復活篇へのプロローグ 〜英雄の帰還〜(1)

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「桜井洋一と申します」
「うむ、よろしく頼むよ。私は大村耕作だ。<ゆき>の副長を務めている」
「よろしくお願いします!」

 宇宙開拓辺境、地球から約1万6800光年。
 規模の小さいコスモナイト鉱山を持つ惑星を渡り歩く、深宇宙貨物船<ゆき>。船体に、大きく日本語のひらがなでその名が付されているので、その船を見つけるのは雑作もなかった。
 <ゆき>?ああ、知ってるよ。月に2回、この港に寄港する。なんでも、ありゃぁ娘だかカミさんだかの名前らしいぜ?船長はしれっとしてるがな。…そうそう、例の海賊の一件があって以来
ナビが一人辞めちまった、ってあの船の副長のオヤジが嘆いていたよ。求人出してるから、トレ—ディングセンターへ行ってみな……
 貨物中継基地、いわゆる問屋の集まる小惑星の騒々しい港でそう聞き込み、桜井は早速、その求人に応募したのだった。


「いやあ助かるよ。優秀なナビゲーターが欲しいと思っていたところなんだ。きみは宇宙商船大学出なんだって?」
「はい」パッと見、イマドキの若者、だな。副長の大村は桜井の全身をさっと眺め、ふふっと笑う。気の毒に…奇麗な女の子もいないこんな僻地に飛ばされてな。

「何かヘマでもしたか?もっと良い就職先は沢山あっただろうに」
「…うわ、いきなりプライベートの詮索ですか?」
「いや、そんなつもりじゃないが…」
 えへへ、とそれでも愛想良く笑う桜井に、大村は好感を覚える。「有名大卒がこんなところへ流れて来たんだ…何かワケでもあるのかと思うのは不思議じゃないだろう」
「ちぇ…仕方ないですね。…お察しの通り、大ありなんですよ」
 桜井は声をひそめて大村の耳元で言った……「俺のボスの思い人が、この辺の宇宙にいるらしいんです。ボスは地球を離れられない。だから代わりにその人を捜して来こい、って言われてまして…」
 大村はきょとんとした。思い人って、…オンナ、か??
「………そりゃまた迷惑な話だな」
「でしょう!?」
「…で、きみも相当忠義だな。真面目に人探しをするつもりか?生憎、この<ゆき>は商船だ…貨物を運ぶルートは積み荷の依頼主に決められているんだよ。まあ、俺も出来るだけ協力はするが…堅気の女のいそうな場所か。どこかへ寄港したら教えてやるが、限られて来るぞ…」
 桜井はそう言われ、大村の朴訥な顔をニッコリ笑って見返す。
「へへっ、まっさか!探して来いって言われたけど、期間は決められてんですよ。その間に見つからなければ『駄目でした』って帰りゃいい。俺のせいじゃありません」
「…見返りはあるのかい?」
「当然!」そうでもなきゃ、こんな辺境へなんか来ませんって。依頼の期間が満了したら、でっかい船のナビゲーションリーダーにしてもらうって約束もらってます。
「はっはっは…」
 ちゃっかりした桜井の言い草に、大村は呵々大笑した。「さすが現代っ子だな。よし、気に入った。船長にも取りなしておいてやろう」
「えっ?あ、いいですよお…さすがに。船長には内緒で、ねっ?」
「そうか?ああ見えて人情に厚い人だぞ?船長は」
「……いや、いくらなんでもそんな事は…。さすがに申し訳ないですもん」


 ふうん、そうか。
 よし、案外遠慮深いな。ますます気に入った。大村はそう言うと、ばちんと桜井の背中を叩いた、もちろん親愛の情を込めて。
「あいた…」
「さあ、船長に紹介しよう。こっちだ。その後、早速ナビに入ってもらおうかな」
 桜井は大型の操縦もできるんだってな?パイのシフトにもすぐ入れるか? はい、もちろんですよ。
 先に立って狭い貨物船の通路を大股で歩く大村の後に続きながら、桜井はひりひりする背中をそっと後ろ手に撫でた…
(ふふ、……目当ての人は、もう見つけたんだけどね)



