手紙 (3)

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 その後、退院したテレサは俺の実家に身を寄せることになった。

 俺は、彼女が誰でなぜこうなるのか、その経緯も全部丁寧に説明したのだが、両親は最初首を縦に振らなかった……それは、もちろん彼女が島家の嫁としてどう、とかいう些末な理由ではなく、地球を救った女神を、こんな小さな家に閉じ込めておいていいのか、それ相応の処遇を防衛軍本部に諮るべきではないのか……、というもっともな懸念からだった。
 父の言い分は、結果的に彼女に命を救われた民間人としてもっともだとは思ったが、一般には彼女の存在も功績も公表されていないばかりか、第一その生存すら軍内部にも(藤堂長官や守さんを除いて)伏せられている。それは、ことの顛末を知るヤマト乗組員の誰もが、彼女が「あの」テレサだということが必要以上に知れるのは望ましくないだろうと考えたからだった。今の彼女には、佐渡先生が何千通りもの検査をしたが、以前のような超能力は残っていない。
「普通の女性として、迎え入れてやって欲しい」と、俺は辛抱強く両親を説得し続けた。
 


 しかし、最終的に俺の両親を説得したのは、なんと南部の一言だった……
「敷地を買い足して、地下に母屋との連絡通路のある離れを造りましょう……いえ、いいんです。防衛軍の最高機密を南部グループがバックアップするのは当然です。それに」南部は俺をちらりと見てウィンクした。「これはヤマトを代表しての、結婚祝いですよ」
 この野郎……何が軍の最高機密だ? くそ、えらい借りを作っちまったもんだ。俺は悪態をついたものの、内心ものすごく感謝したのは言うまでもない。

 一番喜んだのは次郎だ。
 「大介兄ちゃん、じゃあ、これからはいつも、宇宙から帰ってきたらここにいるんだね!テレサもずっと、一緒に、うちにいるんだね!!」

 ——ああ、そうだよ。お前が大きくなって、家を出るまではね……
 次郎は車椅子のテレサの手を握って、そのままぴょんぴょん跳ね回る。
 テレサも次郎が好きみたいだ。

「これ次郎、テレサさんが疲れちゃうでしょう…」母さんが次郎をたしなめる。
 父さんもようやく、肚が坐ってきたみたいだな。


 みんなの真ん中で、車椅子に座ったテレサはしきりに目尻を拭っていた。
 そう狭くはないと思っていた我が家のリビングは、この日彼女の退院祝いに訪れたヤマトクルー、長官と守さん、治療に当たってくれた佐渡先生や南部医科大学の中川先生、でいっぱいで…。
 俺は、そばにいた古代に耳打ちした。
「お前たちが先だ。南部があんな事言ってるけど、俺はお前達より先に式を挙るつもりはないからな」
 古代が慌てる。
「島、ちょっと待てよ」
「だから、さっさとしてくれ。テレサもそのつもりなんだから」
 名前を呼ばれて、彼女がこちらを振り向いた。
 満面の、笑顔を浮かべて——。




              
*         *         *


 

 ——大好きな 島さんへ。

 あなたと一緒に、あなたの星に生きている

 それが私にとってどんなに幸福なことか分かりますか…? 

 あなたは私が、あなたの命を救ったと 地球までも救ったと、そう言うけれど

 そうではありません……

 私はただ、あなたに生きて欲しかった

 罪深い私の分まで。

 ……私に、生きていてもいいと教えて下さったのはあなたです

 だから、救われたのは…私の方。

 ——愛しています

 ずっと…

 だから永遠にずっと、あなたのそばにいさせてください……

 

 

 今、俺の艦内服の内ポケットの中には、テレサがくれた手紙が入っている。

 それは、あまりにも繰り返し眺めているおかげで、もう端々がぼろぼろだ。彼女の手紙の一言一句はすべて、頭の中にくっきり刻み込まれてはいるが、俺はそれを肌身離さず持ち歩いている。


 再び地球へ新たな脅威が侵攻してきて、俺と彼女はまた……離れ離れにならざるを得なくなってしまったが、どういうわけか俺には、必ず生きて還れるという強い確信があった。
 彼女は、俺の家族と一緒に地球で最も信頼性の高い南部重工のシェルターに避難していたし、雪が生存していてパルチザンとして活動している事も分かった。古代参謀の消息が依然として分からないが、サーシャも間一髪、デザリアムから救助する事に成功した。



 帰途、何度目かの復興基地への通信で。

 長官室へコンタクトを取ると、なんと雪がテレサを連れて来てくれていた。
 よく見ると、モニタの中に雪、そしてテレサと一緒に映っているのは、…消息不明だった守さんじゃないか。


「兄さん!無事だったんだね……!!」古代が腰を浮かして叫ぶ。
「よう」守さんは包帯だらけで満身創痍、といった出で立ちではあったが、元気そうに片手を上げて古代に呼びかけた。
「俺の娘が、世話をかけたな。…どうだ、サーシャは…元気か?」
「今はまだ医務室で休んでいるよ。心配するな。俺がついているんだから」
 真田さんが立ち上がって、その問いに答えた。

 前回の通信で、イスカンダル女王の忘れ形見、サーシャがいっしょに帰還する、という話を雪には伝えた。雪は、シェルターに避難していたテレサに、それを告げたのだという。
『島くん、実はね』
 雪は俺にそう言ってから、テレサの両肩を後ろから抱いて彼女の耳元で何ごとか囁いた。テレサは何とも言えない複雑な顔をしたが、意を決したように話し始めた。
『あの、私…サーシャさんに、訊きたい事が……』
『そうじゃあないだろ、テレサ。ちゃんと言わないと』と、後ろで守さんが苦笑する。
 彼女は守さんにそう言われ、頬を染めて黙ってしまった。テレサの隣で、雪まで笑いながら赤くなっている。俺は、彼女がわざわざ長官室まで出向いてきた理由を唐突に悟った。佐渡先生と雪から聞いて、彼女はサーシャが守さんとイスカンダル星人のスターシャとの子どもである事を知っているはずだった。


「テレサ……!そうか、そうなんだね?」
 彼女は恥ずかしそうに、小さく頷く。


「おい、……島?」古代が、ぽかんとした顔で自席から俺を見つめる。
 通信をつないでいた相原が、唐突に声を上げた。
「島さん、もしかして……」
「言わんでおけ、相原」
 真田さんが苦笑しながら相原を止めた。「テレサ、サーシャの事なら私がお答えしましょう。…聞きたい事をまとめて、待っていてください」



「愛してる。…身体、大事にしろよ」
 俺はテレサに笑いかけると、最後にそう言って通信を切った。
 後ろで相原が何か言いたいらしく、のたうち回っている。南部がこれ以上はない、というくらいニヤついているのも気配で分かった。
「おい、島…」さっきから古代はそれしか言わない。

 話が違うぞ?!
 お前はそう言いたいんだろうが、俺は「『式は』お前達が先だ」と言ったんだ。
「島さん、何かお祝いを」感動屋の太田は、放っておくとここで万歳三唱を始めかねない。
 俺は慌てて言った。
「お祝いなんて要らん!それより、早く帰りたい!」
 真田さんが、声を立てて笑った。



 頬が緩んでしまうのもかまわず正面に向き直り、操縦桿を握る。
 朗らかな声で、俺は古代を無視して勝手に号令をかけた。


「ヤマト、地球に向けて全速前進…!」


 
   

                                   <Fin>

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 <あとがき

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