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「緊急出動要請!」
「目的地は」
「……610エッジワース・カイパーベルトの外です。距離約1万6500光年、移動中の貨物船内で事故!」
「遠いな…」
「心配ない。当直パイロットは島さんだから」
太陽系交通管理局からの遠距離出動要請である。緊急医療基地の管制塔から出動命令を受けた機体は、待機中の<ホワイトガード>だった。
「発進2分前、詳細通信…続報は来ていないか!」
艇長の小林が基地のコントロールへ再度情報を送るよう要求する。
通信士がインカムに入って来る通信の周波数を調整しつつ、それに応えた。
「……負傷者一名、30代男性。頸部裂傷、現在意識レベル100。事故発生時刻は地球時間ヒトサンマルロク、約20分前です。エンジン調整の際、機関室にて事故……えっ?負傷者は船長ですか」
「貨物船の船長がなんだって機関室にいたんだ?」
発進のシークエンスを順調にこなしつつ、大介もそう首を傾げた。
「波動エンジン定速1600、出力オールグリーン…」
エンジン点火、発進30秒前……ドームオープン!
<エデン>に設けられた専用の離着陸用天蓋がゆっくりと上下左右に開いて行くのを眺めながら、大介はさらにエンジンの回転数を上げる。
通信席の矢部が、インカムに怒鳴るように繰り返す。
「負傷者の名前は…? 負傷者氏名をお願いします!ええ、分かれば連邦市民IDナンバーも。 え?古代?古代進…?」
島さん、古代って——!?
矢部が振り向いてそう言うのと同時に、大介は困惑しつつ発進レバーを手前に引いていた。
なんだって。
古代……?!
<ホワイトガード>は急上昇しつつ、ワープ軌道へと飛んだ。
* * *
古代進はぼんやりとした意識の中で、懐かしい声を聞いたように思い、双眸を開こうとした。
……だが、瞼すら…思ったように動かない。
(……なぁんにも…思い通りには…いかないんだな……)
弱々しく溜め息を吐いて、また脱力する。
いつからだろうか、そう諦めるような癖がついていた。
願えば、奇跡は起きる。…俺はそう信じて生きていた、はずだった……それが。
「…古代…?気がついたか、古代!?」
(……ああ?……やっぱり、島の声だ……。幻聴かな…)
「まあまだ起こさん方がいい。ずいぶん出血していたからな。まあ、間に合って良かった……船長は当分安静になさった方がいいですね、大村副長」
「はい。そうさせます、先生。お世話になりました…」
しかし、本当に病院へ搬送しないでいいのかね。…いくら世間を騒がせていた古代くんとはいえ……。
友納医師の懸念も、最もだった。
<ホワイトガード>はただのアンビュランスではなくドクターシップである。必要とあれば艦内でかなり高度な術式を行い、患者の生命を救うことが可能だった。そのために、必ず医療の各分野を習得したベテラン医師チームが同行するのである。短期間であれば医療艇内で入院することも可能だが、大抵は最寄りの大型ステーションか惑星基地に搬送し、そこで療養することを勧めていた。
しかし副長の大村によれば、古代船長はステーションにも惑星基地にも行きたがらないだろう、という。その事情がどんなものなのか島大介と友納章太郎はよく知っていたから、可能な限りの治療をこの場で施したわけだが、当然懸念は残る…。
古代進は就労したばかりの歳若い機関士を労い、機関室に出向いていた。ところが、<ゆき>のエンジンに不慣れな機関士の整備不良が不幸を招いた。予期せぬ爆発事故に、古代がとっさに取った行動は、目の前にいたその若者をかばうことだったのだ。
すみません、すみません、と号泣する機関士を宥めながら、大介は古代の寝顔を見守っていた。白いバンテージで巻かれた懐かしい親友の頭部から首筋が、やけに痛々しい……
(こいつ……、相変わらずだな。自分のことより若い連中のことを)
……まったく。
軽く苦笑する。しゃくりあげている村井という若い機関士の肩を軽く叩き、大介は言ってやった。
「こいつはね、目の前で君が吹き飛ばされるより、自分が吹き飛ぶ方を選ぶヤツなんだ。…君が無事で良かった。…だから、気にするな」
「あなたは」
「…こいつの古い友達さ」
それ以上、大介とて素性を明かす気にもなれなかったから、それだけ言って背中を向ける。
本当は、こんなところで古代に出くわすのだったら、言ってやらねばならないことが山ほど、あった。
この馬鹿野郎。
地球に残された雪が、どんな思いをしてるか、分かってるのか。
子どもたちもそうだ。
……俺だって…。
お前が行方不明だと聞かされた俺が、どんな思いでいたか、…分かるか、この野郎………。
「あの、失礼ですが…」
古代の眠る船長室を出た所で乗組員を全員部署に戻らせるなり、副長の大村が大介に向かって口を開いた。
「あなたは……ヤマトの元副長、島大介さんではありませんか」
「え」と戸惑う島に、友納が、ははん?と目を上げる。
じゃ俺は戻ってるぞ、と言い残し、友納は<ゆき>に接続している<ホワイトガード>のアクセスチェンバーへと戻って行った。
*
「……やはり、そうでしたか」
自分も、もと防衛軍少佐でしたから。ヤマトのことも、古代さん、そして島さんのことも、よく聞き及んでおります。特殊輸送艦隊では、艦隊司令をなさっておられましたね…!
