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(……俺は軍には入らない、って決めていたんだけどな…)
次郎は、ハァ、と溜め息を吐いた。
いや、正確にはここは軍の施設ではない。地球防衛軍官舎はちゃんと他にあって、居住区だろうとおそらくこんなに規律が甘いはずはなかった。地球連邦宇宙科学局が「地球防衛軍科学局」だった頃は、ここも、ここの職員たちも、もっとカッチリしていたに違いないのだ。
…とはいえ。
ここでこうしている自分は、他人から見たら地球防衛軍という組織の一員となんら変わらないだろう。科学局も、元はと言えば軍の管轄下にあったのだから。
窓から外を眺める。
真田が気を使ってくれたのだろうか、次郎にあてがわれた部屋はメガロポリス・シティ・ベイを一望できるオーシャン・ビュー、地上16階のVIPルームだった…とはいえ、鉄パイプも寒々しい軍隊仕様の二段ベッドに事務机のセットが並ぶだけの部屋であるが。
湾内からもランドマークとしてよく目立つ、奇妙な塔のようなこの科学局の建物は23世紀建築界の奇才、がデザインしたものだという。タワー様の中央部分の外壁はすべて高性能のレーダーアンテナを兼ねており、タワーの両翼に伸びる巨人の腕のようなパーツは太陽光発電の増幅装置なのだった。過去の教訓から、金星の太陽エネルギー集積基地がダメージを受けた場合でもこの科学局の全システムをいわば自家発電により温存できるよう、取り計らわれているのであった。
数百メートル離れた隣の敷地には、「地球防衛軍基地司令部」がある。2200年代始めに建てられたこちらの建物は、さすがに新しい科学局と比較すると遜色があった。兄が生きていた当時は最先端の技術の粋を集めた建物だったが、今はすっかり影を潜めてしまったかのようだ。
次郎は港に目をやった……このメガロポリス・シティ・ベイは、軍港である。海上に並ぶ戦艦に加え、海底ドックには数十隻のスーパーアンドロメダ級宇宙戦艦が格納されているはずだ。だが、このまる一昼夜、係留された戦艦、または海底ドックの戦艦が発進する気配はなかった。
(…議会でなにか大もめしているらしいな。また例の汚職事件か…)
各省庁も巻き込まれ、今火の粉が降り掛かっていないのは「変人」真田を筆頭とする科学局だけだった。開拓省も例外ではない…確かに、この時期に真田のもとに下ったのは正解なのかもしれない。
(くだらない内輪もめに巻き込まれている場合じゃないんだから。…これでいいんだ)
短く溜め息を吐き捨てると、支給された青色の制服の上着に袖を通し、鏡に向かって着け慣れないアスコット・タイを整えた。
***
「島さん、どうですか…?」
数分後、次郎は真田の秘書だという折原真帆に先導され、地下のブリーフィングルームへと向かっていた。どう見てもまだ学生にしか見えない彼女にすこぶるにこやかに問い掛けられ、次郎は再三戸惑う。
「ど…どうって?」
「お部屋ですよぉ。湾内が一望できる最高の眺めでしょう?」
がくっ。
なんだ、部屋の眺めのことを聞いてるのか…。着任して緊張してないか、とか、そう言うことを聞いてるんだと思ったら…この子って。
「ああ、すごいね。ホテルならエグゼクティブかプレジデンシャルスイート、ってところかな」…パイプベッドのエグゼなんて聞いたこともないがな、と心の中で苦笑する。ま、眺めだけは最高だしな。
「うわあ〜、あの、私、今度お部屋に遊びに行ってもいいですか?」
「は?」
「オーシャンビューのスカイフロアなんて〜、羨ましくて」
何を言い出すのやら…と呆れ果てた。
女の子の媚びだのおねだりだのには学生時代に散々悩まされ、それなりに対処法も完成している次郎だ。高学歴に高収入、将来有望な若手官僚という立場に加え、類い稀な家族構成(有名人を兄に持つ苦労!)…島次郎には、女から見ると喉から手が出るほど欲しい男の条件、が揃っていたようで、言い寄る女性は数多いる。だが、次郎にとってそれは迷惑以外の何ものでもなかった。
しかし…この折原真帆という子はちょっと毛色が違うようだ。次郎に関心があるのではなく本気で『オーシャンビューの彼の部屋』が見たいらしい。
(……天才、だからかな)
要は、真田と同じ「変人」。俗世の女どもとは興味の対象もアンテナの種類も違うのだろう。そういう意味で、次郎は折原に安心する…この子ならそばにいても、俺に迷惑をかけないだろう、と。
これからブリーフィングルームで紹介されるY計画の中枢メンバーも、つまりは彼女のような突出した人物ばかりということだろうか。だとしたら、先行きの不安はかなり軽減されるのかもしれない……次郎はそんなことを思いながら、折原のヒールの低いパンプスの歩く先を見つめた。
***
「まあ座りたまえ」
13時からだと言われてやってきたブリーフィングルームには、しかし真田ともう一人、しかいなかった。中枢メンバーは20人近いと聞いている。会議室に置かれた楕円形の大きなテーブル…しかしその席についているのがたった二人とは。
(…どうもここではイレギュラーの連続だな。こんな重要な会議にみんなで遅刻?天才だったら時間を守らなくてもいい、とでも言うのか?)
