「RESOLUTION」(3)

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(3)

「半月も来ていないと、もうまるで浦島太郎ですね……」
 数日後。 

 島大介は真田志郎のラボに招かれていた。今日は、しばらくぶりにちょっと込み入った相談、…いや、頼み事、をしに来たのだった。



 ここは地球防衛軍司令部の建物の、すぐ隣の敷地に聳え立つように完成した、新科学局施設、「地球連邦宇宙科学局」。

 メガロポリスの港湾内からもランドマークとしてよく目立つ、奇妙な塔のようなその建物は23世紀建築界の奇才、がデザインしたものだという話だ。タワー様の中央部分の外壁はすべて高性能のレーダーアンテナを兼ねており、タワーの両翼に伸びる巨人の腕のようなパーツは太陽光発電の増幅装置なのだった。過去の教訓から、金星の太陽エネルギー集積基地がダメージを受け停止した場合でも、この科学局の全システムをいわば自家発電により温存できるよう、取り計らわれているのである。


「……噂には聞いていましたが。実質今はここが外宇宙に関するすべてのことを取り仕切っている、というのは本当なんですね…」
「ああ、まあな…」
 装いも新たな連邦宇宙科学局のネイビーブルーの制服を身に着けた真田は、ちょっとだけ手元の小モニタから顔を上げ、にやりとした。

 戻って来ても、いいんだぞ?
 お前なら今でも引く手数多だ。

 方や島大介は、私服に借り物の通行証をぶら下げる身であった。防衛軍大佐だった頃は、真田と同様どのセクションでもノーチェックで出入り出来た彼だが、民間人の今では区画によっては警告を出され、悪くすると射殺されてしまう身分である。
「……いえ」
 真田は、そうかぶりを振って笑う島を、2・3秒じっと見つめた。



「さあ、これでいい」
 十数分前から操作し続けていたそのデータにロックをかけ、真田はようやくモニタから顔を上げた。
「これでテレサは、お前が指定する日の午前8時から48時間だけ、好きな場所へ行けるようになる。その間なら地球のどの場所へ行っても、アラートが鳴ることはない。…
ただしこれはシステムのバグを装ったアラート解除だ。本来の解除ではないから自動的にシステムは復旧する。49時間目に入る頃にはせめて地球を離れる船の中に居ないとならんぞ」

「ありがとうございます。…無理を言ってすみませんでした」
「いや。……だが、コードを解除するときは、必ず前もって俺に連絡を入れてくれ。一応、万一に備えてスタンバっておくからな」
「はい、分かりました」
「もちろん、そのまま外宇宙へ出てしまえば監視用コードは永久に無効、ということになるが…」

 本当に、行くのか。
 ……彼女を連れて……?

 名残惜しそうな視線を寄越す真田に、島は穏やかに微笑んで頷いた。
「そのつもりです。まあ…まだ、いつ、とははっきり決めていませんが、近いうちに」
「…そうか。…まあ、48時間あるからな…、出発のためだけじゃなく、色々寄り道して行けばいい」
「ええ。出発する前に、英雄の丘…それから近場の海へ行って…動物園へも行くつもりですよ」
「そんなんでいいのか?もっとその、観光地やら景勝地に行ったらどうなんだ。動物園って、佐渡先生のところじゃないのか?」
「ははは…そうです」
 ま、その後は古代の家に。守も美雪ちゃんも、大きくなっているでしょうし……
「…ああ、今年で守が3つかな。守は親父に似て運動神経抜群だが、美雪ちゃんは案外おっとりしているよ」
「美雪ちゃんが古代に似てるんですよ。守は古代じゃなくて、雪に似てるんでしょう」
 その彼の言葉に、思わず真田も目を丸くして苦笑した。どこへでも飛び出して行く行動派の母親、それが古代雪、いや…かつての少女時代の森雪、だった。対照的に、少年時代の古代進はおっとりした内向的な子どもだったのだ。その兄の古代守からそう聞いたことがあったのを、真田も遅ればせながら思い出し。
 二人は顔を見合わせ、あっはっは、と再度朗らかに笑い合った。

