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空間騎兵予備隊のコスモライフルが、繰り返し宙に礼砲を放つ。
英雄の丘に併設された合同国葬会場の空に、幾つもの自治州の半旗が翻っていた。
またもや…ストロボである。放たれる礼砲、炊かれる無数のフラッシュ。その季節外れの花火は、黒装束の遺族の姿を哀しく彩った。防衛軍の少年新兵たちが数人掛かりでゆっくりと運ぶ直方体の箱には、それぞれ3枚の旗がかけられている。地球連邦、地球防衛軍、そして…出身自治州の旗である。
日本自治州の、日の丸を象る赤い太陽が、幾つかゆっくりと眼前を通り過ぎた。島康祐はそれを目で追いつつ、ふと我に帰る。
——覚悟は、していた。このたびばかりではない。息子が14万8千光年のかなたへ旅立つと決めたあの日から、この時を…予感していたつもりである。だが、どうにも実感が湧かなかった。
目の前を通過し、整然と並べられた棺の中に、長男はいない。息子の名が繰り返され…さらに兵たちが順にコスモライフルの空砲を三連射したのちも、その茫漠とした感情は消えなかった。傍らに俯く妻も次男もいつになく緊張してはいたが、涙は見せていない。女だから、母親だから…、小枝子は泣いたり叫んだりするものだとばかり思っていた。だが、妻は防衛軍本部で大介の戦死の報を聞いた時と同様、理解できない…といった顔をしているばかりだった。
また、ストロボがたかれる。間近にその花火を受けて、康祐はハッと顔を上げた。
「島副長のお父様ですね!ご長男、残念な結果になりましたが…今のお気持ちは」
突き付けられた無数のマイクをかき分けるようにして、康祐は退席しようとした。気付けば、合同国葬はとうに終了していて、あちこちに遺族を取り囲む取材の人垣ができていたのだった。会場のずっと向こうに、こちらを哀願するような眼差しで見つめる、知った顔があった……古代進だった。
「…失礼、今は…そっとしておいてもらえませんか」
広い背中と両腕に、戸惑う妻と息子を庇うようにしながら、康祐はもう一度会場の向こうに視線を送った。…古代進の姿は、すでになかった。
自分は確かに、酷くショックを受けているのだろう……そう康祐は思う。幾度も誰かからお悔やみの言葉をかけられ、それに答える自分、という構図もはっきりと意識している。
沖田十三自らが、自爆装置と化したヤマトを操り最期の戦いに赴いたと知って、大介がその任を担えなかったことに対し幾らかの不満すら感じた。大介よ、お前が生きてさえいたら、あの伝説の沖田十三艦長を…犠牲にすることはなかったろうに。いや。甦ったあのご老体よりも、大介、お前の方がずっと…ずっと上手にヤマトを自爆ポイントへと導けたはずだ。結果は吉と出たが、いや、間違いなく。お前が、あの任務を背負って往くべきだったんだ、…大介。
…だが。
地球のために…死ねと。最愛の息子に対してそう思ってしまう自分も、理解できなかった。私は…酷い父親だったのだろうか…。
詳細は分からない。大介はいつ…、どうやって、帰らぬものとなってしまったんだろうか。
太田健二郎が、チューブの駅で古代進と雪を待っていた。
手みやげは自分が買って用意しますから、と伝えていたにもかかわらず、雪の腕に有名銘菓店の紙袋が提がっているのを目にし、太田は苦笑する。
古代は、と言えば、酷く具合が悪そうに見えた。放射線障害の後遺症が続いているのだろうか。
「古代さん、無理しないでくださいよ?」
せっかく勝って帰って来たのに、それじゃ病死しちゃいます。格好悪いったらないですよ、そんなの。
「まあ、そうなったらそれでかまわんさ」
よう、呼び出して悪かったな…とお座なりの挨拶だけして、顔色の悪い古代はニヤッと笑った。雪が傍らで苦笑していた。
戦没者の遺族訪問。沖田亡き後の艦長代理として、再び古代に課されたこの責務は、彼の寿命をどんどん短くしているのではないか……森雪は切なくそう思う。
わかっていても、肩代わりしてやることはできない。雪に出来ることと言えば、こうして遺族を訪問する進の傍らで誠心誠意、その思いと身体を支えてやることだけなのだ。副長の真田も、別個に弔問へと奔走している。辛いのは、皆…同じだった。
「……真田さんが、先に島の家へ行ってくれてるそうだな」