ちょっと憮然とした次郎に、真田の向こう側から立ち上がった人物が声をかけた。
「……やあ、久しぶりだね!」
「えっ…」
懐かしそうにそう言って近寄って来た男性に、次郎は見覚えがあった。かつてはもっと、小柄だったような記憶がある。もっとふくよかだった、という記憶も。
「…と…徳川さん!?」
「ああ、君も…すっかり見違えたな。最後に会った時は、君はまだ小学生だったものな」
ヤマトの機関部で働いていた、徳川太助だった。彼は兄が戦死した直後、古代たちとは別の機会に幾度か弔問に来てくれたのだ。徳川は兄・島大介の遺志を継いで、長らく放置されていた「無人艦隊」の構想を活かし、月面基地の無人艦隊管制局長として地球周辺の宇宙デブリ(寿命の尽きた人工衛星や戦闘で瓦礫同然になった艦艇の部品、それ以下のもっと小さな破片など)を掃海する仕事に就いているはずだった。
以前…学校をさぼって英雄の丘で古代に出合い、その時に彼からもらった「ヤマトの欠片」…を思い出す——。
「…では、徳川さんが機関長に?」
差し出されたごつい手を握りながら、次郎は問い掛けた。徳川の目が丸くなる。
「参ったな、さすがに察しがいいぞ。その通りだ」
さすがに、島さんの弟だ。徳川の態度には次郎を「敬愛する航海長の弟」として見る気持ちが見え隠れしているが、それに目くじらを立てる気にはならなかった。兄を慕っていた人にそう言われるのは、悪い気はしない。
真田も楽しそうに笑う。「徳川、ヤマトの再建は、ギリギリまで非公開だぞ。島くんもそれを忘れないでくれ。可能なかぎり、ヤマトがない状態でもどうにか危機を回避できないか、議会には検討するよう提案して来た。まあ、まだあのブラックホールが確実に地球を飲み込むとは決まっていないからな…。少なくともそれまでは、我々の計画は極秘なんだ」
「はい」と頷く。
「徳川がここに居る理由は、もちろんヤマトが復活した暁に、彼に機関長として来てもらうつもりだからなんだが、現段階ではまた別の理由があってな」
続いた真田の言葉に、丁度それを問い掛けようとしていた次郎は口をつぐんだ。
「無人艦隊に用事があるんだ」
「無人艦隊に?」
「今は、戦闘ではなく掃海をやっているんだよ、無人艦隊は」徳川がそう付け加えた。
「知っています。素晴らしい任務です」
「ははは、そう言ってくれると無人艦隊も浮かばれるよ。どうも心証悪いんだ…要は宇宙の掃除屋だからな。学校なんかで『お仕事紹介』って授業にゲストで呼ばれても、子どもたちにはいつもカッコわるい、って言われっ放しさ」
徳川は苦笑いして頭を掻いたが、宇宙デブリの掃海がどれだけ重要で、どれだけ人命に関わる仕事なのかを知っている次郎にとって、それは意外だった。
カッコ悪いだなんて。一体、学校では子どもに何を教えているんだろう?
