復活篇へのプロローグ 〜ヤマト復活〜(3)

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「それにしても、みんな若いですね…」
 工場内を一回りし、幾人もの代表たちと挨拶を交わした後、真田と次郎は工場内のレストルームへ向かって狭い通路を歩いていた。
「不安かな?」
「…はあ、多少」
「だが、君のお兄さんや古代進がイスカンダルへ向かったのも、彼らと同じ年の頃だったんだよ」
「…それは…そうですが…」
 真田志郎は当時、28歳。今の自分よりも年長だった彼は、18で各部著のリーダーに着任した兄や古代をどう思いながら旅を始めたのだろう…?事態は今よりも逼迫していたはずだ。…だとすれば、彼らがいくら若いと言っても今のこの状況の方がまだ…ましなのかもしれない。
 …とはいえ。
 次郎は小さく溜め息を吐いた。




 間口が狭く奥に細長いレストルームには、2人ばかり先客がいた。飲み物やスナック類の自動販売機に、細長いカウンターテーブルが並ぶその空間に、ぷん…と独特の匂いが漂う。
(…煙草?!)
 ここは休憩室ではあるが、全館が火気厳禁のはずだ。予想もしない匂いに次郎は首を傾げる。真田がくくくっと苦笑した。

 先客の一人はぞろっとした白衣に、長い黒髪の女性だった。彼女が慌てて煙草をもみ消し、持っていたコーヒーの缶の中へぐいと押し込むのを見て、次郎は絶句する。もう一人は若い男だ。二人はなにやら言い争っていたようだが、入って来た真田と次郎を見てさっと口論を止めた。

「…美晴先生、ここにいたんですか」
 真田に笑顔で話しかけられ、白衣の女性は目を白黒させた。「あ、ああすいません。ちょっと一服しておりました」
 隣で、もう一人の若い男がさっと敬礼する。
(隠れタバコを見つかった中学生かよ…)
 次郎は半眼になって横を向いた。だが、真田が「先生」と呼ぶのだから、彼女もまた重要なポジションに就く人物なのだろう…
「島くん、佐々木美晴先生だ。ここの医務長を勤めておられる」
「佐々木です」
「そして彼が…」
「小林淳です。パイロットをしております」
「よろしく」
 差し出された手を握ると、驚くほどの握力で握り返される。小林淳…パイロット?…航海班ということか?それにあっちの女性は…医者だって…?!

 佐々木の額に乗っているゴーグルを盗み見た。次郎の訝し気な視線に、佐々木は「あ…」と言ってゴーグルに手をやる…「いっけね、また外し忘れたわ」
「それ、美晴の一部みたいなもんじゃん」
「うるさいね」
 からかうような小林の声に、佐々木が威嚇するように唸る。ゴーグルをむしり取った彼女の顔には、この工場には不似合いな華やかな化粧が施されていた。次郎の苦手な、ムスク系のフレグランスの香りが今になってふわりと匂ってくる…

「先生、コスモパルサーの演習は今朝はなかったはずですが」
「照準器の調整するのに、これをかけたままやってるんです。あたし、自分の機体はこうしないと我慢ならないんで」
「なるほど」
 そう言って、真田はにっこりする。愛想笑いを浮かべた美晴の隣で、パイロットだと名乗った小林が同様にニヤニヤしていた。
(あたしの機体…?)
 どうもよく話が見えない…と思いつつ、次郎も名乗った。
「…島です。今日から対策本部に着任しました」
「ああ、聞いてます。よろしく」 
 けばけばしいメイクを差し引いても、間近で見ると彼女は結構な美女だった。しかし…医師が艦載機の照準器の調整を…?なぜ…?

 腑に落ちないといった顔の次郎を粘っこい視線で舐めるように見。佐々木は「ふふん」と笑った…「長官?話してないんですか…、このエリートさんには?」
 カチン。同時に、妙な焦りを感じる…クソ、何が言いたいんだ。エリートさん、などと言いながら、何も察することの出来ない俺をバカにしてるのか。

 我知らず憮然としていたらしい。真田が苦笑を堪えた顔でチラッとこちらを見たので、はっと我に返る。
「美晴先生の持ち場は医務室でしょう。あなたのコスモパルサー隊への編入については、小林と相談してくださいと言ったはずですが?」
「…もちろん…反対するわけないでしょう、ねえ小林?」
 話を振られ、小林淳は「そうだなあ」と腕組みをした。「ドッグファイトで俺に勝ったら、認めてやろうか」
 なにイ?と目をむく美晴を、まあまあ、と真田がなだめた。「いいのか小林?撃ち落とされるのはお前の方じゃないのか?」
「…真田長官!そりゃないっすよ…!!」



