RESOLUTION 第7章(5)

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 おかあさん。おとうさん。げんきですか。

 きょうは、まもるおにいちゃんの たんじょうびです。
 みゆきは、しまさんと、テレサと、いっしょに ケーキおつくりました。
 おかあさんからプレぜんとは、すーぱーあんどろめだのプらもでるです。
 おとうさんからもプレぜんとがきました。きいろのやじるしのある、くろいおようふくです。いいなあ。みゆきもヤマトのおようふくほしいな。




 ほっぺたに生クリームをつけながら、美雪がテレサといっしょに飾り付けをしたバースデーケーキのスポンジは、大介が焼いたものである。
「ねえねえ?島さんの方が上手だね」
 そう言ったら、テレサがほっぺたを膨らませて抗議したので、美雪は慌てて言い直した。「でもクリームはテレサの作ったのが美味しいよ…?」
 
 お揃いの、フリルのついたピンクのエプロンをつけたテレサと美雪が、お待ちどうさま〜〜、と運んで来たバースデーケーキの上には、佐渡が苦労して書いた「まもる8さい・おめでとう」というチョコレートの文字のついた、砂糖菓子が乗っていた。その周りには所狭しとイチゴが乗せてある。
「ちょっと待てよ、これ、どこからどう切ればいいんだい」
 みゆきを膝に乗せた大介が、困ったように笑う。絶対イチゴがボロボロこぼれるって

「それより、ロウソク立てる場所がないじゃんか〜」
 ロウソクを8本、用意して待っていた守も笑い崩れた。



 管理棟の食堂で、職員たちも含めてのささやかなバースデーパーティーが行われているその傍らでは、音量を落としたホログラムテレビジョンがニュースを流している。

「ねえ、見て…!!」
 飼育職員の笹本が、不意にテレビを指差した。

<——15年前から意識不明の重体だった野坂浩平さん・36歳は奇跡的に意識を回復し、現在南部医科大学病院にて調査委員会による聞き取り調査に応じているということです——>

「あの人は…」
 月面艦隊の最後の生き残り…!!
 佐渡が慌てて席を立つと、テレビのボリュームを上げに行った。
 皆も、その周りに集まる。



<野坂浩平さんは、2203年のディンギル戦役において、地球防衛軍月面艦隊防空駆逐艦<涼風>に工作兵として乗り組んでおり——>

 テレビの画面には、頭にターバン状に包帯を巻いた男性が、ベッドの中で身体を起こし、医師の質問に答える様子が写っている。次いで、「南部医科大学病院」の外観と、記者のインタビューに微笑みつつ答えている、南部コンツェルンCEOの姿がちらりと写った。

<——さらに、当時の月面艦隊合計8隻の乗組員ら605名が、出撃前に基地内において<ヤマト>を護衛するために自艦を犠牲にすることもやむを得ない、という結論に達した、という合議内容についての証言を得ることが出来ました。
 また、今回SNNでは、その証言の内容を裏付けるものとして、「アクエリアス」氷塊内部に残されていた防空駆逐艦<冬月>の、ボイスレコーダーからの復元音声を入手しました。
 ……その結果、5年前から協議されて来た<ヤマト>艦長・古代進さんの責任追求訴訟に、終止符が打たれる見通しとなりました——>




 飼育職員の村正が、そばにやって来た守の肩をぐい、と抱き寄せた。
「……どういう意味…?」
 調理職員の喜代子おばさんが、女子職員たちがみんなして目頭を拭っているのを見て、守が呟く。

「古代さんの潔白が、…お父さんが何も悪くないってことが、…これで証明されたんだよ……」
 村正の涙声に、佐渡が「うむ」と深く頷く。
 テレサが美雪の隣にしゃがんで、良かったわね…と微笑んだ。

 テレビに映る、南部コンツェルンの若き総裁、南部康雄の姿。そして、<冬月>のボイスレコーダーの解析に尽力してくれていたであろう藤堂義一。その2人に、大介も心底感謝する。

(これで、あとは古代さえ帰ってくれば…)

 古代のいる貨物中継基地<ステーション・ルーア>へは、先般大介が送った通信がすでに届いているはずだ。守が誕生日に、加藤四郎の制服を受け取ること、雪が気丈に護衛艦勤務に就いていること……そして、皆が古代進を温かく迎えたいと願っていることを、大介はこと細かに報告した。

 古代が辺境にとどまらなくてはならない理由は、事ここに及んではすでに、見当たらないはずだった。




             *        *        *
 



 貨物中継基地<ステーション・ルーア>。

「……ごめんくださーーい」
 
 基地内の一画にあるコンドミニアム。表札には「K・OMURA」とあった。
 その部屋のドアに申し訳程度に付いている呼び鈴を何度も押しながら、訪問看護師の 上月ユイが声を張り上げている。
「……いないのかしら」
 そんなはずないな。

