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先ほど出会った技官がその辺にいないか、と辺りを見回した。まだサルベージされた船体内部へ入るのは危険かもしれない。臨検は完全に終ったんだろうか。…真田さんと雪さんは、どこへ行ったのだろう……?
無断で入り込み、作業員に見つかってつまみ出されるなどという失態を晒すわけにはいかない——次郎はもう一度、アクセス・ベイ03ドックのゲート付近にある作業員の詰め所まで取って返すと、中を覗き込んだ。だが、今その詰め所では数体の分析用アンドロイドが忙しなく何かの解析を続けているのみで、人の姿は見当たらなかった。
(…しょうがないな)
自分のIDで、作業の進捗状況を調べようと解析機のたもとへ歩み寄る。一番近くにいたアンドロイドが、こちらをくるりと振り向き、次郎の胸元の徽章をサッとアイ・スキャンすると何事もなかったかのように作業に戻った。
……俺はどうやら、フリーパスのようだぞ。
それはすべて、真田が認めた上での許可なのだろうか。そうとしか考えられないが、では自分は…今、このドック内部のどこへ行っても咎め立てされることはないわけだ。
ずんぐりしたアンドロイドに話しかけてみる。隣で作業を続けているこのアンドロイドは、分析用…アナライザーの一種なのだろう。兄と一緒に旅をしていたやつと、型が似ている…音声認識くらいするだろう。
「…対策本部長の島だ。ヤマトの内部を見たい。艦橋までの安全なルートを教えてくれ」
アンドロイドの背部のインジケーターが目まぐるしく点滅し、数秒してそのアナライザーは応えた。
<モニタ ニヒョウジ イタシマス>
LEDグリーンの画面に、昨日目にした新しい設計図と良く似た旧ヤマトの図面が現れ…。破損箇所を示す赤や黄色のランプが灯る。
「…いいぞ。そのまま表示しておけ」
『立ち入るには、防護服の着用が必要です』画面にお節介なテロップが出る。ご丁寧に、その防護服の在処まで。
肩越しにそれを振り返りつつ、モニタの指示通り部屋の内部に設えられたロッカーから、宇宙服と見紛うような重い防護服と重力ブーツを出した。
「…こんなの着ていかないと駄目なのか…」
放射線でも出ているのかな?いや、それとも単に…気温が低いからなのか。靴底の厚い重力ブーツ(これは先刻も手渡されて着用したので問題はなかった)に履き替え、モニタに表示されたヤマトの臨検データを携帯用クロノメーターに読み込ませる。あの船の内部に入るのは初めてなのだ。用心するに越したことはない…
***
「……寒っ」
クロノメーターに表示されるマップ通りに入り込んだ“ヤマト”の内部は、防護服を着ていても破格の寒さだった。…17年間凍り続けた、宇宙の冷気が漂っているのだ…無理もない。船体の表面には今だその氷が厚さ数センチの保護膜となって残っているのである。
真っ暗なのかと思えば、そうでもなかった。臨検時にサーチロボットが設置して行ったコスモライトが、そこここで通路内部を照らし出している。すぐにでも、復旧作業に移れそうだ。
ふと腕時計を見る。
(そうか、もう…夕飯時なんだ)
唐突に、この空間に作業員のいない理由が分かる。却って都合がいい……誰かに「何をしてるんですか」と訊かれても、うまく答えられそうになかったからだ。
天井の高さは、安めのシティホテルのようだった。低くて圧迫感がある。この通路は現代の船舶と同様のベルトウエイだったのだろう…薄氷の下に、左側通行とはっきり分かる汚れた矢印がいくつも描かれているのが見えた。重力ブーツのおかげで氷の上でも滑ることはないが、まるで氷河の内部を手探りで進むような感覚に少々怖じ気づく。
壁に点々と残る、細かい腐食穴…いや、汚れだろうか。それを携帯用のライトで照らしてみる。銃弾の後なのか、それとも…誰かの血痕か…。
そう思われるような染み、汚れのような黒ずみが壁と言わず廊下と言わず、そこかしこに見られた。破損した配電盤。めくれ上がった内部装甲、今にも落ちて来そうな天井の壁剤。吃水線に近い、比較的生活区に近い区画は、「廃墟」と言った方が正しい有様だった。船体内部は、エンジンルームから大規模な爆発に見舞われている。下部からの衝撃によってあらゆる物が捩じ曲がり、破損し、飛び散っていた。
艦橋を目指して、エレベーターホールを探し当てた。当然、上へ行くには何かを手がかりによじ昇らなくてはならない。
周囲を見回した次郎の目に、先に入った査察隊の残した手動式リフトが映る。ありがたい。今しがた誰かが使ったような印象を受けたが、次郎は気にせずそれを使い、上部の第2艦橋へ上がった。
運行部の解析や観測を主に行っていたという第2艦橋。そこも、下の生活区通路と大差はなかった。床に大きく口を開けた亀裂は、外部と繋がっており、新たな氷の膜がそこから形成されて第2艦橋の床を再び氷結させ始めていた。
上を見上げる。この上部にあるのが、第一艦橋だ。
——幼い日。完成したヤマトのプラモデルを誇らし気に見せた次郎に、兄は笑って、とある部分を指差し…こう言った。
「お!上手にできたなぁ!次郎、兄ちゃんがここで働いてるってこと、知ってるかい?」
うん、知ってるさ!
