Original Tales 「息子よ」(5)

 

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「…父さん、あの変な機械、結局太田さんに上げちゃったんだね」
 古代たちが帰った後。父子は父の書斎にいた。ヨットを背に、褐色に日焼けした顔で笑う若い父の写真を再度見つけ、次郎は不服そうに呟く。「あれ……僕も欲しかったな」
 康祐がふむ、と困った表情になる。
「…形見分け、のつもりだったんだが…。そうか、じゃあ…お前にも買ってやろうか」
 次郎はへの字に曲げた口をさらに尖らせ、ついでニヤリと笑った。「…いいよ。もらったって、使い方分からないし有り難みもわかんないもん」
 なんていったっけ?ろくぶんぎ?
「…いつか、お前も海に連れて行ってやろうな。…新しくヨットでも買うか」「そんな余裕、ないだろ」
「そんなことはないさ…子どものくせに余計な心配するな」
 しかし、政府から確約されている遺族手当てなど、おそらく家の建て替えに使ってしまえばあらかたなくなってしまうに違いない。苦笑して黙り込んだ父に背を向け、次郎も無言で窓の外を見た。復興事業が始動し始めると、街が息を吹返すのは早い。この家のある住宅地にも、ひっきりなしに資材を積んだ大型重機が出入りし、街路の整備を繰り返している。



「……次郎、お前…恨んでるか」
 父の唐突な言葉に、次郎は「え?」と振り返る。
 誰を?
 …何を?

 恨めしく思ってしまえる相手は、数え始めればキリがない…宇宙から攻めて来た異星人を?遠い宇宙からやってきた水惑星を?…それとも。
——兄ちゃんを連れて帰ってくれなかった古代さんを…?
いや… 次郎や父母の待つこの家ではなく、『ヤマトヘ還れ』と兄ちゃんに言った父さんを——?

「…恨むっていうのは、よく…わからない」
 正直な話、それが答えだった。
 こんな結果になったのは、あれが悪かったせいだ。あそこでこうしていたら。こうしていなかったなら。今でこそそんなことはいくらでも言えるが、その最中には誰も、正しい予想なんかできっこない。過去は、絶対に変えられない…そんなこと、僕だってわかってる。

 兄ちゃんを、どうして連れて帰ってくれなかったんですか!?
 古代さんにそう思い、艦長だったこともあるくせに理不尽だ、と憤慨したのは、ほんの数時間だけだった。古代さんだって、兄ちゃんに死んでなんか欲しくなかったんだ。せめて身体だけでも連れて帰りたかったんだ。そんなの、あの人を見ていたら嫌でも分かる。…あの古代さんが、あんなに…泣いて。僕たちよりも、ずっと…兄ちゃんのために泣いてくれて。
 それに…。
「…父さんだって、辛かっただろ…?」
 イスカンダルへ兄ちゃんが旅立ったあの日。僕が兄ちゃんの行進の列に近寄って、レイを渡したい、と言ったとき。父さんも母さんも、一緒に来なかったよね? あれは…兄ちゃんに後ろを振り返らせたくなかったから、だったんだね。
 康祐は思わず天を振り仰ぐ。堪えたはずの涙が、また目尻から零れ落ちる。



「…… 一番の馬鹿野郎は、大介兄ちゃんだよ」
 康祐は、そう呟いた次郎の背中を、まじまじと見つめた。窓に向かって外を見ている次郎の背が、いつの間にか急に伸びたような気がして、瞬きする……

 死んじまったら、ヒーローになったって…なんにもならないじゃないか。
 友達や母さんをあんなに泣かしてさ。
 ……大バカ野郎だよ。
 声が泣いていた。次郎の肩が、大きく震えた……

 雲間から差し込む光が数条の途となって街を照らす。——この空は、宇宙に通ずる。お前と、ヤマトが与えてくれた未来を、私たちは生きる。宇宙(そこ)からも、……見えるだろう?大介。


 父子は二人、灰色の空を見上げた——。




 西暦2207年、春。

 メガロポリスを一望できる海岸の高台、英雄の丘。ここに奉られている戦没者の命日には、多くの遺族が訪れる。だがその日訪れていたのは、たった3人だけだった。
 知らない人が見たら、なんて不謹慎な子どもだろう!と不快に思ったかもしれない。その少年は、戦没記念碑の真ん前で、サッカーボールを蹴っていた。リフティングを、もう百回以上も繰り返し。蹴り上げたボールがだん!と落下しバウンドするのを片足で止めた。

「大介。…次郎が志望校に合格したのよ」
 母がそう言って、慰霊碑の前に花束を添える。「バイオテクノロジー専門の学校なの。…次郎は防衛軍の訓練学校には行かないんですって。小さい頃は、あなたを真似て…パイロットになるってきかなかったのにねえ」
「大介も分かっていただろうよ」
 父がそう言って笑った。次郎が宇宙戦士訓練学校に行かないだろうことも、大介は薄々予期していたに違いない。
「軍になんか行ったら、兄ちゃんと絶対較べられるからな!そんなの、まっぴらご免だぜ」
 わかってるか、兄貴!とんでもない伝説、作りやがって。俺は大迷惑だよ…まったく。
 口の中で呟きながら、次郎はボールを足の甲で真上にすくい上げ…「DAISUKE  SHIMA」と刻まれたレリーフに向かって蹴り上げた。

…たん…たんたん…た…ん……

 やんわりと跳ね返って来たボールを、両手で拾い、もう一度…慰霊碑の前まで歩く。母の置いた花束の横に、そのボールをそっと添え。

 もう一度…あの丘でサッカーしよう、って、俺と約束しただろう。ま…いいや。これで…勘弁してやらあ。



 中央の銅像、伝説の艦長「沖田十三」を振り仰ぐ。
あの人が永遠の伝説であるように、島大介…兄貴も、永遠のヒーロー、ヤマトの航海長だ。だけど俺、…兄貴の後を追って宇宙へ行く気はないよ。
 俺は…命を育てて、地味に地球を護る。
 空を見上げ、にやりと笑った。
(そこから見ていろよ…、大介兄ちゃん。俺が地球全土を奇麗に甦らせてみせる。動物、植物…水や空気や土を、…俺がこの手で守ってみせるよ)
 傍らに微笑む父、そして涙ぐむ母を見て。次郎は心に誓った。
(母さん、父さん。俺は宇宙戦士にはならない。ずっと母さんたちと一緒に地上(ここ)に居る。…それが、俺にしかできない親孝行(こと)だから…)

 思い出す。
 14万8千光年の彼方へ旅立つ前夜…兄が自分へ託した言葉を。
「次郎、兄ちゃんが留守の間、父さん母さんを頼んだぞ」
俺は答えたんだ。
「任しとけ!」…って。

 あばよ、兄ちゃん…!

 

 




 メガロポリスの港に、雲間から一条の光が差した。海面を滑るように、一隻の船が外海へと走って行くのが見える……キラリと光る白い船体に風をいっぱいにはらんだ三角帆…
「…緑色の帆だ」

 次郎と康祐が、その船に気付いて再度視線を注いだ時には、帆船は水面の光る波間に溶け込んで、見えなくなっていた。
 


                               < 了 >

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あとがき