復活篇へのプロローグ 〜ヤマト発進〜(6)

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 メガロポリス・セントラル・コーストに設置された特別宇宙港は、出発を急ぐ人々でごった返していた。持ち込める荷物のうち大きなものは予め船内に搬入されていたから、人々が持っているのは貴重品などの手荷物だけである。
 小さな子どもたちを先導して歩く父母、一時の別れを惜しむカップル。時に押し合う乗客の整理に、移民船事業を請け負う企業から派遣されたガードマンたちが奔走していた。展望台では彼らを見送る人々のグループが手向けの横断幕をはためかせている。

SEE YOU SOON!

 <パンゲア>2隻と<ユーラシア>3隻が、関東地方のこの軍港から出発する予定であった。


「ほら、走らないのよ!」
「こっちこっち、お母さん早く〜〜」
 母子の二人連れが、搭乗ゲートに向かうタラップを昇って行く。これが本当に空へと飛び立つのか…と訝しく思うほど、<パンゲア>の船体は巨大だ。地上からその横腹の中程に十数ヶ所ある搭乗口へ、ゲートの数だけのベルトウェイが続いていた。なだらかな傾斜はごくゆっくりと人々を運び上げ、内部の住居スペースまで案内してくれるのである。男の子は、その「動く歩道」のスピードがゆっくり過ぎて待ちきれないのか、斜めに昇る歩道を駆け上がりたいのだ。

 ……6つか7つか。男の子ってのは、その年齢が一番怖いもの知らずだ。
(自分もそうだったかな…?いや、あのくらいの頃は年がら年中、病院に入ったり出たりを繰り返していたからなあ……)
 その男の子が、自分の身体を半分押しのけながらタラップの先へ駆け上って行こうとするのを微笑ましく見やりながら、水倉勇馬は微笑んだ。

 …と。
 その子の手元から、カランカラン、と何か玩具が転がり落ち、勇馬の足元へ転がって来た。
 プラモデル…?いや…
 かがんでそれを拾う。最近発売されたコスモフリゲート2220シリーズ……宇宙戦艦のミニチュアモデルだ。小さな男の子が玩具にするには、ちょっと高級な作りの…。
「あっ、すみません!こら!それはお父さんのでしょう!!知らないよ、あとでこってり叱られるからね!!」
 勇馬と同世代と思しき、その子のお母さんらしき女性は慌てて頭を下げ、「ありがとうございます…。もう、なんでカバンにしまっておかないの!」と幼い息子の頭を小突いた。勇馬からそれを受け取った息子の方は、きらきらと目を輝かせてミニチュアモデルを握ったまま、離そうとはしない。
「だってえ…」
 だって、カッコいいんだもん。ぼくらの船の、護衛についてくれるんだよね?
 ……このヤマトが!!
「ねえ、持っててもいいでしょ、お母さん」
「駄目よ、しまいなさい。
出発したら、船の窓から見えるところに“本物”が来てくれるんだから」
「わかったよう」
 ブツブツ言いながら、男の子は名残惜しそうに掌にもう一度そのミニチュアモデルを乗せた。<宇宙戦艦ヤマト>。
「へへっ、早く見たいなあ…!」
 
 勇馬は驚いた……と同時に、かの船の持つ力に、あらためて脱帽せずにはいられなかった。


 
 この移民船に乗り込もうとする人々の何割かは、ネット情報などで第一次・第二次船団の6億人近い犠牲についての極秘ニュースを見聞しているはずであり、それゆえにほんの少し前まで移民計画自体に対するボイコットが起きていたほどだったのだ。
 しかし、計画の根幹を担う官僚らの家族などもこの第三次船団に乗船する事が公表され、一時の混乱は嘘のように収まった。連邦政府と軍の冷静な対応、また非営利団体などが草の根で行っている市民への支援活動なども事態の混乱を収束に導く力となった。
 そして、何にもまして…この第三次船団を護衛する“戦力”の大きさが物を言った。

 護衛艦の艦艇数だけに限って言えば、それほど多いというわけではない。6000隻の移民船に対し、有人護衛艦の数は162隻。無人戦闘艦を含めると200隻近くなるが、数としては第一次・第二次とさほど変わらない……ただ、他との決定的な違いは、これだった。
『宇宙戦艦ヤマトが復活。第三次船団の護衛艦隊旗艦を務める。護衛艦隊司令官は地球防衛軍准将、古代進』
 そのニュースが電子ニューズウィークに流れた日の朝は、地球上の全都市がその話題で持ちきりになった。

 古代進だって?退役したんじゃなかったのか?!
 ヤマトって……“あの”ヤマトなの?!
 3年前から再建計画が発動していたらしいぜ!
 
