RESOLUTION 第2章(5)

*************************************



 …あくまでも地球人のケース、ではあるが。妊娠している身体に、してはいけないこと…は知っている。

 ディナーの後、抱き合った時にはそれなりに自制したつもりだった。自分の欲求に反して勝手に戦ってくれる優秀な理性に任せてみたが、今度はそれも、この身体を止めることが出来なかった……——



「…あっ…ん…っ…だめ……」
 何が駄目なのか。
 互いに分かってはいたが、欲しかった。駄目、と言いながら恍惚とする彼女の表情にのめり込む…
「ごめん…」
 口先だけだ。せめて、それ以上は彼女の中に深く入らないよう自分を押しとどめる。
 
 ……いたい……

 僅かな時差を残して、いつものようにふたり昇りつめたと思った直後、彼女が掠れた声でそう言った。
「…ご…めん、テレサ」
 何度目なんだ。謝るのは…と焦りながら、精一杯急いで身体を起こす。

「痛い?…大丈夫…?」
「う…ん、…だ…大丈夫……あのね…」


 大介が慌てて点けたベッドサイドのライトを眩しそうに避けながら、テレサはほんの少し、苦痛の表情で笑った。
「触って…」
 彼女が自分の手を取って、腹部に当ててみせたので、大介はたじろぐ。
「……どうして」
 彼女の、下腹の丁度子宮があると思しき場所が、わずかに膨らんで固くなっていた。


「ここ、…赤ちゃんの…居るところ、なの…」
 うん、それは知ってる。
 少し前より、ちょっと大きくなった…ような気がする。

「……雪さんが…。こういう時、子宮が収縮して固くなるんだ、って教えてくれたの。…私は、…いいんだけど…赤ちゃんは苦しい、んだ…って」
「苦しい、…って、大丈夫なのか?」
「ん…私もちょっと、お腹…痛い…」
 自分で原因を作っておいて、大丈夫なのかとは無責任もいいところだが、大介は慌ててテレサのお腹の固くなった部分をそっとさすった。
「ああ、どうしよう。………これ、治らないの?」
 余程その狼狽えぶりがおかしかったのか、テレサがクスッと笑う。
「大丈夫…。少ししたら、柔らかくなるから」

 ここに居るのは、自分の子どもだ。

 そういう実感が今まで湧かなかったからか、これまでテレサのお腹に話しかけるということなど、したことがなかった。だが、さすがに今度ばかりは焦る。

「そうか、悪かった……ごめんよ、俺が悪かった…」
 丸く撫でていると、心なしか柔らかくなったような気がしてくる。
「…今までも、時々こうなることがあったのよ。だから…もう…大丈夫」
「そ、そうなの?…なんで言わなかったんだ」
「だって、今までは大したことなかったし」

 そう笑っていたテレサが、また突然、「あ」と声を立てた。
 肝が冷えるとはこのことだ。
「ど、どうした?!」
 
 テレサは目を丸くして、今度は自分で自分の下腹を触った……
「…動いた」
「は?!」
「…赤ちゃん、動いたの…」
 動いた…!?
「動いた、って」
「ぽかん、って、中から」
 …手かしら?それとも、足?…
 苦しかったよ、もう!……そんな感じ…


「本当か!?」

 慌てて、テレサのお腹に自分の耳をくっつけた。そんなことしたって、何かが聞こえるわけではないだろう。理論としては子宮の作りは分かっているのに、どうしてこんな馬鹿げたことばかりしてしまうんだ。少しばかり自分を呪いながら、今度は呼び掛けてみる……声は、聞こえていると聞いたことがあるぞ。
「…おーい、…聞こえるかー?」
「島さんったら」
「ごめんなー、パパが悪かった」
「…島さん、パパって……」
 目を丸くしているテレサにはおかまい無しに、大介は唇を半分、彼女の肌に付けた格好でそう言った……そう言えば、低音の声は子宮内では聞こえにくい、って何かで読んだぞ…
「…俺の声、聞こえないのかなあ…」
 残念そうに頬擦りして、そう言った途端だった。

