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テレサに連れられて部屋に入ってきた守は、ベッドの上に転がっている大介とみゆきを見て、ちょっと戸惑ったような顔をした。
「よう、どうした?」
2人して腹這いになり、こっちを見ている、父と娘の姿……。
守は何か言いたそうにしたが、急にえへへ、と笑うと首を振る。
「やっぱり、いいや」
「……なんだ?あいつ」
そのまま守は踵を返して出て行ってしまったので、大介は逆に心配になる……「ちょっと聞いて来よう。待ってて?」
テレサとみゆきを部屋に残し、守のあとを慌てて追いかけた。
「なあ、どうしたんだよ!」
守は、管理棟の廊下をとぼとぼと庭の方へ歩いていた。
「…………」
返事をしない。
「何かあったのか?」
管理棟の通用口を、庭へと抜ける。大介も守の後について、庭へ出た……早くも草むらでコオロギの声がしている。暖かな夜だった。
ウッドデッキのある、芝生の中庭。雲一つない夜空に、星々と、月と、……アクエリアスが見えた——。ここは、初めて守とサッカーをやった場所だ。
「……島さん」
「ん?」
立ち止まると、ようやく、守は口を開いた。
「……ブラックホールが来ると、どうなるの?」
「どうなる、って……」
まあ、…地球も粉々だろうな。だから、今…方法を考えてるんだよ。
「テレビではまだ発表していなかっただろうが、これから地球防衛軍と真田さんの科学局が、あのブラックホールの進路を逸らすことができないかどうかやってみるらしい。それが出来なかったら、…残念だけど、…地球を捨ててアマールへ行くことになるんだろうね」
守は、解せないといった顔で、足元に視線を落した。
「………戦わないの?」
「え…?」
「大人たちは、地球を守るために、戦わないの?」
「守…」
毎日、ヤマトが地球を守るために必死で戦う話を聴かせてきたからな。大介はふと、この小さい友人に申し訳ないことをしたような気持ちになった。
「…あれは、戦える相手じゃあないかもしれないからね」
ブラックホールは、自然現象だ。戦艦や武器では、どうにもならないこともあるんだよ。
「だって、…ヤマトは、あるんでしょう?あそこに、あるんでしょう?!」
ふいに大きな声で叫ぶと、守は夜空を指差した。
——氷の惑星。
「……ああ、ある。今、大改造をしていて…来るべき時に備えている。お前のお父さんが、戻って来たら」
「お父さんじゃなくていい!!」
突然。
——怒鳴るように、守は大介の言葉を遮った。
「……お父さんなんかじゃなくてもいい!……島さん、…島さんがヤマトの艦長になればいいじゃないか!」
「守…、何言ってるんだ」
堰を切ったように、守は大介の両腕を掴むと声を上げた……「お父さんなんか要らない!…島さんがいるもん!島さん、俺の、…俺たちのお父さんになってよ……!」
えっ。
えええっっ!!!
「ま……守…っ」
思い詰めたような顔が月明かりに照らされ、こちらを懇願するように見上げている。大介は心底仰天した。頭の中に「そりゃだめだ。島さんはみゆきのお父さんだからな」という言葉が走る……。だがどうだ、それを俺が口に出せば。思い詰めた守は俺の手を振り切って、夜の庭へ飛び出して行く、ってことになりかねん……(古代なら十中八九、そうするぞ)
そう思うと、迂闊に返事が出来ない。とにかく、夜の庭へ飛び出して行かれては困るから、守の小さな手をぎゅう、と握りしめる。
そして反射的に、そのままその身体を抱きしめた。泣きわめいている時の次郎を、宥める方法だった。
「島さん」
驚いたのは守の方だ。
思わず、その広い胸にしがみつく。
………お父さん……!
自分から、お父さんになって、と島さんに言ったはずなのに。
守の脳裏には、ライオンみたいな頭をした、実の父親の微笑む姿が浮かんでいた——
「うえええ……ええん……!!」
よしよし……。
大介は、泣き出した守に、ほっとした。泣ければ、落ち着くはずだ。それは子どもも大人も同じだった。
「…お父さんなんか要らない、なんて…言っちゃだめだ。いいかい、お前のお父さん…古代進は、すごいヤツなんだぞ…?いつも話しているだろう?……古代進は、おじさんなんかより、よっぽど凄い男なんだ」
大介は、泣きじゃくっている守の頭を撫でた……
お前が、帰って来て欲しいと言えば、おじさんがお父さんを探して、そう伝えてやる。
そう言った大介を、守が目を上げて見つめた。本当に?