 かつて、ヤマトの係累を巡る政治的汚職疑惑に姦しかった世間が、あっという間にその矛先を翻し。帰って来た<英雄>に曇りのない期待の目を向けた——
 スーパーウェブ上では依然として幾らかの疑惑を言い立てる輩がいないわけではなかったが、おしなべてそうした連中は逆に非難を浴び、沈黙せざるを得なくなった。
 移動性ブラックホールは進路を変えず、その速度をますます上げつつある。否応なく、臨海地区に聳え立つあの移民船に誰もが乗り込まなくてはならないのだ。期待の星が昇ったのなら、それに縋らないなどというのは馬鹿げた行為でしかない。


(それにしても、まったく驚くなあ……)
 勇馬は改めて、4月の風が吹き抜ける搭乗用タラップから、眼下を振り返った。
 一隻に10万人を収容する<パンゲア>。この型の船を設計した自分も、本船団に乗り組む。科学局ではあの島次郎が出発のタイムテーブルをコントロールしている。幼なじみの広太、幹生、そしてこの自分の3人は全員、第三次船団で地球を離れる。<パンゲア>の設計士として、公表されていない内部事情も幾らか知っていた…第一次・第二次船団が未知の敵に襲撃され、ほとんどが宇宙の藻屑となっているのは、紛れもない事実である。しかしながら今、この船団に命を委ねることについて驚くほど安心している自分に…勇馬は気付いた。

 数週間前。
 地球防衛軍の工廠で再会した島次郎は、表情を曇らせ自分にこう耳打ちした。
「オフレコだ」
 聴いたら忘れろよ。
 そうは言われても、「壊滅」の事実をそうそう簡単に忘れられるもんか…俺たちの船団はどうなる。出発しても残っても、人類は滅びる運命なんじゃないのか。
 茫然とする勇馬に、次郎はさらに厳しい顔でこう続けた。

 ああ、そうだ。勇馬、お前の乗る第三次船団についても、安全の保障は…しかねる。敵についてはまったく分からない。データが不足し過ぎていて、対策も何も立てられない状況だ。だが、時間がもうない……地球に残れば絶対的な死が待っているが、移民船に乗れば幾らか生存率は上がる。それに賭けるか、諦めるか。選ぶのはお前自身だ。…だが、一般には伏せられているから、幹生や広太の家族には内緒にしてくれ。彼らに対しては…騙すようで悪いんだが、……仕方がないんだ。

「だけどな」
 ……と、厳しい顔にほんの少し笑みを浮かべ、幼なじみは続けた。「護衛艦隊旗艦がスゴいんだ。それを聞いたら、お前もちょっとは安心するかもしれないぜ」
 冗談じゃねえ、史上最強のあのブルーノアでも歯が立たなかった宇宙人なんだろ!と怒鳴ろうとした勇馬は、次の次郎の言葉に呆気にとられたのである。
「旗艦は宇宙戦艦ヤマトだ。……科学局で復活させた。間に合ったんだ…!」

 なんだって。
 ……ヤマトが……!?

「そうだ。ヤマトだよ……しかも艦長は『古代進』、あの古代進だぜ!!」
 
 勇馬はその言葉に、不覚にも嬉し涙を堪えきれなかった。



 
 時を置かず、世間に対しても公式にそれが発表され…低迷していた移民船への搭乗予定は再びスムーズに運ぶようになったのだった。
(どうだ、…人々のこの安堵し切った表情は)
 搭乗ゲートへ向かうタラップの、どこを見ても。
 移民船への乗り込みに不安を抱いている者の顔は見つけられなかった。
(…これが…“ヤマト”の力なんだ。…これが“古代進”の…)
 この自分だって、そうではなかったか。
 ヤマトが甦るなら。その日を夢に見て、あの闘病の日々から這い上がって来たのではなかったか……

