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この話を書きながら、一体何度…涙でPC画面が見えなくなったことでしょう。
ついに息子が戦死。ずっと覚悟はしていたけれど、それが現実になった時、親はどう反応するのでしょう。湾岸戦争や、現在イラクに駐屯する米軍兵の親が、息子が無言の帰宅をした時…。映画やドキュメンタリーでは見たことがありますが、それはそれは、痛々しい姿です。
あるとき、こんなお母さんの姿をドキュメンタリーで見ました。まったく泣けなくなってしまっているのです。女性だから泣きわめくのか…と言えば、そうではない。無気力になるわけでもない。
恐ろしくショックが強いと、表面的には平静に見えることがあります…生半可な衝撃では、あんな風に回路が途切れたようにはなりません。まさに時間が止まる…というのがぴったりなご様子で、なんとも気の毒な記録でした。
この場合、打開策は「泣けるようになること」。事実を受けとめ、認識し、悲しむことです。その段階へ到達できれば、哀しみから回復する方法も見えて来る……
作中、最初に泣けるのはお父さん。そして、お母さんが。最後に次郎が、やっと泣いてくれる。救いようのない展開に、涙で出口<ドア>を作ったつもりでした。
けど、これは島のご両親に限ったことではありません。子どもに先立たれるというのは、親にとってはとても残酷なことです。戦争だから、英雄になったから、という理由で涙が乾くことなどありません。ヤマトでは無名の戦士たちがたくさん亡くなりますが、その誰にも同様の哀しみがつきまとう、それを忘れたくない、と思います…
<ファントムと、海の男・島康祐>
あまり馴染みのない記述に、戸惑った方もいらっしゃいますでしょう。宇宙戦艦ヤマトの航海長の原体験が、父と駆った帆船だった…なんて。
ちらと出て来るだけの、島のお父さんはいつも背広を着ていて、どこかの会社の偉い人、に見えます。息子の仕事に理解があって、良き協力者という印象もある。彼自身が若い頃、趣味であれ船に乗っていたら。幼い大介を連れて、ただ観光船に乗せて遊ばせるだけじゃなく、船の操り方や位置の観測の仕方を実際に教えていたとしたら。
「海の男」「船乗り」というと荒削りですべてに乱暴、という印象がありますが、とんでもありません。…こと、帆船を操る、というのは「面倒くさがり」「乱暴」「大雑把」では絶対に務まりません。書き出したらきりがありませんが、滑車など道具の手入れからロ—プの巻き上げ方、帆の状態維持、すべてに細やかさや几帳面さが求められます。船乗り、という職種は、細やかな技術家庭作業をこなしつつ、力仕事も人一倍出来なくては務まらないのです。
島大介の見せる、几帳面なまでの運行計画へのこだわりや、力仕事とも言える「操舵」を担いながら見せる紳士的な態度、そして操縦桿を握った時の自信に満ちた様子。それを培った、最初のきっかけが「お父さんと乗った帆船の体験」だとしたら…?
そう考えて登場させたのが、帆船<ファントム>でした。
ファントムっていうと、マグダネル・ダグラス社製F-4ファントム戦闘機、を思い出す人もいるでしょうが(w)、それは置いといて。作中康祐が言っているように、「魔法使い」という意味の名です。カッターという種類の帆船もあまり馴染みがないと思いますが、ちょいと大きめのヨット、だと思ってください。船室(キャビン)には4つ寝棚があって、装備をキチンとすれば太平洋の横断も本当に可能な大きさのものなんです。(※作中の表現はかなりクラシックな帆船の操作方法を参考にしています。現代の「ヨット」ともまた違う、ということをご了承ください。)
あと、六分儀についてですが…。
挿絵を(4)にも乗せましたが、多分ヨット以上にこれの存在は一般的ではないと思います。現在でも、船舶に関係するお仕事の方はこれを使うそうですが、それ以外の人間にはまったく馴染みはないものですよね。でも、あの独特なフォルム…10歳の男の子であれば、それだけでも魅力を感じそうです。しかも、熟達すれば周りに陸の見えない大海原のど真ん中でも正確な緯度経度が測れる、機能性の高い測定器だとなれば、魅力も倍増です。
