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「……古代さん…!」
島次郎は、制服のままだった。平日の午前中だ。学校はどうしたんだ…??テストでもあったかな?それで早帰りだったとか…?だが、近寄って良く見ると。古代は、次郎がどこか自分にも身に覚えのある、落ち着かない様子でいることに気付いた。
「久しぶりだな、元気だったかい?」
「古代さんこそ」
古代と次郎が会うのは、実に2年ぶり…である。
「なんだ、随分髪が伸びたな。…最近の流行か?」もっとも、それじゃあ俺はいつでも最新流行、ってことになるがな。
「えへ、古代さんの真似ですよ」
「ああ?学校じゃ校則違反だろうが」
「まあね。じゃ、…古代さんって、校則違反の常習犯だったんですね?」
「あはは、規則は破るためにあるんだ。…おっと…学生の前で言うことじゃないな」
「ぷっ」…あはははは!
中2と言えば、思春期だ。当たり前の理屈は通じない。ここへ来てるのも…やっぱりサボリかな?
そんなら余計な質問はすまい、と古代はにっこりした。
「……ほら、お兄ちゃんに挨拶しなさい。次郎くんだよ」
次郎の転がしていたサッカーボールにしがみつき、上空で繰り広げられていた2年ぶりの再会になど興味も示さなかった美雪だが、父に促されてにっこり笑い。
「あいやとー」
「違うよ、こんにちは、でしょ」
「こんいちわ」
…娘さん、もうこんなに大きくなったんだ。名前、なんでしたっけ。
「こんにちは。俺、次郎っていうんだ。君は、…なんていうの」
「ゆーき」
古代がなはは、と苦笑した。「美雪、っていうんだ。美しい雪、だよ。どうもこいつ、ママの名前と自分の名前の区別がついてないんだ」
「あはは…。何歳?」
「しゃんしゃい」
美雪は今度は間違いなく、指を3本、つき出してみせた……右手にピースサイン、そして左手が人差し指で、3つ。
珍しいな、足し算で3つ出す子。次郎はちょっと驚いた。……自分が、この出し方をしていた記憶がある。当時自分も、右手の2と左手の1を足すと3になる、ということを理解していた。無論、美雪の場合はそうではなく…ただ片手で3本指を立てるのが難しかったからなのかもしれないが。
次郎はしゃがんで、美雪が抱えている自分のサッカーボールを指差した。「美雪ちゃん、…ボール、好き?」
人見知りされるかな?そう思ったが、美雪は一目で次郎をボールの持ち主だと認識したのか、大きく勢い込んで頷いた。
「うん!ゆき、ぼーゆう、すき!」
「…あそぼっか?」
「あい!!」
良かった、人見知りされるかと思いましたよ…と笑いながら、次郎は美雪に「なげてごらん」と促した。
「えいっ」
あらぬ方向へ転がるボール。
「あいやあん」
投げた本人が、慌てふためいてボールを追って行った……。
「…お母さんとお父さんは、元気かい?」
美雪にボールを投げてやったり受けとめたりしながら、次郎と古代は途切れ途切れに会話を交わしていた。
「…はい。元気です」
次郎は、その後に続く言葉を躊躇しているように見える。元気かい?はい、元気です。じゃ会話が続かない。だが、次郎が明らかに何か言いたいのだろうけれどもそれを抑えているらしいことに気付いた古代は、さてどうしたものかと思案した。
「そうか、ご両親が息災で良かった。…でも…君はどうやら、あんまり元気じゃないようだな…?」
「………」
「バレバレだぞ。制服で平日の昼間から、こんなところにいるんだから」
「…古代さんこそ。雪さんに追い出されたんですか?平日の真っ昼間、子連れでこんなところに」
「はは、参ったな、そうきたか」
パーパ、ぼーゆう、と言って転がって行ったボールを抱え、美雪が走って来る。さっきから走り通しだ。まだ3歳のくせに、まったくよく走る。
「…追い出された、ってのは近いかもしれんな」
「あは、ホントですか?」
「雪、出世してな。今日から中央病院の外科婦長なんだよ」科学局の特殊病理課と兼任だから、就任式やら打ち上げやらで、昼から留守なんだ。夜もきっと遅いから、俺が休暇とって子守りなのさ。
「へえ、すごいですね…!」
「実は、俺としても今日はここで…あいつにそれを報告しようと思ってな」
「あいつ?」
古代は2秒、躊躇い…微笑んで意を決する。「…島だよ」
美雪がボールを放って寄越したので、古代は次郎の表情を見逃した。
「パーパ、ちゃんととってえ」
「はいはい」
今日はきっと良く寝るぞ。これだけ走り回れば、夕方にはコテンと寝てくれるだろ。
「…あんまり早く寝かせちゃうと、夜になって回復して、起きちゃいますよ」
次郎がニヤニヤ笑いながら、そう言った……
「良く知ってるな」
「俺がよくそう言われてましたから。…兄貴に」
古代は目を丸くして次郎を見た。兄のことを口にした次郎の表情は清々しい……
そうか、島が。その様子、目に浮かぶな!