 頬を、蹴られたのだ。

「…また動いた…!!」
「俺のほっぺたを蹴ったぞ!」



 涙に暮れていたはずだったのが、いつの間にか互いに笑顔になっていた。

 顔を見合わせて、テレサと大介は思わず笑う。



「……なあ。…二人で泣いてるわけには行かないな」
「……島さん」
「俺たちが一緒になってしょげていたら、この子も不安だろう」
「そうですね…」
 ベッドの上に起き上がり、大介はテレサの身体に羽布団を掛ける。そうしておいて、自分もガウンを羽織ると、ふーむ、と腕組み。
「名前、…まだだったよな」

 妊娠が判
かってから17ヶ月も経っているのに、それも変な話だった。

 何となれば、雪の二度目の出産前後から、テレサのお腹の中の子については皆が口をつぐんでしまい、またテレサ自身も時折その存在を忘れてしまいそうになるほど、この妊娠は静かに進んでいたからだ。父親の大介自身も戸惑うあまり、今までこの子については無理矢理注意を逸らして過ごしてきたような状態だった。

 考えてみれば、可哀想なことをしていたのかもしれないぞ。…父親としてもっともっと、話しかけたりしてかまってやるべきだったのかもしれない。それが、妊娠期間の長い、テレザートでの「子育て」だったとしたら……?

 だとしたら、この子に名前をつけるのは急務なんじゃないだろうか……?

 


「……みゆき、は駄目ですか……?」
 考え込む大介の傍らに身体を起こし、テレサが恐る恐るそう言った。
「え?」
「あの、…美雪ちゃんが…とても可愛かったから…」
「そうか。…でもなあ、男か女かも分からないんだぜ」

 しかも、古代の娘と同じ名前じゃなあ。
 やっぱり、駄目ですか……

 そう言ってうなだれたテレサに、大介はふうと溜め息を吐く。「…どうする。本人に聞いてみるか?」
「えっ」
「だってさ…、この子は1年以上、ここにいたんだぜ?よく考えたら、今頃は名前で呼ばれていてもおかしくない。それに、テレザートでは、お腹の子に名前をつけて、早くから呼んでいたのかもしれないじゃないか。…そういうことは覚えていないの?」
「……ええ、……あの」


 テレザート星での妊娠と出産のことなんて、ろくに知らないテレサだった。むしろ積極的に知ろうともしなかったことを悔やむ。だって、まさか…自分が妊娠するだなんて、思っても見なかったのですもの…。

 それに。
 …島さんが、そんなことを…言ってくださるなんてことも…。



「こうなると、地球式は忘れた方がいいのかもな、…よし」
 大介の良いところは、一度こうと決めたら迷わない、というところだった。戸惑うテレサの下腹に顔を寄せると、大きな声で話しかける。
「起きてるか、みゆき〜?」
「あ…あの」
 つい先刻。男か女か分からない、って言ったのは島さんなのに。
「……男の子だったら、どうするんですか?」
「男じゃ駄目か。何か他の名前を考えようか…?」
 そう大介が言ったそのときだった。



 
だいすき。



 テレサの頭の中で、声がした。
「…………!」
 これは、何…?


 テレサは驚いて、大介の顔を見つめる。「今、大好き、って言いましたか…?」
「は?」
「今、…大好き、って…あ」
 
 ぽこん、ぽこん、と二度。

 下腹に当てている大介の手にも、それが伝わった。
「動いたぞ!!なあテレサ。この子、みゆきって名前が気に入ったんじゃないか?……そうだ、エデンへ行ったら最優先で性別を確認してもらおう」

 ああ、何で今まで思いつかなかったんだ……!!

 その彼の嬉しそうな声に被って、再び声が……



 
だいすき……



 テレサは唐突に、それが自分の頭の中にだけ聞こえているとはっきり自覚した。

 かつて、植物や動物の声を聴くことの出来た自分。肌が触れただけで、その相手の思うこと、感じていることをまるで当人と同じように体感することが出来た自分。……それは、テレパス、と呼ばれた能力。



 急に父親としての自分に目覚めてしまった夫の大介に驚きながら、テレサは同時に、かつて持っていたその能力の目覚めにも、驚きを隠せなかった。




 ***********************************


)へ