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「古代さん!!お久しぶりです!!」
その出で立ちはかつての印象とはまったく異なるが、雑踏の中でこちらに向かって手を振っているのは、懐かしい戦友・加藤四郎である。
「加藤!!」
「お元気そうで何よりです!」
「お前もな!どうだ、護衛艦隊の仕事は」
「…荷が重いですよ。俺なんか艦長の器じゃないんです。でもまあ、せっかく頂いた任務ですからね…覚悟してガンバってますよ!」
加藤四郎は地球防衛軍太陽系第5護衛艦隊の旗艦に艦長として任命され、しばらく前から火星基地に赴任していた。
新型艦載機の開発を主に担う月面基地に、長く駐屯していた加藤である。小型戦闘機と戦艦では勝手が違う、と一度はその辞令を逃れるため腐心したそうだが、防衛軍の艦隊規模拡張に伴いかつてヤマトで『班長』を務めたことのある者は多くが彼のように昇進し、さらに責任あるポジションヘと否応なく送られているのが現状だった。
そんな彼も、休暇を使って島とテレサの旅立ちを祝いにきたのだが、運悪く真田と古代に捕まってしまい、この妙なミッションに参加するはめになったのだ。
「悪かったな、休暇で来てるのに」
「とんでもない!!願ってもないことです、島さんのためですから」
それに、…古代さんとスパイごっこ出来るなんて…オレ、こんなワクワクするのガキの頃以来ですよ!
「ばーか、真面目な任務だぞ」
「…のわりには、この格好ですけどね」
二人は互いの出で立ちを見比べ、わはは、と笑った。
周囲はクリスマスムードたっぷりの仮想空間、ここは夢の国プレジャーランドである。二人連れと言えばカップルばかりが目につく遊園地に、男二人…という不自然さをカバーするため、加藤も古代も施設従業員と同じ赤い作業着姿だ。しかも頭には赤いサンタの帽子、白いもじゃもじゃの付け髭…である。
「ま、この格好の従業員がそこらにわんさかいるし、まさか俺たちだなんて分かるまい。うってつけじゃないか」
「…他の連中には見せられませんねえ…」
「いやあお前、なかなかそのヒゲ似合ってるぞ? で、早速だがターゲットはどうやって捕捉するんだ…?」
「ああ、そうそう、真田さんからこれを預かりました」
ここはエントランスから少し離れたショッピングモールの中だった。
平日とは言え、季節柄入場者数は多い。古典的な、自分の視力だけに頼った尾行の方法ではすぐに目標を見失う恐れがある。もちろん、各々腰の作業袋には護身用の銃とスタンガン、それに加えて超小型のマイクロイヤホンで互いに離れても200メートル圏内は自由自在に会話出来るようにはなっている…
加藤は背中に背負ったサンタの袋のようなバックパックをよいせと降ろし、その中からどう見ても検査用の機器にしか見えない物体を取り出した。
「なんだそりゃ。……すげえな、これ…配電盤のテスターと見せかけて実は超小型レーダーか!艦載機に乗せるタイプのと同じじゃないか?!」
「ええ…島さんの弟さんが、島さんの服だか靴だかに昨日のうちに何か細工した、って言ってましたよ」
「あーの弟め!」
内部協力者が発信器を仕込んだか。しれっとしたエリート顔の島次郎が、実はどれだけ悪戯小僧か。知っているだけに爆笑を抑えるだけで精一杯だ。
加藤が突然、声を落として古代の袖を引っ張った。
「ほらほら、……来ましたよっ、さすが島さん、デートも時間通りだ」
「どこだ!?」
レーダーのスクリーンに、小さな光点が反応し始める。
二人のサンタは早る気持ちを抑え、当りを見回した。
……ターゲット、補足…!
