RESOLUTION 第7章(1)

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 2217年の、その春の朝——。

 地球全土を震撼させる重大発表が、各家庭に普及する通信媒体を通して一斉に流された。

『銀河系中心部より、移動性の巨大ブラックホールがこの太陽系に向かって接近中、という観測結果が、確実なものとなりました。現在、地球連邦政府・地球防衛軍・連邦宇宙科学局は総力を上げ、そのブラックホールの観測と研究に努めていますが、関係筋によりますと全地球的規模での移民が必要となる可能性が、さらに高まっているということです——』


 思い起こされるのは……2192年4月20日、地球に初めて、未知の宇宙から遊星爆弾が降った時のことである……

 超自然現象なのか、それとも未知の宇宙人からの侵略宣言か。遊星爆弾の飛来は、人類の目の前に絶望的な未来を否応なく突き付けた。
 しばらく後、「ガミラス星人」なる侵略宇宙人の存在が明らかになり、無差別に降りそそぐ流星が侵略兵器であることが知らされた。遊星爆弾に加え、明らかな敵意を持った未知の戦闘艦隊の来襲……。国家ごとに開発されていた宇宙戦闘技術は統合され、宇宙からの攻撃に対抗すべくそこに地球防衛軍が生まれた。地球連邦政府が誕生したのも、その当時のことである。
 
 市民生活は極限まで下落した——絶望のあまりに刹那主義が横行し、治安は二度と元に戻らないかに思われた。
 だが、それを救ったのが、イスカンダル星からの波動エンジンの設計図と、コスモクリーナーDの情報であり、…宇宙戦艦ヤマトの誕生であった。




「……市民の反応は、どうですか?」

 各放送局が先の重大発表を流した直後、移民船団本部長・島次郎は各局のスポークスマンにそう打診していた。
 しばらく前から、カスケードブラックホールの情報はネットを通して漏洩しており、「地球滅亡」の噂はまことしやかに囁かれていたのだが、その類の「噂」は何世紀も前、それこそノストラダムスの時代から奇妙な信憑性を持って語り継がれてきたものだ。しかし今回再び、政府の重大発表として流されたこの「地球滅亡の可能性」は、市民たちにどう受け止め
られているのだろうか……。
 もとより、だからといって絶望だけを発表したわけではない。
 発表は同時に、「移民」以外の方法の模索状況や、実際に移民を実行する段階においての周到な保障制度にも言及した。……例えば各個人の所有する土地や財産の処遇、進学、就職などの保障、健康や精神保健に関する施策。市民が当然懸念する細かな事柄、そのすべてに詳細に渡って答えられるよう、各省庁の窓口は周到な準備をして今回の発表に臨んでいる。

「問い合わせ件数が、……各局とも1分間に100を越えました」
「まだ許容範囲だな」
「……地方区役所、各省庁ともに同様です……どんどん増えてますね」
「今夜から明日にかけてがピークだな。今夜、特番が放映されるから、明後日の今頃には一段落するだろう」

 コントローラーの報告に、よし、と頷いた。
 問い合わせ内容は、大体が「これは本当なのか」「また宇宙からの侵略なのか」といったものだった。ついで、「移民」に関する情報を求める声。
所有する財産などの確保について。
 すべて、次郎と真田が予想した範囲内のものばかりである。
 だが、次郎たちが最も期待している反応は、それではなかった。これが宇宙人からの侵略であろうと自然現象であろうと。地球防衛軍を統率する力が欠損している今、必ず市民たちは求めざるを得なくなる——あの英雄たちの船を。

「ヤマトは、どこにあるのか。ヤマトは立つのか…?」

 その声が、市民から上がって来ること……それが今、最も欲しい反応だった。その時初めて、真田たちの画策している例のプロジェクトが活きて来るのだ。

 次郎は、モニタの中に目まぐるしく入力され続ける各放送局からの問い合わせデータの動向を、辛抱強く見守り続けた。




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「しかし、また大変なことになったもんじゃの」
 佐渡がテレビの画面を見ながら、呟いた。
「……今回は、直に敵襲とか…隕石が降るとか、そういったことじゃないですからねえ。あくまでも観測で、ブラックホールが来てる、ってことが分かってるだけですもんねえ」

