復活篇へのプロローグ 〜ヤマト発進〜(3)

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 どの女子隊員にも気安く話しかけられる小林が、郷田は嫌いだった。無骨な自分と較べたら、確かにあいつは男前だし会話だって上手いのだろうけれど。

 郷田は小林と並んで歩いて行く美晴の後ろ姿を名残惜しそうに見送った……艦医のはずの彼女が、先陣を切って艦載機で飛び出すことを想像すると、郷田は居ても立ってもいられなくなるのだ。


 …もうじき、ヤマトが復活したら、自分はあの船の主砲攻撃を担うことになる。艦載機チームと砲術班はあ・うんの呼吸での連携を求められるが、自分が照準を定める空間に佐々木が飛んでいる事を思えば思うほど、郷田はどうして良いかわからなくなるのだった。
 コスモパルサー隊の演習は毎日のように行われている。美晴も小林も、そのすべてに参加している…そして、当然ながら、自分も。砲撃と艦載機攻撃の連携パターンは無数にあり、シミュレーションによる演習が毎日十数回繰り返される。まるでアクロバットショーのような派手な飛行スタイルをこれ見よがしにひけらかす小林。その鼻っ柱を抑えつけるような、無駄のない佐々木のフライトテクニック…。
 バカヤロウ、なんて飛び方しやがるんだ、と最初は小林に怒っていた砲術の連中が、今では文句一つ言わない。…その理由は、砲撃との連携演習を始めた途端にはっきりと分かった。

 小林の、一見無駄なパフォーマンスとも取れるような飛行軌跡には、敵を攪乱し錯覚させ、砲撃の軸線へとおびき出す効果が隠されていたのだ。加えてそれは、味方の編隊に対するコレスポンデンスの役割も持っていた…常にバーティゴ状態(空間識失調)にあるのと同様の、宇宙空間でのドッグファイトではパイロット自身の視覚が重要な命綱となる。自分の機体の姿勢、位置、方向や速度、回転などの平衡感覚を容易に失いがちな状態で、味方の機体がどう見えているか、は生死を決する重大な要素なのだ。小林はチーフパイロットとしてすぐにそれと分かる飛び方をし、自らの機体を全機に対する旗印としていた。それは尚かつ、敵にもっとも狙われやすい所作ではあったが、その事を恐れる神経は小林の心臓にはない。敵をおびき寄せ、誘い出し、主砲の餌食へと差し出し。味方の編隊を導き、全機を艦に返す。それが小林の艦載機の駆り方だった。かつて、これと同様の<奇跡に近いスキル>を持っていたのは、今は亡きコスモタイガー隊のエースパイロット・加藤三郎だけだったと言われている。

(…小林が一緒に飛んでいれば、美晴さんも…きっと大丈夫なんだろうけどな)

 郷田はふとそう思い、溜め息を吐いた。情けないなあ。…あいつだけじゃなく、砲術の俺だって。美晴さんを護れる立場にいるじゃないか……。
 けれど、本音としては。
 あの人には、安全な医務室に居て欲しい…と願ってしまう自分が居るのだった。郷田は再三溜め息をつくと頭を降り振り、午後の任務に戻ろうと踵を返す。
「…郷田?おい、郷田ぁ」
 鈍感なのは、中西ばかりである。彼の興味は食欲を満たすもの以外に,今のところ、ない。「……なんだよ、もう戻るのかあ?」

 食堂のモニタスクリーンには、次第に遠離る第一次移民船団とその後部の護りを固める護衛戦艦の、無数のエンジンの光が映っていた。

 


 ***




 ——そして明けて2220年、1月某日。


「どうした、何があったんだ…!!」

 深夜、エマージェンシーコールの響き渡る移民船団対策本部へ駆けつけた島次郎は、途切れ途切れに転送されて来る不鮮明な画像に言葉を失った。

「…わかりません…!現在、護衛艦隊旗艦<ブルーノア>と交信を試みていますが…」 
 他のスタッフと同様、青ざめた表情の折原真帆が、必死に画像の受信とクリーニングに務めつつ叫んだ。通信士が、絶望的な声を上げる……
「これは、…3日前の映像です。限界コンタクトライン上のリレー衛星に届いたのが4時間前…!それ以降の通信はどの中継ブースターにも入って来ていません…!!」
「ということは…」

 ……全滅……第一次船団が…?
 
 目の前に展開しているのは、一体……何だ…



 壁面を埋め尽くす大パネルに満ちる不気味な光の亀裂。途切れ途切れに悲鳴のような士官の声が響く。周囲に爆散して行く無数の瓦礫の一つ一つに見える…白、あるいは赤、黄色の細かい粒…
「そんな」
 そのうちの一つが、くるりと回るとてっぺんに3つの黒点が見えた。…人の顔である……

 た す け て

 黒点のひとつが、そう動いたように見えた——その瞬間、絶対零度の宇宙空間に晒されたそれは、高速で飛来した何かの破片に粉々に吹き飛ばされ、見えなくなった。
 遠景に、幾隻かの護衛艦が不自然な姿勢のままワープして行くのが見えた。眼前を高速で横切って行く見慣れぬ艦影、それと同時にそのカメラの映像は乱暴に途切れる。


「…本部長、音声が届きます…!」
 数分のタイムラグの後、非常回線を使ったと見られる傷だらけの音声通信が入ってきた。
<…第三護衛艦隊・飛鳥…地球時間サンマルヒトマル、未知の艦隊からの攻撃を受けている…… 民船500隻が…  至急、援… ワープにて脱出、しかし我が……>
「……これ以上の解析は不能です!」
「残存艦が居るはずだ。諦めずに交信を続けろ!」