 この部屋の主、大村耕作からは「必要なら私が留守の場合でも、合鍵を使って入って良いですから」と言われている。この部屋には大村の知り合いで、古代という病人が臥せっているのだ。
(いつもはどうにか、起き上がって出て来るのに…)
 急に古代が心配になる。3日前には起きて、自分で雑用をしていた。でも……宇宙放射線病は何の前触れもなく急激に症状が悪化することがあるからだ。

 上月は慌てて預かっていたスペアキーをバッグから出すと、ドアロックオフのコードを入力してキーをパネルにかざした。

「……古代さん?」

 室内が暗い。

 大村は多少回復を見た古代を一人ここにおいて<ゆき>に戻り、近隣惑星へと航海に出ている。あと1週間は戻って来ない。
 上月はぞっとして、奥の部屋へと足早に進んだ。

「古代さん、古代さん大丈夫ですか?!」
 二つある寝室のうち、奥の部屋を古代が使っているはずだった。奥へ呼び掛けながら通り過ぎたキッチンのシンクに、テレビディナーの空き容器がひとつだけ置かれているのを上月は目にした。
 ……食事もでは、満足に摂っていないのだろうか。
 焦りながら開けた寝室のドア。奥のベッドには、こちらに背を向けて寝ている人影があった。

「古代さん!!」
「……ん……」

 ああよかった…、とりあえず返事は出来るみたいだわ!
 ブラインドも上げず、暗い室内で何時間寝ていたのだろう?サイドテーブルのライトだけをつけると、上月はどさりとベッドのそばへ荷物を下ろし、ひざまずいて古代の肩に手をかけた。
「大丈夫ですか?!」

 ゆっくりと寝返りを打った古代の顔色は、思いのほか青白いような気がした。まだ若いのだろうに、この男はサンタクロースみたいなもっさりとした髭を顎から頬にかけて生やしているので、どうにも顔色の判断がつかない。だが、ランニングしか着ていない上半身は熱く、かなり体温が上がっていると推測できた。
「……ゆき……」
 古代はうつろな目をしてそう呟いた。



 ああ、貨物船<ゆき>の心配をしてるのね…。この人はとりあえず、船長だそうだから。
 ……そう思い、上月はほう、と溜め息を吐くと笑って答える。

「心配しないで。<ゆき>はちゃんと航海に出ていますよ。……発熱していますから、ちょっと診ましょうね…」
「………雪」
 まだ熱にうなされてでもいるのか、古代進は呟きながら上月の白衣の袖を力なく掴んだ。
「……?大丈夫ですよ。私、上月です、コウヅキ!!…わかりますか?」
「……雪…!」
 上月がえっ、と思う間もなく、古代は自分の上にかがみ込んでいた彼女の上半身を、その腕に抱き竦めた。「ちょっ、ちょっと、古代さんっ…!!」


 病人とは言え、筋骨逞しい貨物船乗りだ。小柄な上月は抱きかかえられればそう簡単には抜けられない。どう見ても熱に浮かされているのは解るけど、これは、セクハラよ〜……!!

「古代さん古代さん、しっかりしてくださぁぁい!!」
 自分でも驚くほど大声で叫びながら、上月はもがいた。
「……あ…れ」

 あれ、じゃないわよぉ…。

 抱きしめられたというより、ヘッドロックみたいだったわよ、とぜえぜえいいながら、上月はベッドサイドの床にぺたりと座り込んだ。
「……こうづきさん…?」
「ハイ、そうですよ。…大丈夫ですか?」
 

 

 古代進。

 このヒゲモジャの貨物船乗りは、あろうことかあの「宇宙戦艦ヤマトの艦長」と同姓同名であった。

 大村と長い付き合いの上月ユイは、この<ステーション・ルーア>の総合病院に、もうかれこれ8年ほどいる看護師である。貨物船で作業中に怪我をした男たち、航海中に病気を患った男たちばかりを相手にしてきたから、地球で起きていることにはあまり詳しくなかった。ただそれでもさすがに、<ヤマト>の古代進、という人物のことは知っている。
 だが、この目の前にいるヒゲ面の男がまさかその伝説のご本人だとは、彼女は思ってもいなかった。


「……具合が悪くなったのは、いつからですか?」
 古代の体温を計りながら、手早く全身状態のチェック。体温は38度2分、血圧は高め。…血糖値が下がっているわね……
「ええと…気分悪くなったのは…」
 今何時ですか? …10日の午後2時?…じゃあ…夕べの8時頃からかな……。
「傷は痛みますか?」
「はあ、少し」