* * *
君はどんな格好をしても人目を引くなあ。
大介はそう言うが、その口調は決してイヤそうではなかったので、テレサはまた頬を赤らめた。
極力、目立たないように。
真冬の遊園地だから、マフラーと帽子で顔を覆ってしまえばいい。ただそれでも、白いロングコートにロシア風のふわふわの帽子を目深に被ったテレサはまるで雪の精のようで、時折すれ違う人が思わず彼女を振り返る。
エントランスから歩いているうちに少しずつ頬が火照ってきて、テレサは思わず帽子を取った……ああ、日射しが気持ちいいわ。
その途端、すれ違う人がまた目を丸くして自分を見たので、思わずびっくりする。
「君が奇麗だからだよ」
まるで自分が褒められたかのように、大介が小声で嬉しそうにそう言った。
「…ねえ島さん」
「ん?」
「…私が人に見られると、島さんは嬉しいですか?」
「あ?」
「なんだか、恥ずかしいんですもの…」
そう言うと、テレサは外した帽子を改めて目深に被り直す。
「じゃあ、すれ違う人なんか見ないで、俺だけを見ていればいい」
こんな状況でなければ絶対に吐けないような台詞だ。…そう思いながら、大介はテレサの肩を抱き寄せたまま笑った。
遊園地に行きたい。
そう言ったのはテレサである。
それまで、遊園地のサイトをスーパーウエッブで見ていたなんてことはおくびにも出さなかった彼女だが、自由の身になると分かった途端、その口から「行ってみたい場所」が次々と出てきたのだった。
遊園地と、動物園と、それから…夜景の素敵なレストランでお食事して、それから…
まるで子どものように目を輝かせながら呟くテレサには、残念ながら時間は48時間しかない事、出来れば古代一家を訪ねてから出発したい事、メガロポリスからそれほど遠くへは行けない事…、などを説明しなくてはならなかったが、それでも予定はあっというまに埋まった。
遊園地、動物園、ショッピングに食事、イーストショアのホテルで一泊、翌日は水族館と海辺へ、そして英雄の丘へ。2日間ではそれが精一杯だったが、古代が帰還後佐渡のフィールドパークへ来るということで古代一家を訪問する時間は短縮できた。
こんなデートの内容、10代の頃以来だな、と大介自身は笑いが止まらない。しかも街はクリスマス一色……だが、テレサがこんなに喜んでいるのだ。これ以上に気恥ずかしい場所だろうとくすぐったい真似だろうと、彼女の希望なら出来る限り叶えてやるつもりだった。
「さーて、どうしようか」
端から全部、アトラクションを試すかい?それともまず、観覧車で上から園内を一望してみる?
「……あれがいいわ」
テレサが指差したのは、ちょっと意外なアトラクションだった。単に一番近くにあった建物だったから…と言う訳では無さそうだ。
「……ホントに?」
「はい!」
古代と加藤は約20メートルほど離れた建物の陰にいたのだが、やはり少々、呆気にとられていた……
「い、いきなりオバケ屋敷ですよ、古代さん」
「……おいおい、島…」
「どうします?我々も中まで入りますか?」
「……レーダーで中まで追えるんじゃないか?」
「そうですね……レンジを拡大してみましょう…」
お姫様のリクエストには流石のあいつも逆らえず、か。
「チッ、こんな事なら衝撃映像を撮って残してやりたかったなあ!」
古代がそう呟いたので、加藤はぷっと吹き出した。
「テレサさんが、きゃあっ、って島さんに抱きついてるところですか?」
「いや、その逆だ」
「は?」
「あいつ、学生時代はこういうの苦手だったはずなんだ。俺はよくしがみつかれたもんだぜ」
「………ホントっすか」
そ…それは衝撃映像ですね……
「ともかく行くぞ!」
遠い目になった加藤をせき立て、古代はこみ上げる笑いをかみ殺しつつ、ホラーハウスの非常口付近へと歩を進めた。
*
遊園地へ行くと、活き活きするのは地球人の女の子だけじゃないらしい。へとへとになるのは男…、それも宇宙共通なんだろうか。それとも、俺が年を取ったせいかな……
頬を紅潮させて、嬉しくてたまらないという様子であっちへこっちへと自分を引っ張って行くテレサに、「若いなあ」とつい感じる。その事自体情けないが、自分は32のオッサンなのだ。
見てくれからして、すでに遊園地を走り回る年齢じゃないんだよな……。
初っ端にホラーハウスを選んだ彼女の思惑は、まあ大体想像がついた。地球人の平均的な死生観、死後の世界という概念への興味である。…まあ、どこまで参考になったのか、はわからないが。
いわゆるグロテスクなものは戦場で嫌と言うほど見ているが、なぜか作り物の方が数倍リアルだ……その点で、西洋風のオバケ屋敷だったのは不幸中の幸いといえる。どちらかと言えばユーモラスなオバケが出るのが外国産。だから、それほど悪趣味ではないのだ。和風のうらめしや〜式の、糸のついたコンニャクが横からぴしゃっと飛んできたり、いきなり足元から手が伸びてきて掴まれる、みたいな趣向でなくてホント良かった……(そーいうのが決定的にダメな大介であった…)。