 何だかまだ話が見えなかった。
 ともかく、佐々木は医師、小林は艦載機のパイロットなのだ…、と自分に言い聞かせる。
「では、任務に戻りますんで」
「ああ」
「失礼しまっす!」
 白衣のポケットに手を突っ込んだまま、美晴が肩越しに振り向いた。次郎の視線を捕え、真田が見ているにも関わらず…バチンとウィンクする。小林がドアを出て行く佐々木の後に続く…彼も次郎を振り向くと、挑戦的な目でにやりと笑った。



「……なんなんですか、彼らは」
 ムッとしている次郎に苦笑しながら、真田はスティック状のIDの一端を自動販売機のリーダーに通すと缶コーヒーを2つ、取り出した。「…この工場の楽しい仲間達、さ」
「楽しい…」…って。
「美晴先生に気に入られてたようじゃないか」
「冗談はよしてください」

 …まったく。
 確かに厳しい軍規に縛られて画一的な動きしかできないのでは困る。だが、…彼らは「防衛軍」の軍人、じゃないのか?基本的に何かが間違っている。釈然としない。
 憮然として真田の寄越した缶コーヒーのキャップを開けながら、先ほどの彼らの自己紹介では理解できなかった点を真田に訊ねた。
「佐々木先生は医師、なんですよね?なぜ艦載機の照準器テストを?」それに…小林の、ただの『パイロット』、という表現も解せない。つまり、あの二人は艦載機チーム、ということなんですか?
「いや」
 真田はそう言って、困ったように頭を掻いた。
「…ここに集まっているのは、各分野のエキスパートたちだが、それぞれが複数の得意分野を持っているんだ。…だから、美晴先生は艦載機パイロットでもあり同時に医師でもある。小林のパイロットとしての守備範囲は、艦載機はもちろん、大型戦艦も含む」
「なんですって…じゃあ」
「ああ、彼に新生ヤマトの操舵を担ってもらう予定だ」
「………」


 イレギュラーの連続だった。
 自分の感覚で、果たしてついて行けるんだろうか。マルチタレント…複数の分野のエキスパートだと…?このメンバーたちを認め、招集したのはこの真田さんだ……彼の特異性は嫌と言うほど心得ていたつもりだったが、子飼いの部下たちまでが揃ってこうも特異だとは……。

 真田はと言えば、難しい顔をして黙り込んでしまった次郎に苦笑を禁じ得なかった。
(…やはりあいつの弟だな。何事にもきっちり境界線がないと気に入らんらしい。…それがまた、あいつの良いところでもあったな)
 航行に遅延をきたさぬためならば、艦長代理であろうが艦長であろうが真っ向から反対意見を述べ、持論を曲げることのなかった島大介。熱くなりがち、暴走しがちな若いクルーの中で、島だけは常に自分をクールダウンしていたものだった。<第一艦橋の理性>、それがやつのキャッチフレーズ——融通の利かない奴、と思いつつ、真田は島大介をなによりその生真面目さ故に評価していた。

「……小林は、実質お兄さんの後任、ということになるが…不服か?」
 次郎はその思いがけない問いにも戸惑う…真田の決定に不服を申し立てるつもりは毛頭ない。
「いえ…ちょっと面食らっただけです」

 ——新型戦艦の動力系機器には、操作性の良い(つまり扱いの容易な)汎用モデルが導入されている。復活するヤマトに積まれるドライブシステムも、兄が取り仕切っていた頃のそれと較べ格段に操作性が向上しているはずだ。「誰か特定の一個人でなければ満足に扱えない」ようでは、兵器として成り立たない…経験の浅い兵隊でも容易に扱える武器を量産することが、戦争に勝つための定石だからだ。
「新型ヤマトの操縦は、商船大学の生徒でも担える。…そのように造っている」
 そう言い切った真田を改めて見やる。
「……当然です。兄の後任は運行部全体だと認識しています。小林くんがその代表であることに異存はありません」
「うむ」
 真田は満足して頷いた。

 内心憤慨していても、それを表に出すことはしないようだ。私情との線引きも、見事だぞ、…島。

 その兄に対して、弟を褒めてやりたい気持ちにもなりながら。真田はさらに電算室・設計室へと次郎をいざなった。

 

 

 

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