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昨晩のことだった。
結局、大介は守に、なぜ父親の古代進がずっと地球を離れているのか、はるか昔にさかのぼって一から話してやることにしたのだ。
長い長い話だった……
そして、まだ7つの守にとっては辛く理解し難い話だった。ヒーローと言われる父・古代進も普通の人間であり。心が折れてしまうこともある、その事実も守にとっては厳しい現実だった。
「だが、これだけは……信じてやって欲しいんだ」
話終えた大介は、守に言った。「…お前たちのお父さんは、家族を捨てたんじゃない。逆だ。お前や美雪ちゃん、そしてお母さんを、…守るために宇宙へ出たんだよ」
今まで、内緒にしていたんだが……
「少し前にな、おじさんはお父さんに会ってるんだ」
「……!」
大介は、並んで座っている守の頭に、ぽん、と手を乗せた。
「…お父さんな、地球へ帰りたい……、って言って、…泣いたんだぞ」
「……お父さんが…?」
「ああ。守に許してもらえるなら、いつでも帰りたいって。ただ、その時はお父さん、酷い怪我をしていたんだ。……貨物船のエンジンが爆発してな。部下をかばって、自分が怪我をした。だから…まだ動けないんだろうな」
守は、それを聞いてまたもや、おいおいと泣き出したのだった。
お父さんなんかいらない。もう、帰って来るな!
通信で、父に対してそう怒鳴ってしまった自分に、猛烈に自己嫌悪して——。
「……お前が悪いんじゃないよ、守」
通信の件を古代から聞いていた大介は、泣き出した守の肩をぎゅっと抱いてやる。
お前が悪いんじゃない。お父さんだって悪くない。みんな、一人一人…頑張っていたんだ。お母さんも…美雪ちゃんだってな。
それは、おじさんが一番良く知ってる。
……辛かったな…。
「島さん」
「ん?」
守は、拳でぐいと涙を拭った……「やっぱり、島さんが僕のお父さんだったら良かったな」
「おいおい、守……」
なんだ、ここまで話してやってそりゃあないな。大介は苦笑した。
「駄目だよ、島さんは小さいみゆきちゃんのお父さんなんだから」
「へへ、わかってらい」
鼻の頭と、両目を真っ赤にして。
それでも清々しい顔で、守は笑ったのだった。
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「まったく。君たち一家の中で、泣かないで頑張ってるのは美雪ちゃんだけだぞ?ちょっとは見習ったらどうだ」
「……余計なお世話ですよーだ」
からかうように言った大介に、雪はべー、と舌を出す。
「テレサが、美雪を随分かまってくれているんですってね。…本当に、なんて感謝したらいいか分からないわ…」
「テレサは本当にいい奥さんで、いいお母さんだよ。……俺は、宇宙一の幸せ者さ」
「うふふ…ご馳走さま」
さてそれでな。
「……ここにあるはずだ、って佐渡先生に言われてさ」
先生はここの合鍵を持っているだろ。車庫のゲートのナンバーを教えてくれたのも先生だ。
「……古代のやつ、加藤の制服を、どこかに仕舞っていないかい?」
「か…加藤君の制服?」
うん、ほら…コスモタイガー隊の、黒と黄色の艦内服。
「…どうして進さんがそれを持ってるの…?」
「知らないのか?」
雪は訝し気に首を振ったが、あ、と思い出したように声を上げた。
「あれが、そうかしら」
大介とテレサが地球を離れて<エデン>へ向かったその日……英雄の丘では沖田艦長の像が損壊されるという事件が起き、その直後から古代一家の生活は急激に混乱していった。その後……、進は官給品の制服や銃,識別票などをまとめて軍に返還したが、一つだけ、まだ返還していない箱があるのだった。
「2階よ。足元に気を付けてね……」
雪に先導されて入った真っ暗な寝室の、ベッドの下にそれはあった。
「これかしら……」
箱から出て来たのは、黒い合成皮革で出来た、あの艦載機チームの制服である。大介は小さなライトでその前立てのファスナー内部にある縫い取りを確かめた。
——S・KATOH SBS-Y/CT1——
「古代がな、加藤に頼んで譲ってもらったんだって言う話なんだ」
守が3つの頃、コスモタイガー隊に入りたいって言っていたから、なんだって。だけどあいつ。