<ゆき>の艦橋に、——その人はいた。

「船長、新しいナビを連れて来ました」
「入れ」
 ブリッジのキャノピーから遥かに望める蒼い星雲を背に、すっと立っている男。伸び放題の髪に、横顔を覆う伸ばしかけの髭……

「桜井洋一です。本日よりナビゲーターとして貨物船<ゆき>に着任いたしました」
 振り返ったその人の表情には、それでも見覚えがあった。
「…俺が船長の古代進だ」
 鋭い眼光にはっと息を飲む…我知らず気分が高揚する。この人が…古代、進。——島本部長と、真田長官の「思い人」。そして、『地球の希望』……!


「よろしくお願いしますっ」
 桜井は昂然と敬礼していた。


***


 時は数ヶ月前に溯る。
 宇宙商船大学の桜井洋一のところに、島次郎から連絡が入った。
「…島さん!お久しぶりです」
<やあ、桜井くん。元気だったか?>
 学長ご贔屓の優等生、桜井は実は本来ならまだ3年生だった。訓練航海でルーンとアマールの両方へ開拓省の官僚と共に航海した経験を買われ、彼は同期たちより一足早く繰り上げ卒業することになっていた。


<きみに連絡したのは…他でもない。かねてから話していた例の任務に就いてもらうためだ>
「……いよいよですね」
 ああ、とモニタの中の島が頷く。<ヤマトの再建計画が本格化した。…きみには、あの船の艦長を探して来てもらいたいんだ>
 桜井は息を飲む。
<…そうだ。古代進だ>




 カスケードブラックホールの出現によって、一時期巷を騒がせた防衛軍と連邦政府を股にかけた大規模な横領・汚職事件はすっかり収束していた。疑惑の渦中にいた人物たちは然るべき裁定を受け、服役した者もいれば失脚した者もいる。莫大な保釈金を払って連邦政府の一線に返り咲いた者もいた。
 古代進にかけられていた疑惑も、今では事実無根であると証明され、彼の汚名は雪がれた……だが、肝心の古代の消息はようとして知れなかったのだ。
 次郎は、妻の雪に面会して来て古代の居場所を知っていた。長い間、固い信念のもと地球を意図的に離れていた古代。だが、その3年余りを、古代自身は酷く後悔しているのだという。妻や娘に火の粉が降り掛からぬよう、またかつてのヤマトの仲間たちや亡くなった英雄たちにも非難が及ばないよう腐心して選んだ道だったが、その事実が古代の心を苛んだ……

「あの人は、苦しんでいるの。俺は地球を見捨てた、ってそう思い込んでしまっている。彼がそう思う必要はまったくないのに……」
 古代からの手紙を受け取り、その苦悩を知った雪も、また深く苦悩していたのだった。



 島次郎が桜井洋一に、古代進を探してその傍に付き、時が来るまで連絡係として共にいるようにと命じたのは、そんな最中のことであった。  

 古代進を彼の意志に反して無理矢理連れ戻すことは出来ない。真田長官も、彼に「戻れ」と連絡したわけではない…古代が己の意志で、ヤマトの艦長を担うと決定してくれるのでなければ、希望は希望として立ち行かないからだ。

 桜井の派遣は、次郎の裁断だった。古代が戻って来るにしろ…そしてヤマトの艦長になるにしろ。あの新しい、若い天才クルーたちを統制する上で片腕となる人間…彼らとの間を取り持つ有能な若者が必要だ、そう考えてのことである。
 古代自身が地球へ戻ろう、と決意するのに、おそらくそれほど時間はかからないだろう。宇宙の異変は、必ず彼の耳にも届くはずだ。その時まで、彼を支え信頼に足る部下でいてやって欲しい。——それが桜井に託された、極秘任務だったのである。


***


 アクエリアスの裏側に設けられたプラットフォーム。氷の絶壁に穿たれた巨大な横坑へとそれは続いている。
 真田と共に、次郎も現場を監督する徳川太助の後について内部へと向かった。作業中の技師たちが、真田に気付いてぱっと姿勢を正し敬礼する。

