復活篇へのプロローグ 〜ヤマト発進〜(7)

********************************


 

 眼下に作業員たちの奔走する甲板…照明に光る、三連装ショックカノンの砲塔。最終点検を終えたヤマトから、すべての作業台が撤去されて行く。
 ……準備は整った。


(……六連発トランジッション波動砲か)
 コンソールに「TEST MODE」の文字を確認しターゲットスコープをポップアップさせる。戦闘隊長は自動的に配置されたトリガーにおもむろに指をかけた。
(ブルーノア…戦わずしてお前を沈めたのは、俺だ)
 トリガーにかけた指にぐっと力を入れる

 ……忘れなければ。俺は…もう、ヤマトの戦闘隊長なんだ。


 ギシ。
 隣で座席のリクライニングが音を立てて軋んだ……右に座るのは、3つも年下の生意気なチーフパイロットだ。そう思う間もなく、その男がぼそりと言った。
「……撃てるのか、お前に」
「なに…?」
 ささくれ立った上条に、小林の言葉がいちいち刺さる。二人は顔を合わせれば一触即発、という感じだ。桜井が自席から振り返り、あーあ、という顔で溜め息を吐いた。
 小林はかつて“負けたことがない”男だ。相手が年上であろうが長のつく立場であろうが、己が認めた相手にしか従わない…
「俺たちと、真田長官が再建したヤマトだ。むざむざ沈めるようなマネはしてくれるなよ」
「なんだと…」
「…やるか…!?」
 座席から弾かれたように立ち上がり、二人は拳骨を構える。
「こら…二人ともやめんか!!」
 第一艦橋の後部から、野太い声が二人を止めに入った。大村だ。
「なんだあんたは」
「ヤマト副長、大村だ」
 ヘン、と血の気の多い小林はせせら笑う。「副長だか九官鳥だか知らねえが、横から口出すな、ヤマトは俺たちが復活させたんだぞ!」
「…ヤマトの復活は、全人類の願いがあったからこそ実現したんだ」
 小林、お前たちばかりがヤマトの再建を担って来たのだとは、努々思ってはならんぞ。
 大村の静かな口調に、小林は一瞬、ぐ、と詰まる。

 呆れるほど負けん気が強いな。副長はふっと頬を緩めた……それでいい。その早る熱い思いを、この命懸けの航海にぶつけてくれ。心が折れていない者の勇気は、ある意味非常に貴重な活力となるのだから。


 
 …と、桜井が艦長室から降下して来る指揮席を目に止め、さっと姿勢を正した。皆もハッとその方向を振り仰ぐ。
 古代進。
 彼が、第一艦橋に姿を現す——

「俺が艦長の古代進だ。お前たちの命、今からこの俺が預かった。総員、発進準備!本艦は15分後にアクエリアス・ドックを出航する!」

 ——波動エンジン、起動開始!



***



「…ヤマトの発進準備がすべて整いました」

 地球連邦宇宙科学局、移民計画対策本部。3面の大ホログラムスクリーンには、アクエリアス氷塊ドックの外観、ドック内部の映像が中継画像として投影されていた。
「……うむ」
 古代からの、最後の通信は数分前に終えた。発進、5分前。コントロールのモニタにもオールグリーンのランプ表示が出ている。
「…折原君を行かせたんですね…、真田長官」
「ああ」

 …本当は、この私が…行くべきだったのだろうが…な。

 島次郎の視線に、真田は言おうとした言葉を飲み込んだ。島くん、キミにはすべてわかっているな。
 あのヤマトには、古代にしか発動できない秘密のギミックがある…今までならそれは、私があいつに土壇場で教えてやるべきことだった。だが、ヤマトがかつてのヤマトとは違うように、古代も…もはや昔のあいつではない。私がいなくても、古代はあの仕掛けに独力で辿り着くことだろう。

 そして、真田は次郎が、できるなら古代と共にヤマトに乗り込み、無事6億人の移民を送り届けるのを見届けたいと思っていることを知っていた。その気持ちを押え、彼が最終船団で発つつもりでいることも。…だが。


(…私が地球ここに残る、と言ったら……キミは…首を縦に振ってくれるだろうか)

 移民計画を主導してきた真田志郎が地球に残る…ということは、すなわち。彼のして来たこと、これからすべきことを全部——その右腕たる島次郎に継がせる、ということに他ならなかった。
 古代と新生ヤマトのクルーたち、そして私の意志を継いだ島次郎……お前たちが次世代の<地球>を牽引する原動力となる。お前たちには、それだけの力がある……

 傍らで、感無量の表情を見せている次郎に目をやった。若き移民船団本部長は、瞬きもせず…スクリーン上のヤマトを仰視していた。



 ***



 ヤマトが出航する、その前日。次郎は古代に接見していた。どうしても口頭で伝えたいことがあるのだと、単身アクエリアスへ向かい。彼は第一艦橋で古代を待った。
 
 見違えるように甦った、ファーストブリッジ。最新式の機器に囲まれた第一艦橋には、次郎が初めてその場に足を踏み入れた時に感じた悲壮感は微塵も残っていない。漂っていた墓場のような死臭も、宇宙の冷気をそのまま閉じ込めたような零の気配も…見事に払拭され。この船は、完全に甦ったのだ。
 まっすぐに、兄の居た操縦席へと歩を進める。…そっとその座席のヘッドレストに手をかけた。
(…兄貴)
 その笑顔が、再び脳裏に甦る。
 …だが、まったく新しくなったその座席には、その気配はすでになかった。——悲しむべきなのか、喜ぶべきなのか。次郎には分からなかった。息を吹返したヤマトは、もはや…かつてのそれとは違う。兄が愛したヤマトは一度死んだ…兄と一緒に、この海へ沈んだのだ。

