<約束>=3=

=3=


 地球へ出発する…その前日。惑星ディーバの空は水色に煙り、細かな雨粒が降り注いでいた。


 空には、時折雲間が覗く…垣間見えるのは数十機のコスモファルコンの機影。ヤマトの艦載機隊とポセイドンの護衛艦載機チームとが、最終ノルマの消化中なのだ。
 艦長室の小さな風防にも、ディーバの雨粒が無数に降り積もる。水の比重の重いこの星では、雨粒がとろりと解け合い、水玉になって落ちる速度が異様に遅い。



「……ここの雨は、重そうだな」
 ガルマン星の雨は、地球のそれと似ていた。
「…そうですね」

 他愛もない話をしつつ。艦長室で二人、向かい合って午後のコーヒーを飲んでいる。島の好みを知り尽くした厨房のコックがいれてくれる苦い、香りの良い珈琲。
「……お砂糖、もっと入れようか?」
 テレサが一口飲んで、「んっ」と顔をしかめたのを見て、島はぷっと笑った。
「香りは…大好きなんですけれど」
 そう言いながら、テレサは首を振った。だって、ミルクもお砂糖も…2回は入れたのに、まだ苦い。

 島はくすくす笑っていた。笑いながら、「さて」と腰を上げ。
 ベッドの下から大きなトランクを引き出すと、それをおもむろに開く。


「なんですか…?」
「ヤマトの工作班が、これを作ってくれたんだ。本当は…地球に帰ってから、マンハッタンの宝石店で買おうかと思ったんだけど」
「マンハッタンの…?」
 あはは、と島が笑った。
「……指輪だよ」
 トランクから島が引っ張り出したのは、小さな白い箱だった。それを持ち上げた拍子に、隣にあった、何か中身のずっしりと入った封筒がぱたりと音を立てて落ちる。
「ああ…そうだ」
 封筒を、そう言えば…と取り上げる。

「これ、見てごらん」
「…なんですか?」
 小箱の中身を見せてくれると思ったら、島はその封筒をテレサに差し出した。………写真。
「………!!」
 上質紙で12枚はあろうかという大判の写真にはどれも、自分が写っているではないか…
「どうして…?」
 戸惑うテレサを、島は面白そうに見つめた。「色々と便利な機械があるのさ」
 記憶の中に残る映像を、写し取る装置が。
「……記憶の中に…」
「これは、最近作ったものなんだけどね」俺の、ずっと色褪せなかった思いを、分かってくれる…?
 照れくさそうに頭を掻く島に、テレサはまた胸が詰まる。彼は笑いながら、向いのスツールから立ってテレサの後ろに回った。



 自分でも、驚いたよ。
 一体、俺は何枚…君の写真を作ったんだろう?って。
 …呆れるよな。



「でも、実物の君の方が何倍も奇麗だ」
 そう言いながら、彼はテレサの肩を後ろからそっと抱き込んだ。
 ——島さんたら。
 互いに照れていて、向き合うのが恥ずかしい…だから、頬を…
 後ろから寄り添っている彼の頬に、自分の頬を。
 そっと擦り寄せる。

 島の手にある、小さな箱に目が行った。
 彼がまた、くすっと笑う。

「新しい発信器?」
「違うよ」
 嫌だなあ。指輪と見れば発信器、だなんて言うんだから。
 島は苦笑しつつ、テレサの左手の薬指から銀色のリングを外した。
「これは…右手にしたらいい。…航海の間だけ、ね」
 で。
 これを……左手に。
「……君が昔着けていたものに、出来るだけ…似せてみたんだよ」
 
 言葉が、出なかった。
 お母様の…形見だった、あのリング。形は至ってシンプルで、石が一つだけ、付いていた……テレサの瞳の色にとても良く似た、緑色の石。それにそっくりな指輪だった。
「アレキサンドライトの結晶から作った、人工のエメラルドだから…それほど大したものじゃないけど…」
 地球での、宝飾品としての価値はどうでも。
 あなたが下さると言う、そのことが……
「嬉しい…。下さると、ずっと前におっしゃいましたものね…」
「うん」



 もう、随分前になるんだな。
 僕は、まだ二十歳だった。

 君と別れることも、自分が死にかけることも……まだ何も、知らなかった。ずっと君だけを愛して生きていけると、疑わずに…信じていたよ… 

 君に、会えた。
 それが…奇跡だった。



 島の指が、指輪をテレサの薬指に滑らせる。
 それを見ていたはずだったのに、彼女の視界は途切れ——
 記憶にあるのと同じ温かな唇が……言葉を塞ぐ。

 嬉しい…
 島さん——
 …独りぼっちだった私を、初めて愛してくれたあなた。
今でも、私の気持ちはあの時と同じです……
 私は、…あなたに出会うために生まれて来たのだと。やっと…思うことが出来ました………

 指輪をはめたテレサの左手を、きゅっと握る。抱擁に、彼女の全身が震えるようにして応えた。息が止まるかと思うほど、深いキスを繰り返す…数回、数十回…


 時間が、止まる。



 上空を、コスモファルコンが数機、フライパスして行った。機影が艦長室の天井に降ってくる……雨粒と共に。明日はまた、あなたは艦長として…この艦ふねを駆る、貴方の星…地球へ向けて。…だから——

 

 今はしばし、キスを。
 私たちは共に…ここに居る。
 共に、生きている…

 

 

bye bye DIVA(5)へ続く>