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<ホワイトガード>の食堂で、遅い昼食を摂りながら。友納と次郎は向かい合ってぼそぼそと話していた。
「しっかしなんだってあいつがいるんだよ……参ったな、…いや参った」
「……すいません、僕も知らなかったんです…。産科のベテラン、という条件で軍に斡旋を頼む事自体、無理があるとは思ってましたけど…。丁度良い先生がいる、っていうことであの方が」
「ああ、薫は産科のクリニックをやっていたからな。俺の専門分野もあらかたカバーする腕はある。…ま、医者としちゃあ、抜群だ」
食堂のコックが、厨房からちらちらとこちらを伺っていた。次郎が移民局の代表だという事と、友納が今後この船に乗り込む事を知らされたので、お味のほどはどうですか、と聞きたくてしょうがないらしい。友納の渋い顔を見て、不安そうな様子になる……口に合わなかったのかな…?
「…こんなこと訊いたら失礼ですけど」
次郎は合成ミートのステーキを頬張った。案外美味いじゃん。厨房の方をちらりと見て、友納に聞いた。「離婚されたのは…どうしてですか?」
ステーキをフォークで細かく刻みながら、友納はじろりと次郎に目をやる。
「……キミにこんな事を言うのは気が引けるが」
「なんです?」
「価値観の相違、というか」
「なんだ、よくあることじゃ…」
「あー、いや。身体の相性と言うか、だな、そっち系の」
「……失礼しました」
横綱級の武藤医師と、それに較べれば軽量級の友納だ。その体格の差を思い浮べ、次郎はそれ以上突っ込まない方が無難だぞ、と話題を変えた。
「でも、まあ…。産科の先生は必要不可欠ですからね。すみません、友納先生はやりにくいかもしれませんが…、あのぅ、うちの姉貴が…妊娠中なんで、その」
「ああ、承知しとるさ」
しかも、かなり特殊な条件の妊婦さん、ってことだからな。…だからあいつが軍から派遣されてきた、ってワケだ。筋は通ってるよ。まァ、それについちゃぁ間違いないさ……
ちょっぴり情けない笑みを浮かべ。
友納は観念したように小間切れに刻んだステーキをひょいひょいと口に放り込んだ。
* * *
「…水産省管轄の実験コロニーNO.5通称<エデン>に医療基地が完成するのが12月半ば。その頃には、エデンの管理施設内に小規模だけど総合病院と入院用病棟も出来てる予定だよ。居住施設も充実してる…俺も、このあいだ見て来た」
次郎は、局の自分のデスクから、実家のテレサに電話を掛けているところだった。
<ホワイトガート>を一番艦とするドクターシップ事業は順調に進んでおり、緊急医療船の発進基地として次郎が推してきた<エデン>の整備も、科学局の真田の後押しもあって滞りなく進められている。
友納章太郎と医官の武藤薫は一足先に<エデン>へ移住し、設備工事の陣頭指揮を執ると共に、すでに火星および木星基地での患者の緊急搬送にも関わっていた。
島大介はパイロットとして、<ホワイトガード>のテスト飛行に出発して行った。一昨日、この軍港から発進した<ホワイトガード>は今日の午後地球に帰還する予定である。現時点での<ホワイトガード>の母港は、ここメガロポリスの港だったからだ。
<次郎、もちろんお母さんたちもそのエデン、に住めるんでしょうね…!?いやよ、孫が生まれそうだって言うのにテレサと離れ離れになるなんて>
ヴジュアルホンのモニタに、小枝子が割り込む。次郎はあはは、と笑って答えた。
「ああ、慌てなくても母さんの部屋も用意させるよ。大体、行くにしてもまだ5ヶ月も先の話じゃないか。でも、どうなの…?兄貴はうるさがるんじゃない?あっちへ行ってまで母さんと一緒じゃあなあ」
<馬鹿言いなさい!大介はパイロットで年中また飛んでってしまうじゃないの>
<お母様>
一緒に来てくださった方が、私は嬉しいわ、と兄嫁がたおやかに答えるのを見て、次郎はにやりとする……
「じゃあ、父さんが一人でウチに住むわけだ。勿体ないな〜、広い家なのに」
<次郎、あんたがこっちへ帰ってくればいいじゃないの>
ふーん、それもそうだな…、と次郎は腕組みをした。