(…喜ぶべきこと…、なんだろうな)

 そう思い、座席の前のスペースに立つと正面のコンソールパネルにそっと両手をついた。第一艦橋からはるかに見下ろす甲板、艦首、そして前方の眺め。それもきっと、兄が見た光景とは変わってしまっているのだろう…。
 背後で、コツ…と靴音がした。次いで、息を飲む気配……

「……島!」
 
 誰かが、そう呟いた。

 えっ、と振り向くと、そこには古代がいたのだった。制帽を目深に被った彼の目が、驚きの色をたたえているのを不思議に思いながら、次郎は彼に笑いかけた…「ああ、古代さん」いらしてたんですか。すみません、気がつかなくて…
 古代は一瞬、まるで別人を見るかのような表情を見せたが、すぐにかぶりを振ると息を吐き。
「……ああ、次郎くん」
 すまん、と彼は苦笑いした。そこに…その席に君がいたから。…お兄さんかと思ったんだ……
 続いた古代のその言葉に、次郎も絶句する。

 兄の記憶は、もはやここにはない。ヤマトはもう、島大介を覚えていないだろう……そう思った矢先だった。しかし、操縦席に佇む次郎に、古代は島大介の姿を見たのだという。
「……新たに生まれ変わっても、ヤマトはここで闘ったすべての戦士たちを忘れはしないよ。なぜならね…この俺が…」


 
 ——この俺が、みんなを誰一人として…忘れてはいないからだ。



「…古代さん」
 古代の凛とした言葉に、次郎は涙を堪える。

 妻の雪さんを失い、自分の守る第三次船団に愛娘は乗ろうとしない…夫として、父として、愛すべき家族を護りたくともそうできなかった古代さん。それでもこの人は…闘う。闘い続けているんだ。
 次郎には、古代進(このひと)が、地球の<希望>だと言われる所以が、改めて理解できたような気がした。
「…俺は、不器用だから。…そうすることしか…できんからな」
 厳しい表情をふっと崩し…息を吐き。古代は左隣の戦闘指揮席へ座る。そしてゆっくりと、目の前の艦橋キャノピーから臨めるドックの天井に目をやった……まるで、彼の目にはそこからでも宇宙の海が見えているかのようだった。その横顔は、微笑んではいるがとてつもなく寂し気だ。


 古代さん。
 …どんなスーパーヒーローにだって、出来ないことはある。あなたは精一杯…やって来た。僕は…それを知ってます。
 そう言いたいのを、喉元で堪え。
 次郎は座席に座る古代の右手を両手で掴み、ぐっと握った。
「信じています。…ヤマトと…あなたを」
 地球の英雄は、優しい眼差しで次郎を見上げ…、微笑んだ。

 美雪ちゃんのことは、僕と…佐渡先生、真田長官に任せてください。必ず、説得します。
「…それから、これ」
 次郎は胸ポケットからメモを引っ張り出すと、古代に手渡した。
「アマールへ到達した護衛艦から、連絡が届きました。情報が錯綜していて、こちらからの問合せは不可能だったんですが」
 アマール近海にて、スーパーアンドロメダ型主力戦艦<サラトガ>を発見。但し、乗組員はすべて消息不明…
 目を伏せる古代に、次郎は続けた。「誰の遺体も、発見されていないのだそうです。おかしいと思いませんか…?実は、アマールの領空内でそういった状態で発見された艦が、他にもあるそうなんです。外部装甲板はダメージを受けてぼろぼろなのに、内部は奇麗なまま…そして誰も乗っていなかった、と」
 古代はおもむろに顔を上げた。
「…乗組員たちは…生きている、と…?」
「ええ、その可能性がないわけではないんです。アマールへ到着すれば、すべてが分かるはずです」

 …謎の敵、行方不明の乗員たち。——そして、雪。

「わかった。…次郎くん…。ありがとう」
 俺は、最後まで…諦めないよ。
「——はい」


 そして、次郎はアクエリアスを…後にした。




* **


 地球標準時間、午前10時0分。

 氷塊ドックの天井に張る厚さ約20メートルの氷の壁を突き破り、あの伝説の船がその姿を表した。
 その勇姿をモニタスクリーンに捕え、科学局のスタッフは皆一様に立ち上がり、敬礼する。粉砕され舞い上がる氷が瞬時に再び凍結し、その航跡を幾重にも光る轍へと形作って行く……アクエリアス上空に作用する、薄い人工の大気に衝撃波を残しつつ離脱して行くヤマトを、誰もが熱い眼差しで見送った。

 頼むぞ、ヤマト。
 …任せたぞ……古代。

 自分の傍らで、そう真田が小さく呟いたのを次郎ははっきりと聞いた。

(古代さん。僕もあなたを…信じます。…兄さんが…、そして雪さんがあなたを信じたように)

 心の中でそう呟き。
 遠離って行くその艦尾に、次郎も万感の思いを託し……敬礼した。

 




 ——時に2220年、4月。
 甦った宇宙戦艦ヤマトは、新たなる戦いの旅へと旅立った。


********************************



    Episode Jiro 「宇宙戦艦ヤマト/復活篇へのプロローグ」(完)

 

 

あとがき