復活篇へのプロローグ 〜indication〜(5)

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 秋が終わる頃——
 次郎はふらりと床屋へ行き、前髪を少しだけ切った。
 父は、あれ以来何も言わない。母は恐れているように見えた……次郎までが、宇宙戦士の道を選択するのか、と。
 おかしなことだが、母は自分が髪を伸ばして反発していた頃よりも、ずっと不安そうだった。
(…不良じゃ防衛軍には入れないからな)
 品行方正な島家の息子、という評判を捨てても。それでもいい、宇宙には行かないで。母の悲痛なまでの願いが胸に刺さる…
 何も言葉にはしない父の胸中も、きっと同じであったに違いない。

 大丈夫だよ、俺は行かない。——そう次郎も言えないまま…時は流れる。

 


 
 
「勇馬、…俺さあ、バイオテクノロジーやるよ」
「……ふうん」
 まずはなんだい?畑?酪農?水産か?それとも細菌の研究?
「再生プラントがいいな。だからその辺全部だ。それから…天体物理学かな…地球工学とか、テラフォーミング関係とかも勉強したい」
「いきなりレベル高いな、科学者の卵か。じゃあ、地球連邦大学あたりに行かないと駄目じゃんか。…しかもお前、学部どこにすんだよ、そんなにあれこれ…」
「全部やりゃあいいんだよ」
 阿呆か、と肩をすくめる勇馬に、次郎はニカッと笑ってみせる。
 それはすべて、ヤマトのない地球を守る方法…に繋がるのだ。軍事力に頼らず、この星を護り、活かす手段に。
 
 例によって、コンピューター室でうだうだと時間を潰しつつ…次郎はそれでも、独自に様々な研究データを集め、「ヤマトのない地球を守る方法」を模索し続けていた。
 俺は造船デザイナーになりたいな…と勇馬が言った。新しい構造の船を考えてるんだ。居住区がメインの船だよ。長期間、そこで暮らすことも出来て、地上にいるときは装甲が展開して、街にフォームを変えるんだ。街が船になって、宇宙を航行するんだぜ。だから、老朽化して飛べなくなっても、街としてその船は生涯を終える。無駄が一切ないんだ。
「へえ」
 幹生が興味を引かれて、勇馬の書いているインチキ設計図を覗き込む。
「見るなよ、まだ考え中なんだから」

「お前は?」お前は何になんの、幹生? 

 広太が訊いた。広太の夢は板前だ。その夢は時々、板前からパティシエだのイタリアンシェフだのに変わることがあるが、もう随分小さい頃から彼は自分で料理屋を開く夢を持ち続けている。
「……俺…わかんねえ。ギターは…やりたいけど」
「ミュージシャン?」
「母ちゃんにまた殴られるぞ」
「だはは…」

 幹生は芸達者だった。歌もそこそこに歌えるし作曲もするらしい。次郎がキーボードで参加すれば、二人で結構な演奏を楽しめるほどだ。もちろん、真面目にミュージシャンを目指しているのかもしれなかった。だが、他の仲間達に較べ、あまりにもその夢は絵空事だと本人にも自覚があるのだろう。はっきりと「そうする」とは言えずにいるのだ。
「いいんじゃね?夢はいくら持っててもさ」

 次郎は、仲間全員が防衛軍に入らない…と宣言したことを嬉しく思う。一昔前は、猫も杓子も「夢はパイロット」だった…。しかし、その頂点たる奇跡のパイロット、島大介を兄に持つ自分も…軍隊を選択することはないのだ。
「次郎〜、お前もミュージシャンやれよお。いっしょにバンド組もうぜ」
「あ?まあ趣味でならな」…でもなあ、俺は多趣味だからなあ。サッカー部の助っ人も頼まれてんだよ…。どうしようっかなあ??
「次郎〜〜頼むよお〜。お前がいっしょなら、うちの母ちゃん納得するかもしんねえだろ?」
 幹生の情けない声に、次郎は意地悪く笑った。
「俺のギャラは高いよ?」
「えー?この人でなし!守銭奴!」
「あははは……」

 

 ***


 そして、2208年……春。

 髪を切り、高校の制服を身に着けた次郎を見て、母はちょっとだけ…後ろを向いて目頭を抑えた。次郎の選択したのは、宇宙戦士訓練学校でも地球防衛大附属高校でもなかった。
 兄と弟というのは、否応無く…似て来る。声も、背格好も…仕草も。まるで似ない兄弟もいるが、次郎と大介は…そっくりだった。大介の年齢が、22で止まっているから…でもあるが、16歳になった次郎は、18でイスカンダルに旅立った当時の兄大介に生き写しだった。

 島大介の弟…と言われることを、誇らしいと思えるようになったとき。……次郎の反抗期は終わりを告げたのだ。

 

 

 

 

(第二章 『A.D.2217へ…』)