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「第一、第二、第三護衛艦隊が月軌道を通過します」
「旗艦ブルーノアから入電」
アクエリアスのヤマト再建ドック内コントロールへ、出航して行く護衛艦隊からの通信が入る。再建計画施設代表を務める徳川太助らメインスタッフが、さっとスクリーンに向かって敬礼した。
「…比留間艦長!」
<徳川月面基地司令…いや、再建計画チーフ。ヤマトはどうだね!>
「第一次移民船団にお供できなくて、残念です。でも、比留間艦長とブルーノアがついてくれれば、鬼に金棒、ですよ!!」
<はっはっは!お世辞が上手くなったな…>
ブルーノア…2203年にヤマトがこの氷の海に自沈した当時、この船は建造予定段階にあった次世代主力戦闘艦だった。主砲・三連装衝撃砲を前部甲板に6基、後部甲板に2基搭載、通常の収束型波動砲はもちろん、加えて自動追尾式ホーミング波動砲を装備する最新鋭艦である。この艦の最大の特徴は、優れた艦載機運用能力であった。両舷に備えられた巨大な艦載機収容ウィングを左右に展開し、一度に多数の艦載機・コスモパルサーを発着艦させる事が可能なのだ。艦隊戦必勝の定石は、常に艦載機による先鋒攻撃である…いかに敵に先んじて多くの艦載機を発進させるかが勝敗を左右すると言っても過言ではない。ブルーノアが搭載する艦載機総数はヤマトの2倍、そして全機発艦に要する時間はヤマトの1/3。まさに、最新鋭にして史上最強の戦艦である。この艦に乗務する事は類い稀な栄誉であり、それ故に乗組員たちは皆、並々ならぬ矜持の持ち主であると言って良かった。
ブルーノアの第一艦橋は壁面が最新型の360度投影式全天球スクリーンを兼ねており、おそらくこちらの様子が高解像度で手に取るように見渡せる。居並ぶ士官たちの表情からは、再建中のヤマトなど問題ではない、と言った気概が読み取れた。
アマール到着後にはそのままアマールの衛星へ残留し、新たな「地球防衛軍」基地の建設とその護衛の任とに就く予定のブルーノアである。実質、彼らが名実共に地球防衛を担って立つ新たな力なのであった。
<我々は後続の第二次・第三次移民船団を守ってやる事は出来ないが、ヤマトが間に合えば問題はない。しっかり再建計画を進めてくれよ>
「任せてください、比留間艦長」
徳川太助はニッコリ微笑むと深く頷いた。
実のところ、第二次船団の出発にはヤマト再建は間に合わない、という試算が出ていた…第二次船団の護衛には、代わりに一世代前の地球防衛軍旗艦を担った<タイコンデロガ>級の宇宙巡洋戦闘艦が就くことになっている。比留間艦長には申し訳ないが、であればしっかりとしんがりを勤めるのが、ヤマトの任務だ。もとより地球に最後の別れを告げるのは、あの星を…母なる惑星、太陽系第三番惑星<地球>を死にものぐるいで護り抜いて来た、俺たちのヤマトでなければならないのだ。
個々の移民船の内部では、今頃、市民たちによる別離のセレモニーが開かれている事だろう。第一次移民船団がこの年末に、第二次移民船団が年明け2月末に地球を離れ、第三次船団は3月末に出発を予定している。移動性ブラックホールが地球に到達するのは4月の下旬頃、と発表されていた。今、あの巨大な移民船に乗っているのは移住先に必要な施設を整えるエキスパートたちとその家族らである。彼らはもう2度と、母なる故郷の大地を踏みしめる事はない……
「航海の安全を祈ります」
徳川太助の言葉に、比留間がゆっくりと頷いた。<先に行って、待っているぞ>
ブルーノアの第一艦橋クルーらも、笑顔で敬礼する。
自信に満ちた、門出であった。