「ええ、昨日ね。…古代さんが、出来るだけ辛くないようにって。細かい事情は全部、先に真田さんが伝えてくれているそうです…」
「…有り難いな。真田さんだって…辛いだろうに」
太田も、足元に目を落した。相変わらず、真田さんは…強かった。喪うものが多ければ多いほど、哀しみが大きければ大きいほど。あの人は…強くなるような気がする。だが…そう見えるだけで実際はあの副長自身も、この止まった時間の中で慟哭し…茫然と事実に苛まれているのだろう……
合同国葬のとき、遠目に目が合った島の父は、驚くほど平静に見えた。おそらくそれは、息子の戦死をまだ受けとめられずにいることの証なのだろう…そう察した古代は、一刻も早く島の両親に会わなければ、と考えた。だが、艦長と副長の一人を喪ったヤマトの人事は混乱状態に陥り、古代はまたもや艦長代理として残務処理を真田と共に担うことになってしまった。
引き延ばせばそれだけ辛くなる。そんなことは分かっているのに、古代が島家を訪ねるタイミングはどんどん遅くなって行った。見かねて真田が、先に弔問に出向いたのだ。
一方、太田は島の肩腕だった。航海班の副班長として、彼はずっと…一番島に近いところに居た。古代が島家へ弔問に行くなら、是非自分も行きたいと申し出たのは彼自身である。自分こそ…知らなかったとは言え、沖田艦長に最後の操舵を任せたことが悔やまれてならない。最後にアクエリアスへヤマトを連れて行くべきだったのは、沖田艦長ではないのだ。…島さんだって、もしも存命ならそう判断したことだろう。
だが、すべては…考えてももう、詮無いことだった。
「古代さん」
出迎えてくれたのは、次郎だった。
大きくなったな…と古代は思った。この子がいてくれるおかげで、どんなにこの家は救われていることだろう。年の差、11…だったろうか。俺と守兄さん…みたいな兄弟だったんだろうな。
(生きている兄さんも、大概でかい壁だが……君の兄さんは、もっとずっと…でかい壁になっちまったな。次男の苦労は、これからだぜ…)
そんな風にもふと思い。目尻にほんの少し、笑みを乗せた。
「よく来てくれたね…古代君、雪さん」
島の父が、まあこっちへ来てかけなさい、と手招きする。柔和な眼差しが息子にそっくりだった。島康祐は息子の大介よりも肩幅が広く、がっしりした体型をしている。普段企業の役員を務める彼は、今でこそスポーツとは無縁の生活を送っているが、若い頃はきっと陽の光の下で身体を動かすのが趣味であっただろうと容易に想像できた。
無事で何よりだ、と古代の手を強く握った康祐の手は、まるですぐにでも息子の代わりに操縦桿を握れそうなほど、大きく力強い。次いで、雪の後ろから入って来た太田に気付いて、彼はああ、と改めて懐かしそうに溜め息を漏らした。
「君は…大介の」
「太田健二郎と申します。ずっと島さんの補佐をさせて頂いておりました」
盆に飲み物を乗せてきた母小枝子が、まあまあ、皆さんよくいらしてくださいましたね、と言いながらテーブルへとグラスを並べる…雪が手みやげの包みを傍らに置き、さっとそれを手伝った。
太田は恐る恐る、リビングを見回す。
島の家は無宗教とは言え、仏壇に微笑む航海長の遺影なんかあった日には焼香なんかせずに逃げて帰りたいくらいだ…と思う。不謹慎かもしれないが、それをしてしまったら…本当に島が死んでしまったのだと否応無く認めることになるからだった。だが、覚悟していたそれは、その部屋にはなく。
雪もそう思ったのか、落ち着きのない様子で身じろぎしていた。ともかく、勧められるままに太田は一人、先にソファへ腰を沈める。
なかなかソファに座ろうとしない古代を、康祐が再度促した。
「まあ、座りなさい、…古代く」
「お父さん…申し訳…ありませんでした…!」
突然、遮るように古代は床に両膝をついた。頭を床にこすりつけんばかりにして呻くその傍らに、雪もそっと膝をつく。
「やめなさい…、一体何の真似だね」
「…息子さんを、連れて帰れませんでした。すべて、僕の不手際の所為です…」
康祐は言葉を失い、しばらくの間困ったように古代を見つめた。
「古代くん…君が詫びることはない。私はいつも、旅立つ日にはあいつにこう言っていたんだ。…母さんも、覚えているね?」
