復活篇へのプロローグ 〜indication〜(4)

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 古代はしゃがみ込むと、慰霊碑の周囲の芝土に、それを一つずつ、ぐいぐい押し込み始めた。何にでも興味を引かれるのか、美雪が「ゆきもやるう」と言って、欠片を埋込むのを手伝い始める……
「待って下さい、なんですか…?!ヤマトって」
「ほら」
 古代が次郎の掌に乗せたそれは、小さいがずっしりと重みのある硬化テクタイトの破片だった。

「……アクエリアスの周囲に、当時の爆発で飛散したデブリ(宇宙塵/この場合は艦艇の部品や装甲板の破片など)が沢山、残っているんだよ。こんな小さなものから、数十メートルになるものまで、大小様々のな。…無論、本当にヤマトのものなのかどうかは分からん。あの空域では沢山の艦艇が犠牲になっているからな。デブリのほとんどは月面基地の無人掃空艦が回収して、今ではアクエリアス近辺宙域はとても奇麗だ。これは、月面基地で分けてもらったものなんだよ…」

 まあ、こんなことしたって糞の役にも立たないが。…気持ちだよ。…あいつもヤマトも…地球に帰って来たかっただろうと思ってな。

 そう続けると、古代は無造作にまた一つ、欠片を土に埋めた。
 月面基地には、宇宙塵を回収するための無人機動艦の管制局責任者として、徳川太助が着任している。ヤマトの係累同士、徳川はこうして色々と便宜を図ってくれるのだった。



「……これ、…もらってもいいですか…」
 次郎は受け取った破片を見つめたまま、古代にそう問うた。
 これは、兄ちゃんの…近くにあった欠片。もしかしたら、ヤマトだったかもしれない欠片。
「…ああ、もちろん」

 土に欠片を埋込むのは美雪に任せ、古代は立ち上がって背を伸ばした。
 海風が…心地良く吹き付ける。


 潮の匂いは、この丘には届かない……もとより、この眼下に広がる海はまだ、まがい物だ。浜辺に降りても潮の香りはほとんどしない。海水は金星や水星、そしてアクエリアスの残した氷塊から運ばれた、他所の星の水と岩塩で精製されている。海中に存在するはずのプランクトンは、DNAレベルで保存されていたものを試験管で培養して海中に放出しているが、生命力の弱さに何度も死滅し、そのため食用の魚は未だ養殖でしか育たない…
 急速に息を吹返しているかに見えるこの地球の自然は、すべて再生プラントと呼ばれる実験コロニーの施設から生まれたレプリカ、まがい物であり…それがこの大地に移植され、運良く根付いただけのものだった。
 それでも……、と古代は思う。
「……美しいな。…俺たちの地球は」
 例えそのほとんどが…贋ものだったとしても。地球に帰還するたび、俺は思ったものだ。…どんな姿になったとしても、ここが俺たちの“ふるさと”なんだ、とな。

 しかし、そう言った古代の表情がふいに曇る——
「俺は…どうも生きている、って実感がしないんだ。美雪がいる、雪が居てくれる…だから辛うじてこうしていられるんだが」
「……何かあったんですか?古代さん…?」
 心配そうにそう問うた次郎を振り返り、古代はにっと笑った。
「…心配なのは、君の方だ。訊くのは止めておこうと思ったが…どうしてそんなナリでここに居る?サボリか?」
「え……っと」
 バツの悪そうな笑顔で、次郎は頭を掻いた。



 …だが、両手を芝土で真っ黒に汚した美雪がとことこやってきたので、途端に二人は深刻な顔をしているわけにはいかなくなる。
「うわっ、汚したな…!!」
 おちおち話もしてられないよ…、トイレか水道、どっかにないか…!?
「おちっこ」
 その上、美雪が唇を尖らせ、緊急の訴えを。
「うぎゃあ」
「トイレ、…あっちにありましたよ、あっち」「急げ!!」
 美雪を抱きかかえ、走る古代について小走りになりながら…次郎はいつになく気持ちが晴れやかになるのを感じた……。



 3歳か。
 俺が…14。丁度、兄貴と俺の…年の差と同じだ…。

 俺が3歳の時、兄貴は14。訓練学校の寄宿舎に入る前、兄貴もよく遊んでくれたな。…ボールを投げてくれたこと。肩車してくれたこと。プラモ作りも兄貴が教えてくれたんだ。…そして、やけによく覚えているのが、兄がブツブツ言いながら俺の汚した手や足を、念入りに洗ってくれたこと…だった。おかげで兄といた間は次郎の手足の爪の間に黒い汚れが残ったことは、一度もない。昼寝は早め、夕食の時間を守らないと夜中に起きて面倒だ。…それも兄貴、よく言っていたっけ…。まあ今思えばそれも、上手く弟を寝かせてしまえば、その後にはもうつきまとわれなくてすむから…だったのだろうけれど。

 自分の記憶にある兄は、ひたすらただ、面倒見のいい大好きなお兄ちゃん、だった。だが、14の自分がこれほど色々なことで思い悩み、苦しみ、反発しているのだ。兄貴にだって…悩みもあったろうし大人たちや体制への反発もあっただろう。まして、ガミラスからの攻撃が始まっていた時代だ。失ったものも、諦めなければならなかったものも、果てしなくあったに違いない。…なのに…そんな素振りは微塵も見せなくて。自分が覚えている限りでは、兄貴には反抗期すらなかったはずだ。
 だが、美雪を前にして…次郎はさらに思う。
(俺だって、この子に悩んでいる自分を見せるか?)
 3歳の美雪ちゃんの前では、この俺だって「いいお兄ちゃん」だ。そして、目の前で大人面しているこの古代さんだって……古代さんなりの悩みがあるに違いない。けど、古代さんはそれを俺に吐露したりはしないだろう。…それが…年長の者が持つ大人の強さ、なんだろうな——。

