復活篇へのプロローグ 〜A.D.2217へ…〜(1)

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「あの…水倉勇馬さんの病室は…」
 防衛軍中央病院…宇宙放射線病理科病棟のナースセンターにいた次郎を、古代雪が見つけた。
「…島くん…?島次郎くんよね?」


 え?は、はい。
 医師の白衣を身に着けた雪に呼び止められ、次郎はちょっとドキッとする。この人は年を経るごとにどんどん奇麗になるような気がするな。俺より11年上だから、…今年で32歳か。それでも…。
 そう感じているのは次郎ばかりではなかった。病棟の女神、雪は医師免許を持つ今でも現場主義で、多くの患者に慕われているのだ。

「どなたかのお見舞い?…それとも」
「お見舞いですよ。…ええと、水倉勇馬って、僕の友達なんですけど…」一昨日、こちらへ転院したって聞いたんで…
「水倉さん、ね?」
 ナースセンターのデータベースとリンクしている手元のボード端末から、雪がその名を手早く検索してくれる。次郎から見た雪の表情は変わらなかったが、ほんの少しだけ、彼女は睫毛を伏せた。この病棟に他から転院して来たということは、かなり症状が重いということなのだ。

「1125号よ。案内しましょうか?」
「いえ、大丈夫です。1125ですね…」あとでナースセンターに寄ります。
お昼、どっかで一緒にどうですか?
 うふふ、と雪は微笑んだ。(ランチ、一緒にどう?おごるからさ)彼の兄に、よくそう言われたことを思い出す。島くんったら、ヤマトの食堂で、おごるもなにもないっていうのに。

「ええ。ナースセンターにいなかったら、地下の病理学研究所にいますから」
「じゃ」
 微笑んでさっと手を挙げ、踵を返して廊下を歩み去る次郎の背中が、再び“彼”と重なった。
「………兄弟、だものね…」

 雪の中の島大介の姿は、22歳で止まっている……次郎ももうすぐ、その兄と同じ年齢になる。兄より幾分、茶色がかった髪。兄よりもほんの少し、トーンの高い声。それを除けば…島次郎はその兄に生き写しであった。生前の島大介を知る者は、皆…次郎の姿に否応無く兄の姿を見て複雑な感情に捕われるはずだ。この自分も例外ではない。
 それにしても、次郎くんは強いな…、と思う。一番辛いのはきっと、次郎くんだろうに…。
 あの島くんの弟、と言われてもそれを苦にせず、しっかりと立っている……進さんが何度か、学校をさぼってるところに行き会った、って言っていたけど…。そんな様子はもう、微塵もないのだもの。
 無理はしないで欲しい、と願う。苦しい時は苦しい、哀しい時は哀しいと言える相手はいるかしら。お兄さんのように、一人で抱え込んでいないといいのだけれど……。

 

***



 1125号室は、高度治療室/ハイケアユニット …HCUだった。勇馬は様々な医療機器から伸びる無数の細い管に繋がれ、力なく横たわっていた。病室の中は、幾つかの治療機器が放つ無機質な光がゆっくりと瞬いているだけで、医師や看護師の姿はない。
「…おい、勇馬」
 眠ってるのか…?

 恐る恐る呼んでみる。あまりに弱々しい姿に、次郎は狼狽えた。どうしたんだよ、急に…!
「んあ…?」
 寝返りを打って、ベッドの上の勇馬がこちらを振り向く。いつにも増して、青白い顔…。
「…ああ、次郎かあ…」
「…腹に水が溜まったから抜いて来るだけだ、って言ってただろ…?随分悪いみたいじゃないか……大丈夫なのかよ」
「うん…なんか今回は、酷いなあ…」

 勇馬が放射線障害で入院するのは珍しいことではない…だが、かつてここまで弱り切った勇馬を、次郎は見たことがなかった。兄がイスカンダルへの旅に出ていたあの当時も、やはりこんな風に勇馬は幾度か入院し、次郎はその都度見舞いに通ったのだ。見れば勇馬の枕元には、千羽鶴の代わりに古ぼけたプラモデルが置いてある……次郎はそれを目にして、参ったな、と苦笑した。
「……お前、まだこんなの持ってたんだ」
 当時6つの次郎が組み立てた、1/850スケールモデルの宇宙戦艦ヤマトのプラモデルである。次郎は放射線病で入院していた友達3人に同じものをせっせと作り、それを渡して励まし続けた…ヤマトはきっと、帰って来る。コスモクリーナーを持って、帰って来る。だからみんなも頑張れ、と。

