復活篇へのプロローグ 〜ヤマト発進〜(1)

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 西暦2219年も終ろうとする頃——。
 地球の各地から、サイラム恒星系アマールの月へ向かう第一次移民船団が出発しようとしていた。

 “新しい年を、新しい地で。”

 連邦政府のプロパガンダに呼応した地球連邦市民たちは、自治州ごとに家族単位の抽選によって移住の順番を決められていた。この第一次船団に乗れば、新しい年を丁度新天地で迎えられるとあって抽選の倍率も高く、3億の座席はあっという間に埋まった。もとより、第一次移民船団には新天地のインフラを整えるための技術者や建築に携わる者、そしてその家族らが優先して乗り込むことになっている。一般市民の座席は全体の5割にも満たなかった。
 1隻に10万人を収容する移民船(建造された自治州ごとにその型名は異なる——<パンゲア><ローラシア><ゴンドワナ>など。ただし基本構造は共通している)は通常の旅客艇とは違い、一人一人に確保されるスペースの広さなど、その居住性は抜群である。船内では常に座席に腰かけている必要はない。都市型移民船と銘打ってあるように、船内は各人が通常生活を営めるよう設計されていた。悪天候の際に身体を固定する個人用のシートが各コンパートメントに設けられてはいるが、それ以外の時間は、例えばレストランやショッピングモール、病院などといった場所へ自由に行けるのである。それは、アマールの衛星への到着後、その星の大地を都市として整備し住宅を配分するまでの間、市民たちに質の高いプライベート空間を約束するための設計でもあった。


 メガロポリスの港からは、沖合に停泊する12隻のスーパーアンドロメダ級宇宙戦艦群、そして地球防衛軍旗艦ブルーノアの威風堂々たる姿が一望出来た。海底ドックからはさらに十数隻の主力戦艦が護衛艦隊として出航する予定である。
 地球連邦宇宙科学局のモニタールームでも、スクリーンの半分が移民船に乗り込む市民たちの様子を中継した、民放の映像に占領されていた。この出航の一部始終は全世界へ同時中継されているのだ。



「島本部長、日本自治州内の移民船1番艦から160番台まで、各機関の調整終了です。ベイエリア内の護衛艦もすべて、出航準備が整いました」
「…よし。各地の支部からの進捗状況を報告しろ」

 科学局対策本部では、本部長・島次郎が出発する移民船団のコントロールを行っていた。折原真帆を始め、科学局のスタッフたちがあ・うんの呼吸でその指示に応える。各国自治州の移民計画支部の報告画像が、センタースクリーンに次々と表示される。
「シャンハイ、シンガポール…乗客の75〜78%が収容を完了しました。ホノルル、ウェリントン、シドニー、メルボルン…それぞれ85%。北アメリカ自治州NORADから出発する第2、第3護衛艦隊も発進準備を完了した模様です」
 続いてカナダ基地、ニューメキシコ基地、またブエノスアイレスの民間航空基地からも、都市型移民宇宙船への乗客収容完了の報告が伝えられる。
「地球全土の基地に於いて、定刻の発進が可能な状況です」
「全護衛艦隊の発進予定時刻まで、あと16分です。こちらも準備はすべて整っています」
 真帆の歯切れの良い報告に、次郎はゆっくりと頷いた。
「サラトガの古代団長へ繋いでくれ」
「はい」


 セントラル・コーストの沖合300メートルに停泊するスーパーアンドロメダ級宇宙戦艦、最新式の汎用主力護衛艦<サラトガ>の艦長が、この第一次船団団長を務める、古代雪である。
 丈の長い、しなやかなセラミックファイバーコートの艦長服を着た雪の姿は、大柄な男性士官の間で華奢ながらも強く主張しているように見えた。女性の護衛艦艦長は異例であるが、移民先のアマールでは真っ先に住環境および医療機関の敷設、さらにそれらを繋ぐインフラを整える必要がある。その監督官としての技量に加え、道中の安全管理にかけては雪の経歴は抜きん出ていた。…度重なるヤマトでの長期間の航海を事実上成功に導いたのは、彼女をチーフとする生活班の完璧なQOLコントロールであったことは誰もが認める事実なのだ。

 サラトガの第一艦橋には真田志郎が来ていた。
「…短い旅だ。安心しているよ」
「ええ。任せてください」

 結局、美雪は…来なかったわね……。

 雪は、真田が一人で見送りに来ることを半ば予想していた。今回の任務は、最愛の夫、進には知らせていない…。辺境を飛ぶ彼の船には、最新の通信波もダイレクトには届かない。郵便物を中継する貨物ステーションへ月に一度<ゆき>が寄港する時まで、手紙も電信もそこで待機するしかないのである。郵便物の到着までには、3ヶ月かかることもしばしばだった。もちろん、それを見越して尚知らせる時間は充分にあったが、手紙には、家族で撮った3年以上前の写真、それだけを添えた。

『あなたが無事にお帰りになる日を、美雪と二人で待っています』

 ……短い、近況。
(本当は、あなたといつでも一緒にいたい…。あなたが思っているほど私は…強くないわ、進さん…)


 だが、丁寧に緩衝材で包みかけた写真の中の彼が、いつも言っていた言葉を思い出し、零れそうになる涙は意志の力で抑えた。

『雪。キミがいるから俺は強くなれる。誰かが俺をヒーローだなんて言うが、違う…違うんだ。生きて、生きて…生き抜かなければキミを愛せない。だから俺は、強くなるんだ。雪…、キミのために』
 夫・進にそう言われた時、雪は心底驚いたのだった…まさか、あなたが…そんな風に思っていたなんて。

 宇宙の平和なくしては、地球の平和は無い。そう言って飛び出して行く彼だった。それなのに、その強さは全部、私のためだという……。その思いに応えないとしたら。私は…奥さん失格、だものね。


(進さん。あの手紙は、もう進さんのところへ届いたかしら……?)


