RESOLUTION (10)

***************************************




「いやあ、見事ですなあ!!」
 これを、病院船に。しかし、移民局も思い切ったもんだ!

 上空を、訓練中の次世代新型艦載機コスモパルサーが3機、爆音を上げつつ通過して行く。轟音に掻き消されぬよう、負けじと島次郎も声を上げた。
「これが、新プロジェクトの一番艦、第一号になります!よろしくお願いします、友納先生!!」
 
 埠頭に立つ友納と島次郎の眼前に、まるで動く城のような鋼鉄の固まりが聳えている……吃水線から上だけを水面に浮かべた数隻の宇宙戦艦が、ごく静かに湾の中を移動していた。




 メガロポリス・セントラル・コーストに面した地球連邦移民局。セントラル・コーストの湾の奥には連邦科学局があり、そして防衛軍司令本部、有人基地の軍港へと続いていた。スーパーアンドロメダ級、ビスマルク級の主力戦艦に混じって、比較的小さな一隻がこちらへと移動して来る。鈍色の塗装の大型戦艦の中にひと際輝く小さな純白の艦体が、白の衛兵<ホワイトガード>だった。
 小さいと言っても、総トン数28,500である。武器弾薬、砲塔や艦載機を積んでいないだけで、装備は軍艦とさほど変わらない。2連炉心式の波動エンジンを積んだ小型艦艇は近年でも最新型船舶の部類に入る。

「……現在移民局で設計している移民船<パンゲア>は、一隻に10万人を収容可能な都市型の巨大艦艇です。一つ一つが完全に独立して航行しますが、そのすべてに完璧な医療体制を整える事ができません。いわば、幾つかの大都市でベテランの医師団を共有する、その医師団を自在に移送するためのインフラ…という発想で用意されたのが、この<ホワイトガード>なんです」
  
 移民局の建物を背に、ゆっくりと眼前の岸壁に横付けした<ホワイトガード>。それを指差しながら、島次郎はそう説明した。

「いやあ、あんたがあの島くんの弟さんだったとはねえ。恐れ入りましたよ。まさか、学生官僚とはね!」
「よしてくださいよ」
 やだなあ、と頭を掻く次郎は、そうして見るとまだあどけない学生である。だが、友納も舌を巻いた通り、連邦会議で移民局代表の答弁をこなし、水産省の役人と互角に専門知識を闘わせていたこの青年は、確かに未来の地球を背負って立つ人物だ、と言わざるを得なかった。

「うむ、まさに私がやろうとしていたことと、発想は同じなんだ。宇宙の遠隔地に医者を送る、必要な患者には治療をしながら緊急に設備のある星へ搬送する。単なる救急車ではなく、船の中で万全の治療が可能なんだ。…あんた、本当に先見の明があるよ」
「かねてから、兄のパイロットとしての腕を腐らせるのはもったいない、と思っていましたから」
 ふふん、と生意気そうに次郎は笑った。
「はっはっは、もったいない、か!そりゃ違いない、あの島大介が一号艦のパイロットなら、プロジェクトにも箔が付くってもんだろう。兄貴思いの弟を持って、彼は幸せだな!」
「はは、ありがとうございます…」


 <ホワイトガード>の横っ腹にあるハッチが、静かに跳ね上がる。中から上陸用のベルトウェイがするすると降りて来て、ふたりの眼前に装甲車も通れるような通路が出来上がった。
 次郎は耳元のインカムに入った連絡に、はい、と頷いた。
「……今、艇長がこちらへ来られますって」
「おう、艦長のお出ましだな」
 友納はよれよれの白衣の襟をぐいと引っぱり、姿勢を正す。
「この船は民間組織の所属ですから、防衛軍の正規兵を配属することは出来ませんが、艇長は移民局の運行部で遠距離航海に何度も出ているベテランですよ」
「ふむ」


 開いたハッチの奥から、2人の人影がやって来るのが見えた。
「やあ、島くん…!」
 明るい日射しの中に現れたのは、背の高い精悍な顔つきの男と、その男の背丈も身幅も2倍はあろうかと思われる、恰幅のいい大男だった。

「小林さん!この度はお世話になります!こちらがドクターの友納先生です」
 次郎の紹介に、ごま塩頭がしゃっちょこばってお辞儀をした。「どうも!友納です」
「やあ、こちらこそよろしくお願いしますよ」