「お父さんがくれようとしたんだけど、いらないって突っぱねた、って。守からそう聞いたんだ。だから、ここにそのまま、あるだろうって……」
「……そうだったの…。知らなかったわ」
守はヤマトも大好きだったけど、自分が乗るならコスモタイガーだなんて…そういえば言っていたわ……
そう思い出し、雪は目を細める。
「でも、島くんのおかげであの子、これを受け取ろう、って言う気になってくれた……そういうことなのね……?」
「ああ」
「……ありがとう、島くん」
「いや」
雪は、箱に入ったその制服をしげしげと見つめた。
守。
男の子って……
知らないうちに、どんどん強く、大きくなって行くのね。
「……子どもたちに、会う気は…ないの?」
自分だったら、子どもと離れて過ごすだなんて考えられないな…と思いながら、大介はそう訊いた。確かに雪の顔には、たまらなくわが子を思う気持ちが溢れ出ていたからだ……
だが、雪は目を伏せるとかぶりを振った。
「あの子たちに会えば、きっと…二度と私、任務には戻れなくなってしまうわ。…だから、それは……できない…」
「君一人がそんなに頑張らなくても」
そう言いかけた大介を、雪は笑って遮った。
「今は、私があの子たちを守らなくてはならないの。私が働けるのは…軍だけだし。……佐渡先生にもこれ以上迷惑かけられないもの」
「…雪」
「いいのよ。心配してくれてありがとう」
そして、雪がこの家に取りに来たのは、——家族4人で写した、紙焼きの写真だった。
「……紙の写真は、ここにしか置いていなくて…」
「これをどうするんだい?…古代に送るの?」
ええ、と雪は頷いた。
リビングに飾ってあった、絵ハガキ大の写真。可愛らしいフォトフレームの中に微笑む、進と雪、守と美雪……
雪は、家族4人全員が揃っている写真を、夫に送りたいのだ。
フォトフレームを、大事そうに抱きかかえた雪の表情には、進への愛情が溢れんばかりに感じられた——。
*
佐渡に教えられた、車庫のゲートのコードナンバーをもう一度入力する。ここから車を出せば、ゲートが自動的にロックされるような作りだった。
「家のスペアキーは、また佐渡先生に渡しておいてくれる?」
そう雪が言うので、大介は合鍵を持って来たときと同じように、コートの胸ポケットに仕舞う。
代わりに、自分とテレサとみゆきが写っている画像を、雪のモバイルにコピーしてやる。
「大事にするわね」
……どうか、子どもたちをよろしく。佐渡先生にも、雪が感謝しています、って伝えて下さい。それから、くれぐれもテレサによろしくね。あなたが幸せになることを、古代雪は…心から願っています、って伝えて……?
一人、月明かりの降る街路を徒歩でエア・カーの所まで戻ろうとした雪に、大介は訊いた。
「……君が乗っているのは、<サラトガ>だったね?」
「ええ。<サラトガ>は、もしも移民計画が本格化したら、最初に地球を出発する第一次船団護衛艦隊に配属されるの」
「……そうか」
“古代進”の代わりに。
雪自身にも、また防衛軍幹部連中にも…どこかにそういう心理が働いているのだろう。大介は「頑張れよ」と言おうとした。だが、退役した自分が、彼女にそんなことを言えたものだろうか…。
ほんの一瞬視線をさまよわせた大介に、雪は言った。
「知ってた…?私、今<サラトガ>の副艦長なのよ?」
「副艦長だって?」
「……女が守られる時代は、終わったわ。ファーストブリッジにいるメンバーのうち、今や半分以上が女性よ?」
誰にだって、命をかけて…守りたいものがある。
島くん。…あなたは、家族を。
…私は……彼の名誉と、彼の守ろうとしたものを……
「それでいいじゃない。……ね?」 軍にいるかいないか、ではないわ。
そう笑い……古代雪は手を振った。
そうだな…。大介も頷いて、手を振り返す。
「元気でな……雪」
気丈な後ろ姿が、遠離る………
大介は、小脇に抱えた加藤四郎の制服の入った箱を見下ろした。
古代に伝えてやる通信の内容は、これ以上はないくらい、良いものになりそうだ。
(早く…戻って来い、…古代!)
雪を初めて抱きしめたことは、この場限りで記憶から消しておくから。
……そんな風に思いながら、改めて大介は笑った。
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