RESOLUTION 第6章(1)

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「全艦、発進準備」

 海底ドック第6デッキ、注水用ゲート閉鎖。…ドーム内注水開始。
 波動エンジン…起動開始——
 動力接続…スイッチ・オン!

 機関室から、徳川太助の勢い付いた声が上がって来る。
<動力接続!…フライホイール始動、10秒前!>
「ドーム内、海水の注入完了まで、あと20秒です」
<フライホイール、始動!>
 
 ドーム内の水位が、ヤマトの第一艦橋を越える。

「ガントリー、ロック解除。両舷推力バランス正常。小林、海底ゲート開け」
「ゲート、開きます…!」

 午前3時15分……

 ごく静かに、ヤマトは動き出した。
 ドック側では、この秘密の出航を真田志郎がサポートしてくれている。
 小林淳からの連絡を受け、海中に続くゲートがゆっくりと開いて行った。

「…今のところ…海中に動きはありません!」
 操舵席の右後ろにある戦闘レーダーを操作しつつ、小林が伝えた。
「よし…海中へ進入するぞ」

 補助エンジン定速回転、1800。加速前進、0.5……
 戦闘レーダーをそのままにして、小林は艦橋を突っ切って反対側へと走った。
「艦首ミサイル自動発射管、およびパルスレーザー砲発射スタンバイ…迎撃準備完了!いつでも撃てますよ、太田大佐!」
 
 機敏な少年の動きを背後に感じながら、太田健二郎はニヤリと笑った。
「よし…そこで待機しろ」

 操縦席のコンソールにも表示される簡易レーダーを同時にチェックしつつ、操縦桿をやんわりと引いた……ヤマトの船体が、水圧をものともせず急角度で浮上して行く。…上昇角、27。浮上海域に異常なし…
「…海面まで、あと3分」
 操艦しながら監視レーダーの操作。これは太田にしかできない離れ業である…もとより、この人数での発進など通常はあり得ない。だから、島さんはこんなこと、しようとも思わないだろう。
 思わず笑みが浮かぶ。

「前方…水平角170度、仰角65度…機影ゼロ」
「ちぇ…肩すかしかよ。出て来いや、インターセプター…!!」 
「…何も出て来なければ、それに越したことはない」
 好戦的な態度の小林に、太田は振り向きもせずそう釘を刺した。

 若獅子のような新人クルーの不敵な笑いが目に浮かぶようだ。

 小林淳は態度は生意気だが、頼もしい少年だった。太田自身も、我知らず気分は高揚していた……このヤマトを、子ども同然の新人とオレの2人で、アクエリアスまで飛ばそう、というのだから。

 最小人数での発進は、不可能ではないが今まで誰もやろうとしなかったことである。第一艦橋には、2人もいれば事足りるのだ。人数に不安は感じない……それは、多分に自律航法A.I.が優秀に機能しているせいでもあったが。

 機関室にいるのも、あの徳川と、真田の派遣してきた整備士2人の3人だけだ。そいつらも新人、ハイスクール生の双子の兄弟だと言うが、あれほど自信に満ちたメカ・ホリックは太田も見たことがなかった。

 

(真田さんも、つくづく恐ろしい人だ)
 

 小林にしろ、機関部の双子にしろ。
 あいつらは子どもじゃない……子どもの皮を被った、生まれついての天才(バケモノ)どもだ。一騎当千の働きをする、とは奴らのことを言うのだろう…、科学局の極秘プロジェクトにはあんな若者がまだぞろぞろいるらしい。
 それを傘下に集めた、真田志郎という人は——。
 分かってはいても。またもや鳥肌が立つのを覚え…太田は苦笑する。


 まるで暗黒宇宙のようなメガロポリスの海中。

 ……閉鎖状態の海底ドックからヤマトが発進したことを誰かに気取られた様子は、まだない。

「上空はどうだ、小林」
「……今の所、オールグリーン」
「油断するな。味方識別信号を切ってある……今のヤマトは自動防衛システムから見たらアンノウン(未確認飛行物体)だ」
 …いつどこから迎撃されてもおかしくないぞ。
「了解っ」
 来るなら来いやァ!