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「…なあ小林ぃ、ブルーノア見ないのかあ?」「見ないのかあ?」
多重音声で話しかけるな、パイナップルどもめ…と小林は顎をしゃくった。
「るっせえなあ、最新鋭艦がなんだってんだよ。ブルーノアなんてな、ヤマトに較べりゃオモチャみてえなもんだろ。お前ら、あっちに乗りたかったんじゃねーのか、本当は!?」
この裏切り者ども。
コントロールからの中継で、アクエリアス内にある再建計画スタッフの集う食堂のモニタスクリーンにも、第一次船団と護衛艦隊が至近距離を通過して行く様が映し出されていた。
小林と天馬兄弟は昼食のラーメン擬きを啜りながら、チーフの徳川太助が旗艦ブルーノアと交信するのを眺めていたのだ。木下は徳川と共にコントロ—ルに詰めている。マスコミには極秘の、このヤマトの再建計画であるが、もとより防衛軍のトップ連中には周知の事実である。当然、ブルーノアの艦長比留間もこの計画には多大な期待を寄せていたと聞く。
「そうだなあ、…いいなあ、ブルーノア。…ホーミングだろ、波動砲?どうよ、翔…6連と自動追尾、どっちが魅力的だろな?」
「俺は新しい物好きだからかなー、トランジッションが面白えな」
「まあまずは6連全弾がホーミングだったらかなり無敵だな。しかもワープ中の相手を狙えるトランジッションだとくりゃ」
「おい走、そいつぁ真田長官だってまだ手を出してないだろ」
「だからさ、俺たちがそれを作っちまったらすごくね?」
あははは、と双子はそこで大きな口を開けて豪快に笑った。
「あーそ〜かい…」
こいつら、てんで聞いちゃいねーや。
小林は肩を竦めると、引き続き通過して行く大艦隊の姿を中継するモニタ画面に背を向け、昼食のトレイを片付けに席を立った。
メガロポリス・セントラルコーストにあった、科学局内の移民船団本部施設の料理と違って、ここに来てからの食事はあまり美味くなかった。定期便のコンテナがヤマト再建のための資材搬送に占領されていて、新鮮な食材の搬入が後回しにされているからなのか。コスモパルサーの飛行訓練も、空域が限定されるせいで、小林は今イチ発散できずにいる。
真田長官が、ヤマトの第一艦橋から回収した伝説のあの人物の遺骸と共に地球へ帰還し、相次いであのエリート…島次郎も帰ってしまった。でも、いけ好かない野郎だと思っていたら、案外あいつ…いい奴だったな。
——小林。…ヤマトを、頼んだぞ。
いつかテレビや雑誌で飽かず眺めた、俺の尊敬する唯一のパイロット…島大介にそっくりな目で。
あいつはそう言った。
(…ふん、言われなくても)
へへっ、と笑った。
「小林、なに笑ってんのさ…一人で?ん?」
「別にぃ〜」
美晴だ。
ドリンクの自販機に寄り掛かるようにしながら、ファイター・スーツに長い髪をさらりと降ろした佐々木がこちらを見て笑っている。
髪が鬱陶しいなら切っちまえよ、と小林は再三思う……佐々木美晴の額にかかっているゴーグルは、実は半分「髪止め」なのだ。男社会の軍隊の中で、長い髪を維持するのは本当に余裕のある女子隊員にしかできないことだった。いつ何時かかるかも分からないスクランブル。艦載機乗りは24時間オン・コール体制でいなければならない。睡眠不足、不摂生は命取りである。その上化粧だ、髪の手入れだ、などとやっている時間など皆目ない。
その中で、不思議な事に美晴はいつでも、小奇麗にしていた……余程手際がいいのだろうか。ただ、それでも前にさらさらと落ちて来るあのしなやかな髪を止めておくのにどうしてもカチューシャなどは使いたくないのだろう。妙なところに意地っ張りだ。まあ、そこが可愛いんだけどな。
命張って戦ってるたって、髪がボロボロだなんて女じゃないよ。
それが出来ないんなら目障りだ、家に帰って家事でもしてな!