古代は思わず声を立てて笑う。美雪が「何事か」と目を丸くして父親を見つめた。
***
英雄の丘の慰霊碑は戦没者が増えるにつれ多くなり、今では200余りの碑が沖田十三の像を中心に建てられている。
2203年の、最後の戦いで没した島大介の慰霊碑は、沖田十三の銅像の足元、ほぼ真下に設置されていた。
「これなあに」
「パパのお友だちのお墓だよ」
「おあか?」
美雪はしばらく、文字の刻まれた平らな石碑を眺め、おもむろにそれに登ろうとした…「こらこら」
父に抱き降ろされ、不服そうに。しかし、登るものではないのだと察し、「あいー」と言って今度はつるつるしたその石碑の表面を両手で撫でた。
「ここへは、よく来るんですか?」
今日は命日ではない…何の節目でもない。自分とて、何の理由もなくここに居たことを棚に上げ。次郎は古代に問うた。
「いや…滅多に来ない。…来られない、忙しくてね。でも、たまにこうやって時間が取れるとこいつに話をしに来る」
“こいつ”。そう言って、古代は島の慰霊碑を見下ろし、目を細めた。
「…今日は天気もいいし、美雪も外で遊ばせたかったんでな。そのついでだ」
高く晴れ渡る青空を見上げ、古代はゆっくりと深呼吸した。見慣れた防衛軍の軍服ではないが、その逞しい肩や胸にみなぎる自信と存在感に、次郎は安堵を覚える。ああ、…古代さんだ。その姿は変わらず、あのヤマトの…古代進、だった。
「実は今日はな。俺と…君の兄さんが、初めて防衛軍本部で雪に出会った日なんだよ」にやりと笑う。命日でもないのに、ふらっとここへ来た理由はそれさ。
「…え」
「俺たち、二人同時に雪に一目惚れしてなあ。…いや、どっちかと言うと、あいつの方が先だったかもしれんな…」
次郎の目が丸くなった。
「聞いてなかったのか?」
「…え…ああ、はい。兄貴、そういうことには案外秘密主義だったから」
「…そうか」
ただ、君のお兄さんの名誉のために言っておくが、あいつはモテたぜ?
「それは知ってます」バレンタインにはいつも僕が…兄貴のもらって来たチョコを食べてましたから。食べきれないほど毎年、持って帰って来ましたし。
「…ははは」
俺は逆に、早々に雪と噂になっちまったからな。バレンタインのチョコって言ったら毎年おばちゃんのくれる義理チョコが定番だったよ。(本当は…どっさりもらって帰ると雪が決まってご機嫌ナナメになるからだったのだが…)
「雪さんからは?」
「そりゃあでっかいのを毎年もらったぜ」
「じゃ、いいじゃないですか…」
「それもそうだ」
二人はまた、そう言って笑い合った。
「でも…じゃあ、結局兄貴は古代さんに負けたんだ」
「勝ち負け、とはちょっと違うさ」古代は苦笑する…「あいつがいなかったら、俺と雪もあり得なかった。あいつがいたから、俺たちの今がある。島は、俺と雪の…、俺たち家族の恩人なんだよ」
雪を幸せにする。…それが島との約束なんだ。
だから、美雪もここへ連れて来る。雪も美雪も幸せにしてるぞって、あいつに報告するためにね。
一陣の風が、丘を吹き抜ける——
青空に千切れ雲が流れ始めた。古代は目を細めて港を見下ろし、低く呟いた…
「…どうも、世界が妙な方向へ動いている。俺たちも,巻き込まれるかもしれん。…でも、俺は島との約束は必ず守る。…俺は雪を…辛い目に遭わせたりはしない」
古代はおもむろにコートのポケットから小さな包みを出した。じゃらり、とパチンコの玉でも入っているのかと思うような音がする…包まれた布から出て来たのは、2センチ角ほどの摩耗した金属片が5・6個。
「…なんですか?それ」
「……ヤマトさ」
えっ…?
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