 そこで真田は躊躇いがちに声を落とした。頬に笑みを残したまま、軽く咳払いをし……。
 子どもの話題は出来れば避けて通ろうと思っていたが、もうそろそろ聞いておかねばなるまい——。



「…で? 島、お前の子は…どうしてるんだ?」
「……はあ、まあ、ぼちぼち」
「ぼちぼちって。もう1年半になるじゃないか。取り立てて誰からも言われてはいないだろうが、みんな心配しているぞ?」
「……すみません」
「謝ることは無い、彼女は…異星人だからな。妊娠の仕組みやら期間やらが我々と違うとしても、まあそれは推して知るべし、ってところだろう…」
 まあ、待つしかないのかなぁ。
 真田にそう言われ、はあ、と島は微笑いつつ頭を掻いた。
 実際、夫の彼どころか、当初から彼女を診てくれていた佐渡にすら、テレサのお腹の中の子が一体どのくらいの期間経てば生まれて来るのか、さっぱり解らないのだった。




 テレサの妊娠が確認されてから、すでに17ヶ月が経とうとしていた。すこぶる健康に、正常に……しかし信じ難いほどゆっくりと「その子」は成長を続けている。胎児の成長の度合いを地球人のそれと比較してみると、妊娠4ヶ月程度の大きさに見える。だから、外見上は彼女が妊娠していることはまだまったく分からない。

 テレザート星人の妊娠と出産については、テレサ自身もよく知らない、というのが現実だった……
 幼い頃幽閉の身となった彼女に与えられた知識は、父のプログラミングにより年齢相応に「完璧」であった。かのテレザリアムA.I.が彼女に開示した知識の中には、生殖に関するものも確かに存在したが、…だがたった一人で幽閉生活に甘んじてきた彼女自身が、その知識を必要のない物として意図的に排除していたことは想像するに難くない。
 知識として彼女が覚えていたのは、テレザート星人の妊娠期間は地球時間にしておよそ30ヶ月、ということくらいだった。惑星テレザートの自転が約32時間だったこと、そして地球人の胎児の成長の早さを考えると、その期間はべらぼうに長い。…しかし、その知識もテレサが朧げに記憶していたものに過ぎず、異星人とのカップリングの場合の変化については、まったく未知数であった。実際に彼女の胎内の命はまだ非常に小さい。一体最終的にどの程度まで子宮内で成長するのかも分からないままであったのだ。


 ただ、この事実から一つだけはっきりしたことがある。

 おそらく、テレザート星人の寿命は、地球人よりもずっと長いのではないか…、ということだ。

 島が防衛軍を退役する決意を固めた理由も、それだった……今から何年後か、何十年後か。自分が年老いて天寿をまっとう出来るような平和な世の中が続いたとしても、自分は愛する妻と、これから生まれて来るわが子を残してこの世を去らなくてはならない。自ずと浮かび上がる、その避け難い運命を、出来る限り先延ばしにしたい。命ある限り、一分一秒でも長く愛する彼女と共に時間を過ごしたい…そう願ったからなのだった。
 だが、このことはまだ誰にも……そう、真田にも、両親や次郎にすら、話していなかった。自分が軍を退役した本当の理由、そして…今、身重の彼女を伴って無謀とも思える地球外移住を決行しようとしている理由。 
 話せばきっと、解ってもらえるだろうとは予想していても尚。これほど重い決意を抱いたのは、島大介、これまでの人生で初めての経験だった——。


