復活篇へのプロローグ 〜ヤマト復活〜(2)

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 人類の危機にヤマトなしで立ち向かう……次郎の描いたビジョンには実は基本的に「ヤマト」が登場しない。可能な限り、現時点での人類の持てる科学力を総動員し、1.侵略者、2.自然災害、に対処するそれぞれの方法を提案したのだ。それが敵わなかった場合の最終手段が「移住」であった。

 そして、件の彼の論文の、最後の項目に書き添えられているのがこれらのプロジェクトを鼓舞するための「希望」である——「宇宙戦艦ヤマト」の復活。アクエリアス氷塊からヤマトをサルベージし、人類の未来への希望として据える…と、自分はそう書いた。
 もちろん、「希望」は何でも良かった…ヤマトでなくても、良かったのだ。だが、敢えて次郎はヤマトの復活を願った。ヤマトを待っている人々が…大勢いることを知ったからだ。


 荒唐無稽な、と学部長には笑われた。こんなものを卒論に選ぶな、と釘も刺された。だから実際に卒論として代わりに彼が選んだテーマは「人類の地球外移住」だった。
 どうせヤマトは甦らない。であれば、万が一の危機に際して人類の頭上に掲げられる「希望」は「新しい移住先(ほし)」だ。当然のごとく、それは次郎を宇宙開拓省へと進ませた。大学院になど残っている暇はない。博士号が欲しければ院に在籍するのも吝かではないと言われたから有り難くそうさせてもらっているものの、毛頭そんなものに興味はなかった。
 しかし、彼の思惑はこの2年、遅々として進まなかった。宇宙商船大学の協力を取り付けること一つとっても、自分ごとき若手官僚一人の力では驚くほど力不足だったのだ。訓練生たちの実習航海の航路を、2万2千光年先のクラビーク太陽系と2万7千光年のサイラム恒星系へ設定してくれるよう学長に交渉し、その理由を説明したときのことは未だに忘れられない。

「で?島局長、あなたは人類が…その異星人の星へ移住する予定だと、本当にお考えなんですかね?」

 ヤマトの係累にしては…なんとも情けないことを言う。商船大学の学長の顔にはそう書いてあった。戦って戦って、戦い抜いて死んで行ったヤマトの英雄たちとは大違いだ。戦う前に諦めて、逃げ出す算段をしているとは。
 嘲笑、憐憫。行く先々で、「あの島大介の弟」がこんな情けないことをしている、という目で見られた——それが。
 この建物の地下ではすでに、自分の計画のほとんど、そして最後に付け加えた…、不可能だと思いながらも付け加えた「最後の一片<ワンピース>」、「希望」たるヤマトの再建までがすでに形を成して、……動き始めていたとは。
 

 ***


 先頭に立って歩く折原真帆と、真田、徳川について、地下へ向かう。科学局最深部、地下20階。かつての地下都市の一部を利用しているのだろうか…だとしたら、この地下工場は隣の防衛軍のドックともつながっているのだろう、そんなことを考えていると、ふとまた折原と目が合った。彼女はこの施設を隅々まで知り尽くしているようで、会議室から地下までの入り組んだルートを淀みなく先導し、今は共にエレベーターに乗って降下している最中なのだった。
 ニッコリされて、我に返る。それに応えるように、次郎も愛想笑いを返した。

(……君たち天才と違って、俺はひたすら、ただ努力するしかない。天から与えられた頭脳と才能を当たり前のように思っている君たちに…凡人の俺はどうやっても敵わないんだ。そんな俺の立てた計画を、君たちが遂行するんだからな…)
 自分に課せられた責務は、想像を絶する。でも、やるしかない…例え地獄の果てだろうとどこまでも喰らいついて行ってやる。……真田さんの思いに応えるためにも。



 エレベーターが地下20階に停まり、ドアが開いた先には、まさに「戦艦のドック」と言うべき光景が広がっていた。

 天井の高い工場、壁面にまで所狭しと設置された製造ライン、次郎には用途の分からない数々の部品。鈍重な金属音を立てて稼働する重機。辛うじて、手前に展開しているのが艦載機の部品製造ラインだろうことは分かる。それらの間を、科学局の制服を身に着けた作業員たちが忙しなく行き来していた。

「…問題は、ヤマトそのものが現在、どうなっているのかわからない、ということなんだ」
 工場全体を高台から一望できるモニタールームに一行を誘いながら、真田は話を続けた。「人類が他の惑星に移住するにしろ、地球にとどまって戦うにしろ。…そのどちらの状況にも必要なのが、「希望」としての「ヤマト」だ。だが、事実上その再建は、現場へ行ってみないことには何も始まらないんだよ」
 その通りだ、と徳川も頷く。
「……では、まだ誰も」
「そうだ。アクエリアスに眠っているヤマトに近づいた者は、まだ誰もいない」
 ここで苦心して造り上げている物も、それを船内に積めるかどうかは、まだ未知数ということなのだ…
「…まったく新しいヤマトを、作ってしまうことはできないんですか?」
 折原は何気なくそう言ってしまってから、自分が失笑を買っていることに気付いた。
「…それも不可能ではないが」
 だが、それでは…意味がないんだよ。
 苦笑しながら、真田が言った。

 かつて、九州坊ヶ崎沖に沈んでいた鉄くず同然の「大和」を宇宙戦艦として再建した時のことを脳裏に思い浮かべ。なぜ、ヤマトそのものが重要なのかを真田自身も反芻するようにして言葉に乗せる…
「あの船には、驚くほど沢山の人々の思いや願いが込められているんだ。あの船が生まれた200年以上前から、脈々と受け継がれて来た思いがな…」