 飼育員の村正が、遅い朝食を頬張りながら相槌を打つ。飼育職員は交代制のシフトで24時間勤務しているので、村正は朝食の後、帰宅する予定である。
「…僕も急いで帰らなくっちゃ。嫁さんの親を引き取るつもりで、ローンを組んで家を立て直すことになってたんですよ。…でも、それも無駄、ってことだ」
 あーあ、一体、どうなるんでしょう。本当に、ブラックホールなんか来るんでしょうか。
「今夜の特集番組に、あの島さんの弟さんも出るんでしょ?見なくっちゃ…」
「ああ、そうじゃな」
 気いつけて帰れよ。市内の交通もちょいと混乱しとるようじゃから。

 朝食のトレイを食洗器に入れ、スイッチを押した村正が、慌てて手を振って食堂から消えるのを見送り。
 佐渡もゆっくりと腰を上げた。


 今夜の緊急特集番組で、徳川の月面無人機動艦隊が全滅と引き換えに捉えた、あのカスケードブラックホールの映像が流されるという。どの会社、職場でも、それを見逃すまいと番組に合わせ、終業時間を調整しているらしい……。 
 佐渡のパークでも、その時間はすべての職員にテレビの前で立ち止まることを許可した。
 島大介の弟、移民船団本部長・次郎と、科学局長官・真田志郎も、メインゲストとして出演することになっている。

「……古代のやつは、まだ戻って来んのかのぅ…」
 窓から曇天を見上げつつ。
 佐渡は溜め息を吐いた。




                *




 学校に通っていない守の勉強は、今の所大介が見てやっていた。アナライザーも優秀な先生だが、「サッカーはできない」ということで、大介に軍配が上がったのだ。

 ソンナコトハナイデスヨ!

 キャタピラを高速で回転させて、ドリブルをやってみせたがるアナライザーだったが、やはりどうしても無理がある……
 しかし、彼が優秀な「辞書もしくは百科事典」であることには変わらないので、守の勉強の時間には大介の他にいつもアナライザーが付き添っていた。

「四則を完璧に」
「辞書を引くクセを付けろ(アナライザーのことじゃないぞ、本だ)」
「1つのことに関連させて、常に3つ覚えろ」
「文字は出来る限りきれいに書け」

 だが、守は新しい先生の口うるささにちょっぴり閉口している。まだ低学年だから?そんなことは関係ない。学年相応の教育…などという、くだらない概念は、島大介にはなかった。理解できるのならどんどんいけ。
 さて、そんなうるさい先生の授業は大変だったが、勉強の後に大介がしてくれる昔話を、守はいたく気に入っている。


「ねえ、ちゃんと52ページまで終わったよ。……またあの話をしてよ」
「ん〜?どれ」
 見せてみな。
 課題として出した問題を、きっちりやってみせた守に、大介は笑った。
「……よーし、字もきれいに書けたな。…じゃあ、…どこまで話したっけ」
「火星に降りた所から。ワープが成功した所まで聞いたよ」
「そうか…」
 子ども部屋の、反対の端に置いてある文机に頬杖をついて手紙を書いていた美雪も、ぱっと顔を上げた。
「お話、するの?」
「うん」

 お勉強、終わりましたか?
 テレサが紅茶とおやつを持って部屋に入って来る。

「わーい…!」
 文机の周りに座布団を持って集まり。おやつをつまみながら、お話会は始まるのだった。

 昔——とはいっても、18年前の出来事だが——地球を襲ったガミラスと、宇宙戦艦ヤマトの話。
 お話会は、時にふたりが寝る時間にも始まった。布団に入った2人の枕元で、大介は長いと30分も、ヤマトの話の続きをさせられる。
 守が3つの時、ヤマトに関しては皆が口を閉ざしてしまったため、守と美雪の2人はその活躍も父・古代進の武勇伝もまったく知らなかったのだ。


