復活篇へのプロローグ 〜A.D.2217へ…〜(2)

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 忙しなく看護師の出入りするナースセンターで、古代雪は幾つかの書類に目を通していた。

(水倉勇馬さん…って)
 ああ、あの大学生さんね。いつも枕元にヤマトのプラモデルを置いている人。そうか、彼…次郎君の幼なじみだったのね…。
 一昨日まで彼が入院していた総合病院から送られてきたカルテをパラパラとめくる。
 末期の放射線障害。担当医の見立てでは、もう長くはないらしい。

 雪は、木枯らしの吹く窓の外を眺め、また溜め息を吐いた。水倉勇馬には、自分が初期からずっとヤマトに乗り組んでいたブリッヂクルーだった、ということは告げていない。知らせずともいつの間にか患者に知れている場合はともかく、雪は自分からそれを他人に話すことは滅多になかった。
 2192年から2199年まで続いた遊星爆弾の攻撃で、未だに彼のように健康被害を抱えている者は少なくない。地球は平和になった、と言うが、多くの人の戦いは…まだ終っていなかった。

 雪自身の生活も、例外ではない。
 昨晩、連邦議会から夫・進は呼び出しを受け、深刻な顔をして出掛けて行った…そしてまだ、戻らない。…また例の、資源採掘場権利問題の件だろうか。

(……かつて命を賭けて地球のために戦った仲間同士で…こんなことになってしまうなんて)

 防衛軍幹部に縁故で昇進した者たちと、巨万の富を持つ者たち…ヤマトの係累が、政治的な問題で派閥争いを起こし対立している。品性のない大衆紙に書き立てられた記事のタイトルを、雪も見せられて愕然とした。<汚職にまみれ、地に堕ちたヤマトの英雄たち>——進はその信じられないような諍いに巻き込まれ、あらぬ嫌疑をかけられているのだ。娘・美雪の小学校にまで、取材の記者が押し掛けたと聞いた。このままではもしかしたら、民間の小学校へはもう…娘を通わせられなくなるかもしれない……。
 頬を両手でパン、と叩き…立ち上がる。
(しっかりしなきゃ。私が気を揉んでも、事態が変わるわけじゃないわ)
 差し当たって。次郎くんの親友を励ますためなら、ひと肌脱いでもいいかもしれない。私はヤマトのクルーだった。だから、一緒に頑張りましょう、って…



 だが、戻って来た次郎を見て、雪はそれを思いとどまった。廊下の向こうに見えた彼の表情は、暗く…重い。
……どうしたの、次郎くん?

 ところが、雪に声をかけられさっと顔を上げた次郎の表情は、瞬時に変化していた。たった今まで浮かべていた苦悩を一瞬でどこかに片付け。その顔に浮かんだのは屈託のない…さわやかな笑顔。
(…この子)
 雪は気がついた。この笑顔は、仮面だ。すべてを悟っていて、どうにもならないことを知っている。そんな経験が一度や二度ではない…だからこそ見せられる、果てしなく真実に近い、嘘の笑顔。
 次郎くん…。
 この子が、こんな顔を出来るようになっていたなんて。



「あの…、ヒモかなんかないですか?」
「ヒモ?何に使うの」
「水倉が、お守りみたいなものを首に提げたいって言うんで」
「…首?首は色々つけるものがあるから、手首にしたらどうかしら…?」
 そのうち、彼の栄養摂取はおそらく中心静脈栄養になる。首の付け根の静脈から点滴を24時間、入れるようになるだろう。そうなったらもう…。
 故人のお骨や髪の毛を、肌身離さず持ちたいと言う末期の患者のために、雪は毛糸を腕時計のように編んだ手作りのリストバンドを数個、デスクの引き出しに入れていた。そのうちの一つを取り出し。
「これをあげましょう。…そのお守り、これで入るかしら」
 うーん、かなりゴロゴロするかもなあ、と笑いながら、次郎は礼を言ってそれを受け取った。

「…古代さん。あいつ、もう駄目なんですか」
 雪の隣で作業していた看護師が、その声に顔を上げ。——そっと立って席を外す。手作りのリストバンドの使い方を掌の上で確かめながら、次郎は思案していた。

「……何とも言えないわ」
「あと、どのくらい」
「…次郎くん」
 患者さんのプライベートな情報は、教えられないのよ…知っているでしょ?
 ええ…、と次郎は溜め息を吐く。
「ごめんなさいね…」いたたまれず、雪は顔を伏せた。いいえ、と次郎も所在な気に視線を落す。
「古代さん…、古代さんは、……ヤマトを復活させたいと思ったことはないですか」
「えっ……?」

 次郎くん、急に何を…?

 驚いて顔を上げると、こちらをじっと見つめる視線とぶつかった。穏やかな眼差し、黒い瞳の奥から語りかけるような、真っ直ぐな視線。…ああ、島くんの目だわ。この目で何かを懇願されると、自分はいつも、断れなかったものだ——。
 それにしても、ヤマトの復活って、…一体…?
「……いえ」
 すみません、今のは、聞かなかったことにしてください。
 躊躇して言葉の継げなくなった雪にそう言うと、次郎は息を吐き、改めて苦笑した。
「…勇馬…あいつ、ヤマトが大好きだったんですよ。ヤマトも眠ったから、俺ももう疲れた、なんて言いやがるもんだから」
 勇馬にとって、ヤマトは生きる希望だった……6つの時からずっと。だから、ヤマトを復活させたら。ヤマトが甦れば、あいつだって発奮して復活せざるを得ないだろうと。…そんなバカみたいなことを…雪さんに口走るなんて。
 次郎は「すみません」ともう一度苦笑する。…忘れて下さい。
「……ヤマトは、かならず還るわ。…求める人たちがいれば、かならず」
「え…」
 雪自身、どうしてそんなことを言う気になったのか…わからなかった。

 彼女の心中には、遠い昔…ヤマトのスクリーンに眺めた光景が甦っていた。映し出されたのは、赤茶けた無残な地球…。誰もが、その惨い姿に涙を堪えきれずにいた。通信の最大コンタクトラインを離れ、映像が途絶したあの時——自分は何かに突き動かされ、思わず言ったのだ……「ヤマトはかならず還るわ。かならず……」と。
 だが、今の世界でヤマトが地球へ還るのは、かつてより数倍困難、いや…まるで不可能だった。古代にも真田にも、アクエリアスに眠るヤマトには手が出せない。だが、絶望と戦いながら、それでも私たちは何度も死地から還って来たではないか。
(そうよ。…求める人々がいれば、かならず…)
 かならず、ヤマトは甦る。——かならず、還って来る。
 真顔でそう言った雪を、次郎はじっと見つめ。頷いた……
「……はい」



 お守り入れ、ありがとうございます。
 どういたしまして…。

 雪は、再び友人の病室へと向かう次郎の後ろ姿に、そっと手を振った。

 

 

 

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