 自分と夫・進の絆は、例え何万光年離れた場所にいようと何年引き裂かれていようと、決して断たれることはない、と雪は確信していられた。

 …でも。

 美雪と二人で。…そうね。私はいつでも、美雪…あの子と二人で、頑張って来たつもりだったんだけれど。
 白い頬に僅かばかり…陰が差す。
 あの子は今日も、動物たちと一緒なのに違いない。

 ——動物はね、絶対に裏切らないから。——

 こちらを見もせず、あたし忙しいから…じゃあね、と手を振った娘はまるで、「人は親だろうと裏切る生き物だ」とでも言いたげだった。


 自分の後ろをちらりと伺うように見た雪の仕草に、真田も彼女が何を心配しているのかすぐさま察する。
「……佐渡先生が、しっかり見ていてくれるさ。…私も、島くんもいる」
「…真田長官」
 はは、と真田は笑った。「団長、艦隊の行く末ではなく残して行く者たちを心配していては、乗組員たちもたまらんぞ。たった2万7千光年だ、一昔前に較べたらほんの庭先じゃないか。向こうをしっかり、整えてきてくれよ」
「…はい」
 古代雪は苦笑すると、手にしていた制帽をおもむろに被った。彼女にあつらえた小さなサイズのそれは、凛としてヒイラギの冠のようだった——。
「古代艦長、移民船本部より入電。島本部長です」
「…繋いでちょうだい」
 通信士の声に、雪は明るい顔で応えた。



<古代団長!>
 スクリーンに投影される、対策本部。その中央のコマンダーブースには青色の制服をカッチリと着こなした次郎が見えた。昂然と上気した頬で敬礼する彼に、雪はその兄の姿を再び思い起こす。次郎は、兄の島大介よりもすでに5つも年齢を重ねているはずなのに、自分が歳を取ったせいだろうか…雪には、島次郎が兄の大介よりも若く初々しく見えるのだった。

「島本部長。護衛艦隊1番艦サラトガ、出航準備を完了しました」
 雪の返礼の挙手が降りるのを見届け、次郎もさっと腕を降ろす。
<はい。こちらでも確認しました。第一護衛艦隊は旗艦ブルーノアの出航後順次出発してください。真田長官、そろそろ下艦してこちらへお戻りください…出航予定時刻まであと8分です>
 真田はうむ、と頷くと、雪に右手を差し出した。
「……頼んだよ」…雪。
 はい、と頷き。雪はその手をぐっと握り返す。
 こちらをじっと見つめるスクリーンの中の次郎の目も、優しく微笑んでいた。



 真田も次郎も、敢えて言葉には出さずにいた——彼女が、夫・古代進の代わりとして出発するのだ、とは。

 そう…、「出撃」ではなく「出発」なのである。前途には何が待ち構えているか未知数だが、ともかく立ち向かうべき明確な敵がいない当面、雪たち地球防衛軍護衛艦隊の任務は移民船団の航海上の安全確保。戦闘配備を敷いたままの出航とは言え、その中の誰も…艦隊と3億市民の生命の危機など、予想だにしていなかった。


 <サラトガ>から距離を取りつつあるランチ(連絡艇)のメインデッキで、真田は改めてその偉容に敬礼した…泡立つ海面、上昇する<サラトガ>の醸すうねりがランチを木の葉のように持ち上げ、波間に落す。この光景は、地球連邦政府大統領官邸でも中継されている。最後の船団で地球を離れると決定した任期終了間際の大統領も、古代雪には絶大な信頼を置いているのだ。……その夫に、かつて地球の主君たちがそうしてきたように。

 メガロポリス・セントラルコーストから出航する第一護衛艦隊、そして10万人乗りの移民船が群れをなして首都から出航する様は、武蔵野丘陵一帯からも見ることが出来る…真田は、ふと背後の緑なす山々を振り返った。
(美雪ちゃん、見ているか)
 ——お母さんが、往くぞ。
 背後の丘陵の奥に位置する佐渡フィールドパークからも、晴天を黒々と埋め尽くす大護衛艦隊、そして160の日本自治州移民船団の姿は容易に仰ぐことが出来るはずだった。
 あの娘が好むと好まざるとにかかわらず。古代、そして雪は…地球の<希望>なのだ。




「しょうがないのぅ…」
 佐渡酒造は、診療を中断してテレビの前に陣取っていたが、せっかく食堂ではなく畳敷きの居室にポータブルのテレビを引っ張って来てやったにもかかわらず、美雪が中継には目もくれないので弱り切っていた。
「雪が団長として出撃するっちゅうのに。見送りにも行かん、テレビ中継にも見向きもせん…」
「センセイ。…美雪サンハ、チャント見テイマスヨ」
「ああん?なぁんでそんなことが分かるんじゃ、アナライザー」
「子ネコチャンタチトイッショニ、病院ノ屋上ニイマスカラネ」
「………」
 佐渡は、見えるはずのないその屋上に視線を投げるかのように、上を見上げた。「……そか。上におるんか…」
 ほんじゃま、…良しとするか。
「まったく、素直じゃないのう」
「…ハイ、デス」



 旗艦<ブルーノア>が陽光を背に上昇するのを前方に捕えつつ。
 護衛艦隊1番艦<サラトガ>もその光の輪の中へと向かう…——

「上昇角、45度、大気圏離脱準備」
「上昇角45!」
 凛とした艦長古代雪の声を、操縦班長が復唱する。
 第一護衛艦隊は旗艦ブルーノアの先導に従い、上空で移民船団を待ち受けるために上昇して行った。


 

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