 

                     *



 —— 一方、ここは未明の防衛軍司令本部……
 稼働しているスクリーンは中央の一基のみである。
「……はい、おやすみ」
 士官服の男が一人…パネルを操作した。戦闘衛星の稼働スイッチを、指先でポンと叩き。

 今頃、あの新人のボーヤが吠えてるだろうけど。
 悪いねえ……戦闘衛星には眠ってもらったよ。壊されちゃあかなわないしね…
 ——ふふふ、と笑ったのは司令長官補佐、藤堂である。戦闘衛星が応答しなくなったのを見届け、もう一度、微笑んだ…
「…良い夢を」

 さあて。地球(こっち)側での裏工作は、ここまで。
 後は太田、頑張れよ〜〜、洋上沖合1000、上空高度1万で自律型のアンノウン要撃ファイターが出て来るからね〜。

 くすくす笑いながら、藤堂はスクリーンをシャットダウンした。
 まだ朝早いからとっとと帰ってもう一眠りしなきゃ。朝帰りなんて、バレたら晶子さんに怒られちゃう。
 太田と徳川と新人たちが「しくじる」などというシナリオは、
彼の頭には……

 100%、ない。



                  *



 その頃、洋上のベース・オガサワラでは……
 次世代新型艦載機、コスモパルサーの開発基地から、4機の艦載機が緊急発進した。
 
 <……メガロポリス、防衛軍海底ドックカラノ戦艦上昇コースニ、アンノウン発見……海中ヨリ上昇中……迎撃信号を傍受>

 4機のコスモパルサーはフォーメーションを組んで警戒海域に向かった。



                     *



「海面まであと50秒!」
「前方水平270度、海面に機影無し!」
「…メインエンジン点火…10秒前!」
 艦首、前甲板…主砲が、…艦橋が、海面を割いて現れる……

 ——5、4、3、2、1…「ヤマト、発進!」

 上昇角40度、第2戦速!
 副戦闘指揮席で両肘を突っ張り、海水の滝飛沫の向こうに見えてきた夜空を仰ぎ見ながら、小林が顔を輝かせた……「すげえ…!」
 憧れのヤマト。まだ正式配属じゃないのが、たまにキズだけど。
 …この瞬間に、俺は…どれだけ憧れたことか!!

「小林、よそ見するな!警戒レーダー反応は!」
「無しですっ……あっ」

 4時20分の方向に…迎撃機発見、機影…3!距離1万2000!

「……無人要撃機だ。出来るだけ回避して引き離す。あれも税金で出来てるんだ、できれば撃ち落したくない」
 ごく静かな声音でそう言った太田に、小林も頷き返した。
「了解っす!」
「上昇角45、エンジン出力60%!」
<機関室、了解!!>

 ヤマトが大気圏内で出せる速度は、音速未満である…それを考慮しつつ、主翼を半開にして可能な限り速度と上昇角を上げる。
(だが、要撃機は低空でもマッハを越えられる)
 ……追いつかれるな…。
 頭を押さえられたら…撃ち合いは避けられないか??

 太田がそう覚悟し、小林がパルスレーザーの自動照準機にコマンドを出そうとした刹那。
<——味方同士でドンパチは——ナシにしましょうぜ!>
 雑音だらけの通信が第一艦橋に食い込んで来た……

「…加藤!?」

 3機の要撃機のさらに後方から、4機のコスモパルサーが現れた。

 

「加藤…って!?」
「……加藤四郎。…今は防衛軍の太陽系第5護衛艦隊の旗艦艦長……」
 のはず、なんだが。
 背後で小林がひゃっほう!あの加藤四郎さんか!と叫んでいるのを聞きながら、太田は苦笑が止まらなかった。じゃ、あとの3機は誰だ。

 次第に明るくなりつつある夜空を切り裂き、強行に上昇するヤマトの周囲で、あわや戦闘機同士のドッグファイト……と思いきや。
 4機のコスモパルサーの尾翼付近から、キラキラと光る粉状のものが噴射された。
「大佐、…コスモフレアの噴霧を確認しました!」
「なるほど」 
 撹乱の煙幕を張ったな……アンノウン用の要撃戦闘機は対地球外侵略兵器として配備されているから、こういう原始的な撹乱には弱い。速度を落とした要撃機の周囲を、コスモパルサーが高速で旋回している……
「…今のうちに全速だ。機関室、第4戦速!振り切るぞ」


 はるか上空、高度…12万メートル…… 
 この高高度までは要撃機はついて来られない。コスモフレアの煙幕の中から飛び出し上昇してきたコスモパルサー4機を従え、ヤマトは大気圏脱出速度に達した。
「主翼、格納……大気圏外航行用出力に切り替えろ」
<了解>
 半開にしていた主翼が格納される。
 4機のパルサーが、艦橋から目視できる距離に接近してきた。
 
 艦体を水平に戻すと、太田はインカムに向かって声を上げた……

「加藤、ありがとう!!」
<お久しぶりです、太田さん! 相原さん…いえ、藤堂さんから連絡を受けましてね。…真田さんからも思わぬプレゼントを託されたもんですから>
 加藤四郎の声が、嬉しそうに弾んでいた。

