復活篇へのプロローグ 〜英雄の帰還〜(2)

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「真田長官!…お客様です」
 食堂を後にしようとしていた3人を追って、科学局の職員が背後から声をかけてきた。
「…客?」
 このアクエリアス氷塊ドックへ、誰が来ると…?



 訝りながら01にあるハンガー内の仮設居住区へ向かった真田と次郎は、応接室に待っていた思いがけぬ人の姿に言葉を失った。
「…雪…!!」

 司令部の士官服を身に着けた古代雪だった。案内の技官の背後に真田と次郎の顔を見つけた彼女は、懐かしそうに顔を綻ばせる。
「真田さん…!ああ、ご無沙汰していました…!」
「…久しぶりだ。変わらないな、雪…!」
 懐かしさのあまり、真田も雪の手を握りつつ満面の笑みをたたえている。次郎もさっと敬礼した…ただ、まだ慣れないためにそれはどこかぎこちない。古代雪は、軍人としても医師としても尊敬すべき人物なのだ。


「…お久しぶり。元気そうね、次郎くん」
 美しい身のこなしでふわりと返礼する雪の仕草に、次郎は胸が温かくなる。——この人はやっぱり、とても素敵だ。
「…そうだわ、彼。…お友だちの水倉さん。移民船の設計をしているんですってね?嬉しいわ…とても頑張っているって、私のところにもお便り下さったのよ」
「……ええ」
 次郎も微笑んで頷いた。

 幼なじみの水倉勇馬はあの長い闘病生活を乗り越え、念願の船舶専門設計技師になった。今では揚羽造船の設計士として、あの10万人乗りの移民船も手がけているのだ。「身体が弱いんだから無茶するな、っていつも僕は言ってるんですけどね。今回の任務は重大だ、そうも言ってられないよ、って…がむしゃらに頑張ってるようですよ」
「……あの方も、不屈の精神を持ってらっしゃった。瀕死の重病人だったのに」
「ええ」
 雪はそこまで言うと、真田の方へ顔を向け、息を吐いた…「ヤマトも、甦るんですね?真田さん」
「……そうだ」

 この目でヤマトを見られる。そう聞いて、矢も盾も堪らず飛んできたのだ、と雪は言った。
「美雪ちゃんは一緒じゃないんですか?」
 次郎はそう言ってしまってから、はっと口をつぐんだ。雪の頬に、さっと陰が落ちたからだ…
「…あの子は、佐渡先生が面倒を見てくれているの。…このところ、しばらく家には帰って来ていないわ」
 ——聞かなければ良かった。そう思いながら、次郎は雪の話に耳を傾けるしかなかった。



 古代進は、娘の美雪に「姿をくらますのは1年程度だ」と約束して出発したのだそうだ。——お父さんはちょっと雲隠れするが、なに、せいぜい1年もしたら帰って来る。その頃にはほとぼりも冷めているさ。地球からも宇宙からも、通信することはできないが、お父さんは美雪とお母さんのことを一時たりとも忘れたりはしないよ。約束だ。


 連絡を取る手段は、アナログな郵便だけ。タキオンレーザーの超高速通信網が広く外宇宙に敷衍されているこの時代でも、手紙や物資のやりとりは細々と行われており、郵便船は1万光年以上彼方の開拓辺境にもどうにか運行していた。地球から送られて来る郵便物は一度中継ステーションへ集められる。各航路を旅する貨物船はそのステーションから連絡を受けたのち、そこへ直に乗り付けるという方法でなければ郵便物を受け取ることが出来ない。古代が潜伏すると決めた宙域では、地球から郵便物が届くのに平均して約3ヶ月かかるのが常態なのだった。

「……でも、約束の一年は、とうに過ぎてしまって…。あの子は、進さんに裏切られたと、そう…思っているのよ…。このところは私にも…口を利いてくれなくなって」
 美しい顔が、苦悩に歪む。次郎も事情を知っていた。古代進が地球に戻れなかった理由もわかる。政権交代劇やそれに伴い明るみに出た汚職、横領事件…進が美雪に約束した一年間にはそれらは収束せず、結果的にカスケードブラックホールの発見と移民計画の具体化がなければ、今でもそれらがこの世界を灰色に染めていたに違いないのだ。



「……僕が美雪ちゃんに事情を話して聞かせましょうか?古代さんは破りたくて約束を破ったわけじゃないんですから…」

 ——俺は雪を辛い目に遭わせたりしない。妻も娘も、幸せにする。それが島との約束だ——そう言った古代を、次郎は忘れたことはなかった。拠ん所ない理由があるのだ。自分なら、きっと美雪ちゃんを説得できる。
 次郎は美雪にとってはいいお兄ちゃんだった。遊び相手としても、家庭教師としても、多分…相談相手としても。