「氷塊ドックの建設に、3ヶ月かかりました。アクエリアスの上部表面を掘り下げ、氷の岩盤にコスモナイト鋼鈑を打ち込んで、ヤマトを四方から囲みます。そうして完成したのが、この氷塊ドックです……工場やハンガーとしてすでに機能しているのが、このアクセス・ベイ01と02、そしてヤマトは、一番奥の03に保存されています」
 そう説明する徳川太助も、いつになく緊張した面持ちだった。
 無理もない。昨日まで、ドック内部は氷に閉ざされ、中にあると目される金属塊の様子はほとんど分からなかったのだ。徳川も、ヤマトの機関を最後まで整備していた記憶が否応なく甦ることに、動揺を抑えきれずにいたのである。

 そして、今日初めて、ヤマトがその全貌を現わした。ドック内部の氷はほぼすべて気化され排出され……照明がその四方から光を照らす。17年間、ここで眠りについていたその船が、ついに目覚めるのだ……

 



 アクセス・ベイ03——
 そのハッチをくぐり、徳川を先頭に3人はドック内部に足を踏み入れた。
「………」
 ——言葉もなかった。

 解凍作業を監督する技官が、駆け寄って来て3人に向かって敬礼する。
「お待ちしておりました、真田長官。船体周囲の臨検はほぼ終了しております。現在、コスモスキャナを搭載した分析ロボットが内部に入っておりますが、心配していたより状態はいいようです」
 徳川が、その技官に何事かを指示している。
 その言葉は、次郎の耳には入らなかった。…真田も同様に頭上を見上げたまま、絶句している。
 
 目の前にあるのは、黒く変色した硬化テクタイト合金製の装甲板……ただし、重力ブーツを履いた彼らの足元にあるのは、吃水線から下が消し飛んだ、その船体中腹部分であった。保存状態を維持するため、表面には厚さ数センチの氷が張ったままである。ほとんど不純物のない氷を透過して見るその船体は、異様な美しさとともにえも言われぬ物悲しさを醸し出していた。
 死んだような鋼鈑の塊。発見当初からコスモスキャナの断層映像を見ていた徳川も、初めて直にそれを目の当たりにし、
いたたまれぬ思いに目を伏せた——。

 

 

「吃水線から下は、…全部駄目でした」
 ……エンジンルームはもちろん、生活区、格納庫、第三艦橋も。…すべて残骸です。砲塔も前部甲板にあった3基は跡形もない。艦首の一部と、艦尾は辛うじて残っていますが…
 振り仰ぐと、天井へ向かって斜めにかしいだ戦闘艦橋が目に入る。第二艦橋はキャノピーが潰れ、上部の第一艦橋下部に向かって大きな亀裂が走っていた。その亀裂の先に位置する頂上の艦長室は、天井ドームが割れて見る影もない…。


「……レーダーアンテナが」
 真田が呟いた。
 皆が、数十メートルの頭上を凝視した。
「……ええ。皮肉なもんです。最高の強度を誇った船体が粉々だっていうのに…あの右舷のアンテナだけは…まるで当時のままでした」
 そう言った徳川の目には、涙が光っていた。

 第一艦橋の上部左右に展開するタキオン・レーダーのアンテナの片方だけが、17年の時の経過など微塵も感じさせることなく、天井から降り注ぐ照明にキラキラと光っていた——。





 氷塊ドック内部に作られた作業員用の居住区画で、3人は押し黙ったまま食事のトレイを前にしていた。
「……すいません」
 徳川が意を決し、そう呟いた。「…食事なんて…気分じゃないですよね」


「…いや」そんなことはない。…ただ、まあ。
 真田も、そうは言ったものの、食欲は湧かないようだ。


 次郎も少なからず、ショックを受けていた……だが、かつてヤマトに乗り組んでいた真田・徳川に較べたら、彼の動揺はそれほど激しくなかったのかもしれない。島次郎にとって、ヤマトをこれほど間近で見るのは、これが初めてである。残骸と化していても、ヤマトはヤマトなのだ。
「俺、頂きますよ」
 頬の強張りを解きながら、皿の上の肉料理に手を付けた。「…あれを、あの設計図通りに再建するわけですね。……間に合うかな」
「間に合わせるさ」
 息を吐いた真田が、力を込めてそう応えた。

 

 

 

 

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