いいところを見せてやろうと頑張っても、ここじゃモールの中の射的くらいしか腕の見せ所はない。それだって、もうずいぶんとご無沙汰な射撃の腕だ…早々に諦めると、結局とうとう絶叫マシーンに連れて行かれるはめになった。
「これ、安全設計がかなり高度ですね」
しかも彼女、ジェットコースターの外観をじいっと見た挙げ句そんなことを言うもんだから、開いた口が塞がらない。そしてテレサは、その向こうに見える高い塔のような乗り物も指差した。
「…あれを、この次に」
「………あれは、ただ上から落っこちるだけだよ…?」
「ええ、わかります。あの塔の下にあるブレーキの基盤を見た限りでは、宇宙船の艦載機のリフトと同じ機構が使われているようですね。…弾道飛行と同じ感覚が味わえます…きっと♪」
「……味わいたいの…?」
うへえ。
思わず気が遠くなる……
「計算上、絶対大丈夫な作りです。乗りましょう、島さん」
「…そういう問題じゃないんだけど」
「……イヤですか?」
「え?いや、その…あはは」
ああもう。
そんな顔されたら、乗らないわけにはいかないだろ。
絶対安全とか、そういう事が問題じゃないんだ…“自分で操縦できないのに”この高低差、回転数を我慢しろ、っていうのが……
「…島さん、あれ絶対嫌がってますよね……」
「でも乗るしかないだろ?」
うぷぷ。
サンタ二人も、ホンネを言えば遊園地の絶叫マシーンは苦手であった…本物のシミュレーターより数段タチが悪い。計器類一切無し、ジェットコースターなどはレールが見えていて重量加速度が予想できるだけに、悪趣味だと思わざるを得ない。だとしたって、女の子が乗ろうと言ってるのに尻込みするのはカッコ悪いことこの上ない……。
さほど身を隠す事もなく、古代と加藤は適当な距離から憐れみの視線を投げた……ターゲットは尾行に気を配る余裕すら、ないようだったから。
ただ、その後。
フードコートのベンチで、向かい合って同じ色のカップを持ち、何か温かそうなものを飲みながら微笑み合う島とテレサの姿は、古代にとっては感無量、でさえあった。
加藤四郎は、テレサと島の出会いと別れを直接は…知らない。
『テレザートのテレサ』については機密として箝口令が敷かれていることもあり、彼は島がテレサに命を助けられた経緯を間接的に聞いているだけである。兄の三郎が戦死したその同じ戦いで、島だけが彼女に、いわば特別扱いで救助された。それは本来、弟の身になってみれば解せない事であっただろう。事実、島本人はそのことで、他の90名以上の戦死者たちに対してその後何年も、後ろめたい思いを抱えて生きてきた……
だが、加藤はそのことで別段、島を妬むとかテレサを恨む、といった心境にはならなかったらしい。これは、島を個人的に知る者たちの間では同様の現象で、例えば徳川太助などもそうだった。父徳川彦左衛門の戦死について、島自身が「自分だけが生きて帰って来た」と、息子の太助に対して後ろめたく思っていたのとは対照的に、太助自身は「そんな事思っても見なかった」と告白しているのだ。むしろ、太助はテレサが奇跡の生還を果たし、島と結ばれた事を我が事のように喜んでいる。
古代は傍らの加藤を見つめ、彼の微笑みに安堵した。加藤も、この数年の島とテレサの生活について聞いていて、純粋に二人を祝福したいと願っている事が伺い知れたからだ。
「…彼女、…テレサさん。…ほんとに奇麗ですねえ…」
大型のダストボックスの陰から目だけ出して向こうを覗いている加藤が、しみじみとそう呟いた。「島さんも…とっても、幸せそうだ」
ん、そうだな。
ダストボックスに寄り掛かりながら、古代もそう相槌を打つ。
「…このまま、地球がずっと平和なら……いいですね」
「……ん」
もう二度と、かつてのような戦火の渦に巻き込まれたくはない。古代にしても、二児の父である。まさか、自分の子どもたちまでが侵略の恐怖に怯えたり、武器を取って戦ったりする世の中が来るなどとは、考えたくもなかった。
願わくば、この平和が永遠に続くことを…。
祈るような気持ちで、澄んだ空を見上げる。
加藤も同じように思ったのか、息を吐いて空を仰いだ。
「それにしても……あの人が遠い星の人だったなんて、今じゃあまるで分からないですね」
「女の人生は男で決まる、っていうからな」
「……じゃ、功労賞は島さんか。地球の男代表としては前代未聞の快挙、ですね、言ってみりゃ」……くそお、それにしても妬けますねえ。
加藤は、テレサの寿命の事は知らない。…知らせる必要もないことだ、と古代は思った。
「俺も、…見つけなくちゃあな〜〜、彼女」
「…加藤」
「古代さんも、幸せになってくださいよ?……俺は、何があっても、古代さんの味方ですから」
「………」
加藤は、今回の訴訟の件をいち早く知ったらしい。今日はその話はナシにしようや、と古代は彼に釘を刺したが、加藤自身、言わずにはおれなかったのだろう……
声にはならなかったが、古代は呟いた。…ありがとうな、加藤。
「あっ、動きますよ!」
ベンチから腰を上げ、腕を組んでまた歩き出した恋人たちを追って、二人のサンタも移動を開始した。
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