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枯れた芝生の終わる辺りにある、ドウダンツツジの垣根の所から、守は躊躇うようにゆっくりとこちらへ歩いてきた。明るい色の前髪が、目にかかりそうになっている……その、陰から人を窺うような仕草には見覚えがあった。この子の父親、…昔の古代にそっくりだ。
「…サッカー、上手だね」
「そうかい?ありがとう」
「…おじさん、サッカーの選手だったの?」
ははは、それは褒め過ぎだな…と大介は笑った。「おじさんの弟は、プロのサッカー選手を目指してたけどね」
「目指してた?…今は?」
「…今は、お役人さんだよ。でも、弟が小さい頃はおじさんがサッカー、教えてやったんだ」
「……ふうん…」
会話が途切れる。
まあ、無理に話を続けることもない。大介はボールをひょいと左足ですくい上げ、手に持った…
「ほら」
ぽん、と守の方へそれを投げる。
慌ててそれを受け止めに走りながら、守が訊いた——「おじさんは、誰に教わったの?」
「誰だったかなあ…」
ちゃんと教わった記憶はなかった。近所のお兄さん、だったかもしれない。ただ、父でなかったことは確かだ。
「こっちへ蹴ってごらん…ほら、パスだ」
守が、戸惑いながらもボールを蹴り返す。
「蹴った場所で止まってちゃ駄目だ。ゴールはどこだい?」
あっ、と言いながら、小さな手が指差した先には、屋外バーベキュー用のカマドなのか、コンクリートブロックで出来た小さなゴールがある。
(へえ、一人で練習してたのかな?)
ニヤッと笑い、守に向かってまたボールを蹴り返す。
小さいからといって、手加減はしない。そうやって、次郎も上手になった……大介はカマドに向かって走りながら、戻って来たボールをもう一度パスする。
「よし、シュートだ。…おじさんが止めるぞ、…抜いてみろ!」
スピードの落ちたボールを守が正確にゴールへ向かって蹴ろうとする間に、大介は走り込んでカマドの前に立ちふさがった。
シュート。
「ちぇ」
あっけなく大介の手で止められたボールに、守が苦笑いする。
「今度はおじさんが敵になってカットしに行くから、ボールを守ってドリブルしてみろよ、ゴールまで」
「え……」
なんだか、俺が一方的に遊んでるみたいだな。
そう思わなくもなかったが、大介はまあいいや…と笑った。戸惑っていた守が、次第にムキになる。
上手くパスを出せるといい笑顔で笑い、カットされると本気でムッとしている。
ついに3度目、またもやカマドの前でシュートを大介に止められると、守は「だあーーー!!」と大声で唸った。
「待ってよ、少し手加減してよ」
「いいや、だめだ」
…待ったは無しだぜ。
そう言った大介に、拝み倒すようにして「待ってくれよ」と唸った古代の顔が思い浮かぶ……将棋をしていた時だったかな…、よくあいつもそう言ったっけ…
こっちが手加減すると、勝てるようにはならないぜ。
ニヤニヤしてそう言うと、守は口を尖らせつつもそばに来て、頼み込むように大介を見上げた…「ねえ、教えてよ。…もっと上手くなりたいんだ」
その時、「っふええええ……」とか細い泣き声が聞こえた…
いっけね、みゆきを忘れてた!!
慌てて大介と守が振り向くと、いつのまにかウッドデッキの上には小さな姿があって、泣き出したみゆきをあやそうと四苦八苦しているのが目に入る。
「美雪ちゃん!」
なんだ、近くにいたのか!
「……ごめんなさい、よしよしってしてたら、泣いちゃった…」
あやしていたのか、泣かしていたのか…、さて真相は定かでないが、美雪がサッカーに興じている“みゆきの父親”と自分の兄、のじゃまにならないようにと、一生懸命尽力していたことだけは分かった。慌てるその横顔が、まるであの「生活班長」のようだ。
「ああ、ごめん、ありがとう!!」
ごめん、はみゆきに。
ありがとう、は美雪に…そういうつもりで、大介は苦笑いした。
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「ねえ、おじさん?なんでこんなトコにいたの?」
大介に抱き上げられて泣き止んだみゆきの頭をよしよし、と撫でながら、美雪が訊いた…ウッドデッキのベンチに、3人は並んで腰かけていた。
「………あ」
おやつ、だった。すっかり忘れてた……
「おやつの時間だから、君たちを呼んできて、ってテレサに頼まれたんだった。……心配してるかな」
「おやつ…?」
「なんか作ったらしいよ?食べてあげてくれないか」
守と美雪は、面食らって顔を見合わせる……
別に、いいけど。
「テレサはねえ、今お料理を練習してる所なんだ。……まだあんまり上手じゃないからさ」大介はちょっと声を落とす。みゆきの離乳食までには腕を上げないと、と彼女は本気で頑張っているのだから。
「……ほんと?」
美雪がどういうわけか、急に目を輝かせた。
「…美雪のママもね、お料理へたくそなの。おばあちゃんの方が、上手なんだって。…でも、見た目は不味そうだけど、ママのだって美味しいんだよ」
ね、お兄ちゃん?
美雪はそう言って、兄に同意を求めた……守も鼻の頭を掻きながら、うん、と笑う。
「そうか。じゃ、テレサのも美味しいかどうか、食べてみようよ。…行こう」
「うん」
料理がへたくそ、ってところに雪とテレサ、…ママ同士の共通点か。…そんなこと言った、なんて知れたらテレサに怒られるな……いや、まず雪に怒られそうだ。
我知らず、また苦笑。
「…テレサには、おじさんが“お料理がへたくそ”って言ったことは、内緒だぞ」
「……わかった」
あははは!!
こういう類の「内緒」に、2人は心当たりがあるらしい。揃って吹き出したので、大介も一緒になって笑う。
思ったより素直に、2人は腰を上げた。
サッカーボールを小脇に抱えた守が、大介の歩幅に合わせて小走りになりながら横に並ぶ。ちょっと息を切らしながら、大介を見上げた。
「ねえ、あとでまたサッカー、教えてくれる?」
(やっぱり、根は…人懐っこいな。…あいつと同じだ)
思わずまた、笑いが漏れる。
「ああ、もちろん」
「ねえ、テレサのおやつって何かな、ホットケーキ?」
いつの間にか、美雪も反対側に来ていて、大介のジャケットの裾を掴んでいる。楽しそうにスキップしながらこちらを見上げ、そう訊いた。
「さあ?なんだろうなァ」
——いきなり3人の子持ちだな。
テレサとそう言って笑ったことを思い出し、大介はまた、我知らず苦笑していた。
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