RESOLUTION 第4章(6)

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地球連邦宇宙科学局——。

 長官以下、メインスタッフのみが通行を許可されるエリアの一画で、どうみても場違いな派手なスーツ姿の男…そして長身の防衛軍士官服の男が、ぼそりぼそりと会話を交わしていた。

「……しばらくぶりだっていうのに、なんだよその顔は」
「嬉しいよ?」
「だったらもうちょっと嬉しそうな顔して笑えよ、南部」

 そう言うけどさ…相原。お前だって、目が笑ってない。

 当たり前だよ。クリスマスパーティーも放ったらかして、来てるんだから…

 

  ——こんな風に、また再会することになるなんてな。


 口元だけが笑った形で、目元は厳しい表情のまま。南部康雄と藤堂義一は互いの肩を叩き合った。

 2216年の年の瀬も近い、ある午後のことである——



「お待たせして申し訳ない。ここから先は特別エリアなので、長官付きのスタッフが案内してくれるそうです」
 水谷が通路の奥の方から姿を現した。彼の後についてやってきた、長い髪の若い女性士官が、彼らに向かってにっこり会釈する。
「折原真帆です。南部重工CEO南部康雄様、地球防衛軍司令本部長補佐官
、藤堂義一様ですね。真田長官からご案内するよう言付かっております…どうぞこちらへ」

「……うは、新世代」
「お止めなさいって相原君」

 若い女性、しかも美女に目がない義一を、本当ならそれ以上に目がないはずの康雄がたしなめる。折原真帆は防衛軍宇宙戦士訓練学校の制服を着用していたが、どう見ても本来ならまだ省庁派遣を許される年齢ではなさそうだ。

 15か…16か、ってところかな?真田さんもうまくやったもんだなあ。 
 ……シッ、やめなさいってば。

 苦笑する水谷、しかつめらしい顔の南部、それに鼻の下を伸ばした藤堂の3人は、真帆の後について特別エリアへ続くオートドアの向こうへと足を踏み出した。




                
 *




「おかげさまで、冬月のサルベージは順調だよ」
 壁面いっぱいに広がるマルチスクリーンに投影される、アクエリアスの映像……。真田の労いに、そうですか…良かった、と南部康雄は微笑んだ。アクエリアスの内部探査と<冬月>の掘り起こし作業に資金援助をしているのは、NUMBコンツェルン、であった。

「あの徳川が、月面基地の司令官になってるとはね…」
「島さんの後を継いで、徳川が無人艦隊を率いてるんだよ」と藤堂。
「で?加藤は第5護衛艦隊旗艦艦長ですか…」

 艦載機の隊長が、艦隊戦を指揮する立場とはね。……若手の養成は、あまり上手く行っていないんでしょうかね?
 南部の問いに、真田はうむ、と腕組みをする。
「防衛軍全体が停滞気味の上、指導するベテランが足りないんだ。…だから、否応無しにロートル連中が借り出される。それでも追いつかん」
 藤堂(=相原)が、ふーむ、と困り顔で椅子の背に凭れ掛かった。
「……島さんも退役しちゃったし…おじいさまは入院中だし。僕は…お飾りの長官補佐だしな」
 古代さんは、とんだ災難だとしても………。

 藤堂の呟きを水谷がすかさず拾う。
「古代さんの無実は必ず証明されますよ。すでに冬月の船体は発見されていて、もうしばらく前にCIC周りの解凍作業に入っているはずです。ブラックボックス内部の音声データ復元を、藤堂さん…あなたにもご協力願いたい」
 ええ、それはもちろん。僕に出来ることなんて、それくらいしか今は
…ありませんし。
 水谷の熱っぽい口調に、藤堂も少し元気づけられる。