美晴が新入りの女性艦載機乗りたちにそう言って、何人もの後輩を隊から叩き出した事は有名である。
髪振り乱して、汚いツラで戦うのは、男だけで沢山だ。出撃するときゃ奇麗に化粧して出るんだよ。それが女の意地じゃないかよ。
……そんな無茶な。
美晴の説教を聞いていて、小林だって、そう思う。そりゃ、美しいお姉さんがたがコックピットに乗っていりゃ、敵さんの戦意も失せるってもんだろうけどよ。
フルフェイスのファイター用ヘルメットから一瞬赤い唇が覗くのは、確かにえらくセクシーだ。見えるはずのない娑婆の光景に、誰でも…それこそ敵ですらたじろぐ事だろう。だが、美晴の真意はそこにはないだろうという事も、小林には分かっていた。常に死と隣り合わせの部署だからこそ、佐々木美晴は女子隊員に「化粧しろ」とうるさく言うのだ。それは、何人もの女性の戦死者に、艦医として最期の死化粧を施したことのある彼女だからこその思い遣り…なのだろうか…。
もっとも、部隊全体が全滅するほどの激しい戦場へ、彼らはまだ赴いた事がない。さしもの佐々木美晴も、そんな戦場へ足を踏み入れたなら以前と同じ事が言えるだろうか。
相変わらず艶やかな紅色の唇に、火のついていない煙草をくわえている。
「…なあ、火ィついてない煙草なんかくわえてて虚しくないか?」
「いいや?」
「もっといいモンくわえさせてやろうか、オレの」
「…殺すよ」
そんな貧相なモン、だれが。
薄笑いを浮かべ、美晴は話を変えた。「……あの島大介の弟、来てたんだってね」
「あ?ああ」
「…あんた、加藤四郎の信奉者じゃなかったっけ。島次郎と随分仲良くしてた、って木下が言ってたけど」
「教祖みたいに言うなよ。加藤さんはまた別だ。第一、まだ現役だし」
「……あんたのアイドルって、多いね」
「伝説のパイロットで俺が尊敬してるのは…島大介だけさ」
ふうん、と美晴は腕を組む。
「……島本部長、兄貴にそっくりだったね。…あたし、よく覚えてるよ」
ヤマトがこの氷の海に沈没した時、あたしは…中学生だったからね。よく考えりゃ、本部長と歳、変わらないんだよね…
「おねえたま」
「……絞め殺していい?」
腕組みを解いて小林の首根っこをつまみながら、美晴はまたふと島次郎の顔を思い浮べる。
(……糞真面目な顔しちゃって。稀代の航海士、伝説のヤマトを駆った男の弟。それが…あんな行政機関のブレインに就いてるなんてね。余程辛酸を舐めてきたのか、それとも恐ろしく自制心が強いのか。いずれにしろ、あたしには真似できないね…あんな生き方は)
不意に黙りこくった美晴を見つめ、小林がまたニヤついた。
「なに、美晴…あのエリートに惚れたのか?」
じろり、と小林に視線を突き刺し。ついで、美晴はあははっ、と笑う。
「…かもしれないね」
えええーー? やだ、冗談だって!!美晴ぅ、あんなのが趣味なのかよお!!
うるさいねえ、あたしの好みがどうだってあんたにゃ関係ないだろうが…
じゃれ合う二人を、半眼で後ろから眺めていたのは通信士の中西良平と砲術担当の郷田実である…
「あの二人、デキてるのかなあ?」
「ええー??」郷田の呟きに、中西はきゅう、と肩を竦めた。「お前にはそう見えるわけ?ありゃ違うでしょう。俺はご免だなあ、あんなおっかないオネーサン…」
まったくコバヤシってば物好きだよね。こないだはECIの岸田さんにコナかけてたし?
中西はさも面白い事を聞いた、といわんばかりにそう独り言ち、ドリンクのリッドプルトップをぽん、と引いた。
「おっかないかなあ…?佐々木先生」
「……郷田ぁ?」
中西は、ドリンクを片手に、今度はハンバーガーの自販機のリーダーにスティック状のIDの端を突っ込むと、きょとんとした顔で郷田を見上げた。ごろん、と出て来たビッグサイズのハンバーガーを紙の箱から出す。
なんだ?こいつ。とろんとした目ぇしちゃって……?
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