命を守るために大切なのは、何も武器を持って戦うことだけではない。高速で地球の周囲を飛び交う宇宙塵は、時に艦艇に衝突し甚大な被害を与えることがある。直径1センチほどのデブリでも,民間艇の装甲を突き破るほどの衝撃を与える場合があるのだ。戦艦は余程のことがなければ極小デブリの衝突で被害を受けることは無いが,いずれにせよそうした宇宙のゴミを回収し、航行の安全を図る作業は、かつて兄たちが命を賭けてやってきた闘いと重きは同じだった。
解せない、といった顔の次郎を見守りつつ、真田がゆっくりと話を続けた。
「…ブラックホールの異常な動きに関して、現在我々はそれがどの程度危機的なものなのかまだ計りかねている。あれを操るのが侵略国家なのであれば、まずは地球に留まり戦力を整える算段が必要だ。自然現象なのであれば、あれ自体の進路を変えることが出来ないかどうか考える必要がある。いずれにせよ、調査や調査隊の護衛に関しても無人の戦艦は必要不可欠だ」
徳川が深く頷く。「本来、必要のない犠牲を最小限に抑えるのが、無人艦隊の仕事だからね」
「ヤマトの復活は、計画の方向性が決まった時点で公表する。今の防衛軍と連邦議会の有様を知っているだろう。藤堂長官のような信頼に足る傑物はすでにいないに等しい。今我々は計画のために大型の戦艦を必要としているが、腐り果てた軍が我々の要求を簡単に呑むとも思えんからな…」
かつての防衛軍総司令長官、藤堂平九郎は数年前に物故していた。まさか数年後に、自ら心血を注いで統制してきた軍がこれほど腐敗するとは、彼も予想だにしなかっただろう…
次郎は居心地の悪い思いで頭に上った疑問を口に出した。
「…ですが、無人艦隊そのものも…防衛軍の許可無しには稼働させられないのではありませんか?」
「おっと、言い忘れてたかな。僕、今は防衛軍月面基地司令でもあるんだ」
徳川が、照れたように笑ってそう付け加える。「内外惑星基地は地球から離れているからね。議会命令なんざ表面だけ聞いていりゃいい。多少の無頼は押し通す、ってやつさ」それが地球外惑星基地の昔っからの慣例、みたいなもんだからなあ。徳川は呵々として笑った…。
次郎は呆気にとられるしかなかった。
月面基地司令が、科学局長官の個人的頼みで無人艦隊を横流し…?!有り体に言って、癒着だよな…これ。(…俺って頭固いのかな…?!)
しかし、どう反応したものかと困惑している次郎にはおかまい無しに、話はどんどん続けられた。次郎は真田の次の言葉にさらに目をむく。
「徳川。島くんは今回のこのプロジェクトの事実上の立案者だ。我々科学局は、彼の指示に従って計画を遂行する。協力をよろしく頼むぞ」
「はい、心得ております」ニヤリと笑う徳川に、次郎は狼狽する。
「さ…真田さん…!」
やめてください、と言おうとして、その射るような強い眼差しに気付いた。真田の口元は笑っている。
——真田志郎の下には幾百人もの天才集団がいる。それを差し置いて、彼らの上に立つのが他省庁からやってきた自分だ。長たる真田自身、また月面基地司令の徳川が「指示に従う」と名言しなければ、彼ら天才の集団が次郎の指示になど従うはずがない……。
腑に落ちると同時に、感謝の念に胸が詰まる。
「…分かりました。では早速、本題に入りましょう」
徳川が音を立てずにひゅう、と口笛を吹く。受けて立ったか、と言わんばかりだ。
「まず、…ほかのメンバーはどうしているんです?」今、そのメンバーらしき者と言ったら、この会議室の外で待機している折原真帆くらいしか見ていない。
「うむ、すでに各部署にて実働しているのだ。この科学局の地下に大規模な工場がある…すべての作業はそこで行われているんだよ」
「作業?」
「…ヤマトの部品をここで作っているんだ」徳川がニッと笑ってそう補足した。
「ヤマトの部品を…?!」
「新型波動エンジンの駆動部、炉心やエネルギー伝導管をパーツごとに開発し、製造してここで保管している。居住区や格納庫に関しても、ここである程度造り上げてしまうのさ。みんな、そのために寸暇を惜しんで地下にいるんだよ」
「最終的に、無人艦隊がそれをあのアクエリアスへ運ぶことになっているんだ」
次郎は事態の急な進展に、正直目眩を覚えた——。
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