RESOLUTION 第4章(4)

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 今日の当直は大久保さん。明日は俺、明後日は…雷電。で?……明日、緊急じゃないけど優先でガニメデから搬送が一件、これが16時か。
じゃあ、緊急搬送が入った場合は柳生が代わりに出るんだな?

 ぶつぶつ言いながら壁面のスケジュールボードに予定を入力しているのは、緊急搬送チームのチーフパイロット島大介である。緊急医療基地の運行ブリーフィングルーム、午前6時15分。前日当直のパイロット2名と、本日当直の2名とが交代する申し送りの時間だ。


 
 さっさと終らして帰るぞと言いながら、それでも相変わらず、チーフとしてスケジュール調整を再確認せずにはおれない大介。その後ろで、彼のデスクの上に置かれたフォトフレームを手に取って見ながら、雷電が上の空で相槌を打っていた。チーフのスケジュール確認を聞いているのかいないのか、雷電は写真を見ながら目尻を下げている。
「…島さんちのお嬢さん、見れば見るほどか〜わいいですねえ」
 ハシバミ色、って言うんですか…?この目の色?
「明るい茶色にも、金色にも見えますねえ…」
「ん〜?可愛いだろ〜?…で…その場合、柳生は塚本と交代、と……」
 互いに独り言レベル。だが、さりげなく会話になっているのが面白い。
 奥様も絶世の美女ですねえ…
 そうだろ〜?…っていうか、雷電お前さあ、他の褒め言葉ないのかよ…

 ……ま〜た言ってる、と笑いながら、医療艇パイロット最年長の大久保が大介に問い掛けた。はいはい、惚気はいいからちょっと教えてくれません?

「島さん僕、木星軌道周辺の重力場が苦手なんですよ。ワープアウトの時に機体がどうしてもヒービング(上下揺れ)するんです。…揺れを抑えるのに、何かコツってありませんか?」
 途端に室内がシンとする。その場に居た他のパイロットたちが全員、それに対して大介がなんと答えるだろうか、と口を噤む。
「……小型だからなぁ。2万t級であの重力場を越える場合、どうしてもワープアウトでは揺れが出ますねえ…」
 スケジュールボードに向かったまま、チーフがそれに応える…
 でもなあ、患者の容態によっては揺れを押さえるのが必須だよな…。
 大介はボソボソとそう言ったが、ふと思い立ったように手を止めると、そうだ、と振り向いた。
「リアライズする直前に、制動レバーを解放しておくと多少マシなような気がしますよ、大久保さん」
「逆にそれじゃ揺れませんか?」大久保が心配そうに問い返す。「ブレーキかけながらリアライズするっていうのがワープアウトの鉄則だと思ってましたが」
「……大概のマニュアルではそうですね」
 ま、訓練学校でもそう教えるし…商船大学なんかでも。

「僕だって、訓練学校じゃそんな風には教えませんよ、だって学生には無理ですから。大久保さんたちだから言えるんです」
 持ち上げておいて、解説、そして釘を刺す。島さんのやり方だな……。雷電はまたしても一人口元に笑みを浮かべる。
「NUMB製のエンジンの場合は制動無しでリアライズしても大丈夫なんです……あそこは元々軍艦専用でしょう。最近増えてる民間併用のボーイング・ドルニエ製なら、制動かけながらリアライズした方が静かなんでしょうが、ここの医療艇は全部南部重工のエンジン積んでますからね…ヤマトと同じ」

 ヤマトがそうだったんです。
 ワープアウト直前に微妙にエンジンがノッキングするから、ブレーキをかけずにリアライズするようにしたら、かなり揺れなくなったんですよ。それはスーパーチャージャー付きでも同じです。ただその後、しっかり前方確認して制動準備しててください。でないとたまに大変なことになりますからね、大型のデブリを轢いちゃったりしたら余計揺れますよ。



 ここにいるパイロットたちの中で、防衛軍上がりの操縦士は島大介、雷電五郎、の二人だけだった。
 民間出身のパイロットたちは、出来れば経験豊富な島大介に地球最高レベルの操縦技術を伝授して欲しい、と、こうして彼を捕まえては色々と聞き出すのが常だったが、言葉では教えられる内容も限られる。