康祐は言いながら傍らの小枝子の肩を優しく抱える。ええ、と小枝子も穏やかに頷いた。
「お前の還るところはヤマトだ。ここではない。迷うな、振り返るな…とね」
思わず顔を上げた古代の唇が、声にならない言葉を漏らした。……お父さん、あなたって人は……
「…冷たい父親だと……思うかね」
——いいえ。古代は視線を床に落とし、かぶりを振る……
康祐の言葉の意図は明白だった。家族を残して出撃する息子に対し、父は常に言い聞かせていたのだ……「残して出る我々を思うな」と。地上に戦渦が及べば、家族もいつ生命の危機にさらされるか分からない。だが、戦士が家族の安否など気にしていたら命を賭けて戦えるわけがない。迷いを抱えながら戦えば、それが己の滅亡につながる。
大介。私たちのことは死んだものと諦めて、敵と戦え。お前の還るところはここではない、ヤマトなのだ——それは、一人地上と家族を離れ、闘いに赴く息子の身を案じて注いだ、父の精一杯の愛情だった…
最初はイスカンダルへの旅立ちの日に。そしてその言葉掛けは、最後の旅の出立の時まで繰り返された。…大介は、私との約束通りに…使命を全うしたんだよ…古代君。君が気に病むことはないんだ。
「ありがとう。ただ君の…大介を思う気持ちに、父として…心から感謝するよ。昨日、詳細は真田君から聞いた。あの短時間に、君にすべてが出来るとは私も思っていない。…結局、敵の本拠地で戦死した者やヤマトの艦内で死んだ者は全員…帰って来なかったんだそうだね。…大介だけを特別扱いして欲しいとは、私たちも思っていないよ」
穏やかにそう言った康祐の声が、まるで…“あいつ”の声に聴こえた。答える言葉もないまま…古代は目頭が熱くなるのを堪えながら、躊躇いがちにソファへと腰を下ろした。
…と、リビングの反対側の隅にある、母のピアノに寄り掛かっていた次郎が、急に口を挟んだ。
「…僕も聞いた。兄ちゃん、すごくカッコ良かった、って。第一艦橋で一番カッコ良かった、って。昨日真田さんがそう言ってた」
怪我してたのに、それでも最後まで操縦桿を離さなかった、って。
“お兄さんは、英雄だ。誰よりもすごい…ヤマトのヒーローだったよ。私もお兄さんを、誇りに思う。”真田さんは、そう言ってたよ……
そう言って、次郎は笑った。その笑顔は、ちょっと無理矢理…という風に見えなくもない。寄り掛かっていたピアノから離れ、次郎は古代の傍らに膝をつき…
「古代さんも、そう思った?兄ちゃん、艦長にはなれなかったけど、古代さんにはいつも負けちゃうけど。古代さんも…大介兄ちゃんをすごいと思った?」
覗き込むように見上げる幼い顔に、ああ、と頷く。
あいつをすごい、と思わない奴は…ヤマトにはいないさ。
「…お兄さんは、立派だったよ。正直言うとね…次郎くん。僕は、お兄さんに勝ったと思ったことは、一度もないんだよ…」
「ほんとに?」
ああ。…本当さ……
次郎と古代がぽつりぽつりと会話を交わすのを、太田はしばらく眺めていた。まるで時間が止まってしまったようだ。…いや。この家——島さんの家族の時間は、きっと止まっているのだ。なぜ、誰も嘆いていないのだろう?どうして笑っていられるのだろう…?向かいのソファに掛けた島さんのお母さんまでが、微笑むとまではいかないけれど、穏やかな顔をしている。
泣き出したいのは自分だけなのだろうか…。そう思い、太田はひどく奇妙な気持ちになった。
「…そうだ、あの…これをお返ししようと思って」
太田は手みやげと一緒に下げて来たカバンから、20センチ四方ほどの金属の箱を取り出した。留め金を外し、柔らかな布に包まれたものを見せる。
「ずっと以前に…僕が島さんからもらった物なんですが…」
腰を屈めて箱の中身を覗き込んだ康祐は、小さく息を飲んだ。
「……これを、大介が」
「あなた…それは…?」
小枝子も覗き込む。次郎と古代が顔を上げ、何事かとこちらを見つめた。
「……大介」
康祐の喉元から嗚咽が漏れる。気丈に振る舞っていた父が、初めて涙を見せた。幾度もうなずきながら、彼がそっと手に取ったその不思議な形をした装置は、康祐があの日…大介と共に大海の真ん中へ出るつもりで用意した、——“六分儀”だった。
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