 小林と呼ばれた背の高い男が、この<ホワイトガード>の艇長、であった。白い制帽を取って小脇に抱え、軽く頭を下げる……意志の強そうな鼻筋に、やや垂れた目尻が気障な印象だ。
「弟の淳が、もううるさくてね……ヤマトの島大介と同じ職場になった、って言ったら騒いで騒いで。学校を早退してついて来ようとする勢いだったから、昨日は内緒で家を出て来たよ…」
 あはは、と笑いながら、小林優人は友納、そして次郎の手を力強く握った。
「まったくねえ。最新鋭船の艇長、と言えば聞こえはいいが。島くんのお兄さんがメインパイロットだっていうじゃないですか…。私ぁ申し訳なくて、いっそ艇長の座を明け渡したい気分ですよ」友納にそう言うと、小林は片目を瞑ってみせた。
「まさか、そんなことはないですよ」
 次郎はそう言ったが、小林は肩をすくめながら、真新しい艇長のマークのついた白い制帽をくいっと被り直した。後ろにいる大男が、腹を揺らして面白そうに笑う。
「そりゃあ無理もないです…あの方は天才ですからね」

 雷電五郎です、とその大男も友納に向かって右手を差し出した。「自分は島さんを補佐するサブパイロットです。以前、ヤマトに乗り組んでおりました」
 現在は退役して移民局運行部におります。当時は自分、ヤマト航海部で島副長の直属の部下をしておりました……

「では、ホワイトガードの艦橋へご案内しましょう」
 小林を先頭に、4人は中へと進んで行った。



 3万トンクラスの、軍の掃海艇と同様の宇宙艦橋、小さな艇長室。2連炉心式波動エンジンの鎮座する機関室に、最新型全方位マルチスクリーンを備えたレーダー室。そんな部屋を案内されながら、友納は心ここにあらずといった顔できょろきょろしていた。艇長の小林は一通り自慢したくて説明を繰り返すが、友納としては畑が違うから、こういった設備にはそれほど関心がないのだ……
「さあ、ここからが友納先生お待ちかねの、医療セクションですよ」
 次郎が苦笑をかみ殺しながら、隔壁の向こうへと友納を手招きした。

 艇長の小林がどうぞ、と友納を促す間もなく、ごま塩頭は明るい廊下へと小走りに突進して行った…
 次郎は苦笑してその後に続きながら、小林に尋ねた。
「防衛軍から派遣されて来た医官は女性なんですってね」
「ええ、もう医務室におられますよ。産科、麻酔科、外科…のベテランだと言う話です」


 医療セクションは床、壁ともに明るい乳白色に塗られており、民間の病院施設と見紛うような設えである。長い廊下の両脇に灯るオレンジ色のランプに沿って、第一診療室、第二診療室、処置室、などというプレートが壁にかかっていた。
「その先生は、数年前までご自分のクリニックを持っておられたと聞きましたが、軍属に転向されましてね…」
 友納先生とは二人三脚でやって頂かなくちゃならないですが、私の見たところ、お二人は似た者同士と言う印象ですから仲良く出来るんじゃないでしょうかねえ。
 小林は笑いながらそう言うと、第一診療室に入室した友納を追って、部屋に足を踏み入れた。



「だああああああ…!!!」

 途端。
 友納の絶叫に、後ろからついて入った小林と次郎、雷電は縮み上がった………
「な、なんですか一体!!」
「かっ…かおるっ……」

 へ…!?と室内を凝視する。


 絶叫したまま固まってしまった友納の向こう、診療室の奥のデスクにいるのは、体格の良い白衣の女医だった。
「…あらまあ、久しぶりだって言うのにご挨拶だわね」
 100センチはあろうかと思われるバストを持ち上げるようにして、女医はむっくりと回転チェアから立ち上がる。背丈は後ろにいる雷電五郎ほどもあろうか…


「地球防衛軍医官、武藤薫です」
「…島次郎です。この度は…ご協力感謝します」
 女医は次郎よりさらに頭一つ分背が高い。だが、握手を、と差し出された手は意に反して繊細で、にっこり笑った表情には人を安心させるような魅力があった。
「こちらこそ。お若い官僚さん。…お兄さんの退役は残念だったけど、ここでこうしてご一緒できるなんて、光栄ですよ」

 …にしても、友納の狼狽え方は尋常ではない。
「先生…、お知り合いですか」
 次郎の問いに、友納は困り果てた笑顔で答えた……「知り合いも何も。…俺の、元女房だ……」



 ありゃまー!!



 小林、雷電、次郎の3人ともが、呆気にとられたのはいうまでもない。




***************************************

11)へ