RESOLUTION 第6章(5)

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 このアクエリアス氷塊ドックには、今後も続々と「真田の選んだ」若者たちが到着する予定である…そのほとんどが、小林同様、まだ実戦経験のない者ばかり。ただし、皆ズバ抜けた能力の持ち主である。つまりは揃いも揃って、常識的には「次郎の言うような、あり得ない」人材ばかりなのだ。軍の訓練施設というより、ここはヤマトのための特殊人材開発研究所、と言った方が正しいかもしれない。

 小林淳は、その外見からは想像もつかないが、中でも類い稀な天才だった。

 大型の艦船を手足のように動かす操縦感覚と、小型艦載機をアーマードスーツのように操る機体感覚。彼はその双方について、それぞれの分野のベテランが舌を巻くほどの、突出した潜在能力を持っている。
 彼は地球防衛軍の宇宙戦士訓練学校に在籍しているが、訓練校での成績はそれほど芳しくなかった。古臭く画一化された軍事教練が依然幅を利かせている防衛軍では、小林のようないわば「はみだし者」は却って潰されてしまう傾向にある……彼の潜在能力を見い出したのは、「見る目を持って人探しをしていた」真田志郎だった。
 さらに、このたった一人の少年のために、ヤマトの操艦については太田と北野が、また新型艦載機の教官には加藤四郎が、それぞれ任命されていたのである。

(ただ、確かに…)
 太田も、この少年の言動が鼻につかないわけではなかった。小林は軍の規律など学校の校則程度にしか思っていない。階級章も見えていないのではないかと思わせる不遜な態度。確かに、卓越した能力はあれど、これでは協調性に欠けること甚だしい。島次郎が彼の態度にムッときても、それは致し方ないのかもしれない、と思う。

 だが、ここで喧嘩を始めては駄目だ。太田の任務は、こういう若い連中がぶつかり合うのを止めて、まとめあげることでもあるのだから。睨み合う2人を両手でやんわりと制しながら、太田はしかし、それが無駄な仲裁なのではないかと焦り始めた……



 小林が小馬鹿にしたように続ける。

「島大介が降りたんだ。オレが気に入らないんなら、あんたがヤマト、飛ばしたらいいじゃねえか。なーんで戦艦乗りにならなかった?」
「お前の知ったことじゃない」
 一蹴した次郎の胸元に、小林が威嚇するように顔を寄せる。
「…当ててやろうか」
 
舌なめずりなどしてはいないのに、その態度にはそんな気配が漂う…

「お兄さんには、逆立ちしたってカ・ナ・ワ・ナ・イ」


 小林は目一杯愚弄したつもりだったようだが、次郎は笑みを浮かべ、ゆっくりと返した。
「……それはお前じゃぁないのか…?小林」
 小林の頬が、ピリッと痙攣する。
「…なにィ…?」
 次郎は小林の視線から自分の目を離さず、ゆっくりと腕組みをした…「お前のお兄さんも名パイロットだそうじゃないか?お前じゃ永久に勝てないだろうよ」
「んだと…ォ」
「…島くん、よせ。挑発するな」
 太田が堪らず割って入ったが、次郎はごく冷静に首を振って応える。
「大丈夫ですよ、太田さん。こいつは俺に、手を出せませんから」
「この…」
「小林っ、駄目だ!」
 今にも殴り掛かろうとする小林と、次郎との間に、太田が慌てて半身を入れる。次郎はフンと鼻で笑うと、悠然と2人に背中を向けた。
「構いませんよ、太田さん。軍人が自分を律することも出来なければ、他人を守ることなんかできやしないでしょう。…ヤマトのチーフパイロットだ?…お笑いだよ、今のお前はただのチンピラだ。お前がいるのはシブヤの街か、それとも軍隊か。…周りを見てよく考えるんだな」
「てめェ……!!」
「島くん…!小林も、落ち着け!」 
 太田が本気で小林の両肩を抑え込んだ。
 島次郎の肩書きは、科学局移民船団本部長である。訓練生の小林が頭に来て彼を殴れば、処分は目に見えていた。やつはヤマトのパイロットどころか訓練学校や軍にすらいられなくなる……
 真田さんの本意じゃない…これは、まずいぞ。

 次郎は振り向いた。狼狽えている太田に、「悪い事をしたかな」と思い始める。コイツが逆上してちょっとでも俺に手を出せば、上手い具合に追放できるが、そうすると太田さんの立場がなくなる。…真田さんだって、評価できる所があるだろうからコイツを選んだのだろう。 
 ……けど。
 この俺自身が。
 こんなアンポンタン野郎を、兄貴の、…あの“島大介の後継者”として大人しく認めるわけには、いかないんだよ。

 …なら。

「何の真似だ」
 小林が低く唸った。
 次郎が科学局移民船団本部長の徽章の付いた青い上着を、無造作に床に脱ぎ捨てたからだ。
「島くんっ?」
 次郎が投げ捨てた上着を拾いながら、太田が本気で青くなる。そういう問題じゃないだろう!?
「…肩書きに守られた、なんて後から言いふらされたんじゃ堪りませんからね」


 来いよ、ほら!

