人類を守る、絶対的な「希望」が用意される必要がある。それが、宇宙戦艦ヤマトなのだ。

 ただ、その真田の懸念は根拠のないものだ。無人機動艦隊による近接しての詳細観測においても、あれが自然現象ではない、という確証は得られていない。未知の異星人の悪意に満ちた行為であるとしても、これほど時間をかけこれほど非攻撃的に行われる侵略など、前代未聞だった。

 そう言った理由で、新生ヤマトの存在は極秘にされて来た。移民がつつがなく終了すれば、ヤマトが出撃することはない。ブラックホールに飲み込まれる地球を見送り、地球人類のしんがりとして最後にその場を離れることが、その最初の任務となる。


「……もしもそうだったら、…今の古代さんでも務まるけどな」
 大した任務じゃないからさ。
「………うん……」

 郷田が暗い顔つきになる。

「…でも俺、すごくイヤ〜な感じがしてる。あれは絶対、ただの自然現象じゃないよ」
「俺もそう思う」
 木下が相槌を打つ。

 …でなけりゃ、真田さんがヤマトをあんな風に改造するもんか……。



「…俺たちには、あの古代さんって人が本当に伝説なのか、見極める必要がある。あのヤマトには、たくさんの人の思いが詰まってるんだ」

 伝説が伝説たる所以を、この目で確かめてやろうぜ。そうでなきゃ、俺たちは…あの人を大事なヤマトの艦長として迎え入れることはできない。

 そうだよな?!

 真顔でそう言った桜井に、木下、郷田2人ともが頷いた。

 


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