RESOLUTION 第3章(5)

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「…地球の船が港に降りました」
 金の縫い取りのある薄衣の緞帳の向こうで、侍女がかしこまる。
「わかりました。では、謁見の間に招待を」

 重いティアラをキリリと付け直すと、イリヤは立ち上がった。「そうだわ。…例の、あの地球の外交官は来ているのかしら?」
「…はい、乗組員の中に名前がございます」
 そう、と女王は満足げに微笑んだ。ついで、ふと思い出したようにさらに訊ねる。
「……パスカルは戻ったの?」
「はい。ただいま、将軍も謁見の間にお急ぎでございます」
「あら…早いわね…」

 一(いち)の将軍は心配性だから。
 あのうるさ方が一緒なのは鬱陶しいけれど、まあ、…仕方がないわ。

 イリヤは小さく溜め息を吐く。

 ——でも、それにしても。
(我が星の領海に、今の所…無粋な侵害はなかったようね。地球の船が来たと知れたら、またあのメッツラーと一悶着ありそうだと思ったけれど)
 領海のパトロールを買って出た、一の将軍パスカル自ら、地球の船が何者にも尾行されていないことを確認してきたのであれば。しばらくは…大丈夫でしょう——



(心配なのは、地球の船が還る時のこと。くれぐれも、SUSに感知されないよう、送り出さなければ……)

 金色の長胴衣の裾を侍女に軽く持たせ、イリヤは謁見の間に続く長い廊下を足早に進んだ。




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「…島さん、僕……緊張してきましたよ」
「掌に人、って書いて飲み込めよ」
「は…?なんかのおまじないですか?」
 チキショー、通じねえや。年寄りの兄貴がいると、変なことばっかり吹き込まれるからな……

 …というより、桜井はイマドキの若者なんだろうな、と思う。軍人みたいな物腰でもないし、科学者でもない……いたって普通の大学生だ。自分だって周囲から見たらイマドキのワカモノ、なんだろうが、年の離れた兄貴のおかげで大人に揉まれて育ったせいか、どうも彼らとは感覚が違う……

 次郎は、隣に直立不動の姿勢で固まっている桜井を一瞥し、自分もいつになく緊張していることに気がついて武者震いした。



 足元に広がる、つややかに磨かれた黒い床。この謁見の間は、床も壁も天井も、時代を感じさせる石造りの殿堂だ。だが、石田の持っている測定器にさり気なく反応する、超金属の発する微量の無害な放射線……これは、ただの石ではなく、この星特有の岩石、それも何らかの有効な働きのある鉱石なのだ。
 似ていると言えば、地球の…古代メソポタミア文明バビロニア帝国の史跡のような、イリヤのアマール宮殿だった。アマールの兵士に導かれた<フラナガン>の乗組員らは「謁見の間」に通され、一列に並んだまま女王を待っている所だった——




「…地球の皆さん、ようこそおいで下さいました」
 荘厳な鐘の音と共に、女王イリヤが壇上の玉座に姿を現した。
 隣にいる桜井が、ぽかんと口を開ける——。

 どうも、地球人類としては「女王」というと、金色の長い髪に白い肌、青く長い衣……というのを想像しがちである。それはイスカンダルのスターシア、の影響に他ならないのだが、イリヤの姿はそれとはまったく対照的だった。
 大振りな金の王冠に散りばめられた宝石の輝きにも負けない、漆黒の大きな瞳、光るような琥珀色の肌。荘厳な作りの殿堂にただ一人立っているだけでその場を劇場のように華やかにするほどの存在感。金と青の、儚気な姿とは正反対であるにも関わらず、女王イリヤは予想外に魅力的で、桜井ばかりでなくその場に居た誰もが一瞬、我を忘れてその姿に見とれた。

「お…お招き頂いて、光栄です」
 慌てて、次郎が口火を切る。「地球連邦宇宙開拓省、移民局外交本部…島次郎、と申します」
 肉感的な唇に乗せた紅が光り、あでやかに微笑んだ。全身に纏った金の輝きに劣らぬ、高貴な顔立ち……。次いで改めてその唇から流れ出た声は、はっと居住いを正さずにはおれないほど凛としていた。