 小林が歯を剥き出してにやりと笑った……もうその後は、止めても無駄だった。




       *         *        *

 



「……バッカじゃないの、あんた」
 
 ——ヤマトの医務室。
 酔っぱらいの獣医の代わりに、ここへ赴任してきた女医が、艦載機のパイロットも兼任する彼女——、佐々木美晴だった。

 真っ黒な長い髪に、女性隊員にしては珍しく派手な化粧。ぞろっとした白衣は医師特有の装束だが、なぜかその首には、聴診器の代わりに旧式のゴーグルがぶら下がっている。彼女曰く、「これはゴーグルじゃありません。髪止めです」…そんな妙な言い訳は、誰も本気にしなかったが。
 爪にはゴールドラメのマニキュア。その指が、小林の腫れた両頬に大きな絆創膏を貼付け、ぺちぺちと叩く。
 ぷっ、すごい顔。
 ブリリアントレッドのルージュを引いた唇が、形よく笑った。

「はいよ、おしまいだよ」
「いでえよぉ…」
「奥歯ガタガタ。折れちゃいないけどね…。いっそ抜いちゃうかい?」
「ヒャメロ」
「島次郎、って言ったらプロサッカーリーグ入りを蹴って開拓省に入ったスポーツマン官僚じゃないか。蹴り喰らったら吹っ飛ぶのはあんただろ…」
「うるへー…」
 知らねえよ、あいつ…そうだったの?
 きったねえなー、黙ってやがって。
「阿呆か…知らない方が珍しいよ。…アンタが悪い。島次郎ってあの“島大介”の弟だろう?アンタ、ファンじゃなかったっけ?」
「……弟のファンじゃねえもん」
「だーー」
 普通さ、憧れてる有名人の家族だったら、とりあえずへつらっとくだろ?!そういうアタマ、ないのかね?
「らって、オレの悪口言ってたんらぜ」
「………それ、無理ないと思うけど?」
 あんだと?と腫れぼったい顔で威嚇した小林の頭を、美晴はぐいと押し戻した……「あだだだだだ」

「……まったく、あっちこっちで喧嘩吹っかけて回るんだから。そんなんじゃ、真田さんに迷惑かけるよ?!いい加減にしな」
 チクショウ…俺だって、筋金入りの軍人だぃ。本当なら、サッカー野郎なんかに負けるわけがねえんだぃ!
 そう言いたかったが、頬が腫れていて上手く喋れないので口先で恨みがましくボソボソ。
「で?一発くらいは返したんだろうねえ?」
「……ヨケられた」

 あーーっはっはっはーー…!!
 爆笑する美晴を、小林はさらに膨れ面で睨みつけた。




               *


 まあ正確には。
 次郎の方も、無傷でストレートに小林を降した、というわけではない。掌で受けた小林のパンチに、彼も正直驚いていた。
「…いてッ」
「大丈夫かい」
 右手の指を開閉すると掌がズキンと痛む。こころなしか腫れて来たようだ。
「骨にヒビでも入ってるんじゃ」
「まさか」
 次郎の右手を取って眺めていた太田が、肩をすぼめた。
「念のため冷して、…痛みが取れなかったらCTでも撮ってみよう」
「いいですよ、そんなの…」

 大上段に振りかぶって右拳を出してきたから横へ飛び退けば、反対からこのパンチが飛び出してきた。左アッパーだ。それを軽く受けて流したつもりだったのに、このダメージ。
(まともに受けてたら、ホントにヒビ入ってたかも)
 けど、あいつ軍人のくせに、いちいち動作が大振り過ぎる。パンチを受け流した拍子によろけた小林の顔面を、サッカーで鍛えた足で思い切り蹴り上げてしまったら、勝負はついた……

「……あいつ、歯、折れてませんでしたかね」
 思い出したように、太田に訊いた。
「大丈夫。さっき医務室から伝言があったよ」

 

 まったくもう…血の気が多いんだから…。
 こうやって、島さんと古代さんもよく揃って治療されていたっけ。ここに雪さんがいたら、まるでイスカンダルへの旅の再現だ。
 自身は殴り合いの喧嘩などしたことのない太田である。…俺は、どこまで行っても仲裁役か、と彼もまたもや苦笑した。


 

 この先、ここアクエリアス氷塊ドックでは再び迫り来る人類滅亡の危機に備え、極めて特殊なプロジェクトが展開される予定となっている。  
 状況は、正直言って、かなり逼迫していた。
 銀河系中心部に観測された、移動性の超巨大ブラックホール。それが着実にこの太陽系に向かって進撃してきている。——超自然現象なのか、またしても未知の宇宙空間からの侵略なのか……?
 それすらもまだ、判然としない。

 人類社会は、この10年以上続いた「平和」に胡座をかき、一丸となって宇宙的規模の危機を乗り越える術を忘れてしまった。反戦活動に名を借りた「個人叩き」に興じる世間。かつて地球を勝利に導いた地球防衛軍の英雄たちは、今では散り散りになって息を潜めているしかない……
 宇宙戦艦ヤマト。
 その英雄の船も、味方を盾に生き延びた、という理由で艦長の古代進もろとも糾弾されてからは、任務に出動することもなくなった。事実上の廃艦、だった。

 彼、太田健二郎が、ガルマン・ガミラス交易回廊からの輸送任務から3年ぶりに戻った昨年の暮れには、そんな世の中になっていたのだ。真田志郎に「待っていた」とばかりに声をかけられ、彼はこの新しい極秘プロジェクトに参加することを二つ返事で承諾した。だが、見回せば新たな任務に就く戦士たちは、皆——10代の若者たちに変わっていた。

(……世代は、交代した)
 だが、俺たちの意志は変わらない。

 自分も、この先のヤマトにはおそらく乗り組むことはないだろう……太田はそれを、悔やむことはなかった。ヤマトはこれから、大規模な改造を施されることになっており……次のチーフパイロットには、あの小林淳が任命されている。そう決めたのは、他ならぬ真田さんだ。俺たちにはその小林を、新生ヤマトの操縦士として「間に合うように」鍛え上げる任務が課されている。


(…そうだ、島さんの……代わりに)

 ……万が一にも俺たちの力不足で、テレサさんと幸せに暮らしている島さんを、ここへ来させるようなことがあってはならない。島さんには、そんな懸念を微塵も抱かせてはならないのだ。


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