 思わぬプレゼント。
<こいつらです。ヤマトに配属予定の、…新人パイロットたちですよ>

 太田は、加藤と並んで飛んでいる次世代新型艦載機・コスモパルサー3機に搭乗しているパイロットたちが、そろってバイザーを上げてこちらに敬礼しているのを目にした。
 ………若い…、しかも、一人は女だ。
 いつの間にか、太田の隣、つまり中央の戦闘指揮席に小林が来ていた。
「…美晴!!」
 望月、妹尾!
 感嘆の声を上げた小林に、太田は目をむいた。
「小林の知り合いか?」
「ええ、…飛行科の同期です!…あっと、美晴は…ちょっとだけ先輩で、医者です」
「医者…」医者で、しかもファイターのパイロット、だっていうのか。

 ……加藤が受け取ったのも、真田さんのビックリ箱なんだな。
 そう思うと、またしても苦笑が止まらない太田であった。

「よし…この先、戦闘衛星が待ち構えているはずだ。気を抜くな!」
「了解!!……あれっ」
「なんだ?」
 小林お前な。あれっ、とか来いや、とか、言葉遣い変だぞ。もっと軍人らしくしろ、そう太田が言いかけた時。
「大佐、戦闘衛星の稼働反応が…消えてます…!!」
「そんな馬鹿な」
 加藤がブースターを発動して先行し、すでに迎撃態勢に入っているであろう戦闘衛星目がけて飛んだ……

<…太田さん、本当だ!地球からの指令を受けるはずのコマンドセンサーが切られてる>
 加藤からの通信に、太田は呆気にとられた。
 ……防衛軍本部でなければ操作できないはずのものを、誰が…シャットダウンした……?

「あは……あっはははは……」
 いきなり笑い出した太田に、小林が面食らう。
「相原だ。…あいつ」
 操作自体がトップシークレット扱いの兵器をいじれるのは、立場上…やつしかいない。
 義一の説教顔が目に浮かんだ……

 いい?なんでもかんでも壊して出て行くのは良くないと思うよ?僕は反省するべきだと思うんだ、地球外からの侵入を防ぐためのものに足止め喰らっても、それを味方の僕たちが壊しちゃだめだよ……それが天下のヤマトじゃないの?

 義一は、かつて…2201年当時、ヤマトが防衛軍本部の反対を押し切って地球を旅立った時のことを反省するべきだ、と常々言っていたのだ。当時もやはり、謀反同然で地球を発進したヤマトを防衛軍の哨戒機や戦闘衛星が引き止めようとしたが、彼らはそのどちらをも破壊して強行離脱した、という(あまり褒められたものではない)逸話があるからだった。

「相原、いや、藤堂が戦闘衛星の機能を停止させてるんだ。……あははは……」
 小林には、何がそんなにおかしいのか分からなかった。だが、障害物は少ないに越したことはない。…自分の射撃の腕が披露できないのは、残念ではあるが。

「よし、このままアクエリアスまで直行だ。加藤以下4機、ついて来い!」
<了解…!>


 

 前方に、あの歪な氷の惑星が接近して来る。
「……大佐、あれを…!!」
 小林の声が驚愕している。
「!!」
 その指差す方向へ目を凝らした太田も、思わず息を飲んだ……

 柔らかな月光を反射して煌めくアクエリアスからこちらへ向かって、まるで光るじゅうたんが転がされてきたかのように……漆黒の宇宙に突如、無数の着陸灯のようなものが点灯し始めたのだ。

 それはさながら、長旅を終えた艦の帰還を出迎える、懐かしい街の灯のようであった。白、赤、緑…そして深海の青のような航海灯を舷側に所狭しと煌めかせた、無数の無人機動艦。それらが、歓迎するかのように左右に縦列し、光の道をヤマトのために作っていたのである。

<島さんがいらした地球極東基地と、僕が司令官を務める月面基地の…無人機動艦隊です>
 機関室から、誇らし気な徳川太助の声が上がってくる。
 アクエリアスを至近に臨むこの空間に集う、無人機動艦…約100隻。
<ヤマトを、歓迎してるんですよ…!>

 徳川の声は、笑っていた。

 ついで、ヤマトの第一艦橋のモニタに受信された、アクエリアスからの通信は——

 

「ようこそヤマト。…アクエリアスへ」

 第一艦橋の大パネルに投影された男たちの姿。
 そこに微笑んでいたのは科学局長官・真田の片腕、島次郎、元ヤマト航海部の北野哲。そして、アクエリアス氷塊ドック司令官・水谷肇、地球極東基地司令・吉崎大悟らであった。


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