 第三次移民船団護衛艦隊旗艦は<ヤマト>。
 艦長、及び護衛艦隊司令官は、古代進。

 その報は一夜にして全地球を駆け巡り、それは間違いなく人々の<希望>となったのである。



***




<第1・第2フライホイール始動>
 ヘッドホンから機関士を模した無機質な声が響く。それに従い、桜井は記憶通りにマニュアルを読み上げた。
「……メインエンジン始動1分前、リアクター内圧上昇。定速回転1800」
<ドック上昇>
 昇降計の針が、船体の上昇を告げる…
「メインへの点火10秒前…」
「おいおいおいおいおい」
 桜井が握りしめている操縦桿を、小林が横から乱暴に引き剥がした。

「何すんだよ!」
 憤慨した桜井は、弾かれたようにシミュレーターの座席から立ち上がった。
「僕の練習の邪魔ばっかりして!今度は何が不満なんだよ、小林っ」
 色をなして抗議する桜井を慇懃に眺めつつ、小林はくい、と親指でコンソールパネルを指差す。
「なんか忘れてねえすか」
「……あっ」
 振り返り、パネルに目を落した桜井は声に出して唸ってしまった。あり得ない!僕としたことが。ガントリーのロックを外さないで、どうやって飛び立てるっていうんだ…?
「ちぇっ…」

 シミュレーションなんだから、いくらでもやり直しはきくはずじゃないか。僕だって新人じゃないんだ、ただ…これがあの<ヤマト>だって言うだけでちょっと上がってるだけだ……なのに小林のやつ。…さっきからずっと渋い顔して傍にいる。僕のシミュなんか見てないで、自分の仕事をしろよ…!
「…商船学校さんさあ、あんた向いてないんじゃないの、戦艦のパイロット?」
「……僕を“商船学校”って呼ぶのは止めろ、って言っただろ」
「じゃ、洋一っつあん」
「…もっとヤだ!」
「んっだよ、ごちゃごちゃ注文ばっかつけちゃって。大体さ、ここのドックの上んとこ、見てきたわけ、先輩?氷張ってんだぜ?厚さ20メートルを突き破って行くんだぜ?いくらただの氷だからって、商船みたいにお行儀よく発進したんじゃドックから出られねえでしょうが」
 わかんないかな?このヤマトは軍艦なんだ、しかもかつてない超強化ボディーの。
 小林はそう言うと、大袈裟に肩をすくめて両手を振り上げる。
「…分かってるよ。カタパルト発進の要領で出る必要があるんだろ?!」
「だったらさー、なんで速度設定がそんなに低速なのよ〜」
「あ…」 


(くっそー…)
 この小林って男。偉そうなことばかり言うけれど、3つも年下だし階級なんかは確か伍長、商船学校で言ったら訓練生程度でしかないはずなのに。なんであんなに腕が良いんだ?!

 このアクエリアス氷塊ドックへ古代・大村と共にやってきて以来5日。桜井は、古代、真田科学局長官、そして島次郎の命令で<新生ヤマト>の操縦システムシミュレーターと連日格闘していたのだった。
 復活したヤマトの操縦システムは、ブルーノアやその他の主力フリゲート艦同様、操作性が格段に高い。自律航行・自律戦闘機動も可能な無人機動艦に備わっている高性能のA.I.が、パイロットの繊細な指示にも無理なく応え艦を自律制御するのだ。正直ぶっちゃけたところ、新生ヤマトの操縦は「操縦班長」に特化せずとも、誰にでも担える。この自分、桜井洋一は現に「操縦班長」である…だが、極端な話、古代艦長だってヤマトを操縦できるし、その他のメンバーにだって不可能じゃないのだ。
 操縦班長の自分という存在がありながら、さらにあいつ、小林淳が「チーフパイロット」に任命されている理由は、その誰でも操縦できるヤマトを、あの男はさらに高度なテクで機動させる事が出来るから…なのだった。このアクエリアスに来て、新型のコスモゼロで小林のパルサーと勝負した古代艦長はすっかりあいつを気に入って、なんと古い曰く付きの制服をあいつに譲ったらしい。もう15年も前に教官に転向し、今も有人護衛艦の一隻に艦長として搭乗している“加藤四郎”の艦載機隊の制服だ。