真ん中の窓のところにあるんだよね?ヤマトの操縦席!
「いや、違うぞ?操縦席は、向かって左から2番目の窓のところだ。真ん中は、古代の席だよ」
なんで運転席なのに真ん中じゃないのさ?
…古代は波動砲を撃つだろ?だからだ。うちの車だって、運転席は右側にあるじゃないか?——
ドック天井の照明から近い位置にあるために、第一艦橋は思ったより明るかった。
半開きのまま固まっているエレベータードアをくぐり、次郎はその内部に立つ。
手前にある艦長席には、ブルーシートがかけられていた。KEEP OUTの文字が電光表示される黄色いテープが、その周囲に張り巡らされている。
(……!…遺体があったのか)
生きて残った人は、…艦長沖田十三ただ一人だった、と聞いていた。
それじゃあ、ここにあったのは……
思わず足がすくむ。こんな時、兄貴なら……敬礼をするのだろうか。
遠目に一度だけ。テレビでなら何度も。兄の話を通してなら嫌というほど……沖田十三の姿を、次郎も見ていた。
どうしていいか分からぬまま、ふと誰かの視線を感じて目を上げる。
「うわ…っ」
声に出したか出さなかったか。思わず低くのどの奥で叫んだ。
ブルーシートのかけられている艦長席の、その背後の壁に……大きな肖像画、いや、青銅色のレリーフが掲げられていたのだ。
(………沖田艦長)
英雄の丘に佇む、あの像と同じ人の胸像が。そこには掲げられていたのである…。
艦長席によじ上り、それをよく見ようと近寄った次郎は、レリーフがごく最近奇麗に拭かれ、改めてその元あった位置に丁寧に掛け直されていることに気付いた。そこだけ氷が張っていない。誰かが敬意を込めて、このレリーフの手入れをしたのだ。…真田さんだろうか?
我知らず、胸が熱くなった。俺はこの船に乗ったこともない、この人と働いたことだってない。兄からこの人の話を聞いただけに過ぎない…けれど。
よじ上った艦長席にかけられた、ブルーシート越しに第一艦橋を見下ろした。劣化してめくれ上がった床面パネル、破損し原型を止めない座席、…透き通る薄氷に覆われた…計器類。中央にある大きな円形の痕は羅針盤…コスモジャイロだったのだろうか。現代の大型宇宙艦艇とは比較にならない、アンティークとさえ言える艦橋の作り……
「……これが…」
だが、独りでに言葉が漏れ出た。
これが、ヤマト。…兄貴。あなたの駆った船……
艦長席から前方へ目をやる。中央には、古代さんが。そして、右の席には兄貴が…いたのだ。
兄が、その最期まで操縦席にいたことを、次郎は知っていた。詳細を語ってくれたのは、真田である。ついに古代は、その時のことを次郎には話してくれなかった。いや、次郎自身も古代からその時の話を聞くつもりにはどうしてもなれなかった。
(見たかったんじゃないのか)
その場所を。そう、あの日からずっと。
自分を奮い立たせ、艦長席から降りると、めくれ上がった床パネルの間を前方へと歩いた。我知らず、目尻から熱いものが零れたようだ。視界を歪める邪魔な雫を、ぎゅっと瞼をつぶって追い出すようにしながら、次郎はそれを拭いもせず操縦席の背をぐっと見つめた。
——と。
その座席の向こうに、何かが動くのが見えたのだ。
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