<それはそうと、大介はどうなの?調子は?>
小枝子が次郎の後ろを伺うようにして左右に目を走らせたので、ああ、と次郎は答えた…
「順調だよ。さすがは元ヤマトの操縦士さ、腕はなまっちゃいないらしい。ずっと前に部下だった、って人がサブパイロットについているし、機関士も顔なじみだって言う話だから。毎日嬉しくってしょうがない、って感じで飛び回ってるよ、兄貴」
笑いながら、モニタの中のテレサを見る。
嬉しくてしょうがない……
自分がそう言った途端、彼女が軽く目を伏せたのを、次郎は見逃さなかった。
「ホワイトガードは今日の午後こっちへ帰ってくるから、そうしたらすぐに家に帰るように言うよ。兄貴、また点検だのメンテだのって自分でやりたがるだろうけど、今日はとっとと帰ってもらうさ」
<そうね、じゃあ、あの子の好物こしらえておかなくっちゃね!>と返事をしたのは母だったが、テレサの表情がほんのちょっとだけ明るくなったのを見届け、次郎は笑ってヴィジュアルホンを切った。
……テレサ。
本当は…俺がすぐに飛んで帰ってやりたいよ。
兄貴は宇宙船っていう玩具を手にしたら、あなたのことをすぐに放り出しちまうんだから…。
<ホワイトガード>の居住区画は民間の長距離観光船並の設備で、例えばアンドロメダなどの主力級軍艦の部屋がビジネスホテルだとすれば、こちらは高級ホテルのスイートクラス並の部屋ばかりだと言える。テレサに長期滞在してもらうにしても、あれなら申し分ない、と思う事が出来た。しかも、隣の区画には最新型の検査機器を備えた処置室、手術室があり、出航までにはもちろん、分娩装置も積む手筈になっている。
操縦している兄貴といつでも一緒にいたいと彼女が思うなら、それも不可能ではないわけだ。むしろ、そこまでを考えて自分は計画を進めてきたつもりだった。問題は、あの石頭野郎が「キミは家(エデン)で待っていなさい」などと彼女に言うかもしれない、ということだ。
(旅立つ前に、兄貴にはガツンと言ってやらなくちゃならないな。テレサをひとりぼっちにするな、って)
デスクからゆっくりと立ち上がる。<ホワイトガード>の帰港時刻は、13時25分の予定だ。時間厳守の兄貴のことだから、そろそろ大気圏突入の準備でもしている頃だろう……
移民局の制服の上着を肩に引っかけ、ロビーヘと出る。
大型スクリーンのホログラムテレビジョンに、サッカーのシニアリーグの試合が映っていた。
「行け行け、…桜井!!」
ロビーのソファで昼休みの時間を潰しているスタッフの一人が、画面に向かって拳を振り上げている。
(……宇宙商船大附属学院と……どこの試合だ?)
なんだ、俺の母校じゃないか。
懐かしいな、としばし立ち止まり画面に見入る。
商船大学附属学院中等部のミッドフィールダー・桜井洋一が、見事なシュートを決めた瞬間だった。自分の母校がその瞬間に負けた事実にはムッと来たが、次郎は我知らず、歓声を浴びつつ両手を上げて走っている桜井を目で追っていた。
(…あいつ、最近テレビでよく見るなあ)
14歳の桜井洋一は、一昔前の自分をどこか彷彿とさせる少年だった。
プロサッカーリーグへの道を進もうか、それとも勉学に励むべきか。今が丁度、悩み時、というわけだ。
宇宙商船大学へエスカレート式の道が開けている彼だが、サッカーへ進んでしまえば船には乗れなくなる。商船学校は主に長距離航海のパイロットを養成する学校だ。地球側に残るオフィサーとしてならともかく、船に乗れば試合には出られなくなる。二つに一つ、というわけだった。
来年度からは、移住用惑星探査がこの商船大学の全面協力を持って本格化する。最大距離3万光年までの遠距離探査航海を、商船大の訓練生たちが担うのだ。かつてヤマトで兄たちが踏査した範囲の、裕に倍の距離である。そして、彼らが移住可能な惑星を発見した暁には、この自分と移民局が外交に出向く事になる……
(桜井洋一。…そのうち、あいつとも仕事をするようになるのかもしれないな…)
漠然と。根拠はない。だが、次郎はそう感じた。
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