 雪は一瞬、明るい表情を見せたが、いいえ、と首を振った…「次郎くんには大切な使命があるでしょう?ここの任務は極秘計画だ、って聞いているわ。一段落するまで、地球へは戻れないでしょう……?」
 大丈夫よ、ありがとう。あの子もきっとそのうち分かってくれるわ。佐渡先生とアナライザーもついていてくれるのだし…。

 柔らかな物腰とは裏腹に、その態度は驚くほどきっぱりしていた。
 美しく、強い戦士(ひと)。——次郎は古代雪の決意の表情に心を打たれる……。雪の顔に浮かんでいたのは、彼女の夫・古代進とも共通する、揺るぎない信念に裏付けられたしなやかな強さであったからだ。



 ***



 その後、真田が雪を伴い再び03ハンガーへと向かうのを見送り、次郎は一人、居住区のある02ハンガーへと足を運んだ。

 ここアクエリアス裏側のドックは、氷塊内部に穿たれたスペースに居住施設を備える。通路に所々設けられている展望用ウィンドウからは、宇宙……外の様子が伺えた。厚さ数十センチものクリスタルガラスの向こうには、眼下に無人機動艦が係留されているプラットホーム、そして作業中のガントリー、小型艇や宇宙服を身に着けた作業員たちが立ち働いている様子が見渡せた。
 復活する新生ヤマトに乗り組むクルーたちは、もうしばらく前に科学局の建物からこの居住区へ移動して来ている。あの科学局の地下ドックにあったもの、そして人が、ここアクエリアスへそっくり移されているのだった。

 プラットホームのこちら側の端、定期便<アクエリアス・エクスプレス>の発着所から、艦載機——コスモパルサーが数機発進して行くのが見える。線路のようになっているタキシングコース上を移動し、射出用エア・ロックの向こうへと姿を消して行く、奇妙な形の戦闘機。あの隔壁の向こう側で翼を開き、カタパルトに乗るのだろう。演習の模様を地球から望遠で撮影されないために、氷塊の裏側でだけ飛行訓練をしているのだ、と真田が言っていた……

 自分も小型宇宙艇の操縦をすることはするが、艦載機は扱えない。ここへ来て四六時中訓練を繰り返す艦載機の乗組員らを見ていて、つくづく軍人、というものに感心する。地球よりも軽い7.5m/s2の人工重力がかかるこの施設内では、さぞや訓練もハードに行う必要があるのだろう……



(…兄貴もこんな場所で、働いていたんだよな…)
 ジュニア・サッカー・リーグでエース・ストライカーの名を欲しいままにしていた小学校高学年の頃。久々に帰郷した兄とサッカーをやったことがある——あの時、次郎のシュートを受けとめようとして、兄は笑いながら無様に転んだのだ。
(……アレは、…わざと…だったのかもしれない)
 軍人と言うのは、これだけの訓練を日々積んでいるのだ。運行部だった兄ですら、小学生とサッカーをしてうっかり転ぶとは思えなかった。兄貴…。俺を楽しませるために…いつもああやって、心を砕いていたんだ。頬に笑みが浮かんだが、次郎は自分の顔が妙に強張っているのに気付いた。

 俺、どうしたんだろう。

 急に動悸がした。
 おかしいな…

 真田が古代雪を連れて、もう一度ヤマトのあるドックへ向かった時。自分はなぜ一緒に行かなかったのだろう。真田さんたちでさえろくに食事に手を付けられずにいたのに、なぜ自分は朗らかな態度で料理を平らげたのだろう?…ろくにそのメニューも覚えていないというのに。
 …そうか。自分が動揺しているとは、思いたくなかったんだ。

(俺もたいがい、意地っ張りだな…)
 そう思い至り。
 次郎は改めて苦笑いした。

 ほとんどの遺体が安置されていたのが医務室だということは知っていた。ヤマトは吃水線から下は全部、駄目だった…と徳川は言っていた。設計図を見ているのだから、医務室がどこにあったかはすでに分かっている……現に、断層映像、加えて直に、甲板から上しかない現物を……見たではないか。

(……兄貴は、ここにはいない)

 このドック内部の室温は、17度に設定されていると言う。それでもここは、絶対零度に固く凍結した氷塊の中にあるのだ。…動く度、冷気が剥き出しの顔や手に当たるように感じるのも、当然と言えば当然である。
 だから、目頭がジンとすれば、必要以上に熱く感じる。それも当然だった。

 くそ。

 次郎はそう独り言を吐き捨てるなり、踵を返した。ぐだぐだと泣いてる暇なんかない。見たかった場所は全部見てしまえ、そう自分に発破をかけ。再度ヤマトの横たわる03ドックへと足を向けた。

 


 見たかった場所。
 それは、兄が最期を遂げたという、ヤマトの第一艦橋である——。

 

 


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