「こんなところでお会いできるとは…光栄です、島さん」
「いやぁ、よしてください」
僕はもう、副長でも何でもないんですから…。
握手を求めてきた大村に、大介はなおも困惑した。こっちこそ、古代の面倒を見て下さって…お礼を言わなけりゃなりませんよ。
「地球では、古代さんを巡って…あらぬ噂が裁判沙汰にまでなっているとか。私も出て行って証言したいくらいです」
大村はそう言って、船長室のドアを振り仰いだ。
42歳の大村耕作は、恰幅の良いスポーツマン、といった風貌だった。かつての侵略戦争中には12万t級巡洋艦乗りとして第一線で活躍したのだという。だが、ディンギル戦役で妻と娘を失い、自身も大怪我をしてひとり生き残った。その後、失意のうちに退役しこの貨物船<ゆき>に乗り組み…以来辺境のコスモナイト鉱山を行き来する生活を続けてきたのだ。
——<ゆき>というのは、大村の死んだ娘の名前だった。
「……中継ステーションに、急ぎの求人を出していたんです。航海士募集、というね。そうして来てくれたのが…古代さんでした」
まさか、あの「古代進」だとは思わなくてね…。
出航してから話を聞けば、この船の名前に引かれて来てしまった、と言うではないですか。しかも、「航海士」なんてのはライセンスだけ、一通り操縦は出来るけど特段上手くもない。何なんだ、この男は。…そう思っていたら、船が季節流星帯に出くわしまして…
「当時のうちのパイロットはまだ若手で、パニックになってしまったんです。そうしたら、古代さんが…」
船体についている重力アンカーをとっさにいくつか発射して、今にもぶつかってきそうだった大型の宇宙塵をぶっ壊してくれた。私もパニクっていて、何も出来なかったのにも関わらず、です。
「それで、もしやと思った。……折りを見て、船長の連邦市民IDナンバーを地球へ問い合わせてみたら、宇宙科学局の真田という人に繋がったんです…その人は必死で探していたみたいだった、古代さんをね」
それ以来もう…何ヶ月になりますか……。
古代さんに<ゆき>の船長として就任してもらったのは、最近です。船の乗組員たち全員が、あの人を…「古代進」を尊敬してる。だから自分は船長を降りました。彼が適任だからです——
大村の話に、大介はまた、深い溜め息を吐いた。
「大村さん。……古代が目覚めたら…地球へ戻るよう、言って下さいませんか」
「…は、はあ…」
だが大村は困惑したようだった。
(……大村さんは、古代から色々と聞いているんだな)
直感でそう思った。古代を被告当事者とした上訴審が開かれることは大介も承知している。上訴審にも出ず、黙って行方を暗ましている古代に地球の世論が非常に冷たいことも。しかし、それ以上に何か…戻れない理由があるのだろうか。
「困りましたな。…船長は悩んでおられて」
ええ、お子さんの件でね。
「…子ども?」
「ご長男と通信で話されて、…それ以来めっきり元気が無くなってしまって……」
「守と…ですか?」
「ええ」
その時だった。
二人が声を落として話している通路のすぐ横にある、船長室のドアが中から乱暴に開かれた……
「…船長!!」「古代…!?」
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