「……お父さんがずっと帰って来なかったのは、どうしてなの?島さんは、それも、知ってるの…?」
「ああ」
それは…難しい話なんだ。長い話だ。でもね…
「……話して上げよう。辛い話だが…頑張って聴けるかい……?」
守は、真剣な眼差しでこくり、と頷いた。
じゃあ、中に戻ろうな。それからだ。
片手で一生懸命顔をこすっている守の、もう片方の手を引いて、大介は管理棟の出入り口へと戻る。
<冬月><磯風>、そして、ヤマトを守って散って行った月面艦隊。その事が、父親の古代進を今苦しめている理由だ。たった7歳の子どもに、どこまで理解できるのかは分からなかった。だが、大事なのは…世間でどう語られていようと、古代進は紛れもなく立派な英雄だ、ということだ。それを、この子に…伝えなくてはならない。
* * *
その夜は、ほとんどの市民たちがテレビの前に釘付けになっていたからか。普段街に溢れる車両の数も珍しく少なく、街路を往く人々の数も極端に少ないような気がした。
だとしても……目立っては、駄目。
防衛軍の佐官の上着の襟を立て、半ば顔を隠すようにしながら。
古代雪は駐機場に停めてあったエア・カーに乗り込んだ。市街地を自分の車で移動……それ自体、パパラッチの目に触れればすぐに捕まる行為だった。
だが、雪にはどうしても、自宅へ戻って取って来なくてはならないものがあったのだ。
佐渡フィールド・パークから、山一つ隔てた所に広がる、ガーデントラスト・ニュータウン。人工湖のほとりにある、街外れの比較的大きな邸の一つが「古代進」の自宅だった。
だが、今ではその邸宅に住むものはいない。時折、雪が依頼しているハウスクリーニングの業者が入って邸のメンテナンスを行うが、それ以外にはもう数年間、人の出入りはなかった。
人工湖のほとりの街路にエア・カーを停め、雪は徒歩で家に向かった。……最後にこの家でみんなで過ごしたのは、一体いつだっただろう。一歩近寄るごとに、胸が詰まり、涙が零れそうになった。
進さん………
あたしたちの、家。
あたしと、あなたの……そして、子どもたちの……
「………!?」
不意に雪は、自宅の窓にちらりと明かりが点いたような、そんな錯覚に目を瞬いた。
ハウスクリーニングの日ではない…そも、こんな夜中に業者が来るはずはない。
急に足がすくむ。(……まさか、取材の記者が…不法侵入…?)
そう思った途端、カッとなって足早に裏手の駐車場に走った。
(……!? 車がある)
コードナンバーを入力しなければ開かないはずの駐車場の小さなゲートが開いており、中には見慣れぬエア・カーが一台、止まっていた。
(…一体、誰が)
このエア・カーをここに停めた誰かは、随分丁寧だった。半地下の駐車場からは石段を上がってエントランスへ抜ける作りになっているが、石段の下と上に二つある小さな門にいちいち閂を下ろして、中へ入って行ったようだ。どうせまた降りてきて、車に乗るのだろうに?……まるで、しばらくいるからドアの類はちゃんと閉めておこう、とでも言うように。いや…。この家は大事な場所だから、丁寧に扱おう。そう言っているみたいだった………
(……まさか)
階段の上のエントランスを見上げる。
見上げた雪の目に、再び、室内で瞬く明かりが見えた………
(す…進さん……!?)
あなたなの…!?
転がるように、エントランスを入る。胸の動悸を押えつつ、玄関のドアを開けた。玄関脇にあるコート掛に、男物の長いコートが掛かっている……見覚えのあるブランドだ。進さんたちがよく着ていた、アウトドアの老舗ブランド。
「進さん……!!」
雪は、堪らず奥へ向かって叫んだ……
「……雪!!」
真っ暗な室内から、懐かしい声音が返って来た。
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