 雷電は、島の提案を聞きながらにっこり微笑んだ。あんな事を言っているが、大介自身は今彼らに教えたような方法は取っていないことを知っているからだ。


 大介の場合はちょっと他のパイロットには真似が出来ないやり方で艦の揺れを抑えていた。制動レバーを解放しておくどころか、彼はワープアウトリアライズの瞬間、ほんの少しスロットルを開いて加速をかけているのだ。さすがの雷電でさえ、それはまだやってみようとも思わない。
 大体が、人間の五感を捩じ曲げて行うワープ航法である…搬送される患者に負担のかからない程度の低速ワープとはいえ、それを繰り返すパイロットには耐久性と慣れが求められる。ワープアウトの瞬間には大なり小なり感覚の狂いが生じるが、軍艦パイロットの場合はそれが理由の操縦ミスは許されない。リアライズの瞬間こそが最も危険と言われるワープアウトにおいて加速する…などということは、当然民間出身の大久保や柳生に出来ることではないし第一奨励できる道理がなかった。……そこで敢えて、彼らに出来る範囲の工夫を、大介は考え考え教示したわけである。
 そもそも、民間の養成所で教える技術と、実戦で叩き上げた技術では相当違う。だが、それを他人に教えるシステム、というものは今の所無かった。戦時中に活躍したパイロットなら必ず教官になれる、というわけではないのである。人材不足の戦時中に戦艦や艦載機を操縦するよう任命された戦闘員のいくらかは、ライセンスなど取得している暇もなく「できそうだ」というだけの理由で操縦桿を握らされていたケースもよくあった。しかしそうしたパイロットの場合、改めて養成所へ通い正規のライセンスを取らなければ、軍であれ民間であれパイロットとして生活の糧を得ることはできない。
 島の場合は正規の軍艦パイロットとしてライセンスを取得した後ヤマトに乗り組んだ、という奇特なケースだった…それは、彼の年齢の若さに起因した。島大介は、あれほどの兵隊不足が続かなければ前線へ出されることもない「訓練学生」だったからなのだ。

 であるから、これも当然ながら、同じ距離やルートを跳ぶにしても他のパイロットと島では所要時間が大いに異なるばかりか、乗り心地・安心感に関する評判も段違いなのだった。



「さーて」
 予定を確認し終えると、大介は話半ばでうーん、と伸びをした。「今日は地球から生活物資の定期便が来てるから、これから急いで見に行ってきますよ」
「島さん〜、今度一緒に飛んでもらえませんか?話だけじゃ埒があかない。実地指導をお願いしたいんですよ……」
 大久保が引き止めて懇願する。自分たちだって相当の腕っこきだと自負してこの仕事に就いたはずなのに、こうも彼との差がつくと落ち着いていられない。
「ああ…ええっと」それは…そのうち、ハイ。「すいません大久保さん。…家族から色々頼まれてるもんがあるので、今日はこの辺で勘弁してください…」
 曖昧に苦笑いしてそそくさと退室して行く大介に、大久保がぶー、と鼻を鳴らした。雷電が済まなさそうにぺこりと頭を下げ、大介の後を追って小走りにブリーフィングルームを出て行く。


「島さん…、大久保さんと一緒に飛んであげればいいのに」
 上着とショルダーバッグを右肩に引っかけた大介が通路を歩いて行くのに、雷電が追いついて後ろから呼び掛けた。
「ああ?一緒に飛んで、出来るようになるならとっくにみんな、なってるよ」大介は苦笑し、肩越しにそう言い返す。「雷電はどうなんだ。お前は俺の戦闘機動も前から時々見ていただろ」
「あはは…はあ、見ているだけじゃ出来るようにはなりませんね、確かに…」
 岩のような両肩を揺らし、雷電は笑った。

 だって島さんの場合…29万6千光年をほぼ一人で操縦してきたんですもん。今後出て来るどんなパイロットも、あなたとの経験の差は絶対埋められませんさ…。

「まあ、アンビュランスはリムジンじゃないんだから、乗り心地は悪くたってごめんなさい、でいいと思わないか?みんなだって、それほど荒っぽい操縦をしているわけじゃないだろう」
「患者さんの付き添いドクターから言われるようですよ。島さんの時はもっと早くて全然揺れないのに、って。較べられるのが悔しいんでしょうね…みんな」
「そう言われてもなあ…」

 ま、一緒に飛んで俺が見ていれば何が問題なのかは分かるだろうけど。それをどうやって直したらいいか、ってのはやっぱり…後ろから言ってやることしかできないじゃないか。
「そりゃあそうです」
「俺だって、最初の頃はよく文句言われたぜ、航海長ちょっと荒っぽいよ、いい加減にしてくれって」
「島さんが荒っぽい運転するのは、命懸けの時だけだったんじゃないですか?」
「あはは」
 それを聞いて大介は屈託なく笑った。思い出すなあ、ヤマトでの旅を…。
「そうだったな、命懸けで逃げてる時なんか酷かったよな。第一艦橋で座ってるヤツが席から放り出されるくらいの揺れだと、艦底はその何十倍も揺れてさ、もうぐちゃぐちゃだったらしい。……加藤の兄さんが「あれじゃ部下が全員酔って使い物にならない」って後から文句言いにきたりな…」

 雷電も思わず、記憶を辿って笑い出す。彼自身はそのヤマトの旅の、一番酷い所を体験したわけではなかったが、話には嫌というほど聞いていた。

 たかだか18の若造、ちょっと出来がいいくらいの学生がどうして、と訝られたほどの人選…それがメインパイロットの島大介だった。それが、いざ操縦桿を握らせてみたら驚きの連続。
 急ごしらえの新型エンジン、それも異星人の設計した未知の機関。当時のベテランパイロットたちはとても手には負えないと、あの船を操縦する任務を忌避したほどだという。島大介がヤマトのパイロットに着任したのは、思い返せば古代や南部、相原らと同様、若手ゆえにそれを拒否することができなかったから……、に過ぎない。
 しかし、防衛軍が苦し紛れに登用したとしか思えないような若者たちの奇跡的な優秀さが、地球を本当に救った。それがヤマトの真実なのだ。


 だが、雷電はふと…思う。

 …その島さんの操縦の腕が、また必要になるような危機的な世の中が…来ないといいんだけれどな。——と。



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