(ま、あいつが優秀なのは認めるさ。だけど、…ったく、ガラが悪いったらない)

 僕の事は「商船学校」なんて呼ぶし、あいつ古代さんの事を最初、「オッサン」呼ばわりしたとかしないとか。
「はっはっは、なかなか面白い奴だったよ」
 そう古代さんは言ってたけど…。
 面白いもんか、…もう!——けど、どうあっても上条さんのことを「負け犬」って呼ぶのだけは絶対に止めさせなきゃ。
 ロッカールームで、小林が中西たちにそう言っていたのを聞いて以来、桜井は気が気ではなかった。
 
上条了は、古代にこのアクエリアスへ連れて来られ、甦ったヤマトを目にしても尚、難しい表情を崩さぬままだった。ブルーノアから否応なく降ろされ、その足ですぐさま他の船の戦闘隊長になれと言われているのだ。それが例え、あの伝説の戦艦、“ヤマト”であろうと、そう簡単に気持ちを切り替えられるわけはなかろう…なんとなれば、彼のブルーノアは、この時代の新たな伝説となるべく、人類の信頼と期待を一身に背負っていた最新・最強の戦艦だったのだから。



 桜井は、うるさく注文をつける小林をシミュレーター室へ置き去りにし、走って部屋を出た。ヤマトの船体が静かに出発の時を待つ、03アクセス・ベイへとベルトウェイを駆ける。
 
 出発は、2日後。
 テスト航海は無し。

(無茶だ)
 桜井の感覚でも、その一言に尽きた。だが新型波動エンジンの最終調整にあと40時間はかかるという。2日後の午後には地球から6000隻の移民船が出航して来る……。
『桜井。古代さんと、小林と、あの上条戦闘隊長の3人をうまく連携させられるのがお前だ、って信じているよ。しかも、電算室には7人の美女を標準装備してるぜ』
 そんな島次郎の言葉に乗せられ、桜井洋一は出航に向けたこの急激な、そして大きな流れに飲み込まれて行ったのだった。

 テスト航海も無しに出発する、しかも全地球市民の期待に満ちた視線を一身に浴びて。…なのに、ここのクルーたちの落ち着きようは一体、なんだろう?
 それが、とりもなおさず今まで自分が追随して来た艦長、古代進の力であることに桜井が気付くのに、そう時間はかからなかった。



 古代は、新しいヤマト乗組員全員に一人一人声をかけて回っていた。
いや、甦ったヤマトの、隅々までをその目で確かめたかったから…でもあるのだろう。第一艦橋から格納庫に至るまで、彼はすべての区画を歩いて回り、作業員一人一人に声をかけてその労をねぎらった。
 いくらも経たぬうちに全員が古代のいわば薫陶を受けたような格好になり。伝説の男の等身大の人となりが、噂に聞いたものよりもずっと血の通った温かなものだったことを、すべてのクルーが知ることになったのである。
「この人のために、全力を尽くそう」と誰にも思わせる魅力が、あの艦長(ひと)にはあった……そう、初代ヤマト艦長・沖田十三と同じように——。


(宇宙戦艦ヤマトか。……この僕のことも、…受け入れてくれるだろうか)


 03ドック内部では忙しなく作業員が行き交い、最終点検を急ぐ声が響く。緑色の矢印をデザインした新たなヤマトの制服に身を包んだ桜井を、コントロールルームから機関士の双子が見つけて朗らかに両手を振った。あいつらは、愛想がいい。…変わった奴らだけどね。

 目の前には、渋い赤色に塗られた球状艦首(バルバス・バウ)…そしてその上に高く聳え立つ艦首がある。これが砲口だとはにわかに信じられないほど巨大な、波動砲発射孔…さらにそのはるか上に、光る戦闘艦橋がそそり立っていた。艶やかな船体には純白の錨マークが描かれている。第三艦橋は、この巨体を支えるガントリーよりも下部、最下層部にあった。
 今日の午後には、地球から電算室責任者が到着する予定だ。彼女と共に、桜井も第三艦橋…いや、ECIで出航準備に入る予定である。




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