 現在、行方不明だと言われている古代の足取りは、真田が逐一追っていた。古代は<ゆき>という名の深宇宙貨物船に乗り組み、素性を隠して船長として働いていると言う。真田のもとへは、元退役軍人で<ゆき>の元船長・大村耕作と言う人物から好意的な連絡が定期的に入る。その上島次郎の差し金で、宇宙商船大学の優秀な学生が近いうち古代の元へ秘密裏に派遣される予定だと言う。

「…だから、差し当たって古代は心配ないんだ。冬月の音声データは7月の公判には間に合わなかったが、体調不良で裁判に出られないなどということはよくあることさ。予定される次の上訴審には、かならず音声データを提出しよう」
 実を言えば…古代は「必ず戻る」と言いながら7月の上訴審に現れなかった。古代からは何も連絡がなく、そのために真田が仕方なく裏工作を施したのである。そのおかげで、古代は現在、ますます苦しい立場に立たされていた。
「しかしだ。…先だって概略を話した通り、緊急に対処せねばならん別の問題が持ち上がった」
 真田はそう言いつつ、マルチスクリーンに例の映像を投影した——



 …巨大ブラックホールの接近、である。



「……確定、ですか」
 このままだと、こいつが地球を飲み込む、って言う話は…?

 南部はスクリーンから目を逸らす。無人機動艦隊が送って寄越した最後の映像、その恐るべき脅威。
「うむ…推定ではあれの最接近まで、あと約3年だ」
「3年……」
「じゃあ、いよいよ肚を括らなきゃなりませんね」……色々と。
「すまない……南部、相原」
「いーえ。喜んで」

 南部康雄は北半球最大の軍事企業の最高経営責任者として物資の援助を、そして藤堂義一は元防衛軍司令長官の縁故を駆使して協力するという目的で、ここに来たのだ。

「で、そのプロジェクトはどこまで進んでいるんですか、真田さん?」

 藤堂の問いに、切り替わるスクリーンの資料映像。
 それを見て、南部、藤堂、水谷の3人ともが息を飲む…

「俺の一存で集めたメンバーたちだ」
 ずらりと並ぶ名簿。各人の所属は、軍人、学生、医師、訓練学校生、文官、民間技術者…など、多岐にわたる。そして、さらに驚くべきはその各々の得意分野の特殊性、そして…その年齢の若さであった。
 医師免許や軍艦パイロットのライセンスを持つ艦載機パイロット、一級整備士でありながら通信スペシャリストである者。電算と観測と修理を同時にこなす天才。かつてヤマトで能力別に編成されていた班構成など通用しないだろうとも思える、マルチ能力者たちの集団。そのほとんどが、未だ十代の少年少女であった。
「……さすが真田さん」
「こんなこともあろうかと、集めておいたとっておきの若者たちさ」

 ただ、まだ彼らには実戦経験がない。訓練させるにしても、今の地球にはその場所がない。これは軍と連邦政府には内密のプロジェクトなのだ。……なぜなら…。
 彼らは、ヤマトに乗るからだ。

「…ヤマトに?!」
 だってヤマトは、と言いかける藤堂に頷くと、真田は続けた。
「ああ。今のヤマトは古代同様、世間の反感を買って廃艦同然だがな。俺に考えがあるんだ」
 アクエリアスに眠っていた冬月を掘り起こしたその跡地に、ヤマトを…隠す。そこで、あの船を強化改造するのだ。プロジェクトの若者たちは、アクエリアスで訓練を積むことになる。

 だから、間に合うように古代には戻ってもらわねばならん……その間に、あいつの汚名も雪ぐつもりだ。

「……アクエリアスに、ヤマトを……」

 涙を浮かべて頷いた水谷、そして絶句した藤堂に向かって、真田は再びニヤリとした。
「そのためには、相原、お前にも藤堂の名で奔走してもらわねばならん。月面基地は徳川が押さえているからいいが、火星基地、その他の外惑星基地司令官の買収だ」
「…で、ボクはまたしても資金提供ですね」
 南部は半ば笑い出しそうになりながらそう付け加えた。真田さんも人が悪い。一体、ウチでは幾ら出せばいいんです……?
「あるだけ全部だ」
 はっはっは、と呵々大笑する長官に、皆が吹き出す……海賊だな、まるで。