「まあ、……友納先生が一緒なら…安心だがな」
 島、お前の身体のメンテナンスと同時に、テレサの面倒も見てくれるだろうからね、あの先生なら。
 
 真田も、彼が身重のはずのテレサを連れて地球外へ出ようとしていることの異常さに気付いていないわけではなかった。よく筋立てて考えれば、地球人とテレザート星人の寿命の差は明白だった。敢えて事実を彼に問いただすのは無意味な上に残酷だ。黙って協力する事以外、兄貴分の自分に出来ることは無い…。
 その上で。相変わらず周到な、島の理路整然とした人生設計に苦笑を禁じ得ない真田だった。
 自らの人工臓器と妻の妊娠・出産を管理してくれる気心の知れた信頼に足る医師、波動エンジンを備えた救急医療船…そして、自らとテレサが自由になれる空間。真田が智恵を絞ったとしても、島大介とテレサの夫婦が満足に生活して行くに足る賃金とその他の全てを満たす条件は、確かにそれくらいしか見つからないからだった。


「だが、お前の家族は承知しているのか?」

 真田の懸念はそれだけだ。時折仕事を手伝ってもらうために連邦大生の次郎をこの施設に呼ぶことがあるが、弟の口からはこの件について一度も聞いたことはない。つまり、島はまだ家族の誰にもまだ、この計画を打ち明けてはいない、ということではないのか…
「……いや、まだ話していないんです。…これからゆっくり説得を」
「そうか。…難航しそうだな」
「それは覚悟してますよ」

 母の小枝子も、テレサをとても可愛がっている。父は言わずもがなだ……ことに、テレサが妊娠したと知ってからは二人とも彼女にベッタリである。孫の顔を見せずに彼女を宇宙へ連れ去ってしまうとしたら、そんな親不孝なことは無かろうと今からでも想像がついた。
 そして…、弟の次郎に至っては、理解したくはないがテレサにどうも惚れているらしいのだ。島は、真田に聞こえないようにチ、と小さく舌打ちした。

 お前、彼女はいないのか、とこの間問いつめたら…あいつ開き直って言いやがった。
『……俺はテレサが好きだから、カノジョなんかいらないね!』

 バカかお前!
 そんなことテレサに一言でも言ってみろ、張り倒すぞ!

 半分冗談に違いない、とは思いつつ、半分は言い様の無い不安に駆られた兄だった。

 次郎がまだ高校生だった頃、そう…テレサが初めてこの家にやってきた頃のこと。勤務に明け暮れロクに帰宅しなかった自分に「兄貴がそんなに嫁さん放ったらかしてるなら、俺が奪ってやる」などと言い放ったヤツだ。大学の寮に入った頃には、いい加減そんな世迷い言は頭から吹き飛んだろうと思っていたが、相変わらず両親にも兄の自分にも手紙なんぞ寄越さないくせに、テレサにだけは封書で近況報告を送って来るのである…… 

 自分がテレサを連れて地球外へ移住しようとしていると知ったら、あいつは…何て言うだろう…?

 真田が島の思案顔を見て、改めて苦笑した。
「まあ、必要なら俺からも、お前の家族に事情を説明しても良いが…次郎くんは案外すんなり理解してくれるかもしれんじゃないか」
「は…?そうでしょうか?」
 兄貴としては、一番うるさいのが次郎なんじゃないか、と思っていたところなのに。
 真田さんは何故そう言えるのだろう…?

「次郎くんには卒業後、是非ともこの宇宙科学局へ来て欲しいと思ったんだが、やんわり断られたよ。…でな、お前サイモン教授って覚えてるか」
「…ええ、昔あいつの大学の学長だった人でしょう。天体物理学の権威だった…」
「そうだ。2202年…ガミラスのプロトンミサイルの誤爆により、太陽が膨張し始めたのをいち早く観測したただ一人の学者だ。当時、大学側からは解雇されてしまったが、今は移民局でスーパーバイザーを務められている」
「移民局…」
「……次郎くんは、連邦大学の派遣カリキュラムで移民局のサイモン教授に師事していると言っていたよ。移民事業に興味があるらしいな。卒業したら移民局へ勤めるつもりなのかもしれん…。お前がテレサと一緒に宇宙へ移住する、と言い出したんで、俺は最初てっきり次郎くんが一枚噛んでると思っていたんだが」
「………」
 いや、そんな話……聞いてないぞ。
 寝耳に水と言った顔だ


「違うのか?」
「はあ」
 ふたりは、顔を見合わせてぽかんとした。


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