「……そこで、沖田艦長がな、こう言ったんだ。『大きな力を手に入れた我々は、その力に責任を持たなくてはならない』って」
「どういう意味?」
「波動砲は、使うべき時と、その方法をよーく考えなくちゃならない、ってことさ」
「ふうん…」
「波動砲は、たくさんのものを壊してしまうだろう。下手に使えば、必要のない犠牲がうんと出る武器だからだよ。……お前たちのお父さんは、そのことを一番良く知っている射撃手だった」
 そう付け加えた大介に、美雪が目を輝かせながら頷いたが、守はいつものように目線を落すと、もう一度「ふうん」とだけ言った。当時から第一艦橋にいて、大概の出来事をその「目」と「耳」で記録してきたアナライザーが、さらに事細かに話を膨らませる。時には小さなホログラムビジョンを投影して、彼の見て来た宇宙の映像を交えてヤマトの旅を解説するのだ。

 テレサが傍らで微笑んでいた。
 大介の目論見に気付いているからだ。

 ヤマトの話をすれば、否応なく「古代進」…つまり、彼らのお父さんの話になる。ヤマトのカッコ良さは、古代進のカッコ良さを抜きには語れない。父親に反感を持っている守だが、その親友から父を毎回褒めちぎられたら、否が応でも尊敬しないわけにはいかなくなるだろう……。

 だが、守はお話の続きをせがみはしても、「戦闘班長・古代進」の話になると無理矢理、そっぽを向くのだった。


 その晩のこと……

 施設内にあるテレビの前はどこも、フィールドパークの飼育員や研究員たちで満員になった。
 地球に向かっているというカスケード・ブラックホール。
 月面無人艦隊がその至近距離まで近づいて撮ったという映像を目にして、皆がシンとした。画面には音声はない…だが、周囲の宇宙塵も何もかもを吸い込み砕いて行くその重力嵐の中心に、ぽっかりと穴を開けた黒い闇。一瞬だけ姿を見せた底知れぬその恐怖に、誰もが言葉を失った………
 テレビの画面では、科学局長官の真田が詳しい解説を行っている。人類の移民先の第一候補であるサイラム恒星系・アマールの月「プラトー」の理想的な住環境を写した画像と、島次郎の姿も見えた。


 さて一方。
 ……今頃、次郎のやつ生放送で上がってないといいんだがな、などと思いながら、大介自身はその番組を見る気にはなれず、自室でみゆきをあやしていた。

「……島さん?あの、…テレビ…見に行かないんですか?」
 次郎さんが出ていますよ?
 テレサにもそう言われたが、「いや、いい」とだけ言ってベッドの上に寝転がる。
 みゆきは、最近ついに、寝返りを打つようになった。
 ベッドの上で転がっているのは、みゆきの寝返りを見守るためと、応援するためである。人類の危機より、こっちの方が重大だ。


「…ほーら……頑張れ頑張れ」
 横向きになって、手足をうーん、と伸ばして踏ん張るみゆき。足を身体の前に出すんだよ。そうそう…!!
 ころん、と腹這いになる。
「やった〜、えらいぞぉ!みゆき!!」
 破顔して自分の頭をくしゃっとなでた父親に、みゆきが得意そうな笑顔を向ける。「えらいでしょ?」と言わんばかりだ。

「うふふ」
 テレサも笑った。
 地球に向かっているブラックホールの事は、随分前から知っている。そして、それに対して次郎や真田が尋常ならぬ尽力を続けていることも。
過労のためか心労のせいか、心無しか最近の真田は急に老け込んだようにも見える……。何も手伝えないことを心苦しく思いながら、それでもテレサは今の、この幸せを自分のために手放すまいとしていた。

 その、幸せを絵に書いたような部屋のドアを、誰かがノックした。

「……入っていい?」
 ——守だった。

 

 

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