RESOLUTION 第4章(2)

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 島小枝子は面食らっていた。

 初孫が、今まで育てたことのない「女の子」だから、というのがひとつ。しかし、当然それだけではなかった。

 赤ちゃんが産まれたら、わたしの出番!
 ……おばあちゃんとしては、そう意気込んでいたのである。
 …が…。

「…ありがとうございます、お母様」
 いくらもない洗濯物を、コロニーの人工太陽が出ている時間に外へ出すテレサのかわりに、小枝子がみゆきを抱っこしてやるのだが。
 この孫ときたらほぼいつでも安らかにねむっているばかりで、ぐずっている姿など見せたことがない。
「……夜中も、ほとんど泣かないのよねえ…」
 大介が疲れて帰って来た時、みゆきに夜泣きされたら大変だろうと思ったのだけれど。どうやらそんなこともないみたいなのだ。
 テレサはと言えば、実にゆったりとした育児をしていて、小枝子の記憶にある「髪の毛振り乱しながら、泣き叫ぶ赤ん坊を背負って寝不足の疲れた顔で家事」……だなんてこととはまるで無縁だった。

 実質、あまりにも小枝子の出番がないのである——。


 

 大介は一日おきに緊急医療艇の基地へ出勤する。初めのうち、彼一人しかいなかったドクターシップのパイロットも、今では大介の他に6名のパイロットが常時待機するようになっていた。その他にも、ドクターシップのパイロット候補生が開拓省で養成されている最中である。

 大介が基地へ出勤するのは、地球時間午前6時。それから24時間、丸一日基地で待機して、翌24時間は休日。待機中に出動要請が出れば、目的地がどこであろうと即時発進する。だが、火星軌道の外側を飛ぶ水産省の実験コロニー<エデン>からは、どんなに遠くても太陽系中心部方面へは金星ヴィナス基地まで、そして外縁部方面でもワープを2回もすれば到達するαケンタウロス星くらいまでが限界だ。

 大体、大介は基地での待機中にぬかりなく休息を取ってくるので、一日おきに自宅に帰って来ると小枝子以上にみゆきの世話を焼きたがる。よほど遠い所へ行くよう要請がない限り、くたびれ果てて帰宅する、というようなこともなかったからだ。




「ただいまぁ〜」
 その日の朝も、勤務明けの午前7時には大介は帰宅した。

「お帰りなさい、島さん!」
 夕べは眠れたの?
 ああ、夜間出動要請なし。ぐっすり眠ったよ、23時から5時まで。
「…基地で朝飯食ってきたから、何も要らないよ。…その代わり、コーヒー、いれてくれないかな…」

 朝食が必要な場合や、帰宅後すぐにとりあえず睡眠が必要な場合は、大介はかならず前もってテレサに連絡を入れる。だから、テレサはコーヒーの用意だけして、待っていたわけだ。
 小枝子も「大介お帰り〜」とリビングから声をかけたが、テレサが玄関へ迎えに走って行ったきり、二人ともなかなか戻って来ない。あ、そう。お帰りのキッス?それともおはよう、のキッスかしらね。邪魔しちゃだめよね、……ふう。

 時折、この息子夫婦の様子を小枝子から又聞きし、武藤医師が笑うのだが……。
 まったく、よくできたダンナにカワイイ奥さんですね!お宅のお二人は…。
 

 わが息子ながらホント、と小枝子は苦笑いする。
 よくできたダンナ、と武藤をして言わせるように、元々大介は几帳面な息子ではあった。段取りの悪い事がこの上なく気に入らず、予定を完全に守ることに快感を覚えるタイプの優等生。お父さんや次郎は、大介に較べたら大雑把で、悪く言えばいい加減、破天荒。…まったく大介ったら…一体誰に似たのかしら。
 ところがうまくしたもので、立てた予定が上手く消化できないと大概苛つくはずの大介を、テレサは何の苦もなく自分のペースに巻き込むのである。(あんな石頭の亭主、あたしだったら願い下げだわ)と小枝子ですら思うのに、テレサが微笑むだけで大介はいとも簡単に譲歩するのだった。……まったく、新婚さんじゃあるまいし。いつまでもお嫁さんにメロメロなの、おかーさん見てて恥ずかしいわよ、大介。