 全身を走る吐き気と悪寒をねじ伏せつつ、島次郎は低い声で通信士らに命じる。
 その後に受信できた音声も映像も酷く傷ついており、辛うじてその宙域での惨状の全体像を捕えられるものが数秒、そして敵と思しき艦隊、艦載機などのフォルムを捕えられる映像が数秒、確保出来ただけだった。

 



「島くん、…これは」
 クリーニングされ、スロ—再生される虐殺現場を目の当たりにした真田は、怒りを滲ませた口調でそれだけ言うと、自らその通信記録を再び冒頭から再生し直した。
「…これは、いつの映像だ」
「……中継ブースターを幾つも通って来ますから、…今から約3日前の映像と判断できます」
 歯の間から漏れるような苦渋に満ちた声で、次郎は応えた。
 結局、護衛艦隊旗艦の<ブルーノア>とも、第一護衛艦隊の<サラトガ>とも連絡は取れずじまいだった。…あの史上最強の船が。そして、……古代…雪さんが…。
「これは攻撃などではない。…虐殺ではないか…!」



 一体、何故…!? そして誰が…、何のために…?!
 
 虚しい問いが駆け巡る中、同時に抑制しきれぬ怒りが真田の目に浮かび…黒く沈んだ。逆鱗を飲み込むように双眸を伏せ、きっと口元を結ぶ。
「……第二次移民船団の団長へ連絡は取ったか」
「はい。早急に、木星基地と冥王星基地から護衛艦20隻を増援のため向かわせました。現在、第二次船団は速度を落とし、追加の護衛艦隊と合流するために待機中です」
「……ありがとう」

 真田の静かな口調に、次郎ははっとした。
 この上官は、事ここに至っても、自分を「部下」としては扱わなかった。きみは軍人ではないのだからね。無理に敬礼など、しなくても良い。…私も、きみを部下扱いはしない。
「ありがとう」と言った真田の額に浮かぶ冷たい汗の粒は、だが次郎にある決意をさせた。地球防衛軍に代わって、今この人類存亡計画を遂行しているのは誰なんだ。目の前にいる、この人、…真田長官じゃないか。
 軍人じゃないにしろ、俺は今、この人と共に地球を守っている。軍で培われたこの人の気概が、俺の中にもすでに…流れているんだ。
「いえ」
 移民対策本部、島本部長の命令は、地球連邦科学局長官命令と同義。真田がそう知らしめてくれたがために、木星、そして冥王星の基地司令は護衛艦を増援に差し向けてくれるようにと言う次郎の伝令を即時実行に移した。
「…長官」
 次郎はだが、差し出がましいとは思いつつ、さらに具申する。
「第三次船団の出発はどうしますか」
 …第三次船団の出発は……見合わせるべきではありませんか?
 むざむざ殺されに行くと分かっているような旅に彼らを出す事は、自分は…できません。

 一瞬、真田の目が苦渋に潤んだ。
 次郎も、もちろん戸惑っている。これ以上、計画を遅延させるわけにはいかない。逼迫した状況であることは皆が充分承知している…例のブラックホールの進行速度がこの数日、急激に早まっているのだ。2月に入ってから出発するはずだった第二次船団が、すでに出発し地球から五千光年の距離にまで到達しているのは、そのためだった。
 原因解明、対策、などとやっている時間は、正直…なかった。地球にはまだ、移住の準備を進めている市民たちがあと6億人以上いるのだ。

「……真田長官!」
「いや。計画通り、進めてくれ」
「長官!!」
 死を覚悟して、移民船団を出す、というのか。…いや、何か…勝算があるに違いない。次郎は、真田の読みにくい表情の下にある期待を微かに読み取った。
「…今、地球を救えるのは…古代、あいつしかいない」
「え…」
 
 確かに、次郎は数時間前に無駄とは知りながら<ゆき>に乗務する桜井宛の緊急通信を出していた。この移民計画対策本部から<ゆき>に送られる通信は、特殊回線を用いたものでありながら、<ゆき>の交信機に入る時点で太陽系交通管理局からの通常交信波として変換される。桜井は、その時点で地球の移民船団に起きた異変を知り、それを船長の古代に伝えたかもしれない。だが、何故真田長官がその事を知っているのだ…?

(もしかしたら)
 自分が緊急に真田の自室にコールを入れたその時点で、彼もまた…なんらかの方法で古代進にコンタクトを取ったのではなかろうか。
(……この人なら、どんな方法を隠していたとしても…不思議じゃないな)
 そう思い、次郎はふっと目を和ませる。
 あと幾つかの点検をすませれば、ヤマトは甦る。…古代さんが、あの古代進が、間に合うかもしれない……

 ——と、まるで待ち構えていたかのように、オペレーターの折原が振り向いて声を上げた。
「真田長官、太陽系交通管理局からの連絡です!」
 頷く真田に、折原が通信文を読み上げる。「深宇宙貨物船<ゆき>CARGO-CARRIER-VESSEL EFCV120478、地球時間午前7時08分に太陽系外周コンタクトライン上を通過。明日の午後13時には地球に帰還する見通しです」
 次郎は、まさか、という面持ちで真田を見やった。
 数時間前なんかじゃない。…真田さんは,もうずっと前に、<あの人>を呼び戻していたんじゃないのか……?
 鉄面皮の上官は目を細め…そして深く頷いた。「…帰って来たのか」

 ——帰って来るのだ。
 古代進、<地球の希望>が。
 この計画の,最後の一欠片。ヤマトの命たる男が……ここへ。

 次郎は我知らず、両の拳を握りしめていた。


 

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