 



「あーよかった…間に合った」
 どうやら、トイレは間に合ったようだ。美雪が古代の後ろから、両手を前に突き出して、とことこついて来る。美雪の手からは、まだ汚れた色の水が滴り落ちていた。あ…と次郎が思うより先に、古代はその汚い色の水をポケットから出したハンカチでぱっと拭ってしまった。
(それだと…汚いまんまですよ、古代さん)
 美雪の手を、さり気なく取って見る。爪の間に、まだ土が入っている。古代さんは、兄貴ほど細やかじゃない…それだけは確かだ、と苦笑した。
「美雪ちゃんの手、こんな洗い方したら雪さんに叱られませんか?」
「風呂に入っちまえばわからないよ」
「古代さん……」
 あーあ。その手を口に入れちゃだめだよ、お腹痛くなるぞ。と次郎は美雪に諭す。(…これも、兄貴によく言われたな…)そう思い出し、また苦笑。
「あーい」
「おい、やけに素直だな…美雪」
「えへへー」
 美雪は、面倒見のいい若いお兄ちゃん…次郎をどうやら気に入ったようだ。彼の学ランの裾を握り、照れたように笑った。



 だが、ひとしきり遊んで遊んで。丘に吹き抜ける風が肌寒くなる頃…。美雪の瞼が突然、塞がり始めた。
「こら美雪…、立ったまま寝るなよ…」
 ほら、と苦笑して、進は美雪の前に低くしゃがみ込んだ。その背中に、美雪はふらりとよろめいて抱きすがる。父の背中に頬をつけた途端、娘はすっかり眠り込んでいた。
「…さあて。昼寝のタイミングはいい方かな?」父は了承を得るように、次郎に向かって笑いかけた。
「美雪ちゃんはお父さん似ですね」
「ん?捕まえてないとすぐに走って行っちまう。そういうところがよく似てる、と言われるよ」
「あはは……」
 古代の背中で、くうくうと寝息を立てている美雪。…そう言えば俺も…よく兄貴におんぶされて家に帰ったっけな。
 曇りのない笑顔を見せた次郎に、古代は言った。

「次郎くん。俺な、今…大型戦艦の航法課程を受け直しているんだよ」
「…大型?」
「ヤマトやアンドロメダ級の艦の操縦さ」
 ……どうしてですか……?
「俺は…艦長代理、艦長としてヤマトを指揮して来たが、…常に…周囲に助けられっぱなしだった。特に…操舵については、君のお兄さんに助けられてばかりでな。…後悔しているんだ、本当は」
「……?」

 後悔って…何に?
 次郎はそう聞き返すつもりで古代の顔を見上げる。だが、そこに僅かな苦渋の表情を見て、思わず口をつぐんだ。

 あの時。
 …気付かなかったとは言え、…その場にいなかったとは言え。瀕死の重傷を負った島に、…死ぬまで操縦させた。あいつに艦載機の発艦口を開けてくれ、と命じたのは自分だった。ヤマトの操縦士は、いつも一人だった…太田も島を補佐する腕を持つが、航法席から太田を引き離すわけにはいかなかったのだ。中央の戦闘指揮席にも操縦桿は設置されているのに、自分は…肝心な時、操舵についてはいつも弱腰で。あいつが笑って…俺に任せろと言うから。…それをいつも当てにしていた、あいつが力尽きるまで。あいつは…死んでも俺の期待に応えようとしてくれた。…だから…俺は。

「……頑張ってくださいね」
 次郎は空を見上げ、それだけ言った。

 古代さんが、何に後悔しているのか。…訊きたい、と思わなかったわけではない。…古代さんも、話そうとしてくれたのかもしれない。でも…訊かないでいよう…、そう思った。

「……君は、パイロットにはならないのか?」
「なりません」
 即答した次郎を、古代はしげしげと見つめる。

「基礎課程くらいは受けるかもしれませんが…、戦艦のパイロットにはなりませんよ。防衛軍にも…入らない」
「……お兄さんが、偉大すぎるからか?」
「…いえ」
「敵うわけがないと思っていたら、いつまでもお兄さんを乗り越えられないぞ…?」
「違うんです」
 僕がパイロットにならない理由は、そんなんじゃない。母の顔が目に浮かぶ。
「兄さんが宇宙で死んだからこそ…僕は…宇宙戦士にはならないんです」いや、僕だけでも。母と、父のために…あの二人をこれ以上、苦しめないために。

 古代はそうか、と短く応える。「…気が変わったら、いつでも俺が教えてやるぞ」
「遠慮しときます、だって…古代さん、鬼って悪評高いんでしょ?」
「こいつめ」
 二人は声を立てて笑った。



 古代はよいしょ、とおぶった美雪を揺すり上げ、改めて英雄の丘に向き直る。DAISUKE SHIMAと刻まれた慰霊碑を見下ろし、風に語りかけるように…呟いた。
「次郎くん。俺は島に、雪を幸せにする、辛い目に遭わせたりはしない…と約束した。…君も昔、お兄さんに何かを約束したんじゃないか?…それを、…果たせ。時代に…流されるなよ」
「……はい」

 よし、と満足げに頷いて、古代は改めてにっこり微笑んだ。

 

 

 

 

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