 ***



 折原真帆をその持ち場であるメインコンピュータールームに戻らせると、真田は「さあプロジェクトのメンバーを紹介しよう」と立ち上がった。次郎も頷き、徳川と共に椅子から腰を上げた——その時。
 耳障りな多重音声のような叫び声が聞こえた。
「徳川班長!!ここにいたんですか!」「やんなっちゃうなあ、もう!」
 ぎょっとして振り向くと、モニタルームのドアからパイナップルのような逆毛立ち放題の頭がふたつ、にょきっと現れたのだ…
「おう、ちょうどいい所に来た。彼らは天馬兄弟だ。機関部で波動エンジンの再建を担当してくれている双子の整備士だよ」
「あっ、真田長官!」「長官!」

 いちいち微妙にズレたような、多重音声が気に触る。相方の言った言葉を0.2秒遅れで反復するのはやめてくれないかな、と次郎は思わず苦笑した。ただし、どっちが先にしゃべっているのか…までは分からなかったのだが。
 真田さんは特別だ、とでも言わんばかりに双子はパッと姿勢を正して敬礼した。
(…この子たちも、まだ学生だ……)
 どう見ても、真帆と同様学生臭さが抜けていない。しかも、天才特有の空気の読めなさがまた一段と鼻につく。

「こちらは?」双子の片方だけが、次郎を見て怪訝そうにそう訊いた。
「対策本部の島くんだ。先に説明した通り、彼がこの計画の事実上の立案者だよ。今後、彼の指示は私の指示と同じだと思ってくれ」
「…はーい」「了解」
 双子の片方が、間延びした返事をするのに、徳川が「こらっ」とたしなめる。
「島さんって」「訊いてもいいっすか」
 真田さんの命令とは言え、いきなり来て指示に従え、ってのは横暴だよな、ともう片方がモゴモゴ言う。
 すると徳川が静かに凄んだ…「お前ら、何回同じことを言わせるんだ。この人が俺の尊敬するヤマト航海長の弟さんだ!」
 双子が揃って、「あ」と言った。「そっか」「この人か」にひひひひ。そいつはすんません、そんなら話は別ッス。
「よろしくお願いしますッ。天馬走です」「翔です」えへへへ!以後お見知りおきを!
 次郎が呆気にとられているうちに、双子は勝手に納得し、晴れ晴れした顔でモニタルームから出て行った。
「すまんな、島。あいつら未だに防衛軍の訓練学生だっていう自覚がゼロなんだ。ここの仕事に真田さんが抜擢してくれなかったら、ただのメカニックバカだよ…」
 まったくしょうがねえなあ、とぼやきながら、徳川は彼らの後を追ってドアから出て行った。「おおいこら待てえ!!俺に用事があったんじゃなかったのかあっ?!」

 次郎は思わず笑いをかみ殺す。徳川さんと俺は、きっと気が合うだろうな。名機関長の父親を持ち、常に父親と比較されて来た徳川と、伝説の航海長・副長を兄に持つ自分は、きっと痛いほど分かり合えるに違いない。
 天才の部下を抱えて、俺もあんな風にあっけらかんとしていられるだろうか…?



 さて…、そんな調子で。
 真田の後について次郎は工場内を回った。装甲板や攻撃火器の製造ラインには、技師長・木下三郎がいた。彼も18歳、やっと訓練学校を出たばかりだと言う。先ほどの双子とは違い、奇麗に櫛の入った艶のある髪が彼の性格の細やかさを想像させる。
「よろしくお願いします」差し出された右手は女性のようにしなやかで繊細だった。
「木下は徳川と連携して作業をしてくれている。ここの若い連中のまとめ役もしているから、なんでも彼に相談するといい」
 真田の言葉に、ふふっ、と肩をすくめて照れくさそうに笑う仕草もちょっと女性的だ。「まとめ役、だなんて大袈裟ですよ。みんなが個性的すぎるから、地味な僕がどうしても繋ぎ役に回されちゃうだけです」
 木下の言葉に、真田があっはっは、と気持ち良さそうに笑った。
「ひどいなあ長官、笑うなんて…」そう言いながら、木下も楽しそうだ。「…ほら、個性的なのがひとり来ましたよ」
 ちょっと離れた所からボードを小脇に抱えたまま坊主頭の少年が駆け寄って来る。「真田長官ーー!」

 どうやら、天才たちはこぞって真田を慕っているようだった。彼が工場内に姿を見せると、メンバーたちがわらわらと寄って来るのである。次郎はふと思った…真田さんって、学校の先生が向いてるんじゃないか。しかも天才だけの学校。…大好きな校長先生、校長先生こんにちは!…子どもがわさわさ寄ってくるんだ………
 その光景を思い浮べ、しまった、と思わずニヤけた口元を抑えた。

 嬉しそうな笑顔を向けた少年は、ぱっと敬礼すると真田に向かってボードを差し出し、「アンテナの性能チェックをお願いしようと思ってたんです。新型に換装する前に、以前のアンテナの感度と比較しておいた方がいいかと思いまして」と早口に言う。空調が程よく利いている工場内なのに、坊主頭にうっすらと汗が光っていた。少年は、「ふむ」とボードを受け取ってさっと目を通す真田を愛嬌のある笑顔で見つめる。
「…C-85回路を直列に繋いだ方がいい。君の調整したアンテナは優秀だよ、中西。で、作業に移る前に紹介しておきたい人がいる…彼だ」


 そして次郎は、その少年…通信班長・中西良平と握手を交わした。
「…彼は、腹減った、が口癖なんですよ」挨拶を終えて部署に戻る中西の後ろ姿を見送りながら、そう言ってまた木下がふふっと笑った。

 

 

 

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