「…あなたが、島さん…?」
 イリヤが、次郎を見てにっこり微笑んだ……大輪の花のようだった。「わたくしがイリヤです」



 アマールへの通信は、これまで外交部が担っていたのだが、その通信のほとんどを次郎が作成し、送受信していた。ただ、あくまでも儀礼上の通信であったから、「あなたが島さん?」だなどと名指しで問われる覚えは次郎にはない、のだったが……
 玉座の下にかしずいている優美な軍服の男が、先ほど彼らを先導してきた艦隊の長、一の将軍パスカルだった。彼は女王の視線の先にある、若い地球人の男を厳しい目つきでじろりとねめつけた…
 女王はそれにはまったくかまわず、次郎の全身を改めて眺めると、玉座のある壇上から一歩、足を踏み出す。ことり、ことりと段を降りる靴音が響く。


「…陛下」 
 パスカルが、女王の気安い態度を諌めにかかる。彼は若く美しい女王の目付役なのだろうか。
「おどきなさい」
 イリヤはその手を軽く振り払い、<フラナガン>乗組員らの前まで段を降りてきた。



(やっべえ、すげえ美女)
(シッ…だまれ)
 
 桜井の独り言を、次郎はほとんど唇を動かさずに一蹴した。何となれば…イリヤが自分の目をじっと見据えたまま、まっすぐこちらへ歩み寄ってきたからである。
 イリヤは、果たして次郎の正面までやってきて、ついと立ち止まった。その瞳はまるで、琥珀の中に微笑む、黒い太陽だ…背の高い女王は、次郎を心持ち見下ろすような格好で魅惑的な笑みを浮かべ、言葉を発した。

「……わたくしの星、アマールへようこそ。地球の民の、移住先をお探しだということですね。……喜んで…協力しましょう、島さん」
「は…はっ」
(ななな…なんだ、この…安直な展開は!)
 思わず頭を下げながら目玉だけはメチャクチャに辺りを見回した……

 有り難き幸せ、とか言った方がいいんだろうか。勢い、次郎の頭の中に古典的表敬訪問の様子が再現される。女王陛下にひざまずいて、その手の甲にキスを……。いやまて、ここは地球じゃないし…


「…顔をお上げなさい」
 そう言われ、狼狽えて面をあげると、イリヤの瞳と目が合った。
「あなた。……あとで、わたくしのお部屋においでなさい。詳しい話はそちらで伺いましょう」



 えっ、と魂消ていると、女王は妖艶に微笑んだままくるりと向きを変え、玉座のある壇上へと戻って行った。
 玉座の真下で、再度パスカルが女王に何事か忠言しているのが目に入る……だが、女王はパスカルの小言など聞こうともせず、再度こちらを振り返ると次郎に向かってにっこり笑った。
 次郎とその両隣の桜井、艦長の石田は、仰天したまま口も利けずにいた。

 牽制するようにこちらを振り返ったパスカルが、女王の後を追って緞帳の向こうに姿を消すと、再び大きな鐘の音が響き渡る……
 その音が消えるか消えないかのうちに、桜井がおずおずと口を開いた。


「……島さん、女王様に…気に入られちゃったみたいですね」
「…本部長、責任重大ですな…」
 石田も、真っ直ぐ前を向いたままそう呟いた。
「うん、島さんが女王と上手く行ってくれたら、地球は安泰…」
「ば…馬鹿言え…」
 ようやくそれだけを、喉から絞り出した。



 ウソだろ。
 いくら…なんでも。なに、…この展開。
「あとでワタクシのお部屋に…」って!!

(…兄貴……)

 俺、どうなっちゃうんだろう。
 ……ここの女王じゃなくて、テレザートのテレサに気に入られた方が良かったよう……

 



 直立不動の姿勢のまま、次郎はどんよりと天を仰いだ。自慢の頭脳フル回転で、この窮地をなんとか抜け出さねば。


 …だが、考えれば考えるほど、どうしていいのかわからなくなるのだった。




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