「そして、…紹介しよう。私の新しい参謀、新しい右腕だよ」
 入口に待機していた折原真帆が、もう一人の男を誘導して入ってきた。
「…長官、遅くなってすみません!」
 ぺこりと頭を下げ、皆を仰いだ男の顔に、藤堂と南部は目を丸くする。

「……島さん!?」
「じゃないよ、君は」
「弟の次郎です」

 お久しぶりです、南部さん、相原さん……えっと、今は藤堂さん、でしたね。
 にっこりと会釈したその顔は、まるでかつての航海長と瓜二つである。ただ、ほんの少し茶色がかった髪と、兄より屈託のない表情…そしてより洗練された物腰が違うと言えば違っていたが。

「地球連邦開拓省移民局外交本部、本部長島くんだ。君たちも知っての通り、サイラム恒星系アマールの女王と移民交渉を続けてきた外交官だよ」
 そうかあ、君が。そう言えば、あの女王様と一緒に、テレビにも良く出てるよね!と笑顔で歩み寄る藤堂に、次郎も愛想笑いを返す。

「では、やはり移民も視野に入れているんですね……」
 一方で、南部が再び険しい顔つきに戻った。
 

 最終手段は、地球全人類の移住、なのか……



「できれば、そうならないように願いたいものだが」
 万事休す…となれば、移民しか…残された道はない。

「さあて」
 南部が小さく息を吐いて言った。「……また地球のために、戦うとしますか」
 どう?相原君?
「おうよ!!」拳を振り上げ、藤堂が勇ましくそれに応える。
 ふふふっと次郎が笑う。
 水谷も深く頷いた。
 
 やるぞ〜〜、と気焔を上げる仲間達に苦笑しながら、真田は遠い宇宙に思いを馳せる……


(古代、待っていろ。地球の危機に立ち向かえるのはやはりお前しかいない……それを俺が、証明してみせる)


       

          *        *        *

 




 その頃——
 地球より1万6500光年の深宇宙——。

 貨物船<ゆき>の船内で、思わぬ事故が起きていた。



「船長、大丈夫ですかぁっ」
 若い機関士をかばって、爆風に飛ばされた古代を大村が抱き上げた……左の頬から首筋にかけての深い裂傷にぞっとする。

「古代さん…!!」
 大丈夫だ…と呻く彼の頬から、またドクドクと赤いものが流れ落ちた。
「大丈夫じゃないですよ、かなりの深手です。しゃべらんでください!」
「……村井は…無事…だったか…?」
 古代に突き飛ばされて事なきを得た機関士が、這うようにしてそばへにじり寄って来る。
「船長、自分は大丈夫です、それより船長が…!!」
「……ああ。…よかった」
 言うなり古代は、気を失った。

「……機関、修理を急げ!!三宅、太陽系交通管理局のアンビュランスに長距離通信するんだ!!……<ゆき>の速度では中継基地まで船長が保たん…!!」
 副船長・大村の怒鳴り声に、おののいて彼らを取り巻いていた船員らがパッと艦橋へと駆け出した。



 <ゆき>には他の辺境貨物船と同様、医療用アンドロイドが乗っていない。応急処置を施しつつ、大きなステーションのある中継基地へと急ぐしか手がないのだ。だが、昨今普及しつつある緊急医療基地へ連絡がつけば、この辺境宇宙にも医者が間に合うように来てくれるかもしれない。

 いや、……来てくれるはずだ。

 太陽系交通管理局へのハイパー通信が、ここからでは途切れがちであることを頭から追い出し——大村は祈るような思いで古代の首筋に溢れる血を懸命に拭った。




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