島の、几帳面な性質や丁寧に段取りを踏んで物事を行う傾向。それを思うと、六分儀がお気に入りだった…というのも、なんだかしっくり来るような気がしませんか?(まあ多分にそれは、ERIの希望的観測…いや妄想、にすぎませんが…w)。
<宇宙船乗りは宇宙へ還る…>
さて、お父さんがそんな「海の男」だったからこそ、彼は息子が「宇宙と言う名の海に還る」ことを受入れられました。古代が島の遺体を連れて還れなかったことを平謝りしますが、島のお父さんは「船乗りは海に、宇宙船乗りは宇宙へ還るんだ」そう言って彼を慰めます。
Part1の、ドメルとの決戦で戦死した乗組員を宇宙葬にするシーン。松本先生の描く、宇宙が舞台のファンタジーによく登場する解釈ですが、それもオマージュとして入れ込んだつもりです。日本人はとかく「遺体」「遺骨」にこだわりますが、外国人の中にはそれほど遺体にこだわらない人もいる。「千の風になって」の歌詞にも同様の意味合いの含まれる箇所があるし、日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落したとき、遺体が見つからない外国人の遺族が「ここに眠っていることは判ったのだから、これ以上の遺体の捜索は要らない、もうそっと眠らせてやって欲しい」と言って引き上げて行った、という実例もあります。
実を言いますと、ERIの祖母も海洋葬でした(彼女はもちろん船乗りじゃないですが・w)。アメリカへ旅行に行くのが好きだった祖母を偲び、太平洋航路から彼女の遺骨は海に還りました。だから、お墓には祖母のお骨はありません。
ただ、ご遺体や遺骨に特別の思い入れのある方もおられるでしょう。ですから、これが正しい、などと、ERIの感覚を強制するつもりはまったくありません。
なので、「島や他の死亡者の遺体はヤマトに残されたままだった」という解釈の出所だけ、書いておきます。
本編「宇宙戦艦ヤマト/完結編」を見ている限り、「アクエリアスの20回目のワープ後に、ヤマトは島の最後の尽力でウルクを脱出。その後、アクエリアスはワープ明けから約24時間後に地球の至近点を通過」する。その時点までに、重水を艦内に満たし、地球付近まで運び、冬月に移乗し…とやらなければならなかった。かなりタイムスケジュールとしては厳しい状況です。負傷者の搬送はした(担架に誰かを乗せて移動するシーンが完結編本編でも見られます)はずですが、遺体の搬送までは…きっと手が回らなかったでしょう。
<息子よ>
この、追悼の意味合いの深いお話で、「息子よ」と呼び掛けられているのは、戦死した島大介はもちろん、生き残った古代たち、次男の次郎、…みんなです。 なんだか一人で大きくなって、一人で立派に闘って、自分たちだけで地球を護った、みたいに思ってるかもしれませんが、彼らヤマトの戦士たちを育てた親御さんの存在こそが、それを可能にしたのです(雪は娘だ、なんてゆー突っ込みはナシで)。天涯孤独になった古代にとっても、島の両親の存在はきっと、貴重なものだったに違いありません。
そして、次郎です。
彼は兄貴の後を追って宇宙戦士になる、という選択肢を自ら捨てます。
口では「兄貴の功績を俺が越えることはできないから」なんて言っていますが、そればかりではないでしょう…両親をこれ以上、自分までもが悲しませるわけにはいかない、という彼なりの決意がそこにある。そして下した決定は、武器によらず地球の生命を守ること、でした。
2009年12月に、永い間続編の作られなかった宇宙戦艦ヤマトが「復活」します。舞台は2220年、次郎は27歳、移民船団本部長という肩書きを持って登場します。移民…つまり地球外での人類の、市民生活に欠かせない生活環境の維持。彼の選択したスーパー・バイオテクノロジー及び地球工学の技術がそれを支える。彼は真田志郎の元で(その時のやむを得ない選択として)軍属としてそれを担い、やはり武器を持って戦うことなく地球を護ってくれるでしょう。
島大介、次郎、古代進、森雪、太田健二郎……彼らすべてが、愛すべき永遠の「息子」「娘」たちです。復活篇においても、誰一人欠くことなく将来へと命を紡いで欲しい。その思いを込めて、彼らにこの話を捧げます。
Nov. 2009 written by ERI
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