RESOLUTION 第5章(7)

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 確かに、次郎とは11歳違いで、俺は自他ともに認める「模範的ないいお兄ちゃん」だったかもしれん。子どもの相手は嫌いじゃないし、むしろ女の子より男の子の方が…分かり易いのは確かだった。

(だけどな…)
 
 7歳にしてやさぐれている古代の息子だぞ。

 自然体で付き合ってやってくれたらいい。ありゃあ、父親のミニチュアみたいなもんじゃから。古代のヤツも、どんなに不貞腐れておっても、お前にだけは心を開いとったじゃないか……

 佐渡先生はそんなこと言うけど……。




 この部屋を自由に使っていいぞ、と言われ、佐渡の自室からも近い管理棟の客室の一つをあてがわれた大介とテレサは、実家からと<エデン>から届いた長旅の荷物をそこで解いていた。

 娘のみゆきは、佐渡の部屋にいる。

 とりあえずは、診察。そう老医師が判断したのと、美雪がもうすっかり、あの小さな天使に夢中だったせいである。不思議なことに、みゆき自身も古代の娘を覚えてでもいるのか、美雪に向かって盛んに笑いかけていた。沢山の人に会わせることも大事だ、ということで、荷物を解いたらみゆきを連れて、パークの研究員や飼育員たちに挨拶回りをすることにもなっている。

 だが…
 最初から、そんなに長い間滞在するつもりもなかった。ここへは古代に、子どもたちも雪も元気でやっている、ということを報告するために様子を見に来ただけだったのだ。それが、どうもそれだけでは済まないらしい。

(……古代がやさぐれてた時、俺……どうやって接していたっけ)
 うーん、と腕組みをして思い出そうとする。


 
 最初、あいつはちょっとおっとりした…おとなしいヤツだった。昆虫採集が趣味とかで、派手で有名な兄貴の守さんとは対照的な男。
……それが、訓練学校で初めて会った時の、古代進の印象だった。
 だが、それまで学科でも実技でも常にトップ独走の俺を、何食わぬ顔で追い越しにかかったのがあいつだ。両親を遊星爆弾の攻撃で失って、行き場がないから訓練学校へ入った、そんな程度の志望動機だったと聞いた。あいつ自身も放射線病に罹っていてな……孤独感を身体中に滲ませて。
 それに…守さんを失った後のあいつときたら、それはもう、ささくれ立っていたものだった。でも案外、俺とは気が合ったな。…お互い、空気みたいな感じで。

 ?? 
 俺はあの頃……、どうやってあいつと付き合っていたんだっけ。



 考え込む大介の様子を、テレサが微笑んで見守っていた。
「…荷物は大体、片付けましたよ」
 島さんも、これに着替えたら? 
 そう言いながら、ベッドに腰かけて考え込んでいる大介の横に彼の部屋着を出し、テレサ自身もワンピースの背中のファスナーに手をやった。

(……そうだ…思い出した)

 大介は、テレサの白い背中がファスナーの間からするりと現れるのを眺めながら、ああ、と合点した。
 
 当時も、何かと言えばいちいち突っかかって来る古代に、俺は別に遠慮するでもなく気を遣うでもなかった、ただ普通にしていただけだった。あいつはあいつ、俺は俺。やつのご機嫌取ろうと思ったことなんか、一度もなかった……心が傷ついてるからって、こわれものみたいに扱うのは逆効果だ。
 あの子が古代の息子なら、それで大丈夫、通じるはず……。そう思った途端、気が楽になる。

 目の前に、下着だけのテレサの背中。
 それが妙に艶かしい…

 

 ふいに、彼女が大介の視線に気付いて振り返る。赤くなった。
「……なぁに?島さん」
「え?…ああ、いや……」なんでもない…奇麗だな、と思ってさ……
「…いやぁね」

 恥ずかしそうにするテレサが可愛くて、大介はつい立ち上がり、その背中を後ろから抱きしめる。
「ねえ、…あなたも、着替えた方が」
「うん」
 着替えるよ。

 呟きながらテレサのうなじに唇を這わせた。「あん」と息が漏れる…うなじから首筋へ、そして彼女の身体をこちらに振り向かせて唇に深いキスを。
 唇を離してから、彼女の体を抱きしめたたまま、大介はその耳元で囁いた。
「……佐渡先生から頼まれちゃったんだ。…守を、慰めてやってくれ、って」
「あなたが?」
「今の俺に出来ることは、そのくらいだからな…」

  大介は、移動性ブラックホールの接近、という事実を目の当たりにして地球へと戻って来た今も、真田と次郎が奔走しているはずの科学局へは行こうとしなかった。そればかりか、科学局の計画のためにみゆきのテレパス能力を役立てることはできないかと遠回しに伝えてきた真田に対して、「申し訳ありませんがそれは」と丁重に断わりを入れたのだ。地球を護るのは、もう僕の仕事ではありません。僕には、護らなくてはならないものが、他にありますから。

 君を守る。もう一人にはしない——

 その約束を、大介は頑なに守ろうとしてくれている——。テレサは感謝の溜め息と共に、彼の身体に回した腕にぎゅ、と力を入れた。

「ねえ?雪さんと古代さんがお帰りになるまで、私たちがあの子たちのお父さんとお母さんになってあげるのはどうかしら」

 大介は、え、と無音で唇を開いた…
 テレサの顔を見ると、笑っている。
「時間は、ありますもの…」島さんのために自分も何か、手伝えることはないかしら…そうテレサも思っていたからだった。
 大介が思わず笑った。——そう。…君がそう言ってくれるなら。



「いきなり3人の子持ちか」
「うふふ…」
「実はそのうち、もう一人くらいは欲しいと思ってるんだけど」

 どうですか、奥さん?今夜あたり。
 テレサの頬が、またぽっと赤くなった。

 まあ、それじゃあ島さん、4人の子持ちよ……?

 二人は顔を見合わせ、互いに声を上げて笑った。




           *         *        *




 その頃——

 メガロポリス・セントラル・コーストの防衛軍海底ドック。
 柔らかな照明に下から照らされているバルパス・バウと艦首、その後方に続く濃赤色と鈍色のなだらかな船体…。閉鎖されているはずの<ヤマト>のドックに、数名の男たちが集まっていた。


「お久しぶりです」
「…よく来てくれた」
 防衛軍の士官服を着た肩幅の広い男が、長身の科学局長官に対して機敏に敬礼した。胸に光る徽章は“大佐”である。
「本日未明をもって、ヤマトは地球防衛軍の所属を離れる。ついては、君にも協力を願いたい…」
「喜んで」
「悪いようにはしないよ」僕がちゃんと手を回すから。
 地球防衛軍総司令長官補佐、藤堂義一がそう言って片目を瞑ってみせた。

 今夜、…夜明け前。
 最小人数で計画を決行する。

 サポート要員はすでに艦内・外部コントロール室ともに配置が完了している。機関室には徳川が行ってくれた。大気圏外の防空は月面基地の無人機動艦隊が固めてくれているが、大気圏内ではお前の腕次第だ。無人の迎撃機、戦闘衛星からの攻撃が予想される……すべて、お前の操舵の腕で切り抜けて欲しい…。

「はい、任せて下さい、真田さん」
 ヤマトには傷ひとつ付けませんよ。

 その男は、そう言うと屈託なく笑った。


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