 幼い次郎が組み立てたヤマトは、さすがにつぎはぎ感が否めない。その後さらに、それを気に入った勇馬が散々遊んだので、開閉出来るはずの主翼はもう開かなくなっていたし、発射できるはずの艦首ミサイルや煙突ミサイルは無くなってしまっている…それでも、彼は入院する度にこれを持ち込み、看護師に笑われながらも枕元に置いて…自分を励ましていたのらしい。
「…力が湧くんだよ。ヤマトを見てると」
「…勇馬」

 ヤマトがなくなっても、残された人類は…戦わなくてはならない、この幼なじみのように。
 次郎は勇馬に見えないように、ぎゅ、と拳を握りしめた。「…そうだ、そんなものよりもっといいもの持って来てやったよ」
「なんだい?」
 食いもんはダメだよ。花もいらねえぞ。
 違うよ、これだ。「……ヤマトだよ」
 そう言って次郎が差し出した掌には、歪な金属の塊が乗っていた。
「アクエリアスの近くから回収した本物の硬化テクタイトだぞ」
 え、といって勇馬が半身を起こした。次郎からその鈍色の欠片を受け取り、じっと見つめる。
「放射線は出してない。ちゃんと俺が測定したから大丈夫だ。…こんなちっちゃいのに、重いだろ。…多分、外壁装甲板じゃないか、って話だ」


 地球連邦大学で天体物理学とスーパーバイオテクノロジーを学び、来春には宇宙開拓省への入省を約束されている次郎が、一通りパイロットの基礎課程を受けて自ら小型宇宙艇を操縦することは勇馬も知っている。日本自治州の誇る連邦大学で教授連中を唸らせた秀才は、一足飛びに若手官僚への道を突き進んだ……しかしそんな彼でも、ちょっと前まではアクエリアス宙域へは許可無く接近できない、と言っていたのを勇馬は覚えていた。

「…デブリか。どうやって手に入れたんだい?」
「これ、実はさ…ずっと前に、古代さんからもらったんだよ…」
 本当にヤマトのものかどうかはわからん。古代進はそう言っていたが、そんなことはかまわない。大事なのは本当にあの場所に、これがあったということなのだ。「古代さんがアクエリアスのデブリを片付けてる月面基地で、分けてもらったんだと。だから正真正銘、ヤマトのものだぜ」
「古代…あの古代進、か?」
 そうか、次郎…知り合いだっけな。ああ、持つべきものは友達だ。
……お前の兄ちゃんは”あの島大介”だしな。
「おう。俺のビッグな兄ちゃんにも、感謝しろよ?」
 で、早く快くなれよな…!
「……次郎」
 勇馬は心底嬉しそうな笑顔の上に、諦めたような眼差しを乗せた…「今度はかなり、ヤバいみてえだ…俺」


 枕元のプラモを大事そうに引き寄せ、硬化テクタイトの欠片をそっと甲板に乗せる…あたかもその石にヤマトの魂が宿ってでもいるかのように。
「莫迦言うな。今度も大丈夫だって」
「……ヤマトも眠ったんだ。俺も…もう疲れたよ」
「おい…」

 古ぼけたプラモデルを両手で持ち、勇馬は愛おしそうにじっと見つめる。ヤマトは…希望だった。あの船が地球にある限り、希望は消えないと信じて生きて来た…だけど、今は…もう。

「ヤマト…、本当にもう…ずっとアクエリアスに眠ったままなのかなあ。…次郎さ、開拓省の役人になるんだろ。お前、ヤマトをあそこから出してやってくれよ…」
「莫迦言うなよ」俺に出来るなら、真田長官や古代さんがとっくにやってるさ。
 勇馬は、ははは、そりゃあそうだ…と力なく笑うと、欠片をヤマトの甲板からまた手に握り、プラモを枕元に戻して続けた…「ありがとうな、次郎。ICUに入れられたら、もうプラモ、枕元に置いとけないだろ?代わりにヤマトの…本物のヤマトの一部、持って行くよ。なんか袋に入れてくれよ、首にでも提げておくからさ…」
「やめろよ、莫迦」

 頑張れ、とも言えず…次郎は今まで自分がその欠片を入れていた小さな布袋を胸ポケットから取り出した。首に提げるったって、この袋にはヒモがついていない。
「…ヒモかなんか、ないか?」
 ううん、と勇馬が首を振る…所持品を入れる棚には病院で支給されるパジャマや下着、タオルしか入っていない。勇馬の母も、数年前に放射線障害と戦った末、亡くなっていた。身寄りのない勇馬の病室に見舞いに訪れるのも、僅かな知り合いだけである…かといって、次郎もそう足しげくここへ来られるわけではなかった。
 理由もなく、目頭がジン、とする。
「……ナースセンターへ行って、聞いて来るよ」
「…ああ」


 ありがとう。
 勇馬は、ドアを出て行く次郎の背中に小さく礼を言った。

 

 

 

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