 上月は古代の頬髭を片手で押えて中を覗き込むようにした。ふー、と鼻から短く溜め息を吐く。傷痕が赤くなってる。…こりゃ、少し痛い…なんていう程度じゃあないわね……この人ったら、強がって。
「……もうこのヒゲ、剃っちゃったらどうです?診察するのに邪魔だわ」
「え……はあ、はは」

 ——てきぱきと診察を続ける上月の姿に、古代は改めて“彼女”を思い出した。白衣に、栗色の髪。……雪よりも小柄だが、くりくりと良く動くその瞳は雪と同じ茶色。雪と感じの似た、その切れ長の大きな二重の瞳が愛らしかった。
「………!!」
 ふいに、上月が古代の顔を見て手を止めた。
「……?」
「そういう顔して、見ないで下さい!!」
「え?」
「……大村さんのお知り合いだから、信用してるのに。…さっきのことといい、今の顔といい。……止めてもらえませんか?!」
「え…あの」

 すいません、僕、…そんなに変な顔、してましたか……?

「もういいですっ」
 上月は、不機嫌そうにパッと立ち上がると、すたすたとキッチンの方へ向かう。部屋のドアを開け放したまま、廊下から叫んだ。
「……お食事を用意して行きますから、ちゃんと食べて下さいね!お薬もきちんと飲んで下さい!痛み止めが入ってますからね!……明日の朝、また来ますから!」
「は…はい」

 俺、……上月さんに何かしたかな。
 しかも、顔って言われても。

 どういうわけか一人で怒って帰ってしまった上月に首を傾げながら、古代は再びベッドにどさりと寝転がった。
「ふう………」
 

 夢を、見ていたのは確かだった。

 雪。……俺の……雪。
 夢の中で、彼女を抱きしめたと思ったが、それはなぜか「夢」だと分かっていて。夢の中でまで何もかもを諦めている自分に、ちょっと悲しくなったのだった。

 天井でゆっくりと回っているシーリングファンを、虚しく目で追ってみる。

 古代はサイドテーブルの引き出しに手を伸ばした。
 島からの電子メッセージが記録されているメモリチップを手探りで取り出し、…それを握りしめた……

(……守。……<冬月>、水谷さん……真田さん、次郎くん)

 皆が自分のために、尽力してくれている。守と美雪がテレサや島、佐渡先生と一緒に楽しそうに写っているホログラフィも見た。雪が、防衛軍で要職に就いたと言うことも。彼女はなんと、護衛艦の副艦長を務めていると言うのだ。

(……帰らなくちゃ)

 だが、そう思っても、この身体はまるで言うことを聞かなかった。昔、ヤマトの艦長室に臥せっていた沖田艦長を思い出す。あの人も、こんなに辛い思いを押して、航海を続けていたんだ。…そう思うと。無闇と涙が出て来るのだった。…そして同時に、民間医療の限界も、古代は思い知った。
「……くそぅ…」
 まだ若かった頃に患った宇宙放射線病はこれほど酷くはなかった。14歳で、遊星爆弾の着弾による被爆から発症した時も、その後のハイパー放射ミサイルによる被爆でも、これほどは……ダメージを喰らった記憶は無い。
 
(帰らなくちゃ。……雪。……みんな……)

 だが、<ゆき>での怪我が元で発症した今回は、気力ではどうにもならなかった。動かない手足に痛む傷痕、そして断続的な発熱。

 ……灰色の天井を見上げながら。
 古代は無念に呆然とした。


                     *


(……もう、なんなのよ、あの人…!!)
 あんな顔して、あたしを見つめるなんて。

 コンドミニアムのエントランスの階段を下りながら、上月はプリプリしていた。
(馬鹿馬鹿しい。あの人は大村さんの知り合いで、伝説の“古代進”と同姓同名、ってだけの話じゃない)


 まるで、ものすごく好きな女を見るみたいな目で。
 あたしを……見てた……

 
 上月は、我知らずぼうっとしていたことに気付き、またもやぶるぶる!と首を振る。

(どうせどっかに置いて来た恋人かなんかと勘違いしてるのよ。……この辺境で働いてる男なんか、みんなそうじゃない。……死んだ恋人、故郷にいる恋人や奥さん。みんな、どっかに誰かを残して来てる。そんな男ばっかり……!)

 看護師だから。
 身体や心の弱ってる男が、私に甘えようとするのは……分からなくはない。でも、私は慰安婦じゃないのよ。

 

 だが、上月はどうやっても胸の動悸がおさまらないことや、古代のことを考えると顔がひとりでに赤くなってしまう理由が、いまだに理解できずにいたのだった。


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