(あら、これって息子の嫁に嫉妬!?)
 あたしこそ、今さらなんてこと!!
 ……自分に、苦笑。

「んー、やーね、みゆき〜」パパとママ、べったべたなんだからもう〜〜。おばーちゃん、邪魔者みたいで、ちょーっとヤキモチやいちゃうわ〜。
 腕の中で眠っている小さな孫に、思わずグチってみたり、の小枝子ママであった。

                *

 さて…
 テレサのところに相変わらず送られて来る近況報告、水色の封筒。
 どうせ兄貴が見るだろうとでも思うのか、このところ次郎が書いて寄越すのは本当に近況報告、だけになっている。

 みゆきが産まれてしばらくして、アマールから戻った次郎は<エデン>に駆けつけてきた。お祝い、って言ったって、何を贈ればいいのか分からないから…。そう言って次郎が持ってきたのは箱一杯のぬいぐるみ。それも、キャラクタライズされたものではなく、比較的本物に忠実な大きさや作りの、うさぎ・子猫・子犬や子ライオン、アヒルに羊、サル、クマ……などである。お人形を持って来ないところが、やっぱり男の子よね、と小枝子が笑った。

「か〜〜わいいな〜〜〜〜……」
 みゆきを抱かせてもらい、しみじみと。次郎はそう呟いた。
 産まれて数ヶ月。地球人の赤ん坊であれば、ようやく首が座って来るか来ないか…という程度の頃で、まだ意志の疎通などそれほど図れない。だが、面白いことにみゆきはすでに、テレサと大介、小枝子を見分け、笑ったり手を伸ばしたりして意思表示をするのだ。

 父に似た次郎を見て、みゆきはニッコリ笑った……極上のエンジェル・スマイル。まだ歯のない小さな口で、あむあむ、と次郎に話しかける。
 ……宇宙一、美しい母娘じゃないだろうか。笑いかけられた方の次郎は、そんな風に思う。まあ、父親はともかくとしてな。



 
…だいすき。…じろう…?



 テレサが目を丸くした。
 微弱なテレパス。母親の自分だけが感じることの出来る精神感応能力を、この子は持っている。(…もう覚えたの?次郎さんの名前?)


「…次郎さんよ」
「次郎おじちゃんだぞ〜〜」大介が横からからかうようにそう言ったので、次郎本人はムッとして誰がおじちゃんだ…、と口を尖らせた。

               *

「…そうか、それじゃあ…次郎のやつ、これからどんどん忙しくなるな」

 次郎は地球へ帰還後、アマール星とのパイプ役となり、移民局では移住計画のモデルプランを練り始めた所なのだと言う話だった。

 先方の代表は、聞くところによると世にも美しい女王だそうで、世間ではアマールに関する話が出るとまず真っ先にその件が話題に登る。
 直接交渉を行った外交官代表は島次郎だったから、次郎自身がスーパーウエッブやテレビのニュースに出演することも珍しくなくなった。



「……アマールのイリヤ女王か。…ニュースの映像だと宝塚の男役みたいだな。美しい、っていうよりカッコイイよ」

 その日も、地球時間に合わせた夜のニュースを見ている所だった。
「美しいかたね…」自分にはない雰囲気の美貌を持つその女王のイメージ画像に、テレサは大層感心している。
「エキゾチックだね、中東とかあっちのイメージだ。……でも君の方がずっと奇麗だよ」
 お世辞じゃなくてさ。

 そう言いながら、大介は並んでソファに腰かけているテレサの肩に腕を回して軽く叩いた。「…そんなことはないわ」と照れるテレサが可愛い。
 …それにしても、次郎のやつうまくやったな、と独り言。膝に抱いているみゆきが、それを聞きつけたみたいに大介を見上げてニコッ、と笑った。

 この<エデン>に移住して来てからは、地球本星の報道チャンネルなどにまったくアクセスしなかった大介である。だが、次郎がこんな風にテレビ出演するようになったせいか、小枝子が「テレビが欲しい」と言い出した。ウエッブニュースで充分だ、と言っていたわりに、こうしてテレビがあればあったで案外見てしまうものである……

 

「コーヒー、いれますか?」
「いや…いいよ、たまにはゆっくりしてなよ」
「…私、冷たい紅茶が飲みたいからついでにいれますけど?」
「じゃあ俺が作ってやる」
 テレサはここで座ってな、と大介は言い、みゆきを片腕に抱いたままキッチンへ向かった。島さんたら。みゆきを置いて行けばいいのに、四六時中抱っこしていたいのね……。

 テレサは幸せな気持ちで、ソファに改めて沈み込んだ。うふふ、と思わず笑みが零れる。


 <エデン>の内部には都市はない…街の雑踏も、大きなショッピングモールもないが、メガロポリス全体に匹敵するほどの広大な実験エリア全体が、豊かな緑に満ち溢れている。
 人の手で増やされている贋ものの自然だということに目を瞑れば、草の香しい息吹や木々が作る木陰、その間を飛ぶ小さな鳥たち、虫の声や水のせせらぎなどが、身も心も浄化してくれる。少なくとも、あの荒漠とした空洞惑星にひとりぼっちで暮らしていたテレサにとっては、本当に夢のような生活だった。

 この家は、真田志郎が島とテレサ(と小枝子)のために色々と手を回して作ってくれたものである。管理施設の名を借りて作られた、小さな一戸建て。周囲の木々に溶け込むような木造二階建てのこの家の、一階には小さなリビングキッチンと部屋が二つ、バスルームがひとつ。二階にはフローリングの、日当たりのいい大きな部屋が一つ。敷地の境目…といっても小さな生け垣があるだけで、大介はその外に車を無造作に止めている。裏庭には、テレサが世話している小さな畑。
 トマトやナスやキュウリなど、この家の人間が食べるだけの量を作る。野菜畑の横には、花々も咲いている。

 裏庭の大きな木の間に、この間大介がロープと板きれでこしらえたブランコがあった。
 時折、風の涼しい時間に。テレサはみゆきを抱いて、そのブランコに腰掛け、ゆらゆらと揺れてみる。
 蝶が柔らかな日射しの中をひらひらと飛んで行くのを、目で追ってみる……。
 …何て言う名前のチョウチョかしら。

 信じられないくらい……幸せ。

 これほど心安らかな時間を過ごすのは、テレサは本当に…生まれて初めてだった…——。




「ねえ、島さん?」
「んーー?」
 キッチンで、みゆきを抱いたまま大介が器用にアイスティーをこしらえている。ミルクね。…ガムシロは…2コ?鼻歌まじりで呟く…ほーらできたぞ〜ママのアイスティー。

 私、とっても幸せ。……夢みたいよ……

 テレサはそう言おうとして、ふと目の前のテレビニュースに目を留めた。



「……古代さんだわ」
「ん〜?なに?」
 テレビの3D画面に映っているのは、まぎれもなく…古代進だった。
「古代さんが、テレビに出てるの」
「ほう?」
 なんだなんだ、次郎の次は古代か?
 あいつ、また何か目立ったことやってるのかな…
 などと言いながらキッチンから大介が戻って来た。片手にみゆき、片手にアイスミルクティーのグラス。

 画面から聞こえるニュースキャスターの声は、しかしあまり楽しそうな響きではない。



<……過去3回の公判では証拠不十分として不起訴処分になった、元宇宙戦艦ヤマト艦長古代進氏。知人によりますと7月の上訴審にはかならず戻るとの話ですが…、現在その行方は分からず、遺族会の反感を買っています……CNSでは配偶者の古代雪さんにインタビューを申し入れましたが、今の所返答はなく……>

「……何かしら」
 不安そうに自分を見上げるテレサの視線。
「わからん…しかし」
 古代が、